他のファッション通販にはない「感動」を伝えるストーリーを
「いやあ、ラッキーでしたよ。このお話が来たちょうど2~3週間くらい前に、僕、ずっと欲しかったスニーカーをBUYMAで買ってたんです」(佐久間)
ファッション通販サイト「BUYMA」は順調に会員数、取引実績を伸ばしてきました。サービス開始から10年が経った2015年、さらなる認知拡大と会員獲得を目的としたキャンペーンを展開することになったのです。どのような手法でアウトプットをしていくのか、その企画提案が佐久間に任されました。
佐久間がBUYMAで購入したのは、“大学生の頃に流行し憧れていたものの、高価だったこと”、そして“友達が先に買っていて、かぶるのがイヤだったこと”で、買うのを諦めていたスニーカーでした。それを偶然にも街で見かけて、20年越しに思いが再燃。メーカーのサイトを見ても欲しい色は売り切れていたため、インターネットで検索した末にたどり着いたのがBUYMAでした。
サービスで特徴的なのは、海外に在住している出品者が、現地の商品写真をBUYMAに掲載、注文が入ってから商品を購入して発送を行う点。購入者は日本未入荷、海外限定モデルなど、日本では手に入らない商品を手に入れることができます。
この仕組みは、他のファッション通販サイトとは一線を画するユニークなものです。しかし佐久間はもう一歩踏み込み、その仕組みによって消費者がどんな価値を得ているのかを掴み取ろうとしました。
「いくら仕組みが新しくても、それによって実現していることが新しくないと、“新しい価値”とはいえないですよね。『BUYMA』を使ってスニーカーを買ったことは、何を僕に実現させてくれたのか……。それは、『今まで買えなかったものが買えるようになった、ずっと欲しかったものを手に入れた感動』だと気づいたんです。それこそが他のファッション通販サイトにはない、新しい価値だと思いました」(佐久間)
自分自身の体験から仮説を組み立てた佐久間は、他の通販サイトと「BUYMA」を比較する調査を実施。すると、「商品が届いたときに感動したことはありますか?」という質問に対して、他サイト利用者では1割程度。その一方で、「BUYMA」利用者では4~5割の人が「感動したことがある」と回答しました。
この歴然とした違いに、佐久間は仮説を確固たるものにしました。「ずっと欲しかったものが手に入る」という、購買行動の背景にあるストーリーを表現したブランディングを、キャンペーンの目的に据えることにしたのです。
認知拡大と会員獲得に成功
CM「世界を買える」は、梨花さん、小嶋陽菜さん、亜希さん、又吉直樹さんの4人それぞれが「欲しいもの」にまつわるエピソードを語るシリーズCMです。初放送日は2015年6月に行われた、FIFAワールドカップ・アジア2次予選のハーフタイムという、とりわけ大きな注目を集める時間帯。90秒の枠の中で、4人分のCMを流し75秒。図らずとも、15秒が余ってしまいました。
そこで考えたのが、最後の15秒で「BUYMA NIGHT SALE(バイマナイトセール)」 という文字とダイナマイトのアニメーションでカウントダウンをするという告知を放映すること。
放送直後から想像以上の反響で、サイトPVは通常時の約10倍にまで跳ね上がり、セールに向けて体制を整えていたのにもかかわらずサーバーがダウン。「セールなのにBUYMAにつながらない!」とちょっとした騒ぎになったのです。
その日のうちに、BUYMAの運営会社であるエニグモ社と緊急会議を招集。すぐに「SORRYクーポン』という割引クーポンを発行して「ごめんなさいセール」をすることにしました。すると注目されていただけあって、この日も好調なPVを維持、会員数は200%アップという結果をおさめたのです。
「社長をはじめとしたクライアントの皆さんが、対応に迅速に動いてくださったからこそ出来たことでした。認知拡大につながり、クライアントの皆さんも認めてくださってホッとしました」(佐久間)
もうひとつ大きな注目を集めたのが、同年12月に流れた1夜限りのCM「親切なドローン」です。フィギュアスケートグランプリファイナルに合わせて放送したこのCMは、全裸の男女が美しいクラシックバレエを踊るなか、ドローンが“大事な部分”を巧妙に隠してくれるというもの。BUYMAのグローバルなブランドイメージと、服を買う楽しさや服を着る喜びを、斬新な表現で伝えようというものです。このCMもSNSを中心に、大きな話題を呼びました。
こうして8カ月にわたって展開されたキャンペーンは、当初から目指していたブランディングと会員獲得の双方で、大きな成功を収めました。スポットCMの放送期間が終了した今でも成長は続いており、会員数は前年同期比約136%と順調に推移しています。
ブランディングとセールスプロモーション、どちらも犠牲にせず「目的」達成
通販サイトのコミュニケーションでは、価格や限定販売などの告知でサイトへの流入を促すという、いわば即物的な手法が求められがち。商品やサービスの世界観を伝えるブランディング、クリエーティブとは相容れないと考えられることも少なくありません。しかし佐久間は、必要であれば、その双方を両立させる戦略が可能だと考えています。
「もともとストラテジストの僕は、ブランディング担当というわけではありません。コンバージョンを本気で上げるために何が必要なのか、全体を見据えて戦略を立てています。BUYMAの魅力をしっかり伝えて、本質的な意味でユーザーを獲得していくためには、ブランディングも大切だし、“限定”や“セール”といったセールスプロモーション的要素も必要なんです。どちらかに専念しなければならないとは思いません」(佐久間)
「世界を買える」CMでは、最後に「バイマ、バイマ」と、発音を変えてサービス名を連呼しています。これは「サービス名をきちんと伝えてほしい」というクライアントから要望があったものです。一見、「ブランディング広告だから雰囲気が壊れる」と拒絶することもありそうな要望ですが、佐久間は柔軟性をもって、あえて積極的に入れました。
「実は、BUYMAの発音って、クライアントのあいだでも正解がわからないんですよ。“バ”イマと最初にアクセントがあるのか、バイマとフラットに流すのか。そこで、2種類の発音で2回言うのも面白いかなと思ったんです(笑)。クライアントの要望を実現したいというのが一番にあるので、クリエーティブの視点では必要ないといって終わりにするのではなく、どうすればベストな形で要望をかなえられるのか。そのアイデアを提供することが、僕に求められている貢献だと考えています」(佐久間)
広告とは、クライアントにとっては自社の事業を成長させるという「目的」を達成するための「手段」であり、広告の完成度がゴールではないーー。一方で、クリエーターにとっては、制作する広告のクオリティーを上げていくのが、自身の仕事の「目的」。佐久間は、全体設計を見据えながら、このふたつの目的の“カメラ”を切り替えて考えていくことで、独自のコミュニケーション設計を生んでいるのです。
コミュニケーションは情緒。自分の体験の中から心の動きを掴み取る
佐久間のコミュニケーションプランニングの根幹にあるのはいつでも、「コミュニケーションは情緒だ」ということです。
「面白い、泣けるといった感情だけでなく、驚く、気になる、なるほどと感心する、すべてが情緒です。これを理解した上で商品の機能を伝えていかなければ、そのメッセージは消費者に刺さらないんですよ」(佐久間)
BUYMAがもたらす、”欲しいものを手に入れた”という感動や、“BUYMA NIGHT SALE”の告知を見た人が感じた「気になる気持ち」……それらはすべて情緒だと捉えられます。このように、佐久間はどんな企画でも、「どこに人が反応するのか」という情緒を探しているのです。
情緒をつかみ、人の心を動かすコミュニケーションを実現するには、どんなことが大切なのかーー?
佐久間の発想の原点は「靴を買った」という自身の体験にあることを強調します。
「すべてのブランドには、必ず何か情緒がひもづいています。僕は自分の経験からアイデアを発想することが多い。自分が体験したことの中で、ちょっとしたことでも、うれしかった、切なかった、恥かいた、そういう感情の動きがありますよね。それをちゃんと覚えておいて、そのときどんなふうに心が動かされたのか、どうして動かされたのかを紐解いていくことが大切だと思います。コミュニケーションやクリエーティブの仕事に携わっている人はみんなそうなんじゃないかな。自分の体験、生活のすべてがヒントです」(佐久間)
斬新なアイデアを駆使して消費者の興味を惹きながら、どこか人の気持ちを温かくさせたり、心地よくくすぐったりするような表現が特徴の佐久間のクリエーティブ。そこには、緻密な計算に裏づけされた「人の心を見つめる目線」が込められています。
※ 対談verはウェブ電通報をご覧ください。