世界最多の人口をほこる魅力的な市場。そこに根差し、豊かな国を目指す多くの起業家

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——さっそくですが、VCから見たインド市場の魅力とはどういったところにあるのでしょうか?

揖斐 「キャピタリストとしていろいろと海外マーケットを見ている立場から見ても、インドはとくに市場の成長スピードが凄まじく、大きな期待を集めており、成長市場に投資をしていくという観点では見逃せない地域だと考えています。

また、インドの都市部は若者、Z世代を中心として欧米の文化を取り入れている世代が、SNSはもちろんさまざまな先進的なサービスを使用している一方で、地方の農村部ではまだ開発中の地域もあり、そうしたところでは金融インフラや農業関連のスタートアップ等が成長を遂げているなど、インドという一つの国の中で開発途上国から先進国の特徴まで包含している点が特徴として挙げられます。

くわえて、モディ政権がデジタルインディア構想を打ち出し、国が一丸となってデジタル化を進めたりと政府の力強くスタートアップが成長する環境をサポートしています。
都市部から農村部まで世界最安で4Gが全土をカバーするなどネット環境が整備されたり、Aadhaar(アドハー)という国民のIDが銀行や携帯電話と連携したインド版のマイナンバーカードのようなものも普及したため迅速なKYC(本人確認)も対応ができるなど、スタートアップを後押しするインフラ整備も進んでいます。
そうしたインフラにサービスが乗ると一気に全土の14億人に広がっていきます。
人口減少になやむ日本とは真逆の興味深いマーケットだと考えています」

——凄まじい成長の背景にはやはり政府の後押しがあるのでしょうか。

揖斐 「もちろん政府が中心になって整備していくということもありますが、それ以上に人口増加が要因になっていると思います。
インドの人口は既に中国を追い抜いたと言われており、非常に大きな市場であることが伺えます。
くわえて、中国の政情リスクを踏まえた代替市場としての注目も高まっています。

東南アジアなども急成長市場と注目されているものの、やはりインドの人口を前提としたマーケット規模を考えると、インドにおいてスタートアップが取り組むべき課題やホワイトスペースや、それに対してVCが投入すべき資金量はまだまだ足りないと考えています」

——スタートアップも多く立ち上がっているのでしょうか?

揖斐 「スタートアップの数もどんどん増加しています。インドには若い人でも非常に優秀な方が多いですし、とくにエンジニアの力が強い国です。

競争社会の代表ともいえる、倍率が100倍ともいわれるようなインド工科大学を卒業して起業する人もいれば、富裕層出身で海外留学や海外就職を経験後、インドに戻って起業する人もいます。
国がどんどん発展していく様子を目の当たりにしている若者たちが、『親の世代より豊かになろう』というアグレッシブな気持ちで、スタートアップを立ち上げるケースも多いようです」

——インドのスタートアップには、なにか傾向や特徴がありますか?

揖斐 「都市部においてはスタートアップ黎明期には、衣食住や買い物に行けないといった不便を補うために、Flipkartという巨大ECモールが生まれました。
次に伸びてきたのが、それを支えるインフラとしてペイメントやレンディングのサービスを提供するフィンテック系のスタートアップです。
そして最近では、SNSや個人向けの投資のプラットフォームなど、さらに上のレイヤーに乗ってくるようなサービスを手がけるスタートアップが業界を問わずに台頭してきています。

一方、農村部ではまだまだ基本的な社会インフラが整っていないため、ペイメントのインフラのようなスタートアップも都市部に遅れて出てきています。

先ほども少し触れましたが、インドという一つの国の中にも関わらず、開発途上国から先進国まで、社会の発展とともにそれぞれの特徴を踏まえたスタートアップが台頭していることが大変興味深いところです」

オンラインで築いた関係を直接対話でさらに深耕──インドから日本に期待されることとは

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▲投資先のMewt社(インド)経営陣とDGDV揖斐・野島

——揖斐さんは、先日インド出張に行かれたそうですが、どのような経緯から実現に至ったのですか?

揖斐 「私がDGDVに入社したのは2020年4月で、ちょうどコロナ禍に突入したタイミングでした。

オンラインミーティングが一般的になり、海外投資もオンライン化された影響で、現地のベンチャーキャピタル(以後、VC)とのネットワーキングはさることながら、投資においても起業家に直接会わずとも信頼関係を築いて投資の意思決定をするフローが当たり前になっていました。
そのため日本にいながらもインドでのネットワークを拡大することで投資も実行できておりました。
しかし、インド投資を多数担当する者としてやはりできるだけ早く現地に行っておきたいという気持ちがありました。

海外渡航が可能になってきたタイミングを見計らい、デリー、バンガロール、ムンバイの3都市を回りつつ、投資先やこれまで関係を築いてきた地場のVC、事業会社などとも面談を行ってきました」

──はじめてインドに足を踏み入れられて、どんな発見がありましたか?

揖斐 「現地のキャピタリストの方たちとは日常的によく話していますし、私の留学先にはインドから来た方もたくさんいましたが、やはり直接現地に行ってみると想像や伝聞とはまったく違う世界が広がっているなと感じました。

たとえば、なんのためらいもなく道路を逆走する方がいらっしゃったりと日常風景には衝撃を受けました。
私もこれまでいろいろな国にいましたが、道路を逆走するという光景はインド以外では見たことがありませんでした。おそらく逆走した方が早くて効率的だという考え方によるものかと思うのですが、これは良いように捉えると、インドの新しい考えに対して柔軟に順応する、既存の固定概念を破って新しいものに挑んでいくという姿勢が表れているように感じました」

——その他にも現地での気づきなどはありましたか?

揖斐 「パッションを持った若い起業家の方がたくさんいることを肌で感じました。
名誉やお金目的ではなく、山積している課題を解決するというモチベーションで事業に挑んでいるのが伝わってきましたね。
われわれの投資先であり、農村部のフィンテック系スタートアップであるJai Kisanを訪問した際も、起業家が『自分たちはこういったプランを持っていて、このようにして農村を豊かにする』という具合に、ひとつ質問すると100を返すような勢いで話してくれ、熱いハートを持つ起業家に出資できていることをとてもうれしく感じました」

——素敵なエピソードですね。現地で直接話して、その熱量を感じられるのは海外出張の醍醐味だと思います。ほかに新しい発見はありましたか?

揖斐 「これまでのトップ外交の成果でもあると思うのですが、インドと日本が非常に友好な関係性にあることもわかりました。
自動車でもスズキがインドで約半分のシェアを持っているなど日本の製品に対する信頼性が非常に高いですし、ほかのアジア諸国と比べても中国やアメリカの資本があまり入ってきていません。
日本が入り込む余地のあるマーケットであり、日本企業はもっとインド進出に注力すべきだと感じました。

くわえて、インドのVCはわれわれのような日本企業に対してとても好意的です。
スタートアップのシリーズAやシリーズB以降の資金調達において、海外投資家の呼び込みが必要なのはインドでも同じですが、アメリカの投資家はいるもののヨーロッパの投資家はまだそこまで目立ちません。
さらに、地理的・文化的背景から中国の投資家を呼びづらいマーケットのため、日本のマネーが必要とされているのです。

そういった背景もあり、まず日本人の投資家というだけでウェルカムモードで迎え入れてくれますし、情報も包み隠さず教えてくれます。
われわれもその期待に応えるために誠意をもって出資し、コミュニケーションを取っているからこそ、Win-Winな信頼関係が構築できているのだと感じました」

——インドのトップVCとのネットワークもお持ちとのことですが、どのようにしてつながることができたのでしょうか?

揖斐 「地場のVCに勤めているビジネススクールのインド人の先輩に自らアタックしたことがきっかけでした。
その方から紹介いただいたsliceというフィンテック企業に実際に出資したところ、『良い案件を紹介すればDGDVはちゃんと投資してくれる』と理解してくださったようで、そこから信頼関係が生まれました。
sliceは、われわれの出資後に急成長を遂げ、Tiger Globalも出資を行いユニコーン企業となったため、『DGDVはきちんと良質なスタートアップを見極めて投資をしてくれるVCだ』という評価をいただくことができました。

また、こうした案件で出会った方のご縁で、どんどん輪が広がっていき、その案件でアドバイザリーをしていたインド人とも公私で親交を深め、さらに良質な案件を紹介していただくルートができたり、インドのトップVCとも別の案件で共同投資を行う機会を得ることができました。

そうやって、オンラインで繋がりを深めた方々にも、今回のインド出張で直接お会いすることができました。
彼らのポートフォリオを直接紹介してもらったり、われわれの投資実績についていろいろと質問を頂いたりと、より一層関係が深まる貴重な機会となりました」

地の利をもたないインドへの投資の難しさと、それを補ってあまりある醍醐味とは

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——インド投資の特徴についても伺いたいと思います。どんなところに難しさを感じますか?

揖斐 「インド国内の会社法やスタートアップ周りの法制度がとても複雑な点に、投資する上での難しさを感じます。

ひとつ例を挙げるとすると、インドへの投資をはじめた頃、われわれのファンドがケイマン諸島に登記されているため、『ケイマン籍のファンドは、インドのフィンテックの株を持てない』と発行体から説明を受け、所有株式をディスカウントして売却するよう指示されたことがありました。
当時、われわれには状況がつかめず、売却も視野に入れて検討をしましたが、インド法専門の弁護士に相談して情報を精査したところ、売却の必要はないことがわかり、ことなきを得ました。

株式を売るようにいわれた正確な理由はいまも定かではありませんが、今回は相手方の勘違いであったとしても、インドの法律や手続きが複雑であることは事実であり、DGDV内で誰も経験したことがないような想定外の出来事が頻繁に発生します。
現地の法律や商習慣を尊重しながら、発行体や弁護士に一つひとつ丁寧に確認して進めていく必要性をあらためて強く感じました。

いまではかなりノウハウが蓄積されてきたので、大体のことに対応できるようになってきましたが、やはり最初のころは手探りなことが多く、非常に難しかったですね」

——逆に、インド投資の魅力はどんなところにありますか?

揖斐 「なんと言っても、目覚ましい成長を遂げている市場そのものが魅力的です。
インド出張の際、ホテルの近くにあるコンビニに行くために道路を渡るのもひと苦労でしたし、救急車が道を通るのさえも大変そうでした。
そのような様子を見ていると、すべての国民が満足な日常生活を送るためのインフラ整備といった部分にさえ課題がある国だと感じました。つまり、裏を返すと、スタートアップが活躍できる余地がそれだけたくさんあるということです。

インドでは、今後、あらゆるテーマのスタートアップが生まれると思います。
都市部での生活がさらに豊かになり、農村部の所得も上がって中間層に達した暁には、爆発的な成長を遂げるはずですし、そのころにはまた新しいサービスが生まれることでしょう。
どんどん社会のステージが変わっていく中、スタートアップが解決すべきテーマが尽きないということは非常に大きな魅力です。

生活を劇的に変えるスタートアップがどんどん輩出されるでしょうし、そういった勢いのあるスタートアップに投資をしながら、変化を間近で見られることは、まさにこの仕事の醍醐味ですね」

世界へ羽ばたくインドのスタートアップを後押しすることで、さらに間口を広げていきたい

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——インド市場に対してどのように関わっていきたいと考えていらっしゃるのか、今後の展望を教えてください。

揖斐 「DGDVにとって最重要投資マーケットのひとつとして、インド市場への投資には引き続き力を入れていきます。
すでにネットワークの構築はできてきているため、次はそのネットワークを活かして、さらに有用なソーシングを加速する段階にあると思っています。

出資先であるAirmeet(エアミート)という企業は、売上の約8割を欧米市場が占めていますが、開発はインドで行っています。
欧米ではエンジニアの給料がめざましく上昇していますが、インド人のエンジニアの給料も順調に上がっているとはいえ、米国西海岸と比較すると、技術力は同等に優秀でもやはり人件費はまだまだ割安です。
このように欧米市場をターゲットにしたインド発のビジネスが生まれてくれば、より良いサービスを安価に届けることが可能となり、価格競争力を背景に世界市場のシェアを一気に獲得していくのではないかと考えています。

DGDVとしても、このような企業に引き続き支援を行っていくことで、インド発のグローバルスタートアップの輩出に貢献できたらいいなと考えています」

——VCとのネットワーク構築については、どんな展望をお持ちですか?

揖斐 「以前から有名なアメリカのVCである、Sequoia Capitalとの接点がほしいと考えていたのですが、インドのトップVC経由で同社のインド拠点のメンバーと接点を持つことができました。
さらにそこから、日本のスタートアップも出資対象としているSequoia Chinaのメンバーを紹介していただき、われわれが投資している日本の案件の紹介や日本市場に対する意見交換を行う機会を得ました。

こうした契機を活かして、徐々に日々情報交換を行う関係性を構築していった結果、今では世界トップクラスのVCを日本に呼び寄せるための足がかりをつくることができておりますし、Sequia Capitalの担当者も後日弊社のオフィスに招待することになりました。

同じく世界トップクラスのVCであるAccelともインドを通じて接点をもつようになりましたね。
彼らはインド発でグローバルに展開するスタートアップに投資しているため、将来的な日本市場進出のサポートも含めて、われわれに期待を寄せてくれている部分があります。

そういったさまざまな地域、関心を持つVCと今後もいろいろなかたちで関わり、皆でスタートアップエコシステムを盛り上げていければと考えています」