DTxの規制緩和で市場は活性化するのか?──企業からのアプローチが重要

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──まずは武田さんのご経歴をお願い致します。

武田氏 「もともと医薬品医療機器メーカーの開発薬事・品質部門で、日本やアメリカ、ヨーロッパなどの薬事規制対応や当局・顧客などを担当していました。
その後、プログラム医療機器を開発するヘルステックカンパニーに転職。当時、DTx薬事業務全般に携わり、日本初となる治療用アプリの薬事承認取得に関わりました。

それと並行して、さまざまなヘルステックスタートアップと関わりながら、薬事・臨床・品質などの領域で支援して、現在(2023年2月時点)はプログラム医療機器の薬事業務を支援する会社を設立し活動中です」

──次に西川さんにお聞きしたいのですが、VCとして見ているデジタルヘルス業界の資金調達の状況と、デジタルヘルス業界への参入は障壁についてもあわせて教えてください。

西川 「コロナ禍でデジタルヘルスが急激に注目されるようになり、投資領域としても成長しています。とくに2021年は歴史的な年だといわれていて、これまでヘルスケア領域に投資していなかった投資家たちが積極的に投資したことを受け、投資額が過去最高を更新しました。(※CBインサイト調べ)
2022年はコロナの収束とともに市況が落ち着きを見せ、投資額は前年の半分程度になったものの、2020年と同水準程度に留まりました。     

医療という分野である以上、避けることができないのが、レギュレーションの問題です。
たとえば、デジタル技術を活用して診断・治療をサポートするソフトウェアのことをプログラム医療機器(Software as a Medical Device:以後、SaMD)といいますが、こうしたデバイスを医療行為として使う場合、厚労省とその傘下にある医薬品医療機器総合機構(以後、PMDA)の承認を得る必要があります。

しかし、これは専門性が高く承認に時間がかかる上、政府をはじめステークホルダーの数も大きく異なります。国内で承認された事例もまだ数件ほどと、ノウハウの蓄積もないため、『興味はあるけど参入が難しい』と考える企業が少なくありません。

この問題をどう克服するかが、デジタルヘルス市場を拡大していく上での鍵になると考えています」

──レギュレーションの現状について教えてください。

武田氏 「最近の状況としては、2022年6月に行動変容を伴う医療機器プログラムに関する評価指標が発表、2022年9月に高血圧に対する治療用アプリが保険適用、2023年2月にサスメド社の不眠症治療用アプリが薬事承認、2023年3月に医療・健康分野における行動変容を促す医療機器プログラムに関する開発ガイドライン2023(手引き)が発表、2023年4月からサイバーセキュリティの要件化、というのがトピックかと思います。

またデジタルセラピューティクス(Digital Therapeutics:以後、DTx)を含めたSaMDのレギュレーションで協議の真っ只中にあるのが規制緩和です。
2022年12月に内閣府が提示した資料によると、プログラム医療機器に対する規制緩和が2024年3月を目標に検討されることが示されています。

現在のSaMDの承認状況は、国内におけるDTxの承認品目が現時点(2023年2月時点)で3件という感じですが、この規制緩和により、参入する企業がさらに増えることを期待しています。
ただ規制緩和の議論は枠組みを決めるものであり、詳細な基準が決まるものではないと考えています。
例えばIDATENという枠組みが数年前に設定されましたが、馴染みがない人も少なくないようです。

このように当局は進め方の指針や枠を作ってはくれますが、枠が作られた後に、その枠を利活用して事例を積み重ねていくには企業側の努力が必要になります。
そのため、2024年3月に規制緩和の方針が明確化された後、企業側が積極的に行動できるかどうかが重要な課題であると考えています。

規制緩和の方針を待つだけでなく、積極的に各企業が当局へアプローチするのも一つの方法です。

当局で審査を担当する方々は、DTxが医薬品と比較して身体への侵襲性が低く、安全性が高いことを十分に理解してくれています。また国外でDTx製品が承認されている事例から、効果についても期待できることを認識しています。

ただ彼らは医療機器としての妥当性を審査する立場にありますので、全ての患者さんに安全で効果が期待できるかどうかについては、慎重な姿勢にならざるを得ません。
企業側は当局の立場を理解しつつ、当局を納得させるようなエビデンス作りや説明をしていかなくてはなりません。

たとえば足許リアルワールドデータ(RWD)に注目が集まっていますが、RWDを活用したアプローチは活路の一つになるのではと考えています。
当局が首を縦に振りたくなるような提案を企業ができるかどうか、その提案作りに私は関わっていきたいです。
レギュレーションの話となると、当局の責務と考えがちですが、むしろ各企業が当局に働きかけを行い、事例を積み重ねながら、企業と当局で規制を作っていく姿勢が必要であると考えています」

DTxアプリの価格は高すぎる?── DTxの市場浸透を成功させるには

西川 「投資の意思決定を行う上で、承認の時期や確度が判断材料の一つとなるわけですが、企業側の最終的な目的は承認を取ることではなく、できるだけ多くの患者さんに製品を届け、企業の収益につなげ、より多くの患者さんの疾患の治癒に貢献することです。

これまでも、承認さえ取れれば、収益の見込みが立つだろうと思っていた製品が、想定よりも医師に使用してもらえないケースなども見てきました。

承認は必須ですが、その承認を取った後に、収益をつくれるかどうかまで見極める必要があるわけです。もし、その観点で留意すべき点があれば武田さんにからもぜひコメントを頂きたいです」

武田氏 「収益に関して言えば、市場浸透と薬事保険の点があるかと思います。投資家が見極める点としては、市場浸透と薬事保険に対する戦略が魅力的かどうかかと思います。

率直に言って、SaMDによる診療は患者さんも医療従事者の皆様も本当に効くの? と感じている人も少なくないと思います。これは、”ソフトウェアは治療効果がある”という常識がまだ市場に浸透していないためと考えます。
この常識が変わっていけば、活用する人が増え、収益が期待できるようになるはずです。

市場浸透については、企業としては広告利活用、オンライン診療との組み合わせなど、患者さんや医療従事者の皆様が使いたくなる環境を作っていく必要があります。

そのための第一歩は、共感いただける人とつながることです。

実はソフトウェアによる診療に期待する医療従事者の方は少なくないと感じています。医師の中には、専門医による治療が必要な段階になる前に、かかりつけの医師によってDTx治療が実施されれば、より早い段階で治療を提供できると考えている方もいます。

もし専門治療の前に、プライマリーケアとして適切な治療が実施されれば、医療費を下げつつ、患者さんのQOLを高めることにつながると考えている医師がたくさんいると感じています。そのような方々を味方に付けて市場に浸透させていくのだと思います。

また薬事保険の観点では、医療機関によっては処方できないというような制限を設定されないことが大切です。DTxを処方したいのに、医療機関が要件を満たさないために、その機会を失うのは非常に残念なことです。そのため、薬事保険において要件を設定されないようにするのが大きな課題と言えます。
くわえて、価格設定も重要です。高すぎると患者さんの自己負担が増えて敬遠され、低すぎると医療機関の収益性売上という点で敬遠されるかもしれません。

現在、販売されているDTxの中には自己負担額として月数千円のものがあります。
ただ、ジェネリック医薬品が千円程度で提供されていることを踏まえると、DTxのようなソフトウェアアプリに毎月数千円を支払うのは果たして妥当なのかと感じてしまいます。

価格設定は患者さん、医療機関、企業、当局の様々な思いの上に決まるため、非常に難しいのは理解しています。ただ個人的には、どの医療機関でも処方でき、ジェネリック医薬品と比較しても安価と感じるレベルの価格が実現してほしいと考えます。
そして適切な価格設定が市場浸透につながるものと思います。
投資家の皆様には、承認時期や保険算定額だけではなく、市場浸透のストーリーとそれを踏まえた価格設定についても視点に含めるのが良いかなと考えています」

DTx採用の課題──「経験豊富な人を採用してはいけない」とは?

西川 「企業側は承認を見据えて開発をしながらビジネスモデルの構築もしていかなくてはなりません。
ビジネスとレギュレーション対応の両方に通じた人材について問い合わせを受けることが多いのですが、どんな解決策があるでしょうか?」

武田氏 「薬事支援をしている中で、採用に関する相談をいただくことは頻繁にあります。品質チームの採用から、開発体制まで多岐に渡ります。
私がそのような相談を受けるときの回答は、極端かもしれませんが『DTxにおいては経験豊富な人を採用するな』とお伝えします。

というのも、DTxはこれから規制が出来上がっていく業界でありながら、安全性について医薬品ほどのリスクはありません。そのような前提がある中で、企業側が厳しい管理を自らに課す必要は必ずしもないと考えているからです。

過剰な管理は、企業コストに直結します。しかしながら医薬品や医療機器の大手企業で薬事品質安全臨床を専門としてきた人は、これまでの経験があるからこそ、厳しい管理を課してしまう傾向があるように感じます。

ここでは、厳しい管理が間違っていると言いたいわけではありません。管理に対する考え方が、採用する側とされる側のミスマッチを生み出すということをお伝えしたいのです。

とくにスタートアップにおいての話ですが、大手企業で薬事品質臨床開発の業務を経験してきた人が考える”一般的”な方法が、経営管理には過度な対応コストに捉えられてしまうことがあるように思います。

この考えの違いを紐解くと、スタートアップの採用側が、”経験豊富であれば、少ないリソースでやりとりできる”という思い込みをもとに、経験豊富な人を採用しているケースに端を発することがあるように見えます。

DTxにおいては規制自体が過渡期であることを踏まえると、最低限の規制経験は必須としつつも、それ以上に対外的に説明・交渉できる人材のほうが求められるように感じます。

DTx薬事の理想的な人材の採用としては、リーダー経験や交渉経験を重視することだと考えます。
薬事規制担当の採用においては、薬事の経験年数や承認・認証の品目数を質問することが一般的ですが、前例のない薬事承認取得においては、経験年数や品目数はほとんど関係ありません。

それよりもシーズの段階から治験、承認、保険まで、中心メンバーとしてプロジェクトを回した経験のほうが重要です。また”規制にはこう書いてあります”という知識ではなく、”規制にはこう書いてあるので、最終的にこのように説明できる”という解釈が求められます。規制解釈に基づいたストーリーを構築できる人材が望ましいと感じています」

西川 「そうしたストーリー全体をイメージして、いつ何をやるのかなど、要件部分もビジネスとの兼ね合いを見極めながら進められる人が必要ということですね」

武田氏 「新しい領域を引っ張っていくためには、たとえば、薬事だけではなく事業全体も理解できる人材が欠かせません。ところが、大手企業では分業化により効率的に作業を行うことができますが、薬事と事業の両方に通じた人が生まれにくい土壌があります。

くわえて、薬事については、既存製品の改善・改良は担当したことがあっても、新しい製品にチャレンジする担当する機会は稀です。一方で、新しくデジタルに取り組みたい企業が求めているのは新しい製品をつくりあげることができる人材です。
今後レギュレーションも次々とアップデートされていく中で、薬事規制と事業開発の観点を含めて柔軟に対応できる人が求められると思います」

西川 「まさにその新しい製品に取り組み、プロジェクトを引っ張ってきた武田さんからは、SaMDやDTxのレギュレーション周りにどのような課題が見えていますか?」

武田氏 「企業側にはデジタルヘルス市場を拡大させていくという役割があります。
レギュレーションを良いかたちで落ち着かせるためには、業界団体の活動を見守るだけではなく、企業の立場を踏まえて当局と交渉する必要があると思います。
業界団体はあるべき姿を厚生労働省やPMDAとトップダウン型の議論をしています。これに平行して、企業側は各社の課題を踏まえてボトムアップ型の議論をしていくことで、より適切なレギュレーションに収束すると思います。

それこそ医薬品と比較して侵襲性が低いことや、SaMDの安全性を主張することなど、厚労省やPMDAとの相談の場において、企業として交渉していくべきだろうと思います」

西川 「一般的に、企業側が説明したとしてもなかなか受け入れられない場面も多いようにも感じています。厚労省やPMDAを説得するのに必要な材料、コツのようなものはあるのでしょうか?」

武田氏 「事前に企業内で複数選択肢を議論しておくことは重要だと思います。企業としては、コストを出来る限り抑えたいと考えているはずです。
たとえば、治験に関しては、擬似アプリ(シャムアプリ)を対照群に用いることが多いです。ただ、シャムアプリの設定次第では効果があらわれてしまうことがあります。すると、製品本来の効果が実際よりも過小に評価されてしまうことになります。
本来の効果が検証できないのは企業にとってはもちろん、業界にとっても、良いこととは言えないと思います。

しかしシャムアプリの要否、シャムアプリの構成については、そもそもレギュレーションが議論中なので、議論の余地があります。

一つの案ではありますが、シャムアプリは不要という提案から交渉を始めて、最終的には機能をできる限り欠損させたシャムアプリとするといった結論に持っていけるよう、企業内で選択肢をあらかじめ協議するのが良いかもしれません。
もしかすると、疾患によってはシャム不要という場合があったり、国内外で実臨床データが広く存在したりするかもしれません。
解決の糸口は複数存在するので、それらを選択肢として持っておく必要があります。

ただあまりにも妥当ではない説明をすると当局側の心証を害するリスクがあるだけではなく、議論が長引き、事業計画に悪影響を及ぼしかねません。
バランスという曖昧な言葉になってしまいますが、さじ加減は調節する必要があります」

西川 「SaMDやDTxについて、医師から信頼を得るのがなかなか難しいとの声をスタートアップからよく聞くのですが、説得材料となるデータの見せ方や効果の測定方法が定まっていないところに課題の本質がありそうですね」

当局は恐い?──知識だけではなく誤った常識もアップデート

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──薬事承認を取得するうえで重要なことはなんでしょうか?

武田氏 「承認をよりスムーズに進める為には、適切なロビーイングも重要になってきますが、この点は各所で進められているので、開発企業側として何ができるのかという目線でお話しします。

企業側としては、PMDA、厚労省も悩みながら進めていることを理解するのが大切と考えます。当局のスタンスも尊重したうえで、必要以上に失敗を恐れず、売上をあげる観点も含めしっかり議論することだと考えます。
最終的な目的は皆同じで、SaMDを普及させてより医療を提供することを前提に点数もつけてもらわないと企業としてはビジネスとして成り立たないので、点数をつけてもらうための説明には力を入れる必要があります。

一方で、DTxは規制が不透明という印象があって、それによって企業が慎重に行動してしまうリスクがあるように感じます。
しかし、実際には規制が不透明だからこそ、チャレンジな提案や行動ができるとも言えます。疾患ごとの特性と対策、治験の進め方なども、点数をつけてもらうためにしっかり議論すべき点です。

また、薬事に関する知識は分かりやすいところですが、間違った思い込み・常識を取り除くこともノウハウの一つとしてあると思っています。
というのも、たとえば私がスタートアップに転職してすぐのころ、同僚が厚労省やPMDAにその場で電話をかけていることに驚きました。大手の企業に勤務していた頃は、PMDAは恐い存在と考えていたので、そのフットワークの軽さは衝撃的でした。

実際、当局の方と電話でコミュニケーションを取りはじめると、彼らにネガティブな対応をされたことはなく、むしろ電話一つで解決の糸口を探れるなら、これほどラクな手はありませんでした。
これに限らず必要以上に失敗を恐れず、積極的に行動する姿勢が重要だと考えます」

西川 「デジタルヘルスは本来、通常の創薬と比べて開発が早く安価で済むため、患者が誰でも安価にアクセスできることが期待されていますが、現時点では承認ハードルは通常の薬品、もしくはそれ以上に高いイメージとなっております。
結果的に、治療費もデジタルであるから安価と限らず、デジタルヘルス特性の全ては活かしきれていない状況と理解しています。

もちろん簡単に承認が取れれば良い話ではないので、今後しっかりプロセスの透明化などに業界全体で取り組む必要があると考えます」

──デジタルヘルスが直面する実情やさまざまな課題についてお話いただきました。さいごに、おふたりそれぞれの今後の展望についても聞かせてください。

武田氏 「設立して間もないですが、私が立ち上げたSaMD開発の薬事支援をする会社を通じて、DTxの業界を盛り上げたいと考えています。
DTxに着手したい企業はあるのに、薬事臨床経験者が見つからずに挫折する、そのようなパターンはもったいないと思っており、そのために私自身は経験や知見を広く伝えていきたいと考えています。

当局側もウェブサイトにSaMD審査の要点が掲載されているなど、積極的な取り組みに着手していることから、課題感はあがっていると思いますが、私も企業側で学んできた経験を通じて、承認ハードルは高すぎないことを発信するとともに、SaMDが患者の治療に貢献できることも伝え、業界の発展に貢献したいと思っています」

西川 「承認をとる必要があるとなったときに、何をすればいいか全くわからなくなってしまうスタートアップも少なくなく、武田さんがおっしゃるように、当局の存在を遠くに感じがちです。

VCとして企業を近くで支える立場として、武田さんのような経験のお持ちの方をアドバイザーとしておつなぎすることの意義は大きいと思っています。
今後も、海外の最新の先行事例を随時共有しながら、国内のデジタルヘルス市場の拡大に貢献していきたいですね」