FinTechのトレンドや可能性──先進国では法人向けサービスに注目
──先進国と開発途上国で、FinTechに求められることの違い、変わらない意義について前回お話を伺いました。これからのFinTechのトレンドや可能性についても、教えていただけますか?
野島 「先進国におけるトレンドは、法人向けの金融サービスに可能性を感じています。先進国における個人向けのサービスは、ある程度の金融サービスが十分にデジタルで普及しており、提供できていると考えています。1人あたりが利用する金融サービスも、多くて4つ程度といったところでしょう。
一方、法人における金融ニーズは非常に幅が広く複雑です。借入ひとつとってもさまざまな種類や税金処理、会計処理を行う必要があり、複雑なため、その分ペイン・ポイントも多いと考えています。
それに加えて、個人対比で法人は経理精算、補助金への申請、海外取引先への海外送金や従業員向け保険の準備、などの種類だけでなく、頻度も多いペイン・ニーズがあります。それら個々に対するソリューションを提供するFinTechが登場しており、将来的にそれらのサービスを束ねるアグリゲーターが現れると考えています。
2つ目は、金融データの民主化による、データドリブンな金融サービスとパーソナライゼーションが今後ますます進んでいくことになるでしょう。欧州では、2015年に“決済サービス指令(PSD2)”が発行されました。これにより、各金融機関がAPIの解放を義務づけられ、個人の許可さえあれば、各金融機関が保有している個人の金融データに、ライセンス登録をしている第三者がアクセスできるようになりました。つまり、金融機関ではなくても金融データにアクセスできる枠組みが作られたということです」
──そうした枠組みができることで、どんなことが可能になるのですか?
野島 「今までは取引を行う金融機関しか保有していなかったデータがオープンになることで、ライセンス登録している第三者が金融機関の所有するデータを分析できるようになります。これにより、各人に合わせたパーソナライゼーションをはじめ、ベストな金融サービスの提案もできるようになります。別企業の金融サービスを利用している顧客に対して、乗り換えの提案を行うことも可能です。
加えて、わざわざ銀行口座にログインして送金指示をせずとも、FinTechのアプリ上で銀行口座をAPIでつないでおくと、よりフリクションレスな資金移動が可能となります。日本でも、マネーフォワードやマネーツリーといった企業が、こうした取り組みを始めていますね」
──なるほど。そうした動きが欧州を中心に高まってきているのですね。
野島 「3つ目のトレンドは、日本とも親和性が高い部分として、金融機関自体のデジタル化を促進するサービスが挙げられます。現状、メガバンクではデジタル化が進んでいますが、地方銀行ではまだまだデジタル化の発展途上の段階にあることも少なくありません。そのため、地方銀行のデジタル化を促進するサービスが今後大きく伸びる可能性があるとみています。
実際に、FinTech企業の成長や拡大によって、従来の金融機関の収益機会は世界的な規模で奪われているという傾向があります。米国の消費者金融の貸付残高データでは、FinTech企業の占める割合は2013年には5%程度であったのに対し、2019年には40%にまで成長しています。
もちろん、市場自体も大きく拡大してはいるものの、FinTech企業が金融機関のパイを奪っていることも事実です。
これまでは、投資アプリのRobinhood(ロビンフッド)にも代表されるように、金融機関に対抗するかたちでサービスを生みだし、“新しい金融機関”を作るディスラプティブ(破壊的)なFinTechが主流でした。今後は金融機関に寄り添って、彼らのイノベーションを支援するようなサービスを提供するプレーヤーが増えることを望んでいます。また、そのような支援ができる企業は確実に伸びると思います。
そして最後のトレンドが、エンベデッドファイナンスです。これは、組込型金融とも呼ばれています」
──“組込型”とはどういったことを指すのでしょうか?
野島「たとえば、何か物を買いたいけれど一時的にお金が足りない場合、これまでは消費者金融などでお金を借りて購入するという流れがありました。しかし、エンベデッドファイナンスによって、消費者はECサイトの購入画面でボタンを押して手続きをするだけで、即座にお金が借りられて、同時に物を購入できるようになります。
これは裏側でECサイトを運営する非金融事業者と金融機関が連携しているから実現できることです。エンベデッドファイナンスは、このように非金融サービスを利用する中で、シームレスに金融サービスを利用できることを指しています。
具体的な例として、Appleがクレジットカードの提供を始めたといっても、同社が金融機関になったわけではありません。ゴールドマン・サックスと連携してバックで金融機能を提供してもらうことで実現したサービスです。
同様にLINE証券は、フロント画面こそLINEが開発しているものの、証券機能を提供しているのは野村證券です。
こうした枠組みは、IT企業側からは煩雑な金融機能や証券機能を金融機関に任せることができ、金融機関側からはIT企業が開拓・獲得してくれた顧客にアプローチできるというシナジーが期待できます。
このように、すでに顧客を保有しているIT企業とタッグを組むことができれば、今後は金融機関が自社で顧客開拓する必要さえなくなっていくかもしれません。実際に、欧州ではすでに、顧客を保有せず、エンベデッドファイナンス機能だけを提供する金融機関も登場しています」
FinTechのトレンドや可能性──開発途上国における大きなビジネスチャンス
──先進国における4つのトレンドについて教えていただきましたが、開発途上国のトレンドはどうですか?
野島 「開発途上国の場合はそもそも市場環境が大きく異なるのでまったく違ったトレンドがあります。まずFinTechが寄与できる部分は、銀行口座の普及拡大が挙げられるのではないでしょうか。開発途上国では、銀行口座こそ持っていないものの、携帯やパソコンを持っていてインターネットにアクセスできる人は多いため、デジタル上で簡単に銀行口座を開設できるサービスには需要があります。
多くの人が銀行口座を開設し、貯蓄を行うようになって資金に余裕が出てくれば、合わせて保険や投資のニーズも高まっていくでしょう。実際、2000年に入ってから急激な経済成長を遂げ、生活が豊かになってきた東南アジア諸国などでは、銀行口座が普及し、デジタル保険やデジタル証券のサービスが注目を集め始めています」
──開発途上国にもFinTechの大きなビジネスチャンスがありそうですね。
野島 「むしろ開発途上国のほうがFinTech企業への注目が大きいといえるかもしれません。なぜなら、先進国の場合、A銀行の口座をすでに持っている人が、FinTech企業が開設した新しい金融機関の銀行口座に乗り換えるとなると、移し替えの手間などもあり、少しハードルが高いですよね。ところが、開発途上国ではそもそも銀行口座がないところからのスタート。“どちらのほうがはやく口座を開設できるか”、“どちらの口座が使いやすいか”という観点で、利用者はフェアにサービスを比較します。
すると、対面とデジタルの比較という観点からも、既存の金融機関よりもFinTech企業のほうに優位性があるんです。デジタルで集客をする分、顧客獲得コストが非常に低いことからも、今後開発途上国では先進国を超えるスピードでFinTechが普及していくかもしれません」
米国と欧州におけるイノベーション発信の差異に触れて──今後日本に期待することとは
──野島さんは、2022年春に米国や欧州へも足を運ばれたそうですが、そこでどのような気づきがありましたか?
野島 「米国には主に投資先企業や懇意にしている投資家への訪問、欧州にはアムステルダムで開かれたMoney20/20という大きなFinTechイベントを目的に行ってきました。コロナ禍で、最後にこのようなイベントにオフラインで参加できたのが2019年だったこともあり、足もとの3年近くで起きた変動を肌で感じたいと思い、参加しました。中でも非常に興味深かったのは、米国と欧州でのイノベーションの起こし方の違いです。
米国には、もともとアメリカンドリームという言葉があるように『自分でイノベーションを起こそう』というマインドセットや、テクノロジーで新しい産業を生み出していく流れがあります。ホテル業界の常識を覆したAirbnb(エアビーアンドビー)やタクシー業界を変えたUber(ウーバー)などをイメージするとわかりやすいですよね。ブロックチェーンやブロックチェーンを通じた金融商品の開発に代表されるように、金融業界でも同様のイノベーションが起きて、当局と戦いながら一般に広げていくといった流れがあるように思います。
一方、欧州では、政府や金融当局が『イノベーションを起こさなければいけない』という課題感をもっています。スタートアップフレンドリーな規制や方針が次々と用意され、それらをベースにイノベーションが起きているイメージがあります。たとえば、銀行ライセンスひとつをとっても、日本や米国では新興企業などが銀行ラインセンスに申請して取得することは非常に難しいのに対し、欧州ではデジタルバンクライセンスなどの枠組みを作り、FinTech企業が比較的容易に銀行業を行う頃ができるようになりました。
また、先ほども触れたPSD2という金融データの民主化も政府が主導し、そこに銀行やFinTech企業が乗っかって、イノベーションを起こしていくという印象を受けました」
──そう聞くと、確かに欧米間でイノベーションへのアプローチが違いますね。では日本はどんなアプローチを取るべきなのでしょうか?
野島 「日本の人口動態や経済的な課題、市場環境を見ていると、欧州に似ているように感じます。性格面でも、金融サービスに対してある程度リスクを取る米国人より、コンサバティブな欧州人の方が近いのではないでしょうか。
そのため、日本にとっては欧州のイノベーションのスタイルは非常に参考になると思います。ただ、他方でスタートアップがトレンドを作るのは難しいですし、現状日本では銀行ライセンスの取得が非常に困難であるなど、イノベーションを起こしづらい環境下にあります。資金移動業のライセンス取得だけでもすごく時間がかかるほどです。
欧州と日本の大きな違いは、まさにこの部分だと思っていて、今後日本の金融当局の柔軟な対応やスタートアップフレンドリーな施策の実施が進むことを願っていますし、そうなればFinTech領域がますます盛り上がるだろうと思います」
FinTech業界発展の一助となりたい──各国イノベーションへの後押しも見据えて
──DG Daiwa Venture(以後、DGDV)として、あるいは野島さん個人としての、今後の展望を教えてください。
野島 「個人としては、当局や金融機関などとのネットワークを活用し、積極的に情報交換しつつ、イノベーションを起こすためのアイデア出しと壁打ちをスタートアップと共に行っていきたいです。また、DGDVが持っている海外投資家とのネットワークも積極的に活用していきたいと思っています。
というのも、ベンチャーキャピタル(以下、VC)に求められる重要な機能として、資金提供が挙げられるのですが、一般にスタートアップが資金調達をする際、成長してシリーズBやCといったステージ以降になるとお金が集めづらいという課題があります。
とくに、FinTechは成長に伴って多額の資金を必要とするビジネスモデルです。Benchmark Capitalというアメリカの著名なVCも指摘している通り、FinTech企業は個人の資産をコントロールするビジネスを行っているため一定程度の保護が必要という観点で、厳しい自己資本規制比率が敷かれています。規模に見合ったデッドとエクイティの比率が求められるため、事業が大きくなればなるほど、資金調達額は必然的に大きくなります。
しかし、そのような大きな金額を投資できる日本のVCはかなり限られます。ステージが進むほど海外の投資家のサポートを受ける必要があると思います。
DGDVは、日々海外の投資家ともネットワークを行っており、必要なタイミングで海外投資家からの資金調達のサポートを提供できるという強みを持っています。
チームのメンバーが皆バイリンガルなので、コミュニケーション部分においても、文字通り翻訳者になることができる稀有なVCです。こうした強みを活かして、海外投資家と国内のFinTech企業をつなぐ存在になれたらと考えています。
また、グローバルに投資を行うVCの大きな利点として、日々イノベーションが起こっている欧米の最前線にいる投資家や起業家とコミュニケーションが取れるところだと考えています。
そこで得た知見やグローバルトレンドを見渡すことで見えてくる3~5年先の世界を、スタートアップに共有し、情報交換や壁打ち相手となることで、また新たな知見が還流する。その繰り返しで、スタートアップに有用な情報を提供し続けることができ、信頼関係の構築にもつながります。
個人としても、チームとしても、FinTech企業だけでなく日本における金融サービスを提供する事業者のみなさまとグローバル企業・投資家との架け橋となり、今後の業界全体の発展に貢献していきたいと思っています」