バレーボールを通して感じた、周りへの感謝

▲現在の服田

私がバレーボールを始めたきっかけは、母親のPTAバレーです。幼稚園のころは、夕方になると母に連れられてよく体育館へ行っていました。ボール拾いをしたり、点数を入れたり、隅にある跳び箱で遊んだりしていましたね。

小学校に入学すると、母がママさんバレーに行かなくなりました。そのころから、「自分でバレーボールをしてみたい」と思うようになり、近所のジュニアチームへ入ることに。同じクラスの友達と一緒に入部し、学校の高学年のお姉さんと仲間になれ、とても嬉しかったことを今でも覚えています。

当時の私は、生意気で活発な、主張の強い子でした。よく喋り、うるさいと家でも学校でも注意を受けていましたね。その性格から、バレーチームでも調子が良く、自分に分が悪いと言いわけをして逃げていたんです。しかし、年数を重ね、できることや試合に出る回数が増えるにつれ、責任やプレッシャーを感じるようになりました。そして、真剣に勝ちたいと思うようになっていました。

それからは、幼いころから、一緒に頑張ってきた仲間や監督・コーチたちといい結果を残したいと、週5回の練習、試合に熱中していましたね。小学生最後の大会では、当時チームの最高成績を残すことができ、ますますバレーボールにのめり込んでいきました。

中学校に進んでからも、平日4日、週末は他県へ遠征に行き、週6回はバレーボールをしているバレー漬けの日々でした。バレーボールは、私にとって生活の一部になっていたんです。

小中高ともに最高学年ではキャプテンを務めさせてもらいました。小中のときは部員12名ほどの家族のようなチームでしたが、高校では部員が48名と大所帯のチームに。しかし、部員が48人もいると、チーム内で価値観の差や意識の違いが生まれ、練習の秩序やモチベーションをうまくまとめることができませんでした。

「なぜ仲間なのにこんなに気持ちが通じないのか」、「なぜチームスポーツなのにそんなに勝手なことができるのか」と悩み、バレーボールを辞めようかと考える日もありました。しかし、バレーボールができる環境を支え続けてくれている母や、バレーボールを教え育ててくれたジュニアの監督・コーチに顔向けができないと思ったんです。

「せっかくここまでやってきたから、なんとか頑張ってみよう」と前向きに考えることにしました。

私がジュニアからバレーボールを続けてこられた理由はここにあると思います。私がバレーボールをがむしゃらにやってこられたのは、環境を与えてくれる人、成長させてくれる人がいて、夢中にさせてもらっていたと感じています。

高校バレーを引退してからは、「勝負するバレーボールはもうやり切った。これからは楽しく、勝負ではないバレーボールをしよう」と考え、初めてバレーボールを考えずに進学を選びました。

選手からコーチへ。立場の変化で見えた新たな気付き

▲ジュニアバレーの風景1

大学に入ってからは、毎日あったバレーの練習がなくなったため時間を持て余していました。そこで私も所属していた地元のジュニアチームでコーチをすることにしたんです。

小学生の成長する姿を見るより、また、変わらない監督・コーチの熱量と姿をみて、選手のときは知らなかったことや気付かなかったことを知るのがおもしろく、それも始めたきっかけでしたね。4年目になった2020年現在では、選手はみんな、同じ境遇で生活をしている妹のように感じています。

2月に新人大会が終わり、夏の大会に向けて練習が始まっていました。ところが、新型コロナウイルスの影響で体育館での練習が禁止され、目標としている大会も中止に。目の前の目標がなくなり、いつも通りに練習ができず、選手たちも私たちスタッフもモチベーションが下がっていました。

しかし、逆境にめげず各自近所の選手たち同士で声を掛け合い、公園で練習やトレーニングをしていたそうです。私自身、選手たちは何日もボールを触れず、実力が落ちてしまっているのではないかと不安に思っていました。なので、選手たちの意識の高さにとても感動ししたんです。また、私も今できることを探そう、と考えるようになりました。

ようやく体育館でボールを使える日が近づいてきた今。コロナにも負けない強い気持ちを持つ選手たちと、再び一緒にバレーボールができることを楽しみにしながら仕事に励んでいます。

アルバイトで培われた柔軟な思考力

▲ジュニアバレーの風景2

学生時代は、書店でのアルバイトもしていました。大学1年の冬から始め、卒業するまでの4年間弱務めていました。

私がしていたのは、主にレジ・取り寄せの受注管理・入荷連絡などの業務です。始めたころは。覚えることがとても多く大変でしたね。レジ業務と共に各カードの処理を覚えることや、会計と包装をスムーズに行う必要があって。それに加え、膨大な種類がある本の中から、お客様の求めている1冊を探し当てて注文するという業務もありました。

とにかく覚えることが多く、お客様をお待たせしてしまうことに焦り、余計に手間取っていました。しかし、だんだんと慣れてすばやく正確な対応ができるようになると、お客様から感謝の言葉をいただけたり、同僚や店長に頼りにされたりするように。働くことが楽しくなっていきました。

また、仕事をしていくにつれ、さまざまなケースに合わせていくことが楽しみになっていきました。お急ぎの注文・会計やどんなに時間がかかっても取り寄せたいという注文、プレゼントや定期購読のようにケースバイケースの業務を捌くことが喜びになり、柔軟に考える力が培われたように感じます。

この経験から、目的に向かってどのように進めたら良いのかさまざまな方法を考え、最良な選択する力がつきました。

IT化を通して人と人をつなげていく

大学4年になったころ授業出欠の取り方が紙からアプリになり、レポート提出も紙からメールになり、日々進むIT化を実感していました。

そんな中、就職活動が始まりました。私は業界を絞らず、校内で行われる企業セミナーで採用担当者の雰囲気や人柄で企業を選び、説明会や選考に参加していて。「あまりITに強くないけど、流行りだから見ておこう」と富士テレコムのブースに入りました。

私はIT化に対して、クールなイメージで機械ばかりの職場だと想像していました。しかし、説明会で「IT化で時間を削減し、人と人が接する時間を増やす」という言葉を聞き、突然ITというものが温かいイメージに変わり、親近感が湧いたんです。

それからこの会社で働きたいと思い、選考に進み内定をもらいました。他社からもいくつか内定をいただいていましたが、この「IT化で時間を削減し、人と人が接する時間を増やす」という言葉以上に響いた言葉はありませんでした。

2020年現在、本配属はまだ決まっておらず研修中ですが、やっと実際に職場に出ることができました。毎日新しいことや人に触れ、新鮮さや楽しさを感じています。「IT化で時間を削減し、人と人が接する時間を増やす」この言葉を胸に、早く業務を覚えて、人を支えられるようになりたいです。