診断されて納得できた。これまでの違和感の正体

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▲宮崎からリモートワークで働く福田。取材はオンラインで行いました

障がいが発覚したのは、大学卒業後に入社した会社で人間関係がうまくいかず、鬱状態になって退職したときでした。家族からの勧めで精神科を受診し、発達障がいの一種である"アスペルガー症候群(ASD)"だと診断されました。言葉を聞いて、これまでの“違和感”の正体が氷解したことをよく覚えています。幼少期・学生時代、他人との“ズレ”を感じることがよくありました

たとえば、同じ事象に直面しても、みんなとは“出力するものが違う”という出来事がありました。私はAやBをアウトプットしているつもりなのに、他の人には、αやβという、まったく違うものとして認識されているような、小さなズレ。また、みんなの冗談やたとえ話がうまく理解できないこともありました。

社会人になってからは、私の特徴が原因で上手くいかないトラブルも起きました。私は、マルチタスクの作業、変化に対する柔軟な対応、コミュニケーション全般が苦手。また、"聴覚短期記憶"が低いんです。そのため、相手の発言を瞬時に記憶することが難しく、リアクションが取れないんですね。相槌が打てず、返事が返せず、無表情になってしまう。いつのまにか、周囲と軋轢が生じてしまう……。

どうして簡単なメモが取れないの?」「短い一言でさえも、反応できないの?」といった疑問を抱く方も少なくないと思いますが、“話を聞くだけで精一杯になり、リアクションするリソースがない”といえば少し想像できるでしょうか。

障がいを持つ私が働くために取った選択。オープンにすることで得られた変化

鬱状態が落ち着き、再び働き始めました。でも、人間関係の問題でまた、精神的にも肉体的にもつらくなってしまったんです。発達障がいの特徴をパソコンにたとえるならば、ある処理を行いたいときにGPU(画像処理装置)だけでは機能できず、CPUで代用する分、負荷が高まっている状況です。疲労するほどがんばっても、結局はカバーしきれなくてボロが出てしまったりして。できない自分を責めてしまったり、否定された気持ちになったり、落ち込んでしまうんです。発達障がいを隠したままでは働けないんだな……。と、大学卒業後の2社での出来事を経て気づきました。

そうして、一般雇用ではなく障がい者枠で就職することを決め初めて障がい者として入社したのがデル・テクノロジーズでした障がいをオープンにする(開示する)ことをためらう障がい者も多いという現実もありますが、私は、オープンにして良かったと感じています。

発達障がい者は、どの特徴が強く出るかによってそれぞれ個性が異なるため、求められる“合理的配慮”も人によって異なります。いわゆる「グレーゾーン」といわれるような、深く関わらないと障がいを持っているとは気づかれないケースもありますし、身体障がいと比べると、接し方は複雑で難しいといえます。最初から相手に配慮を求めるなんて図々しいのではないか、という不安もありました

しかし、最初から配慮を受けたほうが、お互いにとってプラスになりました。事前に「私は障がいが原因でリアクションを取るのが苦手ですが、お話は聞いているので安心してください」と伝えたり、「瞬時に耳で理解できないので、文字にしてもらえると助かります」と依頼したりすることで、その人が私に合わせたコミュニケーションを取ってくれるので、結局はスムーズに進むんです。合理的配慮があれば、相手も私も、ストレスや精神的負担が減りますぐんと働きやすくなりました

また、障がい者としてジョインしたチームでは、メンバーそれぞれが自分の障がいと向き合い、努力しています。彼ら、彼女らの存在に励まされることも多く、私自身の仕事への姿勢・人生の捉え方が変化しました。

等身大の自分でいられるデル。真正面から向き合ってくれるから成長も諦めない

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▲ビジネスサポートグループのチームミーティングの様子

当社の特徴でもありますが、私のコミュニケーションや仕事の進め方に問題があった際には、チームのトレーナーから正しい指摘とフィードバックがもらえます相手の反応を見て、「何かまずいことをしてしまった」と察知できても、それが「何」であるかがわからない発達障がい者にとって、このフィードバックはとてもありがたいんです。空気を読むことや、暗黙の了解といったものも、理解が難しいので……。

以前の職場では、世間の当たり前ができず、失敗を繰り返してしまう私と、学べない私に対してストレスを募らせる相手と、双方にとって悪循環が続いていました。障がい特性を知ってもらって働くことで、無理をする必要がなくなりました。等身大の自分でいられるから、こうして6年も勤務できているんだと思います。

実は障がい発覚以降ずっと、「みんなが当たり前にできるレベルを、自分に求めるのはやめよう」と、私は多くのことを諦めていました。どうせだめだと思い込んでチャレンジすら見送ったり、「自分は障がい者だからここまでしかできない」とボーダーラインを設けたり……。

でも、人生を歩む中で、本当にこれで良いのかという葛藤もあったんです。障がいをオープンにして、合理的配慮を受けながら一つずつ経験を重ねている今、「できる・できない」のボーダーラインを押し上げていることを実感しています。

ボーダーラインを押し上げた事例を挙げると、手作業で行っていた煩雑な事務作業を、自分の得意なVBAを使って自動化させたことがありました。同時に、気になったひとつのことに集中しすぎる傾向を持つ私に対して、視野が狭くなっていると率直に指摘してもらうことで、チームやカウンターパートを意識する癖をつけるようにしています。入社当初は、人に頼ることや相談することを避けて自己完結していましたが、少しずつ物事が俯瞰できるようになってきていると感じます。

障がいはオープンに、接し方はストレートに。相互理解で実現する働きやすい環境

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▲ボランティアで講師を務めている、就労移行支援施設でのPC講座の様子

障がいを持つ側も受け入れる側も、お互いが対話を大切にし、合理的な配慮が認識され、実践される社会になってほしいと願っています。相手の障がいを知った際には、距離を隔てず、気軽に質問したり、ときには指摘したり。ストレートに接してほしいですね。コミュニケーションに特別な遠慮はいりません。めらいも戸惑いも、不要です

もし今、自分の障がいに悩んでいる方がいれば、コミュニティに属することをおすすめしたいです。職場でも、趣味など社外活動でも、なんでも良いと思います。私の場合は、職場に加えて、就労支援センターの存在も大きかったです。今でも月に1度は就労支援施設でボランティア活動を行っています。

パソコン講座の講師としてパソコンスキルを教えていますが、Excelなどのスキルそのものよりも、自分が提供しているのは「きっかけづくり」だと捉えているんです。センターに来る人たちは、何かしら悩みを抱えていて、自信を失っている状態。外に出て働くと、何ができるようになるのか。何ができれば、どんな変化が起きるのか。どんなことができたら楽しくなりそうか、どんなことなら頑張れそうか……。彼らが自分自身で気づけるように、私の経験談を伝えています。

楽しそうだと感じるものに向かって動き出せば、きっとまた、自信が持てると思うんです。自己肯定感が下がると、元に戻すのは時間がかかりますから……。

私は長い間、自信をなくしてしまっていましたが、今こうして自分らしく働き、社外ではボランティア活動を行い、ありのままの自分に自信を持ち直すことができましたこれからもこの調子で進んでいきたいですね。