付加価値を提供できる投資家を目指して。DGDVのグローバルネットワーク戦略とは
──大熊さんは、2016年にDGDVの立ち上げに携わられ、その後代表取締役に就任されています。あらためて、DGDVのこれまでの歩みと振り返りということで、DGDVにどんなことを期待されてこられたのか、また現在地について教えてください。
大熊 「DGDVは、Twitterをはじめとした海外投資先の日本展開支援実績や、ユニークなネットワークを有すデジタルガレージと、スタートアップのIPOの知見が豊富な大和証券グループが、双方の事業支援や目利きと金融知識というそれぞれのナレッジを持ち寄って2016年に設立されました。
まず、DGDVのユニークさの源泉はDG Labにあると私は思っています。DG Labとは、デジタルガレージ社内にある、AIやブロックチェーン、セキュリティ、バイオヘルス、xRに代表される領域の研究開発組織のことです。
そこには各最先端領域のエンジニアやスペシャリストが在籍しており、DGDVは彼ら、彼女らと連携して、投資先の発掘や、投資先への付加価値提供策を議論してきました。
単に投資を行い、大きなリターンが出るだけでなく、実際に“投資先の事業を一緒につくっていく”姿勢で投資先支援を行うことを信条としている点が、われわれが他のVCと大きく違う点だと自負しています。
VCも市場の影響は多分に受けますが、それ以上に今は投資家も起業家に選ばれる立場であり、付加価値を提供できる投資家が選ばれる時代です。
幸いにして、DGDV投資先の事業を一緒につくっていく、国内企業の海外展開や海外企業の日本展開支援、という特徴はユニークなポジションと捉えていただくことも多く、『DGDVについて良い評判を聞いたので、ぜひ投資していただきたい』といったお話を受けるケースが日本だけでなくアメリカやインドなどでも増え、手ごたえを感じはじめています」
──「付加価値を提供できる投資家が選ばれる」という言葉が印象的でした。そうしたユニークなポジショニングは、立ち上げ当初からめざしていたものなのでしょうか?
大熊 「当初からそうしたコンセプトを設定していましたが、実際にチーム運営を進める中で強まってきた側面もあるように思います。活動を行う中で思うように付加価値を生み出せない領域もありましたし、逆に想像していた以上に力を発揮できる部分もありました。
ユニークなポジショニングをどうめざすか、考えに考え抜き、走りながら動いてみて、失敗して修正するプロセスを繰り返した結果、今があると思っています。
DGDVの一番の強みはグローバルにおけるネットワークですが、その根幹には一社で独占して優良企業に投資を行うよりも、価値観や知見を共有し合えるようなパートナーや投資家と共に複数社で支援する方が投資がうまくいく秘訣だという考えがあります。
もともと有していたデジタルガレージや大和証券グループのネットワークに加えて、これまでの二つのファンドを通じてLPをはじめとしたさまざまな企業の方々と連携し、設立来6~7年かけてメンバー個々の魅力や努力を積み重ねてきた結果、現在の優良なネットワークを構築することができたと自負しています」
本当は厳しい「チームワーク」──大切なのは自身を知ること、自然とギブができること
──DGDVの特徴の一つとして“チームワークファンド”が挙げられますが、どのような想いで組織を形成されてきたのでしょうか?
大熊 「ファンドは10年ほどのサイクルで投資先の企業を支援させていただくのが一般的です。その期間に担当者が何度も交代するようなファンドや、一人しかスタープレイヤーがいないようなファンドでは、投資先やお付き合いをする企業は『真摯に時間も使って向き合ってくれるのだろうか』『最後まで事業連携のサポートをしてくれるのだろうか』と不安に感じるのではないかと思います。
ゆえに、担当者として一人ひとりの個人の顔は見えるけれど、『このときはこの人を連れて行きます』といった形で、ユニークなスキルセットを持つ個人が各自の強みや良さを適宜発揮し、チームワークとして提供できることが、ファンドの永続性やユニークなポジションをつくる観点でも重要であると考えています」
──これまでDGDVの皆さんの取材の中でも、自分たちの利益よりは全体が豊かになる方を志向しているなど、温かい人たちが多いなと感じました。
大熊 「個々が自分のパフォーマンスだけを最優先にした結果、投資家として投資先を奪い合うような形になってしまうのはもったいないと考え、そこをうまくチーム貢献の方向に向けることができるようなしくみづくりに努めてきましたので、そのようなお言葉をいただけると嬉しく思います。
具体的には、全体のパフォーマンスが出るとファンドはもちろん個々のプロフィットにもシェアリングされる形をとっており、これはチームワークファンドの礎とも言えるでしょう。
個人としても、そもそもそういったメンタリティを持つ人たちと共に仕事をした方が楽しいし、気持ち良く働けるという考え方に端を発しています。
このコンセプトに共感してもらえるようなメンバーが集まり、そのカルチャーを継承できるような人が続いて入ってきて、という繰り返しで今のDGDVがつくられてきました。
今後も、このメンバーでユニークなポジショニングをどうめざしていくか、チーム一丸となって模索していきたいと考えています」
──具体的には、どのようなメンバーを集めるよう心がけていらっしゃるのでしょうか?
大熊 「チームワークと言うと、単に仲良しや慣れ合いのある組織のように思われがちですが、実はチームワークとは非常に厳しいものだと考えています。
自分の得意分野を認識し、同時に、自分が苦手なことや誰かに頼らなければならないことを認識した上で、自分が得意なものをギブするという素養と姿勢がないと成り立たないものです。
私がかつて海外のビジネススクールに通っていた際、チームで課題の解決に取り組むグループワークを繰り返した経験があります。そのときに痛感したことは、個々のスキルセットやバリューがうまくアラインされているチームほど、良いアウトプットを出せるということでした。
また、個々の有するスキルセットの重複や欠落があった場合にも、その欠けているものを誰も埋めにいこうとしないようなチームはうまくいかず、『なぜこれをやってくれないんだ』とお互いを責め合うような形になってしまいました。
そうした経験を踏まえ、採用要件を決める際は、『今DGDVとして、どんなスキルセットを補完すべきか』といったテーマについて慎重にディスカッションを行うとともに、欠けているものを埋めにいこうとしてくれる方かどうか、といった部分も重視しています。
くわえて、採用する方にはチームとの相性はもちろんのこと、面接やオンボーディングを通じてこちらが期待することをしっかり伝え、合意形成を図った上で迎え入れるようにしています」
──日本発グローバルVCとして、Tier1投資家との強固なネットワークを築いてきたこともDGDVの強みだと思います。このネットワーク形成はどのように行われてきたのでしょうか?
大熊 「もともとデジタルガレージグループの共同創業者の林 郁と伊藤 穰一が、SV AngelやLinkedInの創業者のReid HoffmanといったVCや投資家とのネットワークを持っていました。
DGDVでは、こうしたグループの持つアセットを活かすことに加え、それだけに頼らずに独自でネットワークを拡張していくべきとの考えのもと、メンバーそれぞれが個人のネットワークの活用や、案件でのコミュニケーションなどを通じて、優良なディールを紹介いただけるエコシステムを少しずつ、地道に築き上げてきました。
ネットワークをつくるために大事なことは、まず第一にギブです。単純に『このVCとつながりがある』『良い投資先を紹介してほしい』という表面的な付き合いではなく、自分たちのポートフォリオの状況を紹介したり、日本の市場環境に対する見解を伝えたりするなど、DGDVが提供できる付加価値がどういったものかということを相手にきちんと伝えることが重要だと考えています。
そうした積み重ねの結果、『こんなディールがあるけど関心はある?』というお声がけや、われわれの投資方針を理解いただいた上で、合致するような先を紹介してもらえることも増えてきました。
地域的にも、世界中から魅力的なスタートアップの紹介を受けた結果、今ではインドやアフリカやパキスタンにも投資を行っています。やはりこちらからギブしないとテイクできないと思いますし、こうした“活きたネットワーク”づくりを、メンバー全員が自然とできているのは喜ばしいことです」
本質的なオープンイノベーションのために、DGDVが行う「戦略的マッチング」とは
──オープンイノベーション型VCとして大企業を巻き込む力を持っていることが、DGDVのもうひとつの強みかと思います。
大熊 「まず、大企業もスタートアップもそしてスタートアップのエコシステム構築を支えるVCも得をする、そんなWin-Win-Winの構図をつくりあげることは、非常に難しいことです。
他方で、大企業一社だけに得をさせるというようなスキームでは、本質的なスタートアップのエコシステムは育っていかないんじゃないかと考えています。
スタートアップは、大企業が今有しているマーケットに対して、もちろん新しいマーケットをつくる救世主となるケースもありますが、逆に新しいプロダクトをもって大企業の牙城を取り崩すような脅威となるケースもあります。
そのようなエコシステムの全体像を理解しないままに、ただやみくもにVCが大企業に『こんなスタートアップがありますよ』と毎回紹介し、大企業側も『スタートアップ投資のやり方がわからないから、VCを通じてとりあえず投資して連携する』というような形の、表面的なオープンイノベーションのしくみをつくってしまうと長続きせず、結果的に誰にとってもサステナブルにならないだろうと考えられます。
したがって、サステナブルなオープンイノベーション支援には、大企業側が期待していることと、スタートアップ側が期待していることにマッチングが認められるということが重要だと感じています。
そこがまさに非常に難しいこと、と申し上げた点で、われわれも実際にLPをはじめとした大企業にスタートアップを紹介する際には、戦略的なマッチングを意識し、厳選して紹介することを心がけています。
そしてそのマッチングを理解するためには、やはり大前提として大企業の意図を正確に把握する必要があるので、DGDVのメンバーはそういった点を意識しながら、日々コミュニケーションを取らせていただいています」
──大企業との関係性を築いてこそオープンイノベーション支援ができるということですね。そうしたサステナブルな関係性の構築をめざす上で、他に何か取り組まれていたりもしますでしょうか?
大熊 「デジタルガレージグループでは、シリコンバレーのようなスタートアップ・エコシステムの創造を目標に、言わば日本のY Combinatorとして、Open Network Lab(Onlab)というアクセラレータープログラムをこれまで12年ほど運営してきました。
創業間もないシード段階のスタートアップが毎回100社以上応募してくださっており、われわれとしても学びの多いプログラムとなっています。実際にここで採択されたスタートアップが成長し、DGDVから投資をした例も多くあります。
LPの方々からすると、DGDVのユニークネスは、そうしたファンドの投資対象段階よりも早い段階の情報も補足していることに加え、やはり海外のスタートアップの動向を実際に投資先と触れ合って得た生の声として常にお伝えしているところにあると感じていただけていると実感しています。
以前は、『今アメリカでこれがトレンドとなっているから、2~3年後に日本でも流行するはず』といった形が主流でしたが、足許は、グローバルで同時多発的にいろいろなものが生まれるマーケット構造になっていて、海外のスタートアップと似たビジネスモデルのスタートアップが日本でもほぼタイムラグなく誕生している状況です。
つまり、『海外にはこうした動向があります』と伝えるだけでは付加価値を提供できないほど、情報自体が陳腐化しています。また、情報を入手しようと思えば、インターネットでもすぐに見つけることが可能です。
単に右から左へと情報を流すだけではなく、情報の本質を理解した上で、『今はこうしたスタートアップが御社に合っていると思います』というような戦略的な提案や、常に次にこういったものがマーケットに来るんじゃないか、と予測する力を持つVCを大企業は求めているのではないかと思い、われわれも日々精進しています」
投資家と企業家が循環するサイクルの実現が業界を成熟させる──DGDVがめざすもの
──情報の非対称性が減少しつつある今の社会の中で、今後DGDVがめざす方向性を教えてください。
大熊 「グローバルに活躍できるチームの基盤はできてきているので、規模を大きくすることにはこだわっていません。それよりも、投資先の価値を上げられる厳選されたメンバーで、大切にしたい価値観を共有しながら永続的に価値を提供し続けることを重視しています。
今後取り組んでいきたいことの一つが、DGDVというビークルで、投資家のエコシステム、循環するサイクルを実現することです。
シリコンバレーでは、投資家として成功した人が事業サイドに行き、事業サイドで成功を収めたらまた投資家に戻るという循環がとてもうまく回っています。
今の日本はまだVCもスタートアップ業界も黎明期ですが、いずれはDGDVが支援して成功を収めた起業家にわれわれのネットワークに入ってもらい、その方が新たな投資家としてスタートアップを支援するというようなコミュニティーができたり、逆にDGDVのメンバーが投資先のスタートアップに入って、自身で事業を展開し、成功を収めたりするような循環サイクルをつくれたら理想的ですね」
──その構想を見据え、足許何か企図されていることはありますか?
大熊 「現在は3号ファンドの準備中です。おかげさまで1号ファンドや2号ファンドの進捗も順調なので、3号ファンドは、もう少しスケールの大きなものをめざす予定で、とくにグローバルのスタートアップをより積極的に支援できたらと考えています。
そのためにも、私たちの価値観を共有できるメンバーを、グローバルで地道に数名ずつ増やしていきたいですね。
ファンドは一般的に投資期間5年、バリューアップ・回収期間5年の計10年というのが1サイクルになっています。
今のメンバーと共に次の10年間じっくり腰を据えてコミットしてくれるメンバーを迎え、社内外といった枠も超えて今後いっそうオープンイノベーション支援の輪を広げ、日本発グローバルVCとして、スタートアップ・エコシステムの発展に貢献していきたいです」