リアルとデジタルの組み合わせ──テクノロジーで価値を高めていく

学生時代は、大学院へ進学してARやVRなどXR技術についての研究をしていました。

2003年当時は、ヘッドマウントディスプレイやプロジェクターが手ごろになり、気軽に研究室でも買えるようになった頃で、その分野の研究が盛り上がっていった時代でした。リアルとデジタルを組み合わせて、リアルの価値にさらに価値をプラスできるのがXRのいいところです。それを放送局でもやりたいなと思い、朝日放送へ入社しました。

当時、朝日放送を外部から見たとき、スタジオバーチャルや高校野球のライブ配信など先進的な取り組みを対外的にも発表していました。テクノロジーに対する前向きな姿勢が見られたため、志望するようになったんです。

朝日放送に入社後、最初の7年間は情報システム部と放送運用センターでエンジニアをしていました。主に社内システムや放送用インフラの保守運用をメインに行う部署で仕事をしました。

その当時は“テレビの拡張”をテーマに取り組んでいたんです。ちょうどスマホが普及して、新しいテクノロジーも急速に発展してきたタイミングだったので、スマホやテクノロジーを活用した演出と施策に取り組みました。中でも、コンテンツが主軸になっているものの価値を、テクノロジーで高めるギミックをやりたいなと考えていたんです。

例えば、2009年には、ARの仕組みを利用してローコストにスタジオバーチャルが可能な仕組みを導入し、演者がCGを操作できるようなこれまでにない演出が可能となりました。

2011年には、銀座松坂屋の屋外看板や紙面のテレビ番組表にスマホをかざすと、ドラマの番宣映像が流れるという当時業界初の試みをしたことも。それをニュース化して、ターゲットである普段テレビをあまり見ない女性に向けてTwitterなどSNSで盛り上げるような施策を行いました。スペシャルドラマは1回きりの放送なので、番宣費用を掛け、マス番宣ではリーチできない人に知ってもらえるような仕掛けをしたんです。

2013年には、プリキュアのアプリを作りました。オンエアの音を聞かせるとその日に番組内で登場したキャラクターのCGがもらえ、そのキャラクターと一緒に写真を撮ることができるというものです。

さらに、それを局に送ってもらえれば、加工をしてオンエアのときに流れるというキャンペーンや映画との連動も行いましたね。録画されがちなアニメをリアルタイムに見てもらうための施策として取り組みました。

こういった取り組みの中では、逆にテレビの力を感じることが多かったですね。しかし、あくまでも拡張なので、ゼロをイチにするのではなく、100を101、102にするもの。テレビの拡張ももちろん大事なことなのですが、拡張できるレベルには限界があることを感じ、そこからビジネス側にも興味を持つようになりました。

事業開発に苦労した3年間。失敗から見えてきたもの

その後、社内横断の新規ビジネスプロジェクトへの参加もあり、活動の拠点を東京にうつし、2014年に東京支社コンテンツ事業部へ異動しました。

新規事業を起こそうと言えども、これまでテレビ局でそういった取り組みへの概念があまりなかった(あるのは放送事業に近い回収スパンでの費用に対する収入の考え方であり、事業への長期的な投資という目線は少なかった)ので、そこから2年間は模索をしながら進めていきました。

そして2016年には3社の事業会社を束ねるABCフロンティアホールディングスという新会社が設立され、ここで新規事業開発に本格的に取り組むことになりました。ABCフロンティアホールディングス内ではアニメ事業や海外事業、ライツ事業にも取り組んでいます。

この会社はグループ会社ではありますが、朝日放送とは別会社なので、いい意味でも悪い意味でもテレビの慣性が及ばない場所。そして、フロンティア内では社長直轄のプロジェクトでもあったので、それまで判断に時間がかかっていたようなスタートアップとの協業などもスピード感を持った意思決定をして前に進めることができました。

そこではプロトタイピングやテストマーケティングなどをメインに行い、課題を持っている顧客を見つけてはソリューションの仮説を検証し、うまく進んだものについては、リアルオプション型の事業計画を立てて実行していくというのを繰り返していきました。

検証の流れとしては3ヶ月くらいでテストマーケティングを実施。次のステップに進むための重要なKPIはチームで合意を取り、プロトタイピングを作って、ソリューション仮説を検証、それらのデータから次フェーズへの移行承認が取れれば事業化へ進むというフローです。基本的に開発は外部パートナーの協力を得ながら進めていました。

限られた人員の中での事業推進ということで外部の協力を得る必要があるので、お金以外でのメリットをどう感じてもらえるのかに苦労をしましたね。事業としても面白いと思ってもらう、ある程度の事業への将来的な期待感がないと仲間が集まりませんし、費用も合わなくなってしまいます。

振り返ってみるとこの3年は苦労しかしておらず、失敗に慣れてしまったほどです(笑)。

ただ、たくさん失敗をする中で、各事業分野において基本的に必要になる計数が見えてくるようになりました。

事業内容によってどういった転換率が想定できるのか、資源調達コストがどれくらいかかるのか、この職種の採用ハードルは?など、どの部分が事業を推進する上でコアな計数になるのか徐々に見えてくるようになり、事業計画の落とし込みがスムーズにできるようになってきたんです。苦労の中でもこの事業計画を考えている部分は特に楽しかったですね。

思わぬスピードでの事業拡大を実現した、Onnelaの立ち上げ

私は2020年現在、暮らし動画メディアである「Onnela/オンネラ」を担当しています。

テストマーケティングを開始した2017年前半は、短尺料理動画が一斉を風靡したタイミング。ファッションやコスメ動画は他の動画メディアでも取り組まれていたので、他の部分で動画によって価値を出せるものを考えた結果“暮らし”へと着地しました。

特に家事や整理収納などは、「そろそろやらないと」というどちらかというとネガティブな要素があると思っていました。それだと長い時間を過ごす家ナカでの暮らしがなかなか楽しめないのではないかと。

また、課題を検索しようと思っても必要な情報にきちんとたどりつくのが難しく、そもそも生活者の中で、はっきり課題として顕在化していない場合が多々ある領域なんじゃないかなと感じていました。そこで動画とSNSのアルゴリズムを活用し、潜在層に届くようにしました。動画視聴をきっかけに、はっきりしていなかった課題自体にも気づいてもらって、その上で暮らしに前向きな変化を提供できるのではないかと考えたんです。

2020年4月には朝日放送に戻り、IP事業プロジェクト室でそのまま事業プロデューサーを担当しています。メディアとして事業を始めましたが、事業規模をさらに拡大する必要もあり、今後は動画をSNSで配信するという形にとどまらず、暮らしを楽しく快適にするブランドとして育てていくつもりです。そのために、多面的な事業展開を進めています。

例えば、10月からはオンネラがプロデュースするテレビ番組やショートドラマが始まりました。他にも、動画で紹介した商品をその場で購入いただけるような動画コマースの取り組みも行っています。

7月からは朝日放送グループの1社、エー・ビー・シー開発との共同出資運営事業になりました。私としても、将来的にはグループ内での事業連携など実現したいとは考えていましたが、正直資本を出しあって事業を行うまでは考えていなかったんです。思わぬスピードで事業が拡大できています。

しかし、まだまだ成功が見えているわけではないので、売り上げを立てていくということが今後も大事になるでしょう。まだまだチャレンジさせてもらっているという段階ですね。

また、朝日放送グループは幅広い業種のグループ会社から構成されているので、そのメリットを活かすためにも“暮らし・住まい”という切り口でさらにグループ内連携を加速できればと考えています。

事業基盤の確立と拡大を目指して──ポジティブな矢印が強み

朝日放送は一人ひとり、動きのある人が多い印象です。何かしらポジティブな矢印が出ている人が多く、「こういうことをやろうと思っている」といつも前向きな矢印を発信することで、社内外の人を巻き込んでいけるんです。

それが今までテレビ事業には反映されてきて、そうやってテレビが盛り上がれば会社自体も盛り上がってきましたが、現在はテレビ事業も難しい局面にぶつかっています。結果的には、視聴率に全力を向けていたその矢印を新規事業や未来への投資に生かせていなかったんです。

朝日放送グループは「変化に対応しながら進化を続け、強力な創造集団として、社会の発展に寄与する。」という経営理念を掲げています。ただ、「変化に対応しながら進化をする」という部分がおざなりになっていたのは否めません。進化をするには、新しい領域、非連続な成長も求められます。新規事業は放送事業とはまた違う筋肉を使うので、個人のベースの底上げや学び直しも必要です。

しかし、新規事業に取り組んできた身として、そういったポジティブな矢印をとにかくいっぱい出せる素養が社内にあるというのは、新規事業やビジネス開発の文脈でも活きてくるものだと思うんです。目に見えないアセット、強みだと思いますね。

朝日放送に戻ってきたくらいから、そういったテレビ以外の矢印にも対応できるようなバックアップ体制や事業推進の基盤が整ったと感じます。また、キャリア採用などを通じたビジネス開発分野での人や知見も強化されていて、ベースは整ってきています。環境が整ってきた今だからこそ、新しい感性を持った方が今後の放送局を活性化させる原動力になりうると思うんです。そういった方と一緒に新しい収益の機会を狙っていけるのを楽しみにしています。

私個人としてはまずは自分が担当している「Onnela」の事業基盤を確立させたいですね。Onnelaもそうですが、何か一つでも事業として成り立つことが成功事例にもなりますし、説得できる事例や成功体験がないと人を動かすのは難しいので、まずはそこに注力していければと思います。

これまで仕事を続けていられるのは、ユーザーや広告主へ価値提供を行うというのがもちろん背景にあります。それに加えて、どうなるかわからない事業のミッションに共感し前向きに、一緒に取り組んでくれている人たちが幸せになって欲しいという想いも強いです。

それが結果として、良質なサービス運営に直結すると考えています。そのためにも早期の事業基盤の確立と、事業拡大のバランス取りながらこれからも推進していきたいですね。