身近な存在から探究すべき大きな存在へ。キャピタリストとして惹かれたFinTech

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——本日はよろしくお願いします。さっそくですが、近年よく耳にする“FinTech”とは何か、あらためて解説をお願いできますか。

野島 「“FinTech”とは、“Finance(金融)”と“Technology(技術)”を掛け合わせた言葉で、情報技術を用いて金融サービスの体験を良くし、金融サービスの提供範囲を拡大したりすることを指しており、指し示す内容の幅は非常に広いです。

具体的には、送金サービスのWise(ワイズ)やPayPal(ペイパル)、決済サービスのBlock(ブロック)(旧 Square)、証券取引サービスのRobinhood(ロビンフット)などがFinTechの有名海外企業として挙げられます。日本でも、PayPay、freee(フリー)やマネーフォワードといった企業に馴染みがあるのではないでしょうか」

——日常生活の中で当たり前に使っているサービスもありますね。野島さんは、どのような経緯でFinTech分野に投資をするようになったのでしょうか

野島 「私はもともと、SMBC日興証券で投資銀行業務を行っていました。当時はテック業界とはまったくの無縁。化学企業・ヘルスケア企業・インフラ系企業に対してM&Aや資金調達の提案などを行っていましたが、従来型の業界でもテックを用いた新しいイノベーションが進んでいることを実感しました。そういった企業のM&A案件などに関与する中で、小さくともイノベーションを起こしている企業を支援したいという想いがだんだんと強まり、ベンチャーキャピタル(以下、VC)へと転職しました。

また、私は日本生まれですが、高校時代は海外で育ち、Robinhoodという証券トレーディングサービスを使い、友だちと食事に行った際の費用分担にVenmo(ベンモ)という個人間の送金アプリを使っていました。

最初の就職先が金融機関であったということはもちろん、日々の生活の中でもFinTechに馴染みがあったので、VCへの転職後はFinTech分野への投資にどんどんのめり込んでいきました。

また、FinTechの歴史も魅力的に感じています。たとえば、イーロン・マスク氏(Tesla創業者)やリード・ホフマン氏(LinkedIn創業者)をはじめ、21世紀のイノベーションの中心にいる創業者は、PayPal社出身の方が多くいます。PayPal社をはじめとするFinTechの歴史を紐解くことは、米国のITイノベーションのオリジンを学ぶと言っても過言ではありません」

——VCで働く上で、株式会社DG Daiwa Ventures(以下、DGDV)を選んだ理由も教えてください

野島 「DGDVのチームが実現しているダイバーシティに惹かれました。金融機関系のVCには金融と親和性があるFinTechに知見のあるメンバーはたくさんいるものの、ほかのセクターにも造詣の深いメンバーは限られていることが多いです。

一方、DGDVには、金融機関出身者だけではなく、IT企業や広告代理店などさまざまな業界でキャリアを積んだメンバーが集っています。それぞれ得意領域が異なっているため、話をしていてもとても学びがあり、おもしろいです。

また、メンバーの性格や相性の良さという側面もありますが、FinTechは幅広い領域のイノベーションを支える立ち位置として、対応することもあります。ほかのメンバーが持っている各業界の知見とFinTechとの連携やシナジーといった可能性に魅力を感じ、こういうチームで仕事がしたいと思いました」

歴史を紐解いて見えてくるFinTechとデジタル化推進の潮流

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——FinTechのトレンドは、どのように移り変わってきたのでしょうか?

野島 「最初にFinTechという言葉が出てきたのは、1990年代に金融サービスのデジタル化推進の発端となるインターネットや携帯電話へのアクセスが可能となり始めたころからと言われています。

世界にまだインターネットに通じる携帯電話が3,000万台ほどしかなかった1999年、FinTech企業の先駆け的な存在であるPayPalの創業者であるピーター・ティール氏は、5年後にはインターネットアクセスがある携帯電話の数が10億台になる。そんな環境になれば、携帯電話から銀行口座へのアクセスや送金も可能となり、すべての人が金融サービスを簡単に享受できるようになる、と見通していました。

実際に、2000年代後半から2010年代にかけて、携帯電話やスマートフォンの普及に伴い、金融サービスのデジタル化が一気に広がりました。これまでは送金や引き落としなど各種手続きのために銀行に直接足を運ばなければなりませんでした。

いまではインターネットさえあれば、どこからでもインターネットバンキングを利用したり、証券取引をしたりと、金融サービスにアクセスすることが当たり前になっています。私たちが日々金融サービスにアクセスする際に不便に感じることも減り、コンシューマー向けの金融サービスはある程度一服したかなという印象があります」

——たしかに、私たちはすでに生活の中でFinTechによる恩恵をかなり受けていますね。

野島 「実はFinTechは各国でイノベーションの手法が異なります。ほかの領域、たとえば、Eコマースであれば、日本企業の楽天などのサービスと米国企業のAmazonなどの提供サービスにそこまで大きな違いはありませんし、ユーザが求めるものもそれほど変わりません。

一方、金融業界はかなり歴史がある市場のため、金融サービスに対する意識も国によって大きく異なります。たとえば、日本人や欧州人は保守的な金融サービスを好むことが多いのに対して、米国人はアグレッシブで負債を抱えること自体にあまり不安を持っていないなどの意識的な違いがあると言われています。

また、先進国であるドイツや日本ではいまだに現金が多く使われているのに対して、開発途上国であるインド・中国・インドネシアなどではQRコード決済が大幅に普及しているなど、国や地域ごとに金融サービスに対する意識や好むサービスが違うのが非常におもしろいところです」

イノベーションを支えるFinTech。足許の市場環境と今後の期待

──FinTechの市場はどれくらい盛り上がっているんでしょうか

野島 「FinTechは、スタートアップのセグメントの中で、もっとも大きな領域のひとつです。スタートアップ全体への投資額のうち約6分の1〜5分の1を占めていることに加え、特に、時価総額が10億米国ドルを超えるユニコーン企業への投資額の中でも約4分の1程度をFinTech企業が占めており、それだけ多くのお金がFinTech領域に流れてきていることを示しています。

先進国だけでなく、開発途上国でもFinTechのユニコーン企業が登場していて、世界中でその国の特徴に合ったさまざまなイノベーションが起きているのも特徴です」

——日本でも同じような盛り上がりを見せているんですか?

野島 「世界的に見ると、やや勢いが劣るかなという印象があります。2021年の日本におけるスタートアップへの投資額は約8,000億円ですが、そのうちFinTechに対する投資額は1,000億円強に留まりました(※INITIAL調べ)。

freee、マネーフォワード、ウェルスナビのようなユニコーン企業に相当するFinTech企業も存在はしていますが、日本の市場規模が世界3位ということを鑑みると、もっとこうした企業が登場していても不思議はありません。

今後、FinTechにより多くの投資が集まってくれば、さらなるイノベーションを起こせるのではないかと期待しています」

いま、各国からFinTechに求められていることと、その存在意義とは

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▲DGDV親密先VCの1社BEENEXTとともに

——先進国と開発途上国では、FinTechに求められることは、大きく変わるのでしょうか

野島 「はい、大きく変わると思っています。まず、先進国ではほとんどの人が銀行口座を持っていますが、開発途上国の中には銀行口座保有率が30%ほどの国もあります。そもそも、金融サービスにアクセスできていない人がたくさんいます。当然、前提や課題が異なるとFinTechに求められることも変わります。ただ、いずれにしても、“すべての人に金融サービスをフェアなかたちで提供できること”がFinTechの価値であることには変わりありません。

FinTechの一番の意義は、誰もが簡単に金融サービスにアクセスできるようになり、金融サービスをフェアな形、フェアな費用で提供できることです。つまり、人々の生活の根幹であるお金周りがフリクションレスになることだと考えています。

また、SDGsに掲げられる金融制度の平等に向けた取り組みとして、 “金融包摂(フィナンシャルインクルージョン)”の推進にもFinTechは大きく貢献していると思います。

先進国と開発途上国では課題こそ違いますが、インターネットにアクセスができる携帯電話さえあれば誰でも金融サービスを享受できる世界になりつつあります。今まで金融サービスにアクセスできてなかった人に対して、金融サービスを提供できる点というのがFinTechの共通のメリットです。その分野に携わること自体が、私個人としてのやりがいにもつながっています」

後編に続く