エンジニアリングから投資の領域へ。深度ある技術理解で唯一無二のバリューを提供
──木室さん、本日はよろしくお願いします。まずは、木室さんのキャリアについて教えていただけますか。
木室 「大学院卒業後、外資系IT企業に入社しました。5年ほどエンジニアとして勤務し、PMなども経験しました。同社でクラウドやAI、ブロックチェーンなどの新しいテクノロジーを活用した事業開発に関するタスクフォースが立ち上がり、そこに異動してブロックチェーンに関わるようになりました。
2015年ころのことで、それが、私がブロックチェーン領域に携わるようになったきっかけです」
──実際に、ブロックチェーンに足を踏み入れられていかがでしたか?
木室 「当時、『ブロックチェーンで世の中が変わる』と言われてはいたものの、企業向けに提案活動を行っていても、『なぜブロックチェーンを使う必要があるのか』という話になることが多く、私もお客様と話しながら違和感を覚えていました。
そこで、『この領域のことをやるなら、ブロックチェーン技術の起源であるビットコインに立ち戻り、突き詰めるべきだ』と思うようになりました。
ちょうどそのころ、デジタルガレージ(以下、DG)にビットコインの研究開発チームがあり、ビットコイン関連のスタートアップであるBlockstream社に投資して事業を作ろうとする動きがあることを知り、DGへの入社を決めたんです」
──2023年2月現在はどのような業務に携わっていますか。
木室 「DGとDG Daiwa Ventures(以下、DGDV)で、ブロックチェーン領域の事業開発と投資を行っています。
2018年9月にはDGとDGDVの投資先、DGDVの運営するファンドのLP企業の三社によるジョイントベンチャーで株式会社Crypto Garage(以下、Crypto Garage)の設立に携わりました。同社のブロックチェーンを活用した金融サービスの研究開発及び商用化を行う会社の設立や、ブロックチェーン領域事業の立ち上げを行いました。
また、現在はDGのweb3事業開発部長も兼務しております。
web3事業開発部では、DGグループ横断型でのweb3イニシアティブを担当しており、たとえばonlab web3(web3特化型のアクセラレーター)の立ち上げや、NFTを活用した新しいマーケティング事業などの立ち上げも実施しています」
──投資にも携わられているとのことですが、木室さんがブロックチェーン領域の投資に関して重視されている点や関心を持たれている部分はどういったところになりますか。
木室 「研究開発で技術のシードが生まれ、それがエンジニアリングできるフェーズに育つと、プロダクトの開発がしやすくなります。
私が見極めたい点は、エンジニアリングできるくらいのフェーズに育った技術が事業化するところです。そのために日々論文などを読み、事業化できる絶妙なラインにいる企業に投資を行うことができる目を持つことを心掛けています。
また、個人としては、ファウンダーと話しながら十分にその技術やトレンドについて理解を深め、いかに抽象化し、アーキテクチャを理解し、ポイントを整理するかというところと、そこを事業化するというところの、掛け合わせの部分において、バリューを発揮して信頼を得ていくというプロセスにやりがいを感じています」
web3とは何か。投資において、各々の定義を見極め同じ土俵で会話することが肝要
──世間では、web3が注目を集めています。投資する上で、どんな点に留意する必要があるのでしょうか。
木室 「2022年はweb3への注目が高まった年と言える一方で、web3の定義は曖昧かつ領域が広いため、事業の当事者がどのようなスコープでweb3を捉えているのか、正しく理解することが重要であると考えています。
インターネットが普及してきた初期をWeb1.0として、多くのユーザーがインターネット上で発信される情報を一方向的に受け取る形態(Read)とし、SNSなどに代表される多くのユーザーが情報を発信し、情報の流れが双方向的となった形態(Read/Write)時を、Web2.0とする点はコンセンサスが取れています。一方で、web3は、そもそもの表記の揺れがある通り、いくつかの側面が存在します。
一つ目は、より分散化されたITインフラストラクチャーをプロトコルとして提供する動きで、分散型アプリケーション(Dapps)を実現する基礎技術としてのweb3です。
二つ目は、web3はRead/Write/Own(Join)として、トークンという媒体を通じてサービスの価値共有に関してイノベーションを起こすものを指します。これまで、GAFAなどに代表されるプラットフォームでは、ユーザー、クリエーターは事業成長のアップサイドを享受することができていませんでした。ここに、インターネットのみで完結するブロックチェーン上のトークンという媒体を初期のユーザーに与えることで、価値をユーザーから投資家まで広く早期に共有できないかという考え方です。
トークンを介してユーザーがプラットフォームを所有できるだけでなく、そのサービスの運営にも積極的に参加することが可能です。web3は、ユーザー(顧客)との関わり方の変化であるとも言えると思います。
web3に関連する領域としてもブロックチェーン、暗号資産、NFT(Non-Fungible Token。非代替性トークン)、DeFi(Decentralized Finance。分散型金融)、DAO(Decentralized Autonomous Organization。分散型自律組織)に加え、場合によってはメタバースなどが関連し、サービス内容も複雑になりつつあります。
そのため、私たちは、事業の当事者たちが、どのようなスコープでweb3を捉えていて、何をやろうとしているのかを見極めることがとても重要だと考えています」
──NFTは、web3の中でどのような影響を及ぼしていくのでしょうか。
木室 「web3がユーザー(顧客)との関わり方の変化であるとすると、今後、ユーザーが保有するアセットの理解が重要になってきます。暗号資産やNFTはウォレットと呼ばれるもので管理され、それを個人が所有します。
ウォレットでは、ありとあらゆるデジタルアセットが管理されるのですが、その中身は外から見ることが可能です。つまり、ウォレットから個人の属性情報を分析することが可能になります。たとえば、NFTを使用してイベントに参加すると、『この人はこういうイベントに興味がある』という情報が残ります。すると、Webサービスとウォレットを連携させることで、その人の興味に沿った広告をピンポイントで出すなど、マーケティングに応用できるわけです。
また最近では、企業がNFTの活用に取り組む事例が増えてきており、日本では新しい顧客接点の創出のための一手としてNFTをプロモーションに活用する事例が増えています。たとえば、海外のあるスポーツメーカーは、ブランドのイメージを一掃し、新しい世代にリーチするためにNFTを活用しています。人気のNFTコレクションとコラボレーションし、ユーザーがそのNFTコレクションを購入する際に専用アプリのダウンロードを条件とするなど、NFT購入後もインタラクションが生じるように設計し、ブランドのイメージ刷新に取り組んでいます。これはNFTとのコラボレーションが成功している事例の一つだといえるでしょう」
プレイヤーも増え、注目のブロックチェーン領域。DGDVが一貫して重視するものとは
──長くブロックチェーン領域に携わられてきた木室さんから見て、投資先の事業内容や傾向などにも変化はありましたか。
木室 「2018年ころまでは、スタートアップごとに新しいブロックチェーンを一から作る提案が多かったのですが、最近は標準化されたツールやデファクトになりつつあるプラットフォームを使い、その上で事業を作る前提ができてきています。
NFTがなぜこのタイミングで流行っているのかという疑問への解にも通ずる部分ではあるのですが、共通化されるインフラに乗ることで圧倒的にコストを下げることができ、プロジェクトはアプリケーションにフォーカスできます。アプリケーションのレイヤーになると、参入できるプレイヤーが多くなり、結果として、NFTやDAOのプロジェクトが数多く生まれてきています。
これまではUnfair Advantageが技術領域にあることが多かったのですが、今後はより違う領域の重要性が増し、アイデア勝負の側面も出てきているように思います。こうした動きを踏まえ、DGDVとしてもコンテンツに強いメンバーなどを仲間に迎え、より多様性のあるチームを組成して投資活動にあたっています。暗号資産、NFT、DAOなど領域が広がることでプレイヤーも増えて、ブロックチェーン領域には以前と比べて資金もどんどん集まっており、クリプトファンドの組成ニュースも多く目にします。2022年は市況こそ暴落しましたが、ブロックチェーン企業への投資の波はしばらく止まらないでしょう」
──あらためて、ブロックチェーン領域でのDGDVの投資実績について教えてください。
木室 「DG Lab1号ファンドではインフラレイヤーの技術開発会社に多く投資しました。DG Lab2号ファンドでは、暗号資産市場全体の成長を広範にキャプチャーできるレイヤーである暗号資産取引所や暗号資産を預かる技術、税金計算などの会社に多く投資する戦略を進めてきました。たとえば、投資先の1社にビットコインのマイニングなどの技術開発を行っている企業があります。ここにはシリーズAから投資していて、先ほども触れました通り、日本で一緒にジョイントベンチャーを作るなど、かなりバリューアップにも貢献しています。
同じく投資先のQuantstampは、数百億単位で被害が出ることもあるスマートコントラクトのハッキングなどに対策するために、ソフトウェアを監査する企業です。こちらも投資実行後かなり成長していることに加え、DGDVの他の投資先の監査を実施するなど、投資先間でのシナジーなども生まれています。
PayPalによるM&AでExitしたCurvは、今はPayPalの暗号資産事業の裏側の技術をすべて担当している企業です。MPC(Multi-Party Comutation)という技術を使った暗号資産カストディ技術であり、かなり人気の高かった分野で、Exitするまでは、私たちが日本展開支援の一環として、日本でのリセール契約を締結していました。ほかに、暗号資産の取引所関連では、北米のみならず新興国での取引所や、暗号資産のニーズの高まりを受けて、当該地域の取引所ライセンスを有している企業にも複数投資しています」
Web1.0から業界と共に歩み積み重ねてきた知見―腰を据えたサポートに活かしたい
──非常に多くの投資実績や事例があったかと思うのですが、ブロックチェーン領域におけるDGDVの強みを教えてください。
木室 「まず、DGDVの親会社の1社であるDGはWeb1.0からずっとテクノロジーの世界にいる会社です。とくにアメリカを中心に、これまで培ってきたネットワークが投資領域でも生きていると感じます。加えて、web3ではクリプトならではのネットワークが新しくできているので、そこをしっかり押さえていくことも意識しています。この新旧両方のネットワークを兼ね揃えているVCは少ないと思います。
また、DGDVは一般的なVCと異なり、DG Labという研究チームと密に連携をとっていることも強みとして挙げられると思います。実はこの業界では、エンジニアを通じた情報提供や投資機会の流れというようなものも存在していて、『誰々が起業するらしい』といった開発者同士の情報をすばやくキャッチできるのも強みの一つです。加えて、クリプトガレージの事例のように、暗号資産交換業ライセンスを有している会社がグループ内に存在しており、日本の市場についてもよく知っていることが決め手となって、実際に投資の話がまとまったケースもあります」
──DGDVの今後の展望をお聞かせください。
木室 「私たちは投資検討という観点で数百社を見ているため、ファウンダーがアクセスできないような情報にもアクセスできます。そのナレッジを用いながらファウンダーとお付き合いさせていただくことで、バリューを発揮していきたいと考えています。
また、web3は定義の不確かさに加え、刻々と変化するため情報量が非常に多いです。そこをひたすら追い続けることで日々情報をアップデートし、社会的価値を有し、かつ中長期的に繁栄していくような事業を見極めながら投資を行っていきたいです。
加えて、そのように見極めて投資を行った先を、投機的な考え方ではなく、じっくり腰を据えてサポートしていきたいですね」