プロフィール
リサーチディビジョン 薬理研究ユニット 手嶋さん
開発候補化合物の薬効評価を担当。主に、細胞などを用いて生物学試験を行い、化合物の薬効を評価している。また、デジタルデバイスを用いたバイオマーカーの検討も行う。
リサーチディビジョン 化学研究ユニット 相原さん
開発候補化合物の探索合成を担当。主に低分子化合物を合成し、その薬理活性の結果を基に、より良い新規化合物をデザインしている。また、中分子(ペプチド~タンパク質製剤)についての研究も行う。
はじめに
住友ファーマは、縦(所属組織)、横(所属プロジェクト)の枠を超えた自由闊達な研究活動を推奨するべく、2018年度からリサーチディビジョン(RD)においてバーチャルワンチーム(V1T)活動を開始しています。今回は、複数あるV1Tのうち「新規モダリティ」V1Tのコアメンバーである手嶋さん、相原さんの2名に取材しました。V1T活動とはどのようなものか、その中で「新規モダリティ」V1Tが生まれた背景や目的、これまでの取り組み内容と成果、今後の課題についてお話を伺いました。
Q. バーチャルワンチーム(V1T)とは何か、教えてください。
手嶋 「V1Tは、主に研究初期のテーマに共通する課題や実験アイデアなどを、組織(部門)や品目ごとのプロジェクトの枠を超えて共有・議論することを目的として2018年度から始まった活動です。2019年度からは、薬理研究ユニットに加え、化学研究ユニットや基盤技術研究ユニットなどとも強力に連携しながらV1TをRD全体に「見える化」し、活発化。
それにより研究員間のコミュニケーションをさらに促し、研究活動の活性化・効率化を推進しているのです。V1Tには、現在私たちがメンバーとなっている「新規モダリティ」V1Tのほか、神経変性疾患の分子基盤に注目した「神経炎症」や「溜まりもの」、精神疾患創薬の早期アイデアについて議論する「精神萌芽テーマワーキンググループ」など、10のV1Tがあります。
各V1Tは不定期に、チームの代表者が中心となって部門横断的に、関係するテーマについて議論しています。その内容は、化合物の評価や評価系の情報共有、課題解決やテーマ発案・相談、実験手技の共有などに関することです。そんなV1Tの運営は、基本的に各V1Tの代表者に一任されています。フランクでフラットなコミュニケーションの場なので、この活動を行うための資料の作成に時間を割く必要もありません」
相原 「V1Tの良いところは、各研究者が、それぞれ興味・関心を持つテーマのチームに参加していることです。メンバーの興味・関心が共通しているので、コミュニケーションや議論が活発になり、情熱をもったチーム運営が可能になっています」
手嶋 「これまでは、同じ病態に関するテーマはたくさんあっても、それぞれが連携するしくみがありませんでした。そのため、各人が別の場所で同じような悩みに遭遇し、中にはその課題を乗り越えられず、諦めてしまうこともあったかもしれません。しかし、今後はV1Tのしくみの中でコミュニケーションの場を設けることで、ひとりの悩みを全員で共有し、解決できればと考えています」
相原 「V1Tは薬理研究ユニットから始まったので、薬理研究中心のチームが多くありました。その後、化学の観点から議論するチームも追加したいという意見が出て、化学研究ユニットが中心となったチームも始動し、今はRD全体でV1Tの取り組みが広がっています」
手嶋 「またV1Tは、ひとつのチームに参加することはもちろん、チームの掛け持ちも自由です。RD以外の本部からも参加できます。「新規モダリティ」V1Tでは、コアメンバーを中心に通常十数人で議論しているんです」
【コラム:新規モダリティとは?】
一般的にモダリティとは、医薬品の物質的な種別(カテゴリー)を指します。具体的に、低分子化合物や抗体医薬、核酸医薬、再生・細胞医薬、遺伝子治療などです。
医薬品業界における新規モダリティの定義は、「まだ一般的に使用されていない医薬品」や「使用され始めている医薬品」とされています。中分子と呼ばれるペプチドや核酸、遺伝子、mRNA、再生・細胞医薬などが当てはまります。
最新のトレンドでは、モダリティの定義が、「物質」から「手段」に移りつつあるところ。この定義で考えると、薬以外の治療用アプリなどもモダリティの一つといえます。また治療手段として捉えるならば、物質としては汎用されていても、違う形で応用すれば新規モダリティになり得ます。たとえば、低分子化合物は新規モダリティではありませんが、そこに特殊なドラッグデリバリーシステム(以下DDS)※を実装すれば新規モダリティとなるのです。
※ ドラッグデリバリーシステム(DDS):体内での薬物分布を制御することで、薬物の効果を最大限に高め、副作用を最小限に抑えることを目的とした技術
Q. 「新規モダリティ」V1Tが設立された背景や目的、意義を教えてください。
手嶋 「一般的なモダリティ、そして新規モダリティの意味は、コラムをご覧いただければと思いますが、私たちは「当社における従来的な低分子化合物+剤形」以外のすべてのものを新規モダリティと捉えています。なぜ、新規モダリティの研究を行う必要があるのか。
それは、低分子化合物だけではつくることができる薬に限界がある──すなわち、治療対象とする疾患や病態が限られてしまうからです。多くの患者さんのニーズを満たすためには、新規モダリティが必須となります。新規モダリティ自体は、当社においても中期経営計画2022やRDの研究方針などで表明されており、このV1Tができる前も、研究テーマとして存在していました。
そこで最初に着手したことは「新規モダリティのアイデアをもつ人を集める」ことでした。一人ひとりが良いアイデアをもっていても、具体的な実現に向けては苦労があるはず。そしてその苦労の中には、皆が同じようにぶつかる共通の課題もあるはずです。
私自身、以前からデバイスを組み合わせた新規モダリティを考えていましたが、既存の方法論は使えないため、ひとりでは打開策を見つけられずにいました。そのような自分の経験から、私のような研究者を支援できればと考えました。
「新規モダリティ」V1Tでは、新規モダリティのアイデアと熱意を持つ人をサポートし、個人のアイデアを皆でブラッシュアップして「テーマ」という形にしていくことを目標に掲げています。「0.1(アイデア)から1(テーマ)へ!」が私たちのミッションです。
1.狭義のチームミッション
新規モダリティに関する各研究員のアイデアを研究テーマという形にブラッシュアップする。0.1(アイデア)から1(テーマ)へ!1.広義のチームミッション
新規モダリティの研究・評価を推進することで、従来の手法の枠を超えた研究開発活動により、人々の健康に貢献する風土を醸成する
チームの位置づけやミッションを定めた後、私は相原さんをはじめ、新規モダリティに興味のある研究員を誘って、チームを編成しました。新規モダリティにおいては研究初期の段階から、製剤化のことまで考えることが重要だと考え、他本部の製剤研究所にもお声がけしました。
普通の低分子化合物では、合成し評価が進んだ後に製剤研究所に関わっていただきますが、それはこれまでのノウハウがある低分子化合物だからできること。新規モダリティの実現には、研究初期から製剤化を考えることが重要であり、製剤研究所との協力が不可欠です」
相原 「私はもともと特殊なタンパク質製剤に興味があったため、手嶋さんからお声がけいただいて、即答で参加したいとお伝えしました。ひとりでは難しい課題でも、複数人でアイデアを出し合うことで医薬品に近づけることができるのではないでしょうか。「0.1(アイデア)→1(テーマ)」への道筋はとても大変ですが、さまざまな視点から意見を得ることでより良い研究テーマにできるのでは、と期待しています」
Q. さまざまな専門性やバックグラウンドを持つ方が集まって、活発に議論をしている印象を受けました。他にどんな方がバーチャルワンチーム活動に参加していますか?
手嶋 「チームメンバーは、製剤が専門の方の他に、薬物動態や安全性など、さまざまな専門分野の方々を集めました。実際に声をかけてみると「実はこんなことを考えていたんだ!」と自分のアイデアを表明する人がほとんどで、大変興味深かったです。ひとりでは解決が難しくても、さまざまな専門性が集結することで、テーマに押し上げることができるのではないかと考えています」
相原 「医薬品をつくるという共通の大きな目標を達成するためには、化合物合成も薬効評価も、DDSのような製剤技術も欠かせません。創薬はひとりでできるものではなく、それぞれの部門が一丸となって取り組む必要があります。とはいえ、これまでは研究のアイデア段階で部門を横断して連携することはあまりなかったように思います。「新規モダリティ」V1Tを通じて、初期段階から議論を活発化させることで、研究もより前進できるのではないでしょうか」
手嶋 「新規モダリティ」V1Tは、これまでの手法では満たせなかった患者さんのニーズを満たすため、新たな手法=モダリティを取り入れた創薬研究を推進することを目指しており、相原さんをはじめ、この意義に賛同したメンバーが集まってくれました。
当社が得意とする低分子化合物だけでは満たせないニーズは確実に存在します。非常にチャレンジングなことではありますが、多様な視点で新規モダリティを研究・評価し、新たな事業機会を創出することで、より多くの患者さんの治療に貢献できればと考えています」
Q. 「新規モダリティ」V1Tの成果を教えてください。
手嶋 「まず、人的ネットワークをつくるという観点で成果を実感しています。「新規モダリティ」V1Tで生まれた人脈をもとに、日常的に議論がなされているという話を聞き、嬉しく思います。また、私たちRDと製剤研究所、そして研究所外であるフロンティア事業推進室の3者が協業して生まれた共同研究案件もあります。
私は以前からとある技術に関心を寄せていて、共同研究できればおもしろそうだと考えていましたが、RDだけでは共同研究を実現することは難しいと感じていました。薬理的な知識以外に、工学的な知識、製剤に関する知識、医療機器ビジネス分野への精通など、多面的な知識や能力を必要とするものでした。しかし、3者がそれぞれのタイミングで同じ技術に興味・関心を持ち、その技術を持つ先にコンタクトしたいと考えていたことがV1Tを通してわかり、製剤研究所の方が代表してアクションを起こし、共同研究が実現しました。
共同研究がスタートする予定で、非常にスピード感があったとも伺っています。V1Tで形成した人脈を生かして、共同研究を実現できたことを非常に嬉しく思います。私たち「新規モダリティ」V1Tのミッションとして掲げている「0.1(アイデア)→1(テーマ)へ!」が実現できており、イノベーションにつながる成果だと感じています」
相原 「私にとっての成果をお話ししますと、私は「新規モダリティ」V1Tで、関心のあるタンパク質製剤について2回発表する機会をいただいたんです。
1回目はアイデアベースで発表したところ、メンバーから「タンパク質製剤を使うことで従来の手法では満たせなかったニーズを満たすことができるのか」という根本的な部分について指摘をいただきました。自分自身でよく検討していたつもりでも、見逃しがあったことに気付かされ、自分のやりたいことを考え直す良い機会となりました。
2回目の発表時には、ある程度の方向性を決めることができ、技術を持つアカデミアとの共同研究にもつながったのです。私が研究しているタンパク質製剤は、いかにして化合物を作用させたい部位に届けることができるかが重要になります。「新規モダリティ」V1Tを通じて、化合物を脳内に届けるDDSに興味がある薬物動態の研究者と出会ったことで、タンパク質製剤とDDSのシナジーがあるのではと考えました。
今回のアカデミアとの共同研究の目的は薬のタネを見つけることです。それがうまくいけば、それをどのようにして作用させたい部位に運ぶかという研究が必要となります。現在は、V1Tで出会った薬物動態の研究者と定期的にお互いの進捗を報告しており、将来的にはDDSとのシナジーを発揮させたいと考えています」
Q. 今後の課題を教えてください。
手嶋 「知的財産関係の情報がもっとほしいと感じています。低分子化合物と新規モダリティでは、特許の形や取得の仕方などが異なるはずです。私が取り組もうとしているデバイスも、低分子化合物とは知的財産戦略の組み立て方が変わってくるのではと考えています。特許を見据えて研究を進めるために、社内での連携をさらに深めていきたいです」
相原 「この一年間で、「新規モダリティ」V1Tを通してさまざまな成果が得られたと思います。やはり、研究員は革新的な医薬品を創製したいという強い想いがあり、その想いをベースとして、それぞれが斬新でおもしろいアイデアをもっていることがわかりました。
究極的には、V1Tをつくらずとも、それぞれがアイデアを出して、アイデアを研究テーマに育てていくことのできるコミュニケーションが、自然に行われる状態にすることが一番だと思います。V1Tがなくても誰もが人脈を広げ、自由闊達なコミュニケーションを取ることができれば、もっとイノベーションが生まれ、大きな成果が生まれるのではないでしょうか」
手嶋 「「新規モダリティ」V1Tの方針としても「従来の手法の枠を超えた研究開発活動により、人々の健康に貢献する風土を醸成する」と掲げています。V1Tがなくても、組織横断的なコミュニケーションができ、誰もが革新的な研究活動を進められる風土を目指して、今後も活動を進めていきます」
〈編集後記〉
これまでの住友ファーマの創薬研究、ある部門がプロジェクトを立ち上げて、それを進めていく過程で他部門がプロジェクトに参加することが一般的でしたが、一つの部門だけでプロジェクトを立ち上げようとしても難しいケースもあります。「新規モダリティ」V1Tがあったからこそ、一部門だけでは実現できなかった共同研究を開始することができたのは、大きな成果だと感じました。
当社から革新的な医薬品を創出するためには、低分子化合物以外のことにも目を向けて、新規モダリティに取り組んでいくという意志を研究部門内で、今まで以上に示していく必要があると感じました。個々の新規モダリティに興味がある人たちだけが研究するのではなく、「新規モダリティ」V1Tを通じて、新規モダリティの研究風土が醸成され、画期的なモダリティが創出されることを期待しています。
