野球と共に歩み、多くの学びを得てきた日々

▲小学6年生 大会でのワンシーン

私は、三人兄弟の次男として生まれました。幼少期は、三つ上の兄にいつもついて歩くとても活発な男の子でした。弟とは年子ということもあり、いつも一緒にいることが多く、喧嘩をするのは日常茶飯事でした。三つ上の兄は、小学校二年生になると近所の少年野球チームに入りました。その影響もあり、私も小学校一年生のときに、当時まだ幼稚園の年長だった弟と一緒に、兄と同じ少年野球チームに入団しました。

ただ、入団当初は野球に行くのが嫌いで、毎週末になると行きたくないと泣いていましたね。

その反面、同じタイミングで入団した弟は、毎週末楽しそうに野球をやっていて。その姿を見ると悔しくなり、余計に行きたくないという気持ちが強くなっていました。

ひとつ年が上だというつまらないプライドが、小学一年生ながらあったのかもしれません。

泣きながら親に無理やり連れていかれる日々が続いたものの、なんとかやめることなく続けていくうちに、野球が好きになりました。

なんとなく続けていたはずの野球も小学三年生のころにはキャプテンを務めるようになり、誰よりも負けず嫌いで野球に対する想いも強くなっていました。そのわけは、物事を真剣に取り組めるようになったからかもしれません。キャプテンも小学六年生まで続け、小学生最後の大会では、埼玉県三位になりました。

中学生になり、より実力を高めたいという気持ちから、クラブチームに入り野球を続けました。ただそこでは、チームメンバーと自分の実力差に挫折することばかりでしたね。そのため、練習をサボるなど、楽な方へ逃げたくなることが多くなりました。

そのような中、二年生のときにある試合で、自分のミスで一点取られそのまま負ける経験をしたんです。この一件が自分を変える大きなきっかけとなり、今までの練習に対する取り組み姿勢を見直すこととなりました。三年生のときは、自ら志願してキャプテンに就任しました。中学生のころは失敗や挫折から学ぶことや、練習内容に意味が出るように取り組むことが多くなったんです。

高校生になると、二年生から試合に出られるようになり、そのときは今までで一番楽しく野球をできていました。しかし三年生最後の夏の大会の前にレギュラーから外れてしまい、そのときは、小学校一年生から始めてきた野球人生が一気に崩れ去るような気持ちでした。

しかし、結果を残すこと以上に野球から学んだことがあります。それは、失敗したときにどのように取り組むか、失敗をどう生かして練習に取り組むかということ。この学びから大学でも結果ばかりにこだわって続けるのではなく、広い視野を持って今までと違う感覚で野球をやろうと思い、続けられました。

相手を敬い、謙虚な姿勢でいることが成長の鍵

▲高校時代。監督の話を聞いているチームメンバーの姿。古牧は8番

私が成長できたきっかけは、高校時代の野球部の監督がよく口にしていた、「実るほど頭を垂れる稲穂かな」という言葉に出会ったことです。その言葉に出会うまでの私は、周りよりも高校時代多少多く試合に出ているからと天狗になっていて、勝手に自分のほうが偉いと勘違いしているところが少しありました。

しかし、この「実るほど頭を垂れる稲穂かな」という意味を知ってから、自分が今までとっていた態度や言動がとても恥ずかしく、情けなかったと思うようになりました。多少多く試合に出ているからと言って、他のチームメイトに対する尊敬や敬意の気持ちが持てなくなっていたことに気づいたからです。自分が練習できるのも他の人のサポートがあるからこそできるものであって、他のチームメイトがうまくなるために練習しているときは、自分も全力でサポートしなければならないと気づきました。

そのため、この「実るほど頭を垂れる稲穂かな」という言葉を大切にしてからは、たとえ自分が今まで以上に成長したとしても、成長のきっかけは傍でサポートしてくれる人がいるからということを忘れずに感謝しようと考えるようになったんです。これは野球にとらわれず、相手を敬い謙虚な姿勢を忘れずに行動することを心がけるきっかけにもなりましたね。

アルバイトで感じた、人の役に立つ喜び

大学生になってからはフィットネスジムでアルバイトを始めました。

新規で入会されたお客様に館内の案内をしたり、トレーニングメニューを考案したり、少人数のレッスンを担当したり。アルバイトでも本格的にお客様と関わることが多い業務内容で、老若男女問わず多くのお客様と接客をするので最初はかなり苦戦しましたね。   

館内の利用案内や説明をするときに、前に通っていたジムと比較され「器具の種類が少ない」と言われたり、「営業時間が短いのに月会費が高すぎる」などフィットネスジムの経営面のクレームを受けたことも多々ありました。トレーニングの考案の際も、「これはきついからできない」と言われたり、メニューを少し簡単なものにすると「筋肉が付かない」や「体重が全く減らないのはトレーニングメニューのせいだ」と理不尽なことを言われたりしたこともありました。

その中でもとくに苦労したのは、アルバイトが行う少人数のレッスンです。自らレッスンに合わせたメニューを考えなければならないため、その時間帯にはどの年齢層のお客様が多く、どのようなレッスンメニューにするのが好ましいのかなど自分で考え実行しなければいけませんでした。

そのレッスンがお客様に合わないと参加者がひとりも集まらないこともあります。アルバイトの中では一番大変でしたが、自分のレッスン内容がお客様に合っているのか、どのようなレッスンメニューが好ましく、逆にどのレッスンメニューが好まれていないのかが、こんなにも目に見えてわかるのはなかなかない経験でした。

自分がどれだけお客様に対しての観察力があるのかなど自分を知るかなり良い経験になりましたね。また野球で培った部員をサポートするために必要な考え方は、お客様のサポートという面でアルバイトでも活用できました。

お客様の満足度が目に見えるアルバイトを続けてこられたのは、クレームや少し理不尽なことを言ってくるお客様よりも、私のレッスンを受け「楽しかったよ」「また次もよろしくね」などと言ってくれるお客様や、私が考案したトレーニングメニューをこなし、「体重が入会時よりも落ちたよ」「慣れてきたからもっとトレーニング教えて」など、優しい言葉をかけていただいたり、頼りにしてくれたりするお客様が数多くいたからです。

最初はもちろんうまくいかないことばかりで、アルバイトを続けられる自信がありませんでした。しかしアルバイトを通して、諦めるのは簡単だけれども、自分で考え失敗を重ね相手に喜んでもらうことがこんなにも嬉しく、達成感があるものだと気づけました。

富士テレコムの一員として、社会の役に立っていきたい

▲2020年現在の古牧

私は本格的に就職活動を始めるまで、自分自身が何をやりたいのか、自己分析ができていませんでした。その中で会社を選ぶきっかけとなったのは、以前アルバイトをしていたフィットネスジムのIT化が進んでいなかったため、お客様が急に体調を崩し倒れてしまった際に早急にお客様の詳しい情報が得られず、正しい処置がとれなかったことでした。

その経験から、IT企業に就職しIT化をより推進していくことで、今まで以上に快適な生活を提供し数多くの方々の役に立ちたいと考え、IT企業に就職することを決めました。しかし、ITの知識も何もなく大学の学部も文系だったため、やりたいことが明確になっただけで、就職活動をする上で不安要素はありました。

そのような中で出会ったのが、富士テレコム株式会社でした。

富士テレコム株式会社に就職を決めた理由は、数々面接を受けてきた企業の中でも、面接のときから、自分のIT企業で解決したいことをしっかり伝えられたこと。そして、役員の方々や社長の小峯 英男と面接中に行ったコミュニケーションの中で、どの企業よりもしっかりと意思の疎通ができたと自分の中で感じたことが理由です。そして、選考を進めていくうちに、ある程度自分が働いている様子のイメージができたので、入社を決意しました。

ですので、今まで勉強をしたことのないITの分野ですが、みなさまに今まで以上に快適な生活を提供し、さまざまな人の役に立ちたいと考えています。そのためにもこれから勉強に励み、一年目らしくわからないことは先輩方に素直に聞いていきたいです。小学生から大学まで挫折を経験しながらも諦めずに野球を続けてきた忍耐力と、その経験はアルバイトでも活用の場がありました。この2つの経験を社会人でも応用させ、常に知識を吸収しながら着実に成長していきたいです。