研究に没頭した学生時代。人に触れ、運命の本と出会い、百貨店の外商を希望

▲大学卒業式

大学では材料工学を専攻していた久場。材料工学とは、金属やガラスなどについて研究し、新しい物質を生み出す学問です。高校時代、浄水フィルターで途上国に貢献する企業の広告を見掛け「こんな仕事がおもしろそう」と触発されて大学を選んだといいます。

久場 「材料やモノづくりで困っている人を助けることに魅力を感じました。メーカーの研究開発職に就くつもりで毎日のように研究室に閉じこもり、大学院に入るための試験も受けましたね。そもそも何かに没頭しやすい性格なんです」

ところが、そんな志望動機を一転する自体が起こります。研究に明け暮れて誰とも話さない日が続き、溜まったストレスを発散するかのように二つの塾講師アルバイトを掛け持ちした久場は、開発職ではなく、営業職を目指すようになるのです。

久場 「生徒や同僚とのコミュニケーションを通して、私には人と話す仕事が向いているのだと気付きました。そこで就職活動では、各企業の営業職を中心に見ていきましたね。洋服が好きなので、アパレルや百貨店業界も受けました。大丸松坂屋百貨店もその一つです」

そんな中で久場は一冊の本に出会い、衝撃を受けました。ベテランの外商員が自身の仕事ぶりを記した『外商の神髄』です。

外商は、いわゆるお得意様を専門にあらゆる要望を聞き、大きな売上を担う仕事。中には、政治家やスポーツ選手に指名される人もいると知ったのです。

久場 「『こんな仕事があるのか』と非常に驚きました。それからというもの、私自身『外商で成功したい』と、各社の面接で熱意を伝えていったのです。中でも、自分の思いを最も伝えられて、最も耳を傾けてくれたのが大丸松坂屋百貨店でした」

実直な説明会、待ち時間に緊張をほぐしてくれる人事担当者、自分の話を最後まで聞こうとする面接官──こうした出会いも決め手になったと語ります。

久場 「当時、大丸松坂屋百貨店の座談会では、外商の先輩と話す機会がありませんでした。だから、いつの日か、外商の仕事の魅力をまだ知らない学生さんたちに、私が直接説明する機会が来ればと願っています。そのためにも、私が頑張ってロールモデルになろう、と思っています」

会社の戦略転換でいきなり現場配属。職場のデジタル化も大切な業務の一つに

▲外商顧客限定サイトでのライブショッピング紹介動画に出演

大丸松坂屋百貨店は2021年度からスタートした中期経営計画で3つの大きな戦略を掲げています。その一つが、プライムライフ戦略。外商の強化がキーになります。

久場は、入社間もなく心斎橋店での研修が始まり、9月からは正式に同店の外商部門に配属されました。心斎橋店で新入社員が外商に配属されるのは、実に約30年ぶりのことだったのです。

久場 「前年の外商配属は全国でわずか2名。しかも入社2年目での配属と聞きました。一方、私の代では新卒50名のうち10名が1年目に配属され、現場経験を積んでいます。会社全体として注力していることが伝わってくるので、私も頑張らないと、と思えましたね」

外商の顧客はいわゆるセレブ層。自社クレジットの「お得意様ゴールドカード」を持っています。その口座を、久場も配属と同時に150ほど任されました。

なお、久場のようにマンツーマンで顧客対応を行う担当者もいれば、複数の社員でチームを組むケースもあります。

久場 「平日はお得意様宅を訪ねて催事などをご案内し、週末は心斎橋店でお客様をアテンドしています。コロナ禍なので、訪問は多いお客様でも週に1回程度。その分、リモート接客にシフトしていますね。ライブショッピングを楽しんでいただくなど、アプローチ方法が劇的に変わっています」

実際のところ、大丸・松坂屋の外商は、WEB上のコミュニケーションサイトを比較的早く立ち上げました。久場も顧客から、よく話題の動画を紹介されたり、おすすめの食品を教えられたりするといいます。

久場 「30年ぶりの新卒配属なので、周囲には親と同じ世代の社員も多く、デジタルネイティブである私がこの分野をリードしなければ、と痛感しています。たとえば、百貨店業界のDXについて発表したり、デジタルツールの活用例を動画で共有したりするなど、やるべきことは多いですね」

おもに接客するのは40〜50代の女性が多く、さらに下の世代にも目を向ける必要があることを考えると、ここでもオンラインやデジタルが役立つと考えています。

久場 「やらなければいけないことは多いですが、それでもお客様に直接お会いするのは何よりのひとときです。お得意様にとっても、初めて20代の店員から接客されて最初は戸惑ったかもしれません。それでも、最近は世間話をお伺いする時間が長くなってきているので、とても嬉しいです」

最初の納品でいきなり遅刻。優しく諭され、顧客に育てられることを学ぶ

▲外商ラウンジでの接客

外商はコミュニケーション能力が鍵になる仕事ですが、久場は無理に自分を飾ろうとはしません。自分が誰かとすぐに打ち解けられるタイプではないことは理解しているのです。

だからこそ、生来の寡黙に打ち込む性格を活かし、学生時代の研究のようにコツコツと信頼関係を築いてきました。時間をかけてでも誠実に接することが、現在の働き方の原点になっていると語ります。

久場 「私たち外商特有のスタイルとして、お客様から注文を受けたら担当者が伝票を作成し、決済して商品をご自宅にお届けするという一連の流れがあります。受け身に見えるかもしれませんが、まずはこの業務を確実にこなし、お客様との約束を守ることから始めました」

こうして顧客と顔を合わせるうちに、来店に合わせてアテンドを指名されるといいます。店内を一緒に回ってショッピングをサポートする中、会話を重ねて関係がさらに深まっていく。そこから動画や食品の紹介など、プライベートな部分でも話が弾むようになるのです。

久場 「そう言っておきながらお恥ずかしいのですが……、実は配属後の最初の納品で遅刻してしまったのです。万全の心構えで臨んだにものの、いきなりの大きなミスで今も心に残っています。

でも、お客様は穏やかな表情を浮かべて、『まずは時間をしっかり守ったほうがいいよ』とアドバイスしてくださいました。以来、時間厳守は私が心に決めていることの一つです」

久場はインタビュー中に「どうしても抜けなければ」と、しばらくの間中座しました。まさに、その最初の顧客が来店したからです。昔話に花を咲かせ、1年を経て関係が良い方向に進んでいることが嬉しいと続けます。

久場 「外商には、お客様に育てられる風土もあるのです。マネジャーから学んだのは、『何度も何度も足を運んでいろんなことを教わり、お客様に可愛がっていただきなさい』という姿勢です。

また、別の先輩からは『小さいことから素直に取り組めば、いつか大きなご要望にお応えできるようになる。めげずに、嫌がらずに』と。この2つは、今も常に意識しています」

「いわれたこと確実に遂行」から、「期待に上乗せしてお返しする」へ

仕事を通し、ときには簡単ではない要望を受けることもありますし、顧客と会話を発展させることができない場面もあります。

久場 「それでも、コツコツ、コツコツです。初めはお話を続けられないままにお中元期を迎え、お歳暮期が過ぎて、それからようやくプライベートの話題で盛り上がった方もいらっしゃいますから。でも、それ以後大きなお買い物をしてくださり、パートナーのような存在になれたお客様もいらっしゃるのですよ」

久場の担当エリアは、他百貨店とも競合しています。複数の外商と取引する顧客も多く、メリットに大きな差はないかもしれません。その中で選ばれるには、やはり誠実に、確実に要望に応えて信頼を得ていくことが大切です。

久場 「今までは若さもあり可愛がっていただきましたが、これからはお客様のご要望を聞くことに徹するだけでなく、私から商品をご提案し、ご期待に上乗せする形でお応えしていきたいですね。

おすすめした商品をお買い上げいただければ素直に嬉しいですし、こうした外商ならではのリアルな仕事の魅力を、学生さんや就活生の皆さんにも伝えていきたいです」

さらに、外商の仕事は、「ある催事に、あるお客様を招待し、ある商品を提案しよう」と一人で計画を立てて実行し、成果につながるのが非常におもしろいと語る久場。

久場 「社内の外商メンバーはとても個性的です。訥弁だが真面目さを売りにしている人、自身はシンプルなスーツを着ながらも持ち前の商品知識で顧客にトレンドの洋服を提案できる人など、本当に十人十色です。それぞれが結果を出しているので、誰でもその人なりの個性を活かしてできる仕事、それが外商なのかもしれません。

多彩なメンバーが在籍していたほうが、より多様なお客様にマッチするかなと思います。また、若手は多少の失敗をしながらも成長できる環境にあるので、これから入社する後輩たちには自ら手を上げて何かに取り組んでほしいですね」

社内のデジタル化でもさらなる活躍が期待されている久場。彼とDXについて語り合う金の卵がきっと現れる、と信じる久場の外商としての成長に要注目です。