子どもの頃遊びに来ていた児童館に、縁あって就職

▲福岡市立中央児童会館・あいくる(福岡県福岡市)職員の田中 絵利香

九州随一の繁華街、福岡市中央区の天神エリア。百貨店やファッションビル、美術館などが密集し、福岡市民はもちろん、観光に訪れる人も多い地域です。そんな天神の街の真ん中にあるのが「福岡市立中央児童会館 あいくる(以下あいくる)」。複合ビルの5〜7階、そして屋上広場を施設とする全国でも珍しい形の児童館です。

飲食談話コーナー、学習室、ダンスなどができる貸し出し型の多目的室や防音設備のある音楽室のほか、ボルダリングやボールプールのある体育室など、子どもたちが興味に合わせて利用できるさまざまな設備が詰まった「あいくる」。保育士も常時勤務し、土日含め乳児の一時預かりも行っています。乳幼児から中高生まで、幅広い年齢の子どもたちが訪れ、平均来館者数は1日400人以上にもなります。

2016年にリニューアルして現在の形になりましたが、本児童館の歴史は古く、開館は1970年にまで遡ります。市内唯一の児童館として、50年以上福岡の子どもたちに遊びの場を提供してきました。職員の田中 絵利香もこの児童館を利用していた子どもの一人でした。

田中 「正直、大きくなってからは児童館の存在はすっかり忘れていて……保育士の資格を取って短大を卒業した時、就職先に児童館は全く思い浮かんでいませんでした。でも、学校から求人があると教えてもらったとき、『あれ、私が遊びに行っていたところだ』と。楽しかった記憶が蘇ってきて、児童館で働く道もあるんだ、とすぐに面接に行くことを決めて、そのまま採用していただきました」

「思い返すと、子どもに関わる仕事がしたいと思った原点は児童館にあったのかもしれません」と語る田中。

友達や児童館の先生とおしゃべりしたり、年下の子どもたちのお世話をしながら遊んだり、ひとりっ子だった田中にとって、児童館はたくさんの人と触れ合って遊ぶことのできる特別な場所でした。当時感じていたワクワクした気持ちを、今度は自分が、子どもたちに届けたいと言います。

田中 「職員は指導者ではなく、いつでも子どもたちの味方だと思っています。『おいで〜』って、いつでも手を広げて迎え入れるような気持ちで、日々児童館にいるようにしています」

このままでいいんだと思えた、保護者からの手紙

▲以前担当していた、2歳以上の幼児・保護者の親子遊びの様子。ふれあって愛しさを感じてもらうプログラム作りを心がけている

自身が児童館職員という立場になって、初めて見えてきたこともあります。児童館は子どもだけではなく、親を支援する施設でもあるということ。そして、児童館は、「寄り添って」遊びを提供する場所なのだということです。

現在田中は、2歳以下の幼児と保護者を対象にした、ふれあい遊びなどのプログラムを企画・運営しています。この親子遊びは、館内で週に1回行うほか、2カ月に1回ほど各区の体育館で開催し、児童館の遠方に住む親子に喜ばれています。

田中のプログラムには、初めての子育てに戸惑いながら、緊張した面持ちで参加する保護者も多くいるといいます。

田中 「自分ひとりでなんとかしなきゃ、そんなふうに考えているお母さんが多いように感じます。なので、困ってないかな、話したいことないかな、とお母さんたちをよく見て、プログラムの前後などにできるだけたくさん話しかけるようにしています。

子どもたちに寄り添うのも、お母さんたちに寄り添うのも、大事な部分は同じです。じっと様子をうかがって、気持ちを汲み取ること。他愛もない会話で少しずつ心をほぐしてあげること。子どもも大人も、自分の居場所だと感じられる場所になれたらいいなと思っています」

そんな田中にも、自分に自信が持てず、思い悩んだ時期がありました。親子遊びなどを企画すると、参加者はとても楽しそうにしてくれるし、自分も楽しみながら取り組めてはいる。でも、これはちゃんと「子育て支援」になっているんだろうか──そんな悩みを吹き飛ばしてくれたのは、ある保護者からの手紙でした。

田中 「『児童館は育児中のオアシスでした。子どもとの関わり方を教えていただきました』と手書きのメッセージをいただいたんです。私には、心理学的アプローチのような専門的なことはできないけれど、ほっとできる場作りができていたんだと、とても嬉しくなりました。このお手紙は、私の一生の宝物です」

コロナ禍に実感した児童館の価値。孤独にオンラインで寄り添う

▲Youtubeでタオルで作れるくまちゃんの作り方を紹介

2020年、新型コロナウイルスの感染拡大は、繁華街の真ん中にある「あいくる」にも多大な影響を与えました。緊急事態宣言下では長期に渡り休館。2021年10月現在も、貸し出しスペースに制限を設けたり、密にならないよう席の間隔を空けたりと、対策を講じながら開館しています。

子どもたちに思いきり遊んでもらえないもどかしさを抱えながらも、田中は「コロナ禍になり、児童館の持つ価値を再認識することになった」とも語ります。

田中 「久しぶりに開館した時、お母さんたちから『子どもとずっと家にこもりきりでどうにかなりそうでした』という声をたくさんいただいたんです。行けば誰かに会える、ママ友や職員と話ができる、そんな場所ってやっぱり必要なのだなと。児童館の価値を改めて実感しました」

孤独感を募らせているお母さんがたくさんいると気がついた「あいくる」の職員たち。アイデアを出し合って、コロナ禍でも児童館としてできることを模索してきました。人と話す機会が減っている子育て家庭に向けた「おしゃべりダイヤル」を開設したり、家にあるもので作れる手作りおもちゃや工作遊びをYoutubeで紹介したり。

田中も、乳幼児向けのイベントをオンライン用にアレンジ。ビデオ会議システムを利用して、親子のふれあい遊びやわらべ歌で遊ぶオンラインイベントを開催しています。

田中 「参加している間、ほっとしてもらえるように、心が軽くなるように。リアルの児童館と同じように、『誰かに会える場所』をオンラインでも作っていきたいと思っています」

「やりたい」が「できた」に変わる瞬間に立ち会える喜び

▲手芸クラブで。初めてのミシンに挑戦

田中 「保育園や学校と児童館が違うのは、子どもたちが『自分で』選択して来る場所だということ。いろんなことを体験できて、やりたいと思ったら挑戦できる。子ども自身の気持ちを出発点に、学びにつながっていく場所であることが、児童館の役割だと思います」

田中は、自分の趣味である手芸に触れる機会や、その楽しさを知ってもらう機会を作ろうと、子どもたちに向けて手芸のイベントを開催してきました。なかには「娘が手芸に興味を持っているけれど、私は教えられないから……」と言いながら、子どもを連れてきたお母さんもいました。何度かイベントを開催するうちに参加者が増えていき、最終的に、定期的に集まって行う児童館の「クラブ活動」にまで成長しました。

針と糸を触ったこともなかった子どもが、自分の力で道具を使い表現できるようになっていく姿を目にするたび、子どもの持つ可能性に胸が熱くなるそうです。

田中 「子どもたちが自分でやりたい、と思って参加して、一生懸命に練習して、できるようになった時に見せるあの笑顔。嬉しさと誇らしさが入り混じった、あの笑顔を見るたびに、児童館職員で良かったと心から思います。子どもの成長する瞬間に立ち会えることは、この仕事の醍醐味です」

小さな子どもだけでなく、中高生たちも、楽器やダンスなどに挑戦して「できた!」瞬間を見せてくれることがあります。居合わせた職員はみんな、「すごいすごい!」と拍手喝采で喜び、彼らのがんばりを讃えるそうです。

楽器の練習をしていたら、演奏してみない? と声をかけ、児童館のイベントで披露してもらうこともあります。出演したり、イベントの運営に携わったり、中高生にとっての「初めて」の経験も、児童館にはたくさん転がっているのです。

田中 「来るも来ないも自由だからこそ、いつでもワクワクがある場所でありたいと思っています。子どもが自分でつかみ取れるところに、いろんな可能性を置いておいてあげたいんです。そして、子どもたちが心おきなく挑戦するには、居心地のいい場所であることも大切です。あったかくて、ついそこに引き寄せられるような、陽だまりみたいな場所をつくっていきたいと思っています」

振り返った時、児童館って大事な存在だったなと思ってもらえるように。田中は、かつて自分が感じていたあったかくて居心地のよい場所を、今目の前にいる子どもたちに届け続けています。