始まりは本の表紙。デザインに魅せられた学生と富士通の出会い

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▲2023年5月現在の様子

2023年5月現在、富士通の人事部門であるEmployee Success本部で、デザイナーとして活躍する内田。そんな彼女が「デザイン」に興味を持ったきっかけとは。

内田 「小さいころからずっと本が好きで、表紙を見て気に入ったものをよく買っていました。あるとき、自分が手に取るすべての本が、実は同じ人による装丁であることに気がついたんです。それはもう本当にドキッとしました。それと同時に、『デザインには人の心を動かし、物を買わせる力があるのか』とも思って。その日を境に、あたまの中から『デザイン』の文字が消えることはありませんでした」

その後、デザインを本格的に学ぶため美大進学をめざすようになった内田。大学では、コミュニケーションデザイン領域を専攻したと言います。

内田 「とくに興味を持ったのは、ビジュアルや言葉を通して、製品やサービスの本質的な価値を伝えるコミュニケーションデザインです。ひとつ例をあげるとすると、とある企業のウィンドウディスプレイの学内コンペがあります。

いきなり絵にするのではなく、企業がどんな精神性をもって製品を作り、お客様へどんな価値を提供したいのか、しっかりヒアリングをして理解することから始めます。その理解をもって企業がお客様へどんなコミュニケーションをすべきか、つまりウィンドウのデザインをようやく考え始めます。目に見えるモノだけではなく、それをみた人とのコミュニケーションをどうデザインするかがとても大事なんだと思うんです」

内田がリーダーを務めたチームは見事に選ばれ、デザインしたウィンドウディスプレイが煌びやかな銀座の通りを彩りました。

そんな有意義な学生生活はあっという間に過ぎ、そろそろ就活という時期。あたまに浮かんだのは、自身の故郷だったと振り返ります。

内田 「大学では理論だけではなく実践も重視していて、私も産学連携の授業を受講していました。デザインを通じた社会課題解決への試みがいくつも紹介されていて、私もそういう仕事に携わりたいなと思うようになったんですね。

では、どんな社会課題を解決したいかを考えたときに、あたまに浮かんだのは地元の風景。慣れ親しんだ景色ではあるものの、過疎化という社会問題に直面している。『あ、これだ』と。私の地元のような地方都市を、魅力的にみせるブランディング*¹に興味が沸いてきて、そこを軸に就活をはじめることにしました」

さまざまな企業をみていく中で富士通と出会います。

内田 「就活の軸としてきた、社会課題解決とブランディング。その両方に携わることができそうな部門が富士通にはあるのを見つけました。富士通の社員の方と会話する機会やイベントに参加することで、私の思いと富士通の方向性が合っていると感じるようになりました。いま漠然と思い描いているものを、富士通であれば実現できるかもしれない。そう思い、応募することにしました」

*¹ ブランディング:独自のブランドを作り、これに対する信頼や共感を通じて自社の価値向上や他社との差別化をめざすマーケティング戦略の一つ

デザイナーとして人事部門へ。「心理的安全性をデザインする」とは

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▲富士通の心理的安全性デザインプロジェクトをリード

入社後、グローバルマーケティング部門にて、富士通のブランドコミュニケーションを担当。役員がイベント登壇する際のプレゼンテーションのデザインや共創研究活動の企画運営など、幅広い分野で経験を積んでいました。そんな中、時田が社長兼CDXO(最高デジタル変革責任者)に就任した2019年に、富士通は「DXの成功にはデザインの力が必要」とし、デザイン経営を掲げます。

内田 「『デザイナーだけで一つの部署に集まるのではなく、各部署に異動し部員と同じ目線で働くことがデザイン思考*²の実践をよりはやく進める』という仮説から、デザイナーが現場部門のメンバーとして活動しています。私は、声をかけていただいたご縁と自分の直感を信じて、人事部門への異動を決めました」

自身を「何事も直感で動くタイプ」と話す内田ですが、新しい場所へ飛び込む不安はあったと言います。

内田 「人事というと、現場との距離が遠く、堅苦しい印象がありました。いざ異動すると、人情味があり尊敬できる方にたくさん出会えました。また、インパクトがある人事施策を自分に任せてくれて、それを応援してくれる環境もありました。約13万人という、まるで1つの街のような人数がいる富士通の社員に対して、自身のデザインスキルが生かせることにとてもやりがいを感じています」

そんな矢先、上司から富士通の心理的安全性を高めるプロジェクトを任されることに。当時のことをこう振り返ります。

内田 「デザイナーとして仕事をしてきた私には、心理的安全性などいわゆる組織開発の分野は未知の領域でした。心理的安全性に対する理解、その構成要素や阻害要因の複雑さなどを理解することに、まずは心が折れそうになりました」

本を読み、自分なりに理解する日々を経て、心理的安全性をデザインするプロジェクト[社内活動名称はProject ExSeed(プロジェクト エクシード)*³]を立ち上げます。

内田 「心理的安全性デザインプロジェクトは、富士通の個人・チームの心理的安全性が高まり、誰もが安心して挑戦しイノベーションを起こせるような状態をめざしています。

富士通における心理的安全性を定義づけたり、その重要性をわかりやすく情報発信したり、コミュニケーションシーンにおける心理的に安全な社員体験をデザインすることで、社内のあらゆる組織や文化の課題を突破し、目標やビジョンの実現に向けて挑戦する組織になることをサポートしています」

*²デザイン思考:デザイナーが業務で使う思考プロセスを活用し、前例のない課題や未知の問題に対して、創造的な問題解決を図る思考法

*³ Project ExSeed(プロジェクトエクシード):富士通社内での活動名称。ExSeedは、Exceed(突破する)Employee Experience(EX;社員体験)+Seed(種)をかけ合わせた造語。「組織の文化的な課題を突破する社員体験の種を創りたい」という意図が込められている

プロマネの難しさを痛感。周囲の協力がいつも自分を導いてくれた

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▲データ活用による心理的安全性の向上を考えるワークショップの様子

心理的安全性デザインプロジェクトは、目的ごとに3つのチームに分かれているという内田。

内田 「約13万人の社員を相手に、デザイナーの力だけでは太刀打ちできないので、社内の関係部署やさまざまなスキルをもった人を巻き込む形でチームを設計しました。ExSeed Lab(以下、Labチーム)はプロジェクトの全体企画と実行、Data Design Teamは心理的安全性に関連したサーベイ結果の分析とデータ可視化、Experience Design Teamは全社から手上げで集まったメンバーでデザイン思考を活用しソリューションの考案と実践を行っています。

私は全チームのプロジェクトリーダーを任されています。それぞれ異なるメンバーと進めていて、とても刺激がある一方で、マネジメントの難しさに直面することが多くあります。とくに約30名のメンバーと進めているExperience Design Teamは、難易度が異なります。それほど多くの人数をまとめる経験は初めてのことでしたし、組織横断で集まったメンバーのため、それぞれのバックボーンが異なります。

また、初対面のメンバーも多くいますので、お互いの関係構築も大事です。全員が目標達成に向けて同じ方向を向き、お互いを尊重して意見を出し合い、プロジェクトとして成果を出せるようにしていく。
この経験から、心理的安全性の必要性を改めて痛感させられました。また、そんな場面で、多様な意見を聞いてまとめ、具体的にイメージやビジュアルにし伝えていく力は、プロジェクトの認知向上や方向性を決定づけることにも役立つことを実感できました」

そんな内田には、頼りにしている存在が2つあると言います。

内田 「何か困ったことがあった時は、ひとりで抱えずプロジェクトのメンバーに相談するようにしています。とくにLabチームのメンバーにはよく相談していて、そのおかげで自分一人では乗り越えられない壁をいくつも越えてきました。Labチームの存在が私の活動の支えになっています」

もうひとつの存在、それは、心理的安全性デザインプロジェクトのアドバイザリーを務める早稲田大学商学部の村瀬 俊朗准教授だと言います。

内田 「村瀬先生は、イノベーションの源泉としてのチームのあるべき姿や心理的安全性、リーダーシップ論など数多くの研究をされている方です。

富士通として、心理的安全性にフォーカスしたのは今回が初めての試み。活動を通して、さまざまな施策やアクションを実施してきましたが、思うような成果が得られない場合もあります。それらを補完する意味でも、先生の知識はもちろん、1つのチームとして熱量をもって一緒に取り組もうとしてくださる姿勢にはたくさん助けられました」

すべては心理的安全性を高め、挑戦を当たり前にするために

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▲失敗や挑戦ができる環境をつくることが重要と語る内田

心理的安全性の高い環境では、過度に失敗を恐れずに、安心して挑戦ができ、一人では為し得なかった結果が生まれることを体感した内田。ただ富士通全体を見渡すと、心理的安全性の浸透にはまだ多くの課題があると言います。

内田 「富士通における心理的安全性を3つの段階で定義しています。レベル1は、配慮・敬意・思いやりといった『共感』の土壌をつくる段階。レベル2は、そこから一歩踏み出し、他者の考えや意見を積極的に引き出すなど、他者との『信頼』の輪を広げる段階。そしてレベル3は、多様な価値観や意見を統合し、ビジョン実現に向け、挑戦し続ける段階です。

いまの富士通はどの段階かと言うと、組織やプロジェクトによって異なりますが、その多くはレベル3の状態にはたどり着けていません」

まだまだ道半ば。しかし、「決して諦めたわけではない」と語る内田に、改めて“心理的安全性の必要性”を問いかけます。

内田 「『いまのビジネス領域では、やがて市場は縮小し、自社の立ち位置も危ういと思う』、そう答える企業は多いのではないでしょうか。富士通も同じです。だからこそ、IT企業からDX企業へと生まれ変わろうとし、パーパスを定めました。

富士通のパーパスは、『イノベーションによって社会に信頼をもたらし、世界をより持続可能にしていくこと』です。DX企業として、自らイノベーションを起こす。そのためにも、誰もが安心して発言でき、失敗や挑戦ができる環境をつくっていくことが重要です」

インタビューの最後に、今後について語る内田。

内田 「富士通は2020年7月に、新たな働き方改革のコンセプト『Work Life Shift*⁴』を発表しました。Work Life Shiftには3つの施策があり、そのうちの一つ、Culture Change(社内カルチャーの変革)の施策として、心理的安全性デザインプロジェクトを推進しています。

『人事が何かやっている』で終わらせてはいけないですし、もっと多くの人や部門が関心をもち、参加できる活動にしていきたいです。それには、他部門とも積極的に連携し、見本となるような事例をつくっていく必要があると思っています。

また、内部の変化とは、外から言われてはじめて自覚することもあると思います。そのためにも、私たちの活動を社外にも発信していき、国内外の同様の課題をもつ企業に対しても価値提供できればと思っています」

最終的には、この活動を自社のお客様にも広げていきたいと語る内田。富士通の心理的安全性をデザインするという内田の挑戦はまだまだ続きます。

*⁴ Work Life Shift:富士通が推進するニューノーマルな世界における新しい働き方。「働く」ということだけでなく「仕事」と「生活」をトータルにシフトし、Well-beingを実現していく。