DGDVの海外投資先Genomelink。創業の地にシリコンバレーを選んだ経緯

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——まずはGenomelink, Inc.(以下、Genomelink)の事業について教えてください。

高野氏 「Genomelinkは、DNAデータのDropBoxやApp Storeのようなサービスを提供しています。これまでに世界では5,000万人ほどの人が遺伝子検査を受けていますが、今後10年、20年のスパンで全世界70億人の人すべてが遺伝子検査を受け、自身のDNAデータを持って生きる未来が来ると信じています。

われわれはそんな未来を見据え、遺伝子検査を受けた人が検査を受ける過程で生成されたDNAデータのファイルをGenomelinkに転送するだけで、当初の検査結果にとどまらず、さまざまな解析を受けられるようなプラットフォームを用意しています」

——具体的には、どのような解析を受けられるようになるのですか?

高野氏 「たとえば、『自分の祖先を知りたい』という目的で遺伝子検査を受けられた方の場合、そのデータの切り口を絞り込むことで、よりディープな祖先解析が可能です。食事に対する体質解析を提供することも多いですね。ユーザーが最初に受診した遺伝子検査のデータを転送していただくことで、データの価値を最大化できるようなサービスをフリーミアムモデルで提供しています。

2022年12月現在、のべ50万人のユーザーが世界中からDNAデータを登録するプラットフォームとなっています。いずれは、遺伝子検査を受けた全世界70億人から当たり前に使われるような存在になることを目指しています」

——創業の背景について教えていただけますか。

高野氏 「Genomelink(当時の社名はAWAKENS)を創業したのは2017年1月です。それより1年ほど前の2016年2月から“週末プロジェクト”として動き始めていました。とはいえ、最初から起業を考えていたわけではありません。エムスリーやDeNAでゲノム関連の仕事に従事するメンバーが集い、『本業のスコープからは外れるけれど、こういうことにも挑戦してみたいね』という意志のもとに始まったものでした。

当時手がけていたことは、いまの事業内容とは異なりますが、『DNAデータにも、App Storeのように、ユーザーが自分のデータのオーナーシップを持って、何度も利活用できる仕組みが将来的に必要になるだろう』というビジョンは当時から変わっていません」

——高野さん自身もエムスリーでゲノム関連の新規事業などに携わられていたそうですが、どうしてシリコンバレーで創業されたのですか?

高野氏 「週末プロジェクトの中で浮かんだアイデアが、アメリカのバイオテクノロジー大手Illuminaの手がけるアクセラレーション・プログラム“Illumina Accelerator”に採択されたことがきっかけでした。ゲノム業界のGoogleやMicrosoftとも言えるような存在のIlluminaが、私たちの当時の事業と似たようなコンセプトを掲げるHelixという企業にシリーズAラウンドで$100Mの出資をしたというニュースを知ったことがきっかけです。

当時、『自分たちの事業アイデアは、日本だと時期尚早かもしれない』と思っていたタイミングでしたので、これはアメリカにならチャンスがありそうだ、と挑戦を決意しました。Illumina Acceleratorのピッチに臨んだところ、高く評価いただき、アジア人ファウンダーの会社として初めて採択されました。

当時はプロダクトがまだなくて、チームとビジョンを評価された状態でしたが、これを機にシリコンバレーで起業という道を選ぶことにしました」

DGDVとGenomelinkの出会いと、シード期からの支援について

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——Genomelinkと株式会社DG Daiwa Ventures(以下、DGDV)の出会いについて教えていただけますか?

宇佐美 「おそらく一番最初のきっかけは、2017年にImpact HUB Tokyoというスペースで開催したイベントに、高野さんが参加されたときだと思います。

事業内容を聞いておもしろいと思いましたし、資金調達のご相談もいただきました。その際に、ハッカソンのための場所を貸してほしいと言われ、『是非うちのスペースを使ってください』とご案内したことを覚えています」

高野氏 「DGDVも投資重点先のひとつにバイオテックを掲げていて、われわれの取り組みに関心があるとのことで快く場所(DGDVの親会社であるデジタルガレージの施設)を提供していただき、何度もDNAハッカソンを開催させていただきました。当時は渡米準備をしていた段階で、イベント開催を通じて知名度の向上や、サポーターを増やすことを目的に開催していました。

足許は事業のフォーカスがコンシューマー向けにシフトしていることもあり、ハッカソンはあまりできていないのですが、当時から使わせていただいていた、サンフランシスコのDG717は、今もサテライトオフィスとして利用させていただいています。

当時から事業内容はピボットしましたが、草の根戦略的にハッカソンをやり続けたからこそ、私を含めファウンダー3名の士気も高まり、DGDVを筆頭に、出資してくださる方に出会えました。スタートアップのゼロイチフェーズとして推進力をつけるために必要なプロセスだったと思っています。

当時は、ビザを取得できていなかったりと不安の多い時期でしたが、その頃から宇佐美さんはよく気にかけてくださいました。加えて、DGDVに出資を検討していただいていたタイミングで、ちょうどUCバークレー発のアクセラレータである“SkyDeck”への参画も決まった頃だったと記憶しています」

——“SkyDeck”参画後には、どんな変化がありましたか?

高野氏 「SkyDeckの参画に続いてDGDVなどの投資家からも出資いただき、2018年1月に合計1億円の調達ができました。加えて、とくに大きかったのは、ビザ取得などのロジ面でのサポートがDGDVから得られたことです。アメリカでグローバルビジネスをしていく上で、ビジネスライセンスがないことが一番の悩みでしたので、こうしたサポートを得て、ようやくアメリカで地に足をつけてビジネスができる基盤が整いました。

DGDVにはビザの取得時に、推薦状を発行して、Genomelinkの会社の出自から経営陣の身元やハッカソンなどの実績を担保していただくなど、幅広にサポートいただきました」

——DGDVとしてはどのような点を評価され、Genomelinkに出資を決められたのでしょうか?

宇佐美 「DGDVはDeep Tech を活用した革新的事業にチャレンジするスタートアップを中心に、幅広いインターネットサービス領域にアーリーステージから投資を行うことを方針としています。さらに、バイオテクノロジーとヘルスケア(以下、Biohealth)も投資重点分野の1つとして掲げています。当時、Biohealthの文脈では特にコンピューテーショナルバイオロジーに注目して、グローバルで有望なスタートアップを探していました。アメリカでゲノム関連市場が拡大し始めた時期だったこともあり、Genomelinkに自然と興味を持ちました。

高野さんは当時から『自分たちは先行企業に負けないサービスを提供している自信があります』と話していました。両社のサービスを比べてみると、遜色がないどころか、見据えている世界観を鑑みるとGenomelinkが成長拡大していくことを確信しました。

当時はBiohealthのスタートアップの投資を手がけることが珍しかったので、投資委員会の理解を得るためにゲノム事業の可能性がわかりやすく伝わるような材料を集めて、プレゼン資料を作成したことをよく覚えています。結果、当ファンドのBiohealth分野投資第2号案件として、高野さんとも金額をご相談しながら投資実行に至ることができました」

高野氏 「DGDVを含む投資家の皆さんには、当時まだ何も持っていなかったわれわれのビジョンを信じ、リスクを取って、資金面で支援してくださったことに感謝しています。社内や投資委員会の理解を得ながら迅速に投資決定まで話を進めてくださり、非常に助かりました」

——先行企業以上のビジョンを描いていた、その視座の高さはどこから生まれたのでしょうか?

高野氏 「週末プロジェクトが始まることもあり、逆に『本業ですでにできることをしていても仕方がない』という想いが大前提にある中、一番エキサイトするビジョンをしっかり描けたことが大きかったと思います。エムスリーに入社する際、面接の場で同社の社長が『いまのゲノムを取り巻く状況は、90年代のインターネットのようだ』とおっしゃっており、これはおもしろそうだと感じてこの世界に飛び込みました。

そしてその分野で仕事をする中で、アーリーフェーズであるからこそ、技術分野で大きな可能性を秘めていることに気づき、将来的にApp Storeのような存在が台頭してくると早くから思っていました。もともと英語で仕事をしていたため、気になることがあれば英語で情報収集を行う習慣もあり、早くから海外に目を向けられた点もよかったと思います。

自分たちと同じような考えで事業を展開し、$100Mのバリューを付けて資金調達に成功した会社があるなら、日本のトップ企業で戦略感も身につけたわれわれならばもっと大きなことができると当時から考えていました」

宇佐美 「日本のBiohealth系の企業には、まず国内で売上をあげようと考えるところが多い中で、高野さんは最初からグローバルを見据えていました。“さまざまなバイオロジーのデータを融合して覚醒させる”という意味を込めて当時の社名を『AWAKENS』に決めたと伺ったときは、まさしく新しいヘルスケアの道を切り開いていく存在だと確信したものです。

いまもそのビジョンを根底に、まずはゲノムデータを扱う事業から取りかかっていらっしゃるなど、今後の展開にも非常に期待しています」

日本人は世界で勝負できるか。Y Combinatorへの参加を通じ見えてきたもの

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——日本人が起業した企業としてアクセラレータープログラムの名門「Y Combinator(以下、YC)」に採択されるのは非常に稀ですが、ぜひ経緯について教えてください。

高野氏 「アメリカで事業成長を目指す以上、アメリカの投資家を入れたいと思い模索していたものの、2019年ごろはなかなか思い通りに進みませんでした。2019年の終わりから2020年の頭にかけて、事業のピボットを経て会社の業績が上向いた結果、資金調達に向けて再び動き出す際に、YC卒業生のファウンダー約10人からお話を伺い、資金調達の良い起爆剤になると思い、YCに応募しました。

そのため、他社と比べると比較的後期のフェーズでYCに応募しており、200社ほどあるYCの同バッチ参加企業の中でも、売上規模トップ3%に入っていました。YC参加にあたっては、既存の投資家から同意書をもらう必要があるのですが、DGDVにはその際にも非常に迅速に対応いただきありがたかったです」

——YCに参加したことで、どのような成果が出ましたか。

高野氏 「資金調達面での成果が大きかったですね。まずYC参加前の2018-19年に$4Mほどの資金調達を行い、ここでDGDVにも多額の投資をしていただきました。その後、YC参加と前後して2021-2022年初めの累計で海外投資家を中心に$10Mドルの調達を達成しました。この大部分はYCに参加したことで資金調達が加速し、クローズが進んだ部分も多かったように思います。

資金調達が加速した理由としては、やはりYCのブランド力とデモデイの存在が大きいと思います。デモデイにはYC参加企業への期待と信頼を寄せる投資家が世界中から集まるため、非常に起業家フレンドリーな形での資金調達が叶うからです。もちろん資金調達がうまくいけば、より早くプロダクトにフォーカスできるサイクルも回り出すので、YCが戦略的に運用されていることに感心しました」

金森 「まさに実態を表していると思います。YCは起業家が資金調達しやすいように、まるで市場の競りのように、短い時間で投資家に投資判断を迫る形が特徴的です。それはYCが投資家の中で、“ダイヤモンドを見つけられる確率が一番高いアクセラレーター”として認識されているためです。さらに、ブランド力やエコシステムへの期待を背負っていることに加え、YCのアクセラレーターに選ばれること自体が非常に難しいからこそ成立している仕組みです。

起業家にとっては、資金調達しやすい環境の享受はもちろんのこと、そもそもの資金調達のためのテクニックやスケジュール戦略などに関しても、シリコンバレーの成功者であるYCのメンター陣から直々にアドバイスをもらえる恵まれた環境だと思います。この、起業家フレンドリーに支援していく精神は、われわれもVCとして非常に大事にするべきだと感じています」 

——日本企業は積極的にYCに参画したり、海外で資金調達をすべきだと思いますか?

高野氏 「必ずしもそうは思いません。われわれも、シード期の調達ではDGDVを含めた日本のVCや企業にお世話になっていますし、どの段階でもサポートしてくれるような人は自分たちの(ローカルな)ネットワークの中にしかいないと思っています。

最初からゼロベースで、アメリカで資金調達を行うことは難しかったでしょう。日本の投資家のおかげで3〜4年事業を続けられて、その中で得られた成果をもってYCに応募したからこそ評価されたと思っています。

われわれもSkyDeckやYCなどへ参加という経験の積み重ねによって、グローバルの投資家からの支援も受けられるようになったので、たとえば日本で資金調達を行って事業を成長させてから海外に進出する方法もあると思います。

海外での挑戦を考えている方の背中を押す上で間違いなくいえることは、YCに採択された起業家やスタートアップと同等に、日本の起業家やスタートアップは優秀だということです。

もちろん言葉の壁は存在しますし、シリコンバレーでビジネスを行う場合はシリコンバレーでのお作法も学ぶ必要はありますが、日本人の能力が決して劣っていないことだけは確かです」

金森 「Genomelinkのように日本人が起業した会社がYCに採択されるのは非常にエポックメイキング(革新的)な出来事で、残念ながら直近でも数えるほどしかありません。YCの事務局の中心人物であるマイケル・シーベル氏も『もっと日本企業の応募・参加が増えてほしい』と話していました。

高野さんのおっしゃる通り、わたしも日本人の起業家がYCに採択されたグローバルの起業家と比して劣るということは全くないと思いますし、スタートアップにとって一番大切なビジネスアイデアのレベルでは、むしろ日本の方が、発想がおもしろいなと思うこともあります。

起業家あるいはスタートアップの事業というのは、そもそも国を意識しないで動くのが理想だと思います。プロダクトは国を超えることができますから。日本人でそういった熱意やアイデアがある人が、アメリカや世界に挑戦していくのはすごくいいことだと思いますし、VCとしてわれわれも是非応援していきたいと考えています」

DGDV、Genomelinkが描くそれぞれのグローバル拡大の展望

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——Genomelinkの事例はDGDVにとっても先進的だったかと思いますが、今後も同様の支援に力を入れていく予定ですか?

金森 「そのつもりです。DGDVはベイエリアのエコシステムに入って投資案件を探し、ニッチかつクローズドなネットワークを築きながらVCや起業家にメールやコールで接触し続けるという極めて地道な努力を一歩ずつ続けています。

とくにヘルスケア×テクノロジーやゲノム×データのような領域は今後も世界的に需要があり、引き続き発掘していきたいと思っています。もちろん業界や地域を問わず、Genomelinkのようにグローバル市場を目指して起業するスタートアップを今後も引き続きサポートしていきたいです。

このような意識が高まったのも、Genomelinkのおかげです。高野さんたちがYCに参加する姿を見て、われわれがVCとしてサポートできる範囲には限界があり、逆にまだまだレベルアップの余地があると痛感しました。実はYCに定期的に参加するのはVCにとってもタフなことです。

それをスピード・質の両面で担保できるような仕組みづくりを行い、地道に投資活動の中で信頼を築いていった結果、今、DGDVはYCに事務局から招待される稀有な日本のVCというポジションを築くことができています」

——高野さんは、現在もアメリカに住み続けていらっしゃるんですか?

高野氏 「はい。いまはまだ1合目にも達していない状況ですが、おかげさまで順調に事業は成長し、サバイブできています。引き続きアメリカを拠点にし、今後、会社をよりいっそう拡大していきたいですね」

——アメリカで事業を行っている起業家の立場から見て、日本人起業家の海外進出に対してはどのような考えをお持ちですか?

高野氏「起業家は、良くも悪くも皆マイウェイを行く方が多いと思います。私はマイウェイを進んだ先で、結果的に今こうしてアメリカで事業を行っていますが、『海外で起業して、事業をすべきですよ』と周りの起業家やこれから起業する方に勧めたり、求めたりしたいといった気持ちはありません。

どの道を行くかは、人それぞれだからです。けれど、もし海外で起業したい方がいるなら、私もさまざまな経験を元にお手伝いできることがあるかもしれませんし、何かサポートできることがあるといいなと思っています」