メタバース──現実世界と仮想世界の生活を行き来することとは?
—— まず、“メタバース”とはどういったものか、教えていただけますか?
デニー 「メタバースの定義はさまざまありますが、ここではシンプルにメタバースを仮想共有世界と定義したいと思います。
メタバース空間上で人々は仕事をしたり友達に会ったりコンサートに行くことが可能となるため、現実の世界での生活と仮想の世界での生活を行ったり来たりしながら過ごすことができます。
スマートフォンの通信技術の発展やAR/VR技術の改善に加え、コロナ禍の影響で増大した遠隔コミュニケーションのニーズが追い風となり、デジタル社会に親しみのあるMZ(ミレニアル・ゼット)世代からの支持を受けて、盛り上がりを見せています。現段階ではまだ重いAR/VRヘッドセットを被らなければ体験できないということが高いハードルとなっているため、普及はそれほど早い速度では進んでいないものの、ソニーやAppleなどの大手企業もVRヘッドセットの販売に着手しているなど、今後は機器の改善、普及にともなってメタバース空間でのコミュニケーションがより活発になると見ています」
——現在のメタバースの市場規模はどれくらいなのでしょうか?
デニー 「2021年の市場規模は307億米ドル程度でしたが、2024年には3,000億米ドルほどの規模になると予想(※CBインサイト調べ)されていて、とてもポテンシャルの大きな市場と見込まれています」
——市場のトレンドなどは地域ごとに差があったりするものなのでしょうか。
デニー 「通信技術やヘッドセットの開発といった技術力のある先進国を中心にメタバース領域への関心が高まっている傾向はあり、そこから波及して伸びている印象はあります。
とくにインフラ系、ソフトウェア系、アプリケーション系のいずれも、全体の動きと異なる動きをしているところはなく、金額と件数の多い米国がどの分野も一番多く、そういった意味で現時点では地域差というものは見られません。
今後さらに普及していくなかで、各地域での特徴などが現れてくるものではないかなと考えています」
技術の革新とともに成長を続けるメタバースが各産業にもたらす変化
——デニーさんは韓国のご出身ですが、韓国におけるメタバースのトレンドはいかがですか?
デニー 「韓国では、NAVER Zが運営している『ゼペット(ZEPETO)』というメタバース空間が人気を集めています。
累積加入者が約2年で3億4000万人を突破し、ユーザーの9割が海外ユーザーということでグローバル展開もかなり進んでおり、メインユーザーは10~20代の若者です。また、韓国の代表的なエンターテインメント企業との連携やグローバルブランドとの連携も行っています。
最近はBondeeというメタバースSNSもかなり盛り上がって、DAUが約105万を突破するなど、新しい空間でのユーザーのニーズは増えています。このようなSNSプラットフォームのスタートアップも数多くありますが、最近私が注目しており、また韓国でもトレンドになっているのがバーチャルヒューマンを扱う企業です。
3DCGでつくられた人物がまるで実際の人間のように動いたり、自分の代わりにキャラクターを動かしたりでき、アーリーステージのスタートアップでありながら、すでに韓国の多くの投資家からも関心を集めています。これまで、大手企業のマーケティング手法といえば、オフラインやレガシーメディアの広告が中心でしたが、足許ZEPETOの盛り上がりなども受けて、10~20代の若者向けのマーケティング手法としてはバーチャル空間でのアプローチが有効との考えが広まり、バーチャルヒューマンに関心を持つ企業も増えています。
AIの機械学習を活用することで、映像を分析して亡くなった方を復元するサービスや、写真や音声を分析して独自のバーチャルヒューマンをつくってくれるサービスを提供するスタートアップなども注目を集めています」
——今後、バーチャルヒューマンやメタバースはどのような方向に進みそうでしょうか?
デニー 「正直なところ、韓国でもまだ、『バーチャルコンテンツの消費者はマイノリティではないか』という意見が少なくありません。
しかし、MZ世代の若者は、物心がついたときからゲームをプレイしていたこともあって、自分の代わりにキャラクターを立てることに違和感がないため、バーチャルヒューマンを介したコミュニケーションに馴染みやすい点が特徴です。
現時点ではバーチャルインフルエンサーよりも実物のインフルエンサーが主流ですが、そうした土壌を鑑みると、今後VR技術の改善や通信速度の高速化が進めば、さらにバーチャルヒューマンの普及が進むはずです」
——インフルエンサーが人からバーチャルヒューマンに移っていくイメージでしょうか?
デニー 「AIの進化によってその可能性もあると思いますね。
現状の一つのトレンドとしては人がベースになるバーチャルアバターへのニーズが高まると思います。日本でも人気を博すVTuber・バーチャルライバーグループ『にじさんじ』を抱えるANYCOLORという企業が上場したことからもわかるように、韓国に限らず、日本においてもバーチャルインフルエンサーへの関心は高まっています。
これまではバーチャルキャラクターがインフルエンサーの動きを真似る機器自体がかなり高額である上、カメラやWebCamが人の表情や動きの細部を捉えることが難しく、動きが不自然になりがちでしたが、そうした課題を解決するスタートアップも出てきました。
スマートフォンのカメラで撮影するだけで、自分の選んだキャラクターを自分の代わりにリアルタイムで動かせるサービスなども提供されはじめており、リアルタイムのモーションキャプチャーはかなりの精度にまで成長しているなど、技術がトレンドを後押ししています。日本では2DアニメキャラクターベースのV-tuberが成功していますが、韓国ではアニメ系ではなく、韓国スタイルの3Dバーチャルアバターでサービスを展開しています。
直近、韓国のスタートアップMindlogicのOpentown Studioが正式ローンチされ、V-tuberの普及やトレンドが加速化されるかもしれません」
——技術に根差したサービスが定着するにつれて、具体的にどのような分野に影響が出てくるでしょうか。
デニー 「韓国でもVTuberの大手エージェントなどはまだ存在していません。バーチャルアバターツールのプロダクトが、VTuberもより幅広い活動に繋げていくような動きは加速するでしょう。
また、最近はキャラクターIPの強さにも着目されています。
たとえばSNOWのようなカメラアプリケーションや、自分の顔のように自由に動くキャラクターIPのリリースなど、今後もいろいろな種類のものが増えていくと思っています」
韓国発のエンタメのトレンド。グローバルスタンダードにまで持ち上げた立役者はなにか
——韓国発のエンタメがとても活況な印象を受けますが、状況について教えてもらえますか。
デニー 「韓国のエンタメ領域は、アイドルグループのBTSや『イカゲーム』、『梨泰院クラス』などのコンテンツが世界的に成功し始めていて、まさにいまピークを迎えているといえるかもしれません。
質の良い映画、ドラマやアイドルグループというものは韓国国内で90年代からすでに存在していましたが、足許のグローバルでの成功体験から、市場全体としても世界に通用するのではないかという期待が醸成されていて、エンタメ領域には注目が集まっている状況です。
実際に2022年の韓国のスタートアップ投資市場を見ると、コンテンツ領域はスタートアップ全体への投資件数や投資額の中で2位にランクインしています。
少し範囲を広げてファッションやゲーム領域まで含めるとすると、実は1位のバイオ系より件数も投資額も大きくなります。(※The VC(韓国スタートアップ投資データベース)調べ)韓国の市場規模は日本の1/3程度ですので、従前『パイを大きくするためには海外進出しかない』と考えられていました。
アイドルグループを結成する際には日本人や中国人のメンバーを入れてグローバルスタンダードに合うグループをつくったり、アメリカのトレンドを音楽に取り入れたりしてきました。
そうした工夫や努力が結実し、オスカーやビルボードに韓国出身の俳優や歌手が登場してきたと考えています」
——エンタメ領域のなかでも特に注目されている領域はありますか?
デニー 「エンタメ領域の特にコンテンツのトレンドとしては三つあげられると思います。
まず一つ目に、インフルエンサー関連のスタートアップについてお話しします。
これまでは、芸能人やアイドルがテレビなどのレガシーメディアを通じて有名になることが一般的でしたが、いまはYouTubeや韓国発のインターネット番組『Afreeca』などクリエイターが自発的に発信して有名になる例が増えています。彼ら、彼女らは、既存のエンタメ会社と契約を締結したり、テレビに出演したり、また自身のチャンネルで芸能人やスポーツ選手といった著名人とコラボしたりといったことが盛んになっていて、影響力が拡大しています。
こうした中でとくに注目を集めているのが、インフルエンサーコマースの企業です。
あるスタートアップでは、インフルエンサーとフォロワーが密接にコミュニケーションを取ることができるプラットフォームを提供しています。
これは新しい種類のコマースですし、フォロワーはインフルエンサーが身につけている服や使っている化粧品を見て実際の購買行動を起こします。このような形で、インフルエンサーコマースの市場は今後拡大していくはずです。また、クリエイターは注目を集めるコンテンツ制作に加え、『どのプラットフォームでどのようなターゲットにどういったコンテンツを届けるべきか』についても戦略的に考えなければなりませんが、彼らがコンテンツ制作に集中できるよう、コンテンツプロバイダーとパブリッシャーをつなぐCMSの提供会社なども登場しています」
——Win-Winのコンテンツ流通を実現するサービスが登場しているのですね。ほかには、どのようなトレンドがあるのでしょうか?
デニー 「二つ目は、ファンダム(ファン+キングダム)やファンダストリー(ファン+インダストリー)、ファンテック(ファン+テクノロジー)です。
ファンダムに端を発し、マイクロインフルエンサーやクリエイター、インディーズアーティストとファンをつなぐコミュニティ系のプラットフォームに注目が集まっています。昔は芸能人やクリエイターは、遠いところから見て応援する存在でした。
しかし、コロナ禍でオフラインのファンミーティングが開催できなくなったり、そもそも、『メインストリームのアーティストよりも、自分らしさや個性を大事にしている自分好みのアーティストに惹かれる』『好きなインフルエンサーやクリエイターと、短い時間でもいいから一対一で話したい』といった傾向が若い世代を中心に強まっている中で、ファンダムやファンテック領域が盛り上がってきました」
——より密接なコミュニケーションを取りながら応援できるコミュニティや関連のサービスを提供するスタートアップも注目されているんですね。
デニー 「はい。そして最後に挙げられるのが、韓国発のデジタルコミックであるウェブトゥーンです。
韓国ではカカオやNAVERのプラットフォームを中心にウェブトゥーン人気が盛り上がり、最近ではグローバル市場でも影響力を増しています。Netflixで人気の『梨泰院クラス』や『今、私たちの学校は…』『D.P.』などの人気ドラマや映画は実はウェブトゥーンが原作になっています。
韓国では、作家が収益化しやすい、プレゼンスを高めやすいといった利点もあって拡大し、ウェブトゥーン市場が漫画市場をすべて移管したといっても過言ではないほどに大きくなっています。
ウェブトゥーン制作会社はもちろん、その周辺領域であるプロダクションや言語と文化のローカライズサービスに特化した企業なども注目されています」
——ウェブトゥーンに関連するさまざまなサービスを提供する企業がどんどん生まれているのですね。
デニー 「ウェブトゥーンは、漫画とはそもそもの読み方が異なり、漫画よりもちょっと軽い感じ、暇つぶし的なものが該当すると考えています。
この軽さが後押しして、たとえば毎週1話アップロードが求められるなど非常にタイトなスケジュールを課されています。
短納期でコンスタントにコンテンツを制作し、配信することは大変なので、制作に役立つツールやプラットフォームを提供するスタートアップにも注目が集まっています。具体的には、3Dモデルソースや背景イメージを取引できるようなオープンプラットフォームの提供などが挙げられます。
制作会社やクリエイターが活用することで、効率的にクオリティの高い作品を制作できるようになります。ウェブトゥーンを原作とする映画やドラマが成功を収めたことで、ウェブトゥーンがある程度成功する、という共通認識ができたので、今後も継続的にウェブトゥーンベースのコンテンツは出てくるでしょうし、それに伴って一層市場も大きくなっていくだろうと考えています」
——日本も昔から漫画やアイドルが存在していますが、それほど市場として全世界的に盛り上がったり、グローバル化に成功したりしているようには見えません。これは日本と韓国にどういった違いがあるからなんでしょうか。
デニー 「漫画についてはグローバル化に成功していると考えています。日本の漫画はグローバルの先駆者であり、ナンバーワンだと考えています。
たとえば韓国でも最近スラムダンクの映画が上映されましたが、スラムダンクは私の年代の男子はみんな好きでしたし、高評価を得ていました。他方で、市場規模という観点では、海外に出ずともある程度の規模が存在した日本と異なり、その1/3程度の市場しかない韓国は、パイを大きくするために海外進出という選択肢しかなかったという背景から、海外志向の意識が根強かったことが理由として挙げられると思います。
くわえて、韓国の文化は新しいものを受け入れる速度が比較的早いという点も理由の一つかもしれません。
韓国の文化の気質とウェブトゥーンの性質が合致し、そしてそれを市場規模の観点から早期にグローバル化を展望してきたという点が異なるのかなと考えています」
メタバース×エンタメだけにはとどまらない──技術の進歩とメタバースの可能性を見据えて
——DGDVも、インフルエンサー関連のスタートアップであるBrandazineに投資していますよね。
デニー 「Brandazineは、インフルエンサーとブランドをつなぐプラットフォームを提供する企業で、インフルエンサー向けにブランド服のレンタルサービスをサブスクリプションモデルで提供しています。
クリエイターがひとつのコンテンツを制作するためには一般に30~40のアイテムが必要といわれていますが、すべてを購入するのは資金面での負担も大きいです。
Brandazineのサービスはさまざまなブランドの服をサブスクリプションモデルでレンタルできるので、クリエイターがコンテンツをつくる上でのハードルを下げることができます。一方、このサービスはブランド側にもメリットがあります。
これまでは、PRエージェンシー経由で自分たちのブランドが扱うアイテムの世界観に合うインフルエンサーを探し出し、スポンサーを務めてもらっていましたが、これは時間的なコストがかかる上、コンテンツのクオリティマネジメントや在庫管理の難しさといった点にも課題がありました。
ブランドはBrandazineを利用することでこうした課題を解消し、かつ自分たちのブランドのアイデンティティに合うインフルエンサーを探しやすくなります。DGDVは、YCombinatorでBrandazineに出会ったのですが、業界のペインポイントを解決できるビジネスモデルであることに加え、若くて情熱的な創業者や、高い英語力を武器にグローバル展開を展望するチームに惹かれて投資に至りました。
インフルエンサーがマーケティングの主力となり始めている今、インフルエンサーとブランドを繋ぐプラットフォームや、コンテンツプロバイダーとパブリッシャーを繋ぐCMSなど、インフルエンサーコマースの企業は今後も成長が期待できるんじゃないかと考えています」
——今回はメタバースとエンタメ系スタートアップというふたつの側面からお話を聞かせていただきましたが、そのふたつの融合も進んでいくのでしょうか?
デニー 「メタバースとエンターテインメントの親和性は高いと考えています。
たとえば、フォートナイトという世界的ゲームがありますが、これはゲームを超えたプラットフォームになっており、その仮想空間上で有名な歌手のコンサートが開催されるなど、芸能人やインフルエンサーが仮想空間を拠点として活動する例なども出てきていますし、今後もそうした動きは加速するでしょう。ほかにも、メタバースとの親和性の例としては医療系なども挙げられます。
医師がVRヘッドセットを被って実際の人間に手術をする前に練習やテストができるなど、仮想空間にエンタメ以外のさまざまな領域が含まれうるのではないかと思っています」
——最後に、今後の投資の展望や市場への期待をお聞かせください。
デニー 「メタバース領域は、可能性こそ大きいものの、技術の変化や機器の普及スピードなど外部要因に左右されるところもあるため、現在の立ち位置や将来を予測することが難しい分野です。
しかし、実際のファクトとして若い世代ほど仮想空間でのコミュニケーションに積極的であることは明らかですし、現実の生活空間とメタバースを行き来する世界もすでに訪れています。
こうした動きは今後もさらに発展すると確信しています。DGDVとしてもそういった技術の進歩やトレンドを捕捉しながら、業界のペインポイントを根本的に解決できるようなスタートアップに注目し、世界を少しでもより良い生活や住みやすい形に変えていくお手伝いをしていきたいと考えています」