投資家になるという目標に向かって──母国を離れ、一歩ずつ積み重ねてきた日々

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——デニーさんは韓国のご出身で、日本の大学を卒業された後、三井住友銀行に入行されています。その後DG Daiwa Ventures(以下、DGDV)に転職されたとのことですが、どのような経緯で日本や金融業界に関心をお持ちになったのでしょうか?

デニー 「韓国・ソウル市で生まれ、小学生のときにアメリカへ留学し、その後早稲田大学に入学するために来日しました。実は、日本の大学を進学先に選んだ理由は、プロスポーツ選手のエージェントになるためでした。アメリカ在住経験があり英語も話すことができたので、日本の文化と日本語を学べば、韓国や日本の野球選手のメジャーリーグへの進出をサポートするエージェントになれるのではないかと考えたからです。

転機となったのは、大学在学中のことでした。韓国では2年間の入隊が義務付けられており、軍隊の仲間と寝食を共にします。わたしも在学中に在籍したのですが、その中でできた仲間や友人と将来の夢について語り合う機会も多くありました。同じ隊の友人の多くが金融業界を志しており、彼らの影響を受けて金融の勉強を始めてみたところ、とても楽しかったのです。

その後、外資系金融機関や投資家向けに株主総会のレポート作成やアドバイザリー業務を行う企業でのインターンシップを経験。企業の価値を算定することについて深く学ぶうちに仕事がおもしろくなり、高校時代までのプランを変え、金融業界の中でも市場が大きい日本の金融機関を目指すようになりました」

——日本の銀行ではどんな仕事をされていたのですか?

デニー 「最初に配属されたのが渋谷支店の法人営業部で、約40社の中小企業を担当しました。大変競争が激しいエリアということで、融資業務や外為業務だけでなく、お客様と銀行のグループ会社のさまざまなソリューションとのビジネスマッチングをご提案させていただく業務にも携わりました。また、渋谷という土地柄、スタートアップのお客様のグロースをサポートするような業務機会もありました」

——その後、SMBC日興証券に転籍された理由や、転籍後の業務内容についても教えてください。

デニー 「ゆくゆくは投資家になって、企業の価値を分析して投資を行う夢があったので、CFA(Chartered Financial Analyst)の勉強をしながら、事業計画のモデリングや企業のバリュエーション算定業務に携わることができるM&Aの部署を志望していました。

入社当初は、そこまで日本語が得意ではなかったため、まずは銀行の法人営業部で日本語の上達にしばらくは集中して励んでいました。日本語を学びながら、グループ会社であるSMBC日興証券のM&A部署に異動してそこで新しいチャレンジをしたいと日頃から人事部へ伝え続けていました。そして業務経験を重ね、日本語の上達と法人営業部で培った実績が認められ、かねてより希望していたM&Aアドバイザリー本部への転籍を果たしました。

同部門は国内外の企業向けに企業買収をサポートする部門です。約2年間、TMT(テクノロジー、エンターテイメント&メディア、情報通信)や不動産、自動車といったセクターで、バリュエーション算定やデュー・デリジェンスのサポートはもちろん、買収先とのコミュニケーションのサポート等も含め、M&Aに関わる幅広い業務に携わりました」

グローバル・チームワーク・柔軟性。DGDVだからこそ経験できる面白み

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——DG Daiwa Venturesに転職しようと思ったきっかけについて教えてください。

デニー 「投資家を目指すために、プライベートエクイティファンドに行くことも考えましたが、最終的に選んだのはベンチャーキャピタル(以下、VC)でした。銀行員時代、渋谷という土地柄で過ごしたことから、スタートアップの方々と接する機会が多くありました。新しい商品やサービスを展開する情熱をもって働く起業家の方々に刺激を受け、投資家としても彼らと関わりたいと思いました。

そしてVCの中でも、私が探していたのはグローバルに仕事ができる環境でした。日本で働いて培った知識や経験を活かすことができ、かつ海外にも活躍の場があるVCが、DGDVでした。いろいろと調べる中で、DGDVが国内だけでなく海外のスタートアップエコシステムにも深く入り込みながら積極的に投資していることを知り、まさにこの会社だと思って入社を決めました。日本のスタートアップ市場はGDP対比が小さいとよく言われますが、逆の見方をすれば、それはまだまだチャンスがあるということです。

2011年から日本に住み、日本の社会を見てきましたが、コロナによる環境変化や東京五輪を機に、アナログからデジタルへと社会が大きくシフトしていることを実感しています。日本のスタートアップ市場やVC業界におもしろい変革のチャンスが到来していると肌で感じています」

——実際、DGDVに入社してみて社内の文化や雰囲気をどう感じますか?

デニー 「これまで所属していた銀行や証券会社は、業務の性質上保守的な文化がありました。一方、DGDVのメンバーの大半はバイリンガル以上であり、海外での勤務や留学の経験があるためか、視野が広くオープンマインドなメンバーが多いと感じています。

また、VCというとキャピタリストが各個人でプレーするイメージがありましたが、DGDVが重視する点はチームワークです。たとえば、『韓国にこんなおもしろい会社がある』と私が提案すると、メンバーは積極的に意見を出し、私が気づかない部分をフォローし、案件上程や投資実行に向けて必要と思われることを、全力でサポートしてくれます。入社以来、この文化には大いに助けられてきました」

——英語・日本語・韓国語が話せて、各国の文化にも通じているデニーさんにとって、DGDVで働く魅力やおもしろさをどんなところに感じていますか?

デニー 「世界各地のスタートアップや有力なVCと会える機会がとても多いことに魅力を感じています。ちょうどこの取材の翌日も、Y Combinatorに採択されたスタートアップと会う予定です。

日常業務では、朝、アメリカの企業と会議をして、同日の昼に韓国や日本、夜には欧州の企業と会議することもよくあります。これまで複数の国で暮らし、複数の会社で働きながら業種ごとに異なる文化を経験してきました。そうしたなかで培ってきた知識やスキルを存分に発揮できているところにも楽しさを感じています」

韓国と日本それぞれのスタートアップ市場を俯瞰し、思うこと

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——韓国のスタートアップ市場の状況について教えてください。

デニー 「個人的にはかなり盛り上がっている印象です。カカオが提供するメッセンジャーアプリ“カカオトーク”が成功を収め、クーパン(EC企業)が米ナスダック上場を達成し、韓国最大のオンライン小売業者となるなど、『スタートアップも活躍できる』という機運が高まっていると感じます。

かつては大手企業への就職を希望する友人が多くいましたが、スタートアップで働く優秀な人材が増えてきたことも、こうした盛り上がりの背景にあると思います。

2022年12月現在、韓国のユニコーンの数は、アメリカのCBインサイツ調べでは15社、韓国の中小ベンチャー企業部の集計によると23社とされています。フィンテックやeコマースのほか、エンターテイメント、ファッション、トラベルテック、バイオヘルスといった領域でユニコーンが増えている印象です。

韓国スタートアップ業界の特徴として、これまではBtoC企業の成長が先行してきましたが、今後は企業向けの競合分析ツールや業務効率化を実現するSaaS企業など、BtoB市場からもユニコーンが生まれるのではないかと個人的には予想しています」

——投資を行うかどうかを意思決定する際、韓国と日本では何か違いがあるのでしょうか?

デニー 「韓国の有力VCと情報交換してきた中での所感としては、重視するポイントは大枠同じだと思います。いずれもグロースのスピードが速い会社、良いチームがいる会社、予測も含めて十分な市場規模がある領域でビジネスを展開している会社に投資を行っている印象です。

投資判断とは異なりますが、日本と韓国のスタートアップの性質の差は、韓国はイカゲームやパラサイト、BTSなどに代表されるようなグローバルで注目を集める映画や音楽コンテンツという成功事例を有していることから、海外志向が強いように感じています」

——韓国の企業と比べて、日本の企業はどんな課題を抱えていると思いますか?

デニー 「変化への対応が全体として韓国のほうが早い傾向があります。特に大企業に焦点を当ててみると、韓国の企業のほうが意思決定のスピードが速いように思います。これは韓国の企業が短い期間で経済的に成長しようとしてきたことが背景にあるのかもしれません。

その点では、各産業を取り巻く環境やトレンドが目まぐるしく変わる時代を迎え、それに柔軟に対応してきた韓国企業に分があるといえるでしょう。しかし一方で、日本にはこれまで培ってきた、長い時間をかけて深いところまで技術に磨きをかけるという職人気質の文化があります。

どちらか片方だけでは企業は成長できません。両者を備えた企業が理想的だと言えると思いますし、それぞれの強みを肌で感じてきている私だからこそ、日本と韓国両方の企業の成長に携わる中で、両者の良いところを吸収し、還元できるのではないかと考えています」

ゆくゆくはアジアのスタートアップエコシステム拡大に貢献を──投資家として目指すもの

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——今後、DGDVをどんな組織にしていきたいと思っていますか?

デニー 「これまで積極的に仕事に取り組めたのは、DGDVにチームワークを重視する文化があるおかげです。常々メンバーとはギブ・アンド・テイクの関係でありたいと考えていますし、今後はさらにギブのほうを増やしたいと思います。ほかのキャピタリストのアイデアや意見を尊重するだけではなく、メンバーの案件に対して積極的にサポートしていきたいと思っています。

また、DGDVのポートフォリオ内にユニコーンとなった企業が4社もあることから、1号および2号ファンドで有意義な投資を行ってきたと自負しています。知名度を上げるべく努力しているとはいえ、日本国内の知名度にもまだ課題はあります。世界各国のVCとの共同投資やネットワーキングはもちろん、国内の有望なスタートアップへの投資を通じて、DGDVの存在感やブランド力をさらに高めていきたいです」

——キャピタリストとしてどんな投資に取り組んでいくことを目指されていますか?また、将来的な展望があれば教えてください。

デニー 「キャピタリストとしてはリターンを出すのが大前提です。新たなユニコーン候補を見つけて応援することで、起業家もファンドも、そして個人的にもWin-Win-Winとなるような投資をしていきたいと思います。

また、将来的には、アジアのスタートアップエコシステムの拡大に貢献したいという大きな目標があります。アジアのスタートアップ市場は、昔に比べてかなり成長しましたが、アメリカの時価総額と比べると大きく劣ります。

アメリカでは、足元こそテック企業の市況が悪化してはいるものの、時代に合わせてハードウェアの業態からソフトウェア企業への転換を図り、成長してきた企業が多いように思います。他方で、韓国や日本では従来通りの製造業が多く、こういった点では今後の変化に伴って、変わっていかなければいけない部分だと思います。

足元では、日本と韓国でも優秀な人材がスタートアップに集まりつつあり、成功事例も枚挙にいとまがないです。こうした追い風を上手く味方にして、成長を目指しているスタートアップを早い段階からサポートし、個々のスタートアップだけでなく、新たな産業全体として盛り上げていくお手伝いをしたいと考えています」