無人コンビニを作りたい。カリフォルニアで始まった会話を形に
幼少期からモノづくりに興味を持ち、学生時代は電気工学やシステム工学を専攻していたという鈴木。就活生を対象としたOB・OG会に参加したことをきっかけに富士通に興味を持ち、2009年に入社。最初の10年間は金融業界を担当するSEとして過ごしたといいます。
鈴木 「その当時、第1~第3事業本部まであり、私は第3事業本部にいたのですが、保険業やクレジットカード業のお客様を担当していました。第1事業本部が担当するメガバンクへの憧れのようなものもありましたが、今振り返ると、ノンバンクやクレジットカードの仕事ができてよかったと思っています。というのも、そこには『とりあえずやってみよう』という自由さがあって、流通業を担当する営業やお客様など、さまざまな人との出会いが広がっていたからです」
金融担当SEとして働く中で、自分の中に「ある思い」が芽生えていったと鈴木は語ります。
鈴木 「お客様が作りたいものを実現する、それがSEの仕事。確かにその過程は楽しかったんです。でも、『このサービスの次に来るものは何だろう』と思うことが増えてきて。もっと多くの人に、多くの場面で必要となるものを自分たちで作り、『それを提案できたら楽しいんじゃないか』と思い始めていたんです。
そんなことを考えていたころ、ちょうど世の中ではDXやFintechが注目されはじめていて。『既存プロジェクトだけではなく、もっと新しいこともやっていきたい』と。当時の上司には、そう伝えました。
上司も私の想いを理解してくれて、その後は、ブロックチェーンや生体認証を活用した決済の仕組みなど、お客様に新たな提案をこちらから持っていくように。また、金融に限らず流通業のお客様にもどんどんアプローチしていきました」
その仕事は今までと違い、「とても新鮮だった」という鈴木。お客様と一緒に作り上げていくプロセスが楽しかったといいます。そんな中、カリフォルニアでのある会話がきっかけとなり、「新しい試み」が動き出したと振り返ります。
鈴木 「富士通が出資している、あるベンチャーキャピタルの年次会議がカリフォルニアであったのですが、そこに同じく出資している大手コンビエンスストアの担当者も出席していて。会議の後、その方とはワインを飲みながら『無人コンビニを日本で作りたい』という話をしたんです。雑談に近いような話ではあったのですが、日本に戻った後、その話がとんとん拍子に進んでいきました」
モヤモヤした思いの整理。新たな挑戦を選んだわけ
偶然の出会いと会話から始まった「無人コンビニを作る」という話。しかし、この偶然を呼んだのは、鈴木なりの「危機感による行動」が影響していました。
鈴木 「プロジェクトが上手くいっている時って、そこで満足しちゃいそうになるんです。でも、目の前にあるプロジェクトだけに目を向けるのはよくないなと。積極的に外の人に会わなきゃダメだと思い、イベントや懇親会などに行って、アンテナを立てるように意識していました。カリフォルニアに行ったのも、そんな思いから。当時の上司には、ぜひ参加したいと頼んだんです。それが、今回の『偶然の出会い』につながったのかなと思っています。ここでのコネクションが後の活動にも活きていて、あの時の想いと行動は間違っていなかったなと」
そこから、プロジェクトは順調に進んでいくかと思われましたが、鈴木の前に大きな壁が立ちはだかったといいます。
鈴木 「『富士通新川崎テクノロジースクエア』という事業所に、その大手コンビニエンスストアの店舗があったことから、そこで実証実験をすることになりました。その後、実証実験をもとに富士通としての新しいサービスに仕立てていくことに。社内のさまざまな部門から担当者が集まり検討を始めたのですが、調整事項が山のように出てきて。多様な意見や意志がぶつかりあう中でのチームビルディングと意思決定に、難しさを感じました」
難しさと格闘する中、鈴木は「ある人」から声をかけられたといいます。
鈴木 「当時、富士通が進めていた新規事業創出プログラム(イノアカ+*¹)の担当者から、プログラム参加の打診を受けました。その際にプロジェクトの現状やサービス化に向けたスピード感など、自分が感じていたモヤモヤした想いをその方にぶつけたんです。
話しているうちに、頭の整理ができてきて。『今日常にある買い物体験はつまらない。だから、それを楽しくする。私が実現したいことはこれなんだ』と。そこで、頭の中にある理想を具体的な形にすべく、この新規事業創出プログラムの中で挑戦することにしたんです」
*¹イノアカ+…Innovation Academyプラスの略。新規事業創造の実践型プログラムで、Fujitsu Innovation Circuitの前身。
メンターから言われ続けた「お金」と、実現したいビジョンの間で揺れる想い
「楽しい買い物体験」を具体化するため挑んだイノアカ+。初期に構想した事業プランを、鈴木は懐かしく振り返ります。
鈴木 「実証実験をおこなった無人コンビニは、人が介在しなくても決済が終わるという『効率化のための仕組み』なんですね。品物を手に取って退店するだけでお買い物が終わるというのは、新しい体験ではあるものの、『楽しい買い物体験か?』というと違うと思うんです。
ならば、店舗内につけているカメラをうまく活用できないか。たとえばデータから、その人の行動パターンを分析して、買いたいものが置かれている場所を分かりやすくしたり、おいしい匂いを出したり。ほかにもデジタルAI接客とかできたら、もっと楽しいお買い物体験になるのでは、と考えていました」
イノアカ+に参加し、自分たちの発想は悪くないなと自信を持ったという鈴木。イノアカ+に参加した同僚と、新たに誘った1名を加えた3名で「Fujitsu Innovation Circuit(以下、FIC)*²のChallengeステージへと臨むことになります。
鈴木 「これまでの経緯もあり、最初は『楽しいお買い物体験の実現』をビジョンに掲げ、検討を進めていました。チーム名も『楽しいお買い物』としました」
その後、ある問題に直面したといいます。
鈴木 「『楽しいお買い物』を実現できたとしても、小売店の売上にどうつながるのか。それが証明できないと、サービスを導入してくれる小売業者はいないことに気づきました。
また、小売店の売上は天気や季節、イベントなどの要素に影響されることも多い。『楽しいお買い物』が売上貢献に直結することを証明するのは、非常に難しいんです。では、どうしたらいいかと、かなり悩みました」
実現したい理想の姿と、現実との狭間で試行錯誤を続けていったという鈴木。Challengeステージで出会ったメンターとの会話は、とても貴重だったといいます。
鈴木 「Challengeステージでは、チームごとにメンターと呼ばれる事業化の専門家がつき、サポートしてくれます。その方からは、とにかくお金、お金、お金と。ずっとマネタイズのことを問われ続け、本当に6カ月間考え、悩みました。このビジネスモデルでいいのか、誰がお客様なのか、本当にそこに需要はあるのかなど。そのおかげで、事業プランの完成度はかなり上がったと思います」
*²Fujitsu Innovation Circuit…全社DXプロジェクトであるフジトラの一環として、2021年より始動した新規事業創出プログラム。このプログラムは「Academyステージ」「Challengeステージ」「Growthステージ」で構成されている。鈴木が参加した「Challengeステージ」は6カ月間専任で新規事業開発に挑戦するステージ。
仲間の想いも背負って次のステージへ。「楽しいお買い物」の実現を目指して
必死に考え、悩み抜いた6カ月間。鈴木たちは、最終発表に臨みます。
鈴木 「これまで『楽しいお買い物』というチーム名で活動していたのですが、最終発表では『ホンネミル』という名前でプレゼンしました。発表した内容も、当初のものから劇的に変わっていて。
もともと考えていたのは、『楽しいお買い物』を起点にステークホルダーがつながる仕組み。消費者が『楽しいお買い物』ができるよう、メーカーが魅力的な商品を作り、消費者に提供する。そのためには、メーカーは商品開発に役立つデータが必要で、私たちはそのメーカーに消費者行動に関するデータを提供する。そのために、消費者から……とサイクルが回るような仕組みを描いていたのですが、メンターからは『分かりにくい』という指摘をいただいて。そこから、最終発表に向けてチームメンバーと議論を重ね、シンプルな内容に落とし込んでいきました」
とことんシンプルにしたことが功を奏し、最終発表で高い評価を得た「ホンネミル」。Growthステージに進出することとなった鈴木たちは、富士通ローンチパッド(新規事業創出を目的に、富士通が立ち上げた新会社)に異動します。今後について、次のように語る鈴木。
鈴木 「まずは、最終発表でプレゼンしたものを実現させたいと思っています。もちろん、ビジネルモデルとして成り立つのか、その検証は重ねていく必要はありますが、ぜひ形にしたいですね。
もう一つは、イントレプレナーとしてのキャリアモデルを作りたいです。FICの取り組みもまだまだ始まったばかり。ある意味、私たちが今歩んでいる道が、ひとつのモデルとなると思うんです。その姿を見た後輩の中に、イントレプレナーとしてのキャリアを選ぶ人が出てくると嬉しいですね。また、その後輩の姿を見た人が……みたいな好循環を生み出せるといいなと思っています」
インタビューの最後に、「私だけ、私たちだけでは到底たどり着かなかったところにいる」と語る鈴木。
鈴木 「私にとって、チームメンバーが一番の財産だと思っています。また、一緒にFICに挑戦した他のチームとの交流も刺激的で。お互い切磋琢磨したり、アイデアを聞き合ったり、話し合っていく過程は貴重な時間でした。最終発表に向けた準備は、まるで体育祭のようで、みんなで頑張っていこうという雰囲気があったと思います。そんな彼らの想いも連れて、Growthステージでも『挑戦』を続けます」
自分たちのビジネスを形にすることと、イントレプレナーシップとしてのキャリア形成の両面で、きっと鈴木は富士通に大きなインパクトを残してくれることでしょう。