専業主婦から児童館職員になって29年目。今、児童館の最前線へ

▲京都市修徳児童館 館長 木戸玲子

京都駅から地下鉄で一駅、京都の町の「どまんなか」に位置する京都市修徳児童館。

学童保育も行う同館は、小学生を中心に毎日80〜100名ほどが訪れる活気あふれる児童館です。この児童館の館長を務めているのが、児童館職員としてキャリア29年目となる木戸 玲子です。

今でこそ全国の児童館職員にその名前を知られる木戸ですが、最初の勤め先である滋賀県大津市の児童館で働き始めるまで、児童館という施設のことを何も知らなかったと言います。

木戸 「自宅近くに新しく児童館ができることになり、職員の募集があったんです。早くに結婚・出産した私にとって、ちょうど子育てがひと段落したタイミング。家から近いし、働くのに良いかなという理由で履歴書を持っていきました。大学では福祉を学んでいたので、“児童館”という言葉自体は知っていたけれど、子どもの遊び場なんだろうな、くらいの認識でした」

20代を専業主婦として過ごした木戸が飛び込んだ、児童館という世界。開館の日を迎え、子どもたちを受け入れていくなかで、木戸は「楽しいだけじゃない子どもたちの放課後と出会った」と言います。そうして、児童館=遊び場ではなく、子どもの居場所づくりをしていくという目標を持つようになっていきました。

木戸が働き始めた児童館は、すべてが整ってはいない状況で、スタッフ5人で100人ほどの子どもを受け入れることもありました。足りないものだらけの環境で、木戸が見出したのは「保護者や地域のみなさんの力を借りる」という方法です。

木戸 「保護者も地域の方も、それぞれみんな、すごい特技を持っているんですよ。運動遊びを上手に主導してくださるお父さんがいたり、歌の作詞・伴奏をやってくださるピアノの上手なお母さんがいたり。私にも何か役に立てることがあるかも、とみんなが考えてくれて、受け身な人が誰もいない場づくりができました。それが心地よくてすごく楽しかったんです。

近所の琵琶湖に釣りに行った時は、釣りをしていた地域の方が、見てられん!と教えてくださったこともありました。私は釣れなかったのですが、子どもたちはよく釣れて大喜び。児童館の外に出ていくと、ふだん子育てとは離れたところにいる方も自然と関わってくださることを実感しました」

見える・魅せる児童館へ。「子どもについて語り合える地域に」

▲町のなかの遊び場で楽しむ子どもたち

大津市の児童館で培った経験は、木戸にとって、児童館としてめざす姿の土台になっています。2012年に修徳児童館の館長に就任して以来、木戸が強く意識してきたのは、児童館を地域に開くことです。

木戸 「伝統的なお祭りも担っているこの地域は、自治会がしっかり機能していて、住民みなさんが地域のことをすごく真剣に考えていらっしゃいます。そんな立地ですから、地域の力を借りない手はないと思っているんです。職員たちと、“見える児童館・魅せる児童館”を合言葉に、どんどん地域に出て活動するようにしています」

通りの店舗や民家のガレージを活用して、子どもたちの遊び場をつくる取り組みも、そうした地域に出ていく活動のひとつです。ただし、児童館の外で何かをする際には、必ず地域住民との交渉が必要になります。

木戸たちは、「たとえ最終的に断られたとしても、地域の方に児童館を語ること自体に意味がある」という考えを持って取り組んできました。

ところが実際は断られることは滅多になく、地域住民のほとんどが快諾してくれます。「車を邪魔にならない場所に移動しとくよ」「トイレや水、どうぞ使って」と協力してくれる方ばかりです、と木戸は嬉しそうに語ります。

木戸 「外でわいわいしていると、通りがかった方から、何してるん?と声をかけていただくことが多いんですよ。年配の方からは『この地域にこんなにたくさん子どもがいたんだ』『子どもの声が聞こえるのはいいね』という言葉をもらったこともあります。

これまで全く接点のなかった方に児童館の存在を知ってもらい、子どもたちを“地域の子ども”として認識してもらえるようになってきました」

その先に木戸が思い描くのは、地域の人たちみんなが、日常のなかで子どものことを話し合えるまちの姿です。そんなめざす姿に一歩近づいたと木戸が感じた、ひとつのエピソードがあります。

ある夜、修徳児童館の周辺で、裸足で泣きながら走っている子どもがいました。見かけた地域の人が保護したものの、どうしようかと困っていると、通りがかった人から「子どものことなら児童館に聞いてみたら」とアドバイスされたそうです。木戸のもとに連絡が入り、話を聞くと、保護されたのは来館したことのある子ども。すぐに駆けつけ、家まで送り届けることができました。

木戸 「地域の方々と私たちが一体となって子どもを助けることができました。これまで地域の方と築いてきた関係性があったから、とっさの時に児童館を思い出していただけたのだと思います。『積み上げてきたことに意味があったんやなあ』と思えて、嬉しかったですね」

クレームからはじまる保護者との関係づくり

▲大津市の児童館時代には、来館者保護者たちとチームを組んで、湖族船(こぞくせん)競争というお祭りに参加したことも

児童館には、複雑な事情を抱えた子どももやってきます。

来館して遊ぶ子どもの姿に家庭が透けて見えるなかで、果たしてどこまで関わることが正解なのか、目の前の子どもに対して一体何ができるのか──木戸は長い間悩み、無力感に打ちひしがれたことも一度や二度ではなかったと振り返ります。

木戸 「今、私の役割は“つなぎ役”だと思っています。昔は私がなんとかしなきゃ、私が直接足りないものを補わなきゃと考えて辛かったけれど、修徳児童館に来てからは、地域全体で子どもを助けていくためにできることを考えるようになりました。児童館が窓口になって相談を受け、子どもや保護者を行政担当や支援団体、コミュニティに結べるよう働きかけています」

修徳児童館の来館者にはひとり親も多く、木戸は「保護者のしんどさに寄り添うことも館長としての役割」と考え、悩みを抱える父母との関係性も大切にしています。

木戸 「保護者との関係は、たいていクレームから始まるんです。怒って厳しい言葉を向けてくる方ほど、しんどさを抱えているんですね。話をきちんと聞くこと、そしてお父さんお母さんを褒めることを意識しています。お父さんお母さん自身が力をつけていけるように。わかってもらえたと思うと、ふっと表情が柔らかくなる方は本当に多いんですよ」

0歳から18歳までの子どもたちを利用対象としている児童館。子どもとも保護者とも、長くつきあうことができるのは魅力のひとつだと木戸は語ります。

木戸 「最初は厳しい言葉を向けてきたあるお母さんが、つきあっていくうちに『児童館のおかげです、ありがとう』と感謝の言葉を口にされて、驚かされたことがありました。子どもが高校に入ったことを報告しに来てくれたお母さんもいましたね。保護者の方の成長に感動することもたくさんあるんですよ」

子どもも大人も「失敗できる場所」 でありたい

▲子どもたちと地域の方をたずね、お花と子どもお茶会の招待状をプレゼント

木戸は、全国の児童館職員同士をつなぐネットワークにおいても役職を持つなど、積極的に活動しています。全国にいる同志の存在は、新しいことに取り組む時、壁にぶつかった時、木戸の気持ちを支える拠り所になってきました。

木戸 「目の前に困った子どもがいると、『なんとかしなきゃ』と、きゅーっと思い詰めてしまって、視野が狭くなってしまうことがあります。別の児童館の事例を知ったり、離れた立場の職員さんと会話を交わしたりすると気持ちがラクになって、次の一手が見えることがあるんです。児童館ごとの職員の数が限られる分、全国の児童館とのつながりは大きな意味があると思っています」

児童館職員として長い経歴を持つ木戸は、現在、館長として若手職員を導く立場でもあります。職員たちに対して、どのように成長の機会をつくっているのでしょうか。

木戸 「子どもも大人もいっしょ、というのが私の基本の考え方です。子どもたち自身がやりたいことを引き出して、自分でかたちにすることを手伝うのが私たちの仕事。職員に対しても同じで、それぞれが自分で考えて、得意なこと、やりたいことを形にしてほしいと話しています。完璧でなくても、失敗してもいい。子どもたちには、いろんな“得意”を持って輝いている職員たちに出会ってほしいと思っています」

児童館は子どもも大人もみんなが失敗できる場所。その「みんな」には、子どもや保護者、職員だけでなく、今はまだ知り合っていない人たちも含まれています。ホームページやSNSでの発信に力を入れているのは、修徳児童館の存在を多くの人に知ってもらうためです。

木戸「自分の存在を確かめることができるのは、ほかの誰かがいるから。“誰か”がもしいないなら、私がその誰かになりたいと思っています」

地域に開かれた児童館の館長として、「そこにいる」こと。木戸と修徳児童館の存在が、今日も多くの子どもや大人を支えています。