好きなことに携わりたくて、導かれるように朝日放送へ入社

▲朝日放送テレビ 東京オフィスにて

大学3、4年生の頃はやりたいことがあまり明確ではなく、ただ漠然と楽しいことをしたいと思っていました。

私は、大阪生まれ大阪育ち。特に高校野球とお笑いがとても好きでした。そのため、仕事においても好きなことに携わろうと、就職活動もテレビ関係を中心に受けることにしたのです。

朝日放送(ABC)は、「夏の高校野球中継」や「熱闘甲子園」などがありますし、「M-1グランプリ」など有名なバラエティ番組も放送している局という印象を持っていました。そして、2010年4月に朝日放送へ新卒で入社することになったんです。東京、大阪のテレビ関係の仕事は一通り受けました。でも、どの局でも野球とお笑いの話をすると「それならABCだね」と言われて(笑)。ある意味、必然的にABCに入社をした形です。

しかし、入社後に配属されたのは、予想もしていなかったラジオ局の営業部でした。

入社したら当たり前のようにテレビの仕事をすると思っていたのと、スポーツ番組の担当を希望していたので、ラジオ局の配属は全くイメージしていませんでした。「オールナイトニッポン」などの番組は聞いていましたが、ABCラジオは聞いていなかったですし(笑)。配属当初は、そこまでポジティブではなかったというのが正直な気持ちです。

そもそも、テレビ局に入社する人は、現場でスポーツやバラエティなどの番組作りに携わりたい人が多いと思っています。そんな中で、配属先がラジオ局で仕事も営業だったこともあり、仕事内容はイメージできていませんでした。想像できないところに突然放り込まれたなって感覚でしたね。

ただ、厳しくも優しい先輩と関わりながら、広告収入で成り立つ放送局のビジネスモデルを学んでいきました。当たり前ですが、そうした過程ではクライアントに沿った提案が大事であり、その収入が巡り巡ってコンテンツに還元されていくということも知識として取り入れていきました。学生の時に思い描いていたイメージとはかけ離れていましたが、中核の組織としての営業の大切さを学ぶことができたと思っています。

媒体の特徴や強みを把握し、クライアントに価値ある提案をすることは、メディアごとに予算の差はありますが、最大限の広告価値を提供するという点ではどこも変わらないと思います。

新しい事業への挑戦を。ABEMAへの出向で変わった意識

▲素晴らしい仲間たちと共に。前列中央、赤いバンダナを巻いた人物が初瀬

7年間ラジオ局での営業を経験した後、2017年6月にABEMAへ出向となりました。

朝日放送には社外研修制度があって、それぞれの社員が能動的に、自分たちで会社を選び、人事と話を取り付けるのが通例です。ただ、自分の場合は少し特殊で、会社同士が決定した出向でした。

メンバーを決める際、7年ラジオ局での営業を経験した自分に、「環境を変えて挑戦してみないか?」と上司から声をかけていただきました。ラジオ局での営業業務は一通りできている感覚があったので、新しい挑戦をしてみようという気持ちで承諾。そして、ABEMAが走り出した時期の広告部署へ配属になりました。

どちらが良い悪いという話ではないのですが、組織の文化やチーム意識の違いは衝撃的でしたね。年齢構成も全然違っていて、出向は私がちょうど30歳のタイミングだったのですが、部署内では自分の年齢が上の方になるくらいフレッシュな人材がたくさんいて……。エネルギッシュな環境でした。また「自分たちが21世紀を変えていくんだ」という意識にも強い印象を受けました。

ABCは当時で創立約60年で、ある程度成り立っているビジネスモデルでしたから、先輩から言われた通りに仕事をこなしていくことの方が多かったんです。一方で、ABEMAでは自分よりも若い人たちが、商材の売り方や価値をどう上げていくのかをゼロイチで考えており、自分たちがメディアを大きくしていくという意識をひしひしと感じました。ちょっとしたカルチャーショックでしたね。

そのほかにも、新入社員が、毎日やる気に満ち溢れていました。それぞれが、全社メールで日報を送って自分をアピールして、お互いを褒め合うのも斬新でした。ABCではそういった文化はなかったので、そんな中で自分たちも昔からのやり方でいいのかと考えるようになったんです。

 ABEMAへの1年の出向から戻ってきた後は、地上波広告以外のモデルや新規事業を考えて、新しいチャレンジを提案するようになり、Vtuberの事業にも新たに取り組みました。音楽系Youtuberや、自分たちの資産を使いながらできる新たな取り組みを、会社や社長室に直訴するなど、意欲的に取り組むようになったのは自身にとっても大きな変化でしたね。

マスメディアとWebメディアの連動。出向経験を活かした商品設計に挑戦

出向から帰任したあとは、コンテンツ戦略部へ配属に。その半年後、2018年の秋にIP事業プロジェクト室が出来たので、そこに最初のメンバーとして配属され、2年が経ちました。

配属当初から取り組んでいたVtuberのプロジェクトも、IP事業プロジェクト室が立ち上がるタイミングでコンテンツ戦略部からIP事業プロジェクト室に移管しました。IP事業プロジェクト室は、地上波以外の収益モデルを考える部署ということもあり、Onnelaというデジタルメディアの営業にも携わるようになりましたね。

2020年7月からはテレビ局の営業部にも配属され、IP事業プロジェクト室と兼務でセールスをしています。元々あるテレビのセールスに加えて、デジタル部署と兼務をしながら組み合わせていくことで、マスメディアとWebメディアの連動を意識したセールスを作っていくという使命を担い、業務に励んでいます。

テレビ局の営業は外勤とデスクを合わせて、東京だけで30人ほど所属しています。自分は8名いる外勤のひとりで、内勤に20名弱いる形です。IP事業プロジェクト室は社員6名、Onnelaに関わっているのは4名で、その中で営業統括をしています。

営業スタイルとしては、大手の広告代理店との行動が多いです。代理店さんやクライアントさんへ足を使って回ることが多かったのですが、最近はコロナの影響もあり、オンライン会議やメール、電話のやりとりが増えています。

これまで、広告商品は視聴率ベースで値段感が決まっていました。集計した視聴率から概算して、どれくらいの人が見ているかを計算し、その番組あたりの視聴率をベースにCMの枠を売る形です。

しかし昨今では、こうした枠組みでは差別化が難しくなってきていることもあり、番組とタイアップの形でCMを作るという提案もしています。単純にCM枠を売ることは少なくなり、デジタルと組み合わせた取り組みが増えていますね。自社以外の、ABEMAなどと連携した商品設計もしています。

これからもチャレンジを続けたい──引き出しの多さが強み

私がABCへ入社した2010年から10年経ち、放送業界も大きく変化しています。入社した時も、テレビやラジオ離れが進んでいると言われていましたが、まだどちらも対前年比で100%の売上を保っていました。

しかし、直近の5年ほどはテレビやラジオの売上は以前ほどの勢いはありません。どちらも特殊な業態ですし、半独占事業でもあります。そのため、以前はある程度半永久的なビジネスモデルとして確立していましたが、新たにネットやメディア、広告手法が現れ、絶対的な立場というのは失われつつあるんです。

既存のビジネスモデルに集中する時代は終わってきています。ABCでもテレビやラジオが主幹事業ではありますが、デジタルメディアも含め、さまざまな新しい事業提案ができるようにならないといけません。

自分自身も、テレビやラジオ、メディアのセールスのそれぞれ違う経験を通じて、新たな提案をしていければと考えています。とはいえ、営業目線では自分たちの持つリソースの中で、クライアントの目標実現のために、有効な手段を考えることに変わりはありません。

ただ、引き出しの多さは強みになります。マスメディアもデジタルメディアもそれぞれの良さがあるので、いかにアプローチできる範囲を増やすか、コマを増やすかが大事だと考えていますね。

朝日放送も変わってきていますが、昔からある長い部署だと、物事の見方が凝り固まってしまうこともあるんです。三様の視点を持つ自分だからこそ、これまでの人脈や携わってきた人のそれぞれの視点を集約しながら、ハブとして会社ができることを広げていくことが出来ればと考えています。

ABEMAとも、引き続きコミュニケーションはしていきますし、かつて所属していたラジオ局とも情報交換をしています。それ以外の外部とも触れていきながら、自分たちが持っていない分野でそれぞれがどんなところを見ながら仕事をしているのかというのを勉強させていただき、還元していきたいです。

これからもチャレンジしていかないといけません。その姿勢をとり続けることも大事です。ABEMAで学んだ、「うまくいったらチーム全員で喜び、うまくいかない時は全員で悲しむ」ような組織のつながり方も参考にしつつ、チームでの達成感やメンタル的な部分も若手に伝えていきたいですね。