精神障がいを持った方々の「いきいき」を生み出すために
住友ファーマは、統合失調症や双極性障害などの「精神疾患」に対する医薬品の創出に注力している企業。さまざまな観点から精神神経疾患と向き合っています。
精神疾患の社会的課題はいくつかありますが、そのひとつとして精神障がいを持つ方の就労が難しいことが挙げられます。また、就労できたところでなかなか定着しないことも、大きな課題でした。
そんな問題を解決しようと設立されたのがココワーク。精神障がい者が長期にいきいきと働ける会社をつくることをミッションとした、住友ファーマの特例子会社です。薬の提供だけでなくいろいろなカタチで患者さんへの貢献をしたいとの考えから、ココワークを設立したのが、住友ファーマの子会社、SMPアソシエ社長の渡辺です。
渡辺 「住友ファーマ(旧 大日本住友製薬)在籍時に、認知症に注力する他の製薬会社が薬の開発のみならず、認知症に関する情報発信や保険の販売など、さまざまな取り組みを行っているのだと知りました。それを知ったとき、医薬品以外の取り組みにも積極的なことに感銘を受けたんです。
ただその時点では、“自分ごと”だとは考えていませんでした」
1年後、子会社であるSMPアソシエへ出向となり、渡辺は社長に就任。社長になって頭に浮かんだのが、かつて感銘をうけた他社の取り組みでした。子会社にきた今こそ医薬品にとらわれずに新しいことにチャレンジできると考えた渡辺は、まず精神疾患領域の社会的課題を探るところから始めます。
渡辺 「精神疾患領域の営業担当に話を聞きに行きました。すると『取り組むなら精神障がい者の就労ですよ。絶対です!』と彼は迷わず答えました。聞くと精神科医からよく相談を受けていたようです。「せっかく君のところの薬で良くなっても働く先がないんや。なんとかならんか」と。そこで、すぐにその医師を訪問し、精神障がい者の就労についていろいろと教えていただきました」
「絶対にうまくいく!」。確信を胸にプロジェクトを推進
精神障がい者の就労で渡辺が注目したのは、農業でした。
渡辺 「いろいろ調べていくうちに、『農業のもつ癒し効果』という記載を見つけ、あ、これだ!と直感しました。実際に福祉施設に行き、野菜の栽培で生まれる充実感・達成感をスタッフが熱く語るのを聞いてそれは確信に変わったんです。
また国としても農業と福祉の連動「農福連携」を推進し始めた時期でもありました。高齢化して働き手がおらず、耕作放棄地が増えてしまっている日本の農業と、働き場所のない障がい者のふたつをマッチングさせることでどちらの課題も解決できると思ったんです」
早速渡辺は農業と障がい者雇用のふたつの情報収集を始めます。とはいえ渡辺はどちらに対しても門外漢。しかし、手探りで調べるうちに水耕栽培ならシロウトでも事業性を出せそうなことがわかりました。平行して住友ファーマ(旧 大日本住友製薬)との協議を進め、土地の貸与など大きな支援も得て2018年7月ココワークを設立します。2019年4月には温室が完成し、事業開始に至りました。
「絶対にうまくいく!」そんな確信を持って行動を起こした渡辺。ココワーク設立後も、しっかり情報収集を重ねながら、丁寧に事業を進めます。
渡辺 「大阪には知的障がい者を雇用して水耕栽培をしている会社が3社あるんです。見学に行き、栽培や障がい者雇用のことなどいろいろ教えていただきました。また、スタッフにもそこへ研修に行ってもらい、具体的なやり方を学んでもらいました。それでおおまかなイメージをつくれたんです。
また、大阪には精神障がい者に特化して就労を支援している、大阪精神障害者就労支援ネットワーク(JSN)というNPO団体があります。現在の従業員は全員ここからの採用ですが、就労後もJSNのスタッフがきめ細かく丁寧にフォローしてくれるのでとても安心です。就労定着にこういう連携は欠かせません」
そんな活動に共感し、影響を受けた社員がひとり。人事部長の山崎 浩二でした。
山崎 「その当時、私は支店長として営業活動を行っていたのですが、『お薬を紹介することで、精神障がいの方の治療に役立ちたい』という想いは常にありました。反面、薬で貢献できることがある一方で、薬だけではどうにもならないケースも目の当たりにしていて。
精神神経疾患の治療は『薬を飲むことで症状が良くなり、社会に復帰する』ことが目標のひとつとなります。しかし社会に復帰するまでのお手伝いが、会社としてできていないと感じていました。そのような中で、渡辺がこの会社を設立し、非常に勇気づけられました。自分たちも精神神経領域の仕事をしている誇りが生まれたのを覚えています」
現場だからこそ見えた、障がい者就労の実態とやりがい
渡辺は住友ファーマ(旧 大日本住友製薬)ではファーマコビジランスの部門で長らく経験を積んできました。そのため精神疾患についてある程度理解しているつもりでしたが、実際に会社を設立し、教科書と実際との違いを感じました。
渡辺 「一人ひとりで特性が大きく異なり、『この疾患の方はこういう傾向がある』とひとくくりにはできないことが多くて戸惑いました。スタッフも同じ感覚があったようです。でも、自分のまわりを見てもいろんな人がいます。疾患で対応を考えるのではなく、その人自身を見て、その人に合うやり方を考えようと思うようになりました。
また、統合失調症の陰性症状のひとつとして『感情の表現が乏しい』というものがあります。言葉も少ないのです。仕事が楽しいのか、楽しくないのか、表情からわかりません。ところが、そんな彼らが日報には『今日は〇〇の仕事がうまくできて褒められた。うれしかった』と書いていて。感じていないのではなくて、うまく表現できないだけなんだと知りました。それからは、自分の気持ちを表現するしかけをつくるようにしています」
そんな中でも精神障がいを持つ従業員の成長や、お互いに助け合っているのを見た時に強いやりがいが生まれているのだと言います。
渡辺 「非常に嬉しかったことがあります。設立時からの従業員で、指示された作業はきちんとできるようになったのですが、コミュニケーションや仕事の全体を理解するのが苦手な方がいました。
しかし、ある日ひとり残って掃除をしていたもうひとりの従業員に対して、彼が自分から歩み寄って、『どこが終わっていないんですか?』と聞き、手伝いを始めたんです。状況を判断して自分から声をかける、という今までではまったく考えられない行動にとても感激しました」
また、最近は地域の障がい者雇用への貢献も始まっています。
渡辺 「スーパーへの出荷をメインに販売しており、出荷作業(袋詰め)が大変なため、吹田市内の障害者就労継続支援事業所から、施設外就労というかたちで週にのべ12,3人来てもらっています。
作業に来てくれる方は、いつもは自分たちの事業所内で内職的な作業をしているため、外に出て仕事をするのが非常に楽しいようです。地域の障がい者雇用にも貢献できているようで非常に嬉しいですね」
そのような成功事例は、山崎の耳にも届いています。
山崎 「渡辺からそういう話を聞くと、ほっこりしますね。精神神経領域を重点領域として患者さんを救っていきたいと思っている弊社内の出来事として、喜ばしく受け止めています」
そして山崎は住友ファーマ(旧 大日本住友製薬)の新卒採用活動にちょっとしたアイデアを盛り込むことで、取り組みを社内に周知する試みも行っているのです。
山崎 「今年から、内定された方にココワークの野菜を届けるというサプライズ企画を始めました。当社が新薬をつくるだけでなく、いきいきと働く場を提供することでも精神障がいを持つ方の健康で豊かな生活に貢献したいと思っていることを知ってほしかったんです」
サプライズ企画は大好評。感謝のメールや直筆のお礼状が届くという反響に山崎はココワークの存在意義を再認識したと言います。
山崎「内定者本人だけでなく、ご家族から「わが子が素晴らしい取り組みをしている会社に内定をいただいたことを知れて感動しました」とメッセージをいただくこともありました。これからも継続して続けていきたいですね」
社内から社外へ。そして「真似される農福連携」をめざして
これまでココワークの地盤を固めてきた渡辺。今後はキャリアアップの制度をつくることと、次の事業拡大に注力したいと語ります。
渡辺 「正社員にもなれず給料も上がらなければ、就労定着はうまくいかないと思います。
一緒に働き、彼らの姿を近くで見ることで、評価項目や昇格要件など少しずつキャリアアップを考える上での課題も見えてきました。従業員にいきいきと長く働いてもらうために、スタッフと課題解決に取り組んでいきたいです」
そして渡辺が考えているのは、社内の取り組みに留まりません。
渡辺 「目指しているのは『真似される農福連携』です。私たちは親会社の敷地内の土地を使えるという、非常に恵まれた環境で水耕栽培ができています。加えて都市部のため、障がい者の方も通勤が便利で、野菜の流通にも有利です。これは、再現性がある事例だとは言えないでしょう。
現実として、ココワーク1社の力は小さいです。雇用できる障がい者の方の人数も限られています。でも、他社が真似してくれるような農福連携のビジネスモデルをつくることができれば、それは全国に広がり、本当の意味で精神障がいを持った方の職場の広がりにつながります。
2年間で人脈は増えましたし、障がい者雇用でも多くのことを学びました。それを活かし、露地やハウス栽培、耕作放棄地の再生、六次化商品のコラボ開発、レストランなどいろいろな可能性に挑戦し、真似される農福連携を実現したいですね」
山崎 「大日本住友製薬(現 住友ファーマ)としては、ココワークの経営がしっかり成り立っていくためのサポートをしたいと思っています。人事部としては、精神神経領域は薬だけでは解決が難しいことを啓発しつつ、ココワークが大きな役割を担っているのだと社員に知ってもらいたいですね」
このように、常に“次”を考えて施策を練り続けている渡辺。その原動力になっているのは、「感謝」の気持ちでした。
渡辺 「大日本住友製薬(現 住友ファーマ)在籍時のファーマコビジランスの仕事は大変でしたが、医師から感謝の言葉をいただくことで役に立っているんだなとやりがいを感じることができたんです。
感謝がやりがいにつながる。この感覚を、障害を持つ方にも感じて欲しいと思っています。そのために、私にできる事はすべてやるつもりです」
障がいを持つ方も、いきいきと働ける社会を実現する。渡辺のその熱い想いは、これからの障がい者雇用を変革していくことでしょう。