児童館は子どもたちが出会いを通して成長する場所

▲児童館の世界に足を踏み入れた、「こどもの城」勤務時代

「私自身は児童館という施設を知らずに育ったんです」と快活に話す、「平和台児童館」館長の中村 公美。

ただ、子どものころは町内のお祭りでお神輿をかついだり、夏休みのラジオ体操後に集会所で折り紙やコマで遊んだり、地域の活動に参加することが好きだったと言います。

高校卒業後は、絵を描くのが得意だったことから絵本づくりのカリキュラムがある専門学校に進学。先輩に誘われたことをきっかけに、東京都渋谷区にあった国立総合児童センター「こどもの城」(2015年閉館)でアルバイトを始めることに。

「こどもの城」には、音楽や造形、体育などさまざまなセクションがそろい、当時から先駆的なプログラムを提供していたそう。絵本を学んでいた中村は、アニメーションの原理を遊びながら体験できる映像プログラムを子どもたちに紹介する業務を担当しました。

中村 「小さな子どもでも参加できるプログラムだったので、とても喜んでもらえたし、その姿を見守るお母さんやお父さんたちもいい表情をしてくれました。その光景が忘れられなくて。子どもたちが初めての体験を通して成長する過程をサポートできる場っていいなと感じましたね」

中村は、この原体験によって、「児童館は子どもたちにとって出会いをつくる場所」という想いが刻まれたと語ります。

中村 「子どもたちにとって、児童館でいろいろな出会いを体験することが、次のステップにつながると思うんです。それは、人だけではなく、遊びだったり、出来事だったり。後から振り返っても忘れてしまっているような、ささいな出会いを積み重ねて、みんな、大人になっていくのではないでしょうか。そんな場面に関われることが何よりの喜びですね」

その後、専門学校を卒業した中村は、「こどもの城」の職員として働くことに。最初に配属された企画部では、イベント情報のとりまとめや外部団体との折衝を行い、児童館全体の動きを把握。その後、アスレチックやボールプールの安全管理や季節行事などのプログラム、野外キャンプなどの運営をするプレイ事業部に異動し、毎日子どもたちと接する場面が増えるようになりました。

中村 「新人のころは、子どもたちや保護者の方々へ声をかけるタイミングや伝え方について、悩むことが多かったですね。経験を積んだ今は、子どもの何気ないひと言や表情の変化を読みとることを意識して、スムーズに対応できるように心がけています」

被災地支援で気づいた、日常的に子どもたちに寄り添う意味

▲子どもに楽しんでもらうためには、職員自身がまず全力で楽しむ

その後、20年近く勤めた「こどもの城」を退職し、一般企業に転職した中村。CSR活動の一環として、こどものためのワークショップを開発・普及しているセクションの専任スタッフになりました。

中村 「東日本大震災発生時はこどもの城に勤めていたのですが、当時から自分にも何かできることはないかと考えていたんです。ちょうど転職先のセクションでは、被災地の子どもたちに向けてもワークショップを開催していて、年に数回、被災地を訪れることができました。子どもたちはとても喜んでくれて、回を重ねるごとに距離感も近くなりましたね」

しかし、ワークショップの開催を続けるうちに、中村の心には違和感が芽生えるようになりました。

中村 「被災地の子どもたちにとって、東京から毎年来る私は非日常の存在なんだということを感じたんです。最初の年は元気のなかった子が翌年は友だちをリードするなど嬉しい変化もありましたが、反対に心配な様子を見せる子も現れるように。

その変化に気づきながらも短い時間では寄り添えないことが、次第にもどかしくなっていきました。子どもたちには日常生活における支えが必要なんだと、あらためて感じたんです」

日常的に子どもたちに寄り添いたい──その想いが募るようになったころ、古巣のこどもの城でお世話になった方から声をかけてもらい、子どもたちの日常の中にある「平和台児童館」で働くご縁に恵まれたと言います。

再び児童館の世界へ──子どもにも親にも居心地のいい場づくりに励む

▲地域活性化や住民交流の拠点も担う児童館を目指す「平和台児童館」

中村が「平和台児童館」で働き始めてから、4年の年月が流れました。日々、子どもたちや保護者に寄り添う中で、その役割が見えてきたと語ります。

中村 「学校と違って、児童館は必ずしも毎日通わなければならない施設ではないんです。だからこそ、気持ちが落ち着く居心地のいい場所でありたいと願っています。育児で大変なお母さんたちから、『ここに来るとすごくホッとします』と言っていただけると、とても嬉しいですね」

一方で、思春期の子どもたちへの目配りも重要と言います。

中村 「小中学生くらいだと、遊んでいる最中に自分の思いどおりにいかない出来事が起こったら、しばらく来なくなる子もいます。そんな子には久しぶりに来館してくれたら声をかけ、反応を見て心情を察するようにしています。

あいさつをしても返さない子は後を追って、もう一度『こんにちは』と呼びかけると、照れくさそうに『こんにちは』と返してくれるんですよ(笑)」

親でもない、先生でもない児童館職員。子どもたちに対してどのように接しているのでしょうか。

中村 「職員それぞれの個性によって違いますね。高校生から悩みを相談されるタイプの職員もいれば、乳幼児やその保護者と楽しく話せるタイプの職員もいます。私自身は、もめごとが起きて子ども同士で解決できないときに呼びだされて仲裁に入るタイプなんです。

そんな中で子どもたちに大事にしてほしいのは、主体性。最初は職員が子ども同士をつなぐ役割をしても、子ども同士でコミュニケーションがとれて楽しく遊べるようになったら、職員は離れて見守るようにしています」

子どもたちの主体性を育てたい、でもいきなりそんなことを言ってもなかなか難しい──そんな職員たちの想いからスタートしたのが、小学生対象の「プラプレタイム」。子どもたちがその日に遊びたいことを自主的に「プラン」して「プレイ」するプログラムで、参加する子どもたちも徐々に増えていると言います。

地域とまちをつないで街づくりに貢献できる児童館を目指して

▲新型コロナ対策による休館時は、子どもたちを楽しませる工夫も

駐輪場を町内のお祭りに貸し出すなど、普段から地域住民との交流を心がけている「平和台児童館」。地域には、もともと、三世代で住んでいる世帯も多く、都心にアクセスしやすい立地を好んで新たに転入してきた子育て世代も増加。子どもたちが遊びながら騒いでも、周辺住民の方々は自然に受け入れてくださっています。

「子どもにやさしいまちは、みんなにやさしいまち」であることを実感しているという中村は、今後も積極的に地域との関係性を深めていくことを目指します。

中村 「私たちは、子どもを受け入れるまちづくりにおいて通訳のような存在になれたらいいなと思いますね。たとえば、虐待など子どもが抱える家庭環境における深刻な問題は、地域住民の方々にとっても起きてほしくない問題ですし、なんとかしてあげたいと考えているはず。

児童館職員が地域と子どもや家庭の間に立ち、子どもと接点がないような住民の方々に実情を説明したり、住民の方々の意見に耳を傾けて児童館でできることを取り入れたりするなど、橋渡しをしていきたいですね」

さらに、たくさんの利用者が集う場所だからこそ、常に安全面や衛生面の管理の徹底も。「平和台児童館」では、新型コロナウイルス感染防止のために一時休館していたときも、子どもたちを喜ばせる取り組みを前向きに発信していました。

中村 「近所の子どもたちに楽しんでもらえるように、屋外掲示板にキャラクターにまつわるクイズを貼ったり、カラフルな輪ゴムを使ったブレスレットのキットを吊るしてひとり1個まで持ち帰れるようにしたり。子どもたちに会えない期間中も、できることをずっと考えていましたね」

子どもたちの笑顔を励みに、児童館での仕事を楽しみながら続けてきた中村。児童館職員を目指す人へのエールを送ります。

中村 「私は、児童館職員には、いろいろなタイプの人たちがいた方がいいと思っています。それは、子どもたちにはいろいろなタイプの人たちと接してほしいからです。

自分が育ってきた環境で子どもと接した経験があまりなくても、子どもと関わりたいという想いが大切。子どもについて知るうちに、『子どもっておもしろいな、不思議だな、もっと学びたいな』と、きっと感じられるはずですよ」