中外製薬が注力する次世代の創薬モダリティ。中分子創薬の意義と可能性
医薬品にはさまざまなモダリティ(治療手段)がありますが、その分子の大きさにより、低分子(分子量500以下)、高分子(分子量10,000以上)に区別されます。中分子医薬はこれら「低分子」と抗体医薬をはじめとする「高分子」の中間の大きさに位置付けられる医薬品で、「低分子」や「高分子」では狙うことができない疾患の原因分子にアプローチすることができる、新たな医薬品として注目を集めています。
中外製薬はこの中分子医薬品を低分子と抗体に次ぐ第3の柱とし、競争優位性を有する独自の技術を確立するため、その開発に積極的に取り組んできました。
本間:病気の原因の多くは、体内の細胞内に存在します。低分子は細胞内に入り込むことはできますが、構造上、狙えないターゲットも多くあります。一方の抗体医薬品は標的への特異性が高い反面、その大きさゆえに細胞内に入ることができず、さらに、注射や点滴として投与しないといけません。
中分子医薬品はその間に位置付けられる医薬品で、細胞内に入り込んでこれまで困難だったターゲットに結合でき、さらに経口投与が可能という特徴があります。低分子と抗体がこれまでアプローチできなかった課題を解決できる可能性が期待されておりアンメットメディカルニーズに応えるポテンシャルを秘めた次世代の創薬技術として注目を集めています。
新薬開発で目標とされる製品性能のことをTPP(Target Product Profile)と言いますが、製薬部門ではさらに品質に特化したQTPP(Quality Target Product Profile)を指標として掲げ、その実現に向けてプロセス設計や目標品質設計を進めてきました。プロセスケミストの田村さんや製造現場で品質管理を担う橋本さんたちをはじめとする中分子プロジェクトに関わる方々の尽力により中分子創薬の供給における最初の関門である原薬の製造プロセス設計が完了し、現在は治験用原薬を継続的に供給できる段階に至っています。
中分子医薬品の製法開発には高いハードルがありました。高薬理活性化合物は取り扱いが難しく、さらに中分子医薬品は低分子医薬品と比べて製造プロセスの難度が高く、製造の工程数が多いため時間もかかる。低分子と同等の品質管理が非常に難しいと言われる中で、製法確立のスピードアップと供給機能の強化に取り組んできました。
田村:中分子は低分子に比べて構造も複雑なため、合成難易度が極めて高いことに加えて、不純物の種類が多く、精製が困難であるという問題があります。そんな中、高度な合成技術と生産技術を駆使することで、中外製薬では低分子と同等の原薬品質を実現してきました。
低分子の製造プロセスでは結晶化によって純度を向上させるのが一般的です。一方、ペプチドのような中分子は結晶化が困難なため、高純度の原薬をつくるにはさまざまな技術の組み合わせが欠かせません。当社では、バイオと低分子の両分野で長年にわたって技術を培い、多くの特許を取得してきました。中分子においても、高品質の原薬を取得するために必要なさまざまな基盤技術を開発し特許を取得しており、これらを活かしたプロセス設計を進めています。技術開発力、そこに中外製薬の大きな強みがあります。
創薬のアイデアをかたちにする上で不可欠なのが高度な生産技術です。初期臨床開発から初期商用生産まで一貫した自社供給体制の構築をめざし、中外製薬では新たな生産設備の構築にも力を入れてきました。
橋本:近年、当社では高い薬理活性を有する化合物の取り扱いが増加しています。高薬理活性化合物は微量でも人体に強い薬理作用を示す一方で、意図せず暴露してしまうと、毒性を与える物質です。つまり、その強い作用から患者さんへの治療効果が高く、投与量、回数を減らせるなどのメリットがある一方、大量に扱う製造過程においては厳格な製造管理が必要です。
そこで当社では、高薬理活性化合物の厳格な製造管理を実現するために、藤枝工場内に低・中分子医薬品の合成原薬製造棟(FJ2)を新設し、2022年12月に稼働しました。高薬理活性物質を安全に取り扱うための世界最高水準の封じ込め技術や洗浄技術を有し、また環境対応、爆発安全性なども考慮された製造棟です。
このような多面的かつ高度な生産技術を有した革新的な施設であることなどが評価され、国際製薬技術協会が主催する「2023 Facility of the Year Awards」を受賞しています。
製薬企画推進部推進2Gの本間、製薬研究部プロセス化学2Gの田村、そしてCPMC藤枝工場製造10Gの橋本。それぞれ異なる立場で中分子医薬品に携わってきました。
本間:製薬企画推進部は、原薬だけでなく製剤を含む製薬技術全体をリードする部署。私はそこで、臨床試験を開始したプロジェクトのCMC(Chemistry, Manufacturing and Control)活動、すなわち医薬品を実際につくるために必要な原薬研究、製剤研究、品質の保証や管理といった一連の研究開発を推進しています。同プロジェクトを通して得られた中分子の技術・知見を本部内で共有することも私の仕事のひとつです。
田村:私は原薬の製造法の開発、新規技術開発ならびに原薬供給をミッションとした製薬研究部に所属し、現在、中分子プロジェクトの後期開発を担当しています。申請データ取得のためのラボ実験、申請関連書類の作成、外部製造委託先への技術移転などが主な業務です。
橋本:藤枝工場製造10Gは質の高い原薬を製造し、臨床現場に一日も早く治験薬を提供することをミッションとしています。私は,治験薬製造に加えて、関連部署と協働しながら効率的、安全及び品質を考慮したオペレーションの確立もリードしています。また治験薬を確実に早期提供するためにさらなる生産性向上をめざす改善活動や、設備の保守点検業務などを行っています。
それぞれの未知への挑戦。中分子プロジェクトの臨床試験入りに至るまでの道のり
2021年10月、中外製薬は同社初となる中分子技術を用いて創製された経口投与可能な医薬品の臨床試験を開始。そこに至るまでにはさまざまな壁があったと言います。
本間:臨床試験入りするに当たってもっとも高いハードルだったのが、大きくて複雑な原薬の製造プロセスを構築することと原薬を大量に供給すること。中分子の原薬製造プロセスは低分子と比べると非常に長くなってしまいます。
そのため、製造を担当する藤枝工場の方に研究室に来てもらって一緒に製造過程を確認することで技術移転を効率化したり、製剤化の検討に使う原薬量を極力削減したりすることで、臨床入りまでの開発期間短縮の工夫をするなどしてきました。前例がなかったので、工場と研究の連携をファシリテートしながら技術開発や製造を進めていくのはこれまでにない難しい作業でした。
田村:中分子の開発は中外製薬としても初めての試み。技術開発や製造に向けたスケールアップの経験はなく、ノウハウの蓄積がなかったのでとても苦労しました。
そんな中、とくに印象的だったのが、安全性や堅牢性に対する中外製薬の意識の高さです。私は入社1年目に、藤枝工場の方と共に、中分子の原薬製造を担当し、生産技術の開発を行いました。初回の製造では、予期せぬ製造トラブルに見舞われ、製造作業性に改善の余地があることを感じた場面が多くありました。
しかし、そのわずか1カ月後に開始した2回目の製造では、製造の手順や作業方法が大幅に改善されました。妥協せずより良いものを追求しようとする周囲の姿勢からは大いに刺激を受けています。
橋本:極めて高い薬理活性を有する原薬の製造を実現する設備の設計を進める中で、私がとくに難しいと感じたのが高度な封じ込め技術と洗浄技術の導入です。要求された封じ込め性能は暴露レベルを0.05μg/m3以下に抑えること。これは東京ドーム20個分の容積に対して角砂糖ひとつ分という、業界でもかなり高い水準の封じ込め能力が求められていました。
また、細部にまでこだわった洗浄性向上を期待した機器設計、その技術を100%活かすための運用体制の整備に苦労しました。鍵となったのは、これまで中外製薬が培ってきた知見に加え、提携先であるロシュ社との協業や関連会社と連携する中で得られたノウハウです。それらをかき集めながら改良を重ね、目標達成に至っています。
中分子プロジェクトに関わるやりがい。中外製薬だからこそできること。
それぞれの立場で中分子医薬品の開発に携わってきた3人。次世代の創薬モダリティと位置づけられる中分子医薬品に関わる意義ややりがいについてこう話します。
本間:私は画期的な医薬品の開発に関わりたいという想いで中外製薬に入社しました。これまでもさまざまなプロジェクトに参加してきましたが、今回の中分子医薬品はそれを実現できるまたとないチャンスだと思っています。
また、中分子医薬品に業界の期待が集まり始めたころからその合成技術研究に携わり、現在は製造プロセス全体を俯瞰する立場に。中外製薬の技術の発展と共に自分自身も成長してきた実感があり、中分子プロジェクトに関われていることに大きなやりがいを感じています。
田村:私は以前、中分子プロジェクトの新規合成ルートの開発に関わったことがあります。無数にある可能性の中から、生産性の向上が期待できる合成ルートを設計し、複数の新しい合成ルートを開発することに成功しました。その結果、発明者の一人として私が認定されたことがとても印象に残っています。
中分子医薬品の開発はまだまだ発展途上です。創薬のイノベーションにつながる重要な技術に携われていることに確かな意義を感じています。
橋本:臨床入りする前に工場と研究が密に連携し、開発の計画段階から中分子医薬品に関われていることに私は魅力を感じてきました。タイトなスケジュールの中で長期的なプロジェクトに取り組み、最終的に原薬結晶を取り出すときには、まさに汗と涙の結晶を手にしたような達成感があります。
私は現在、化学合成のすべての工程をコンピュータ制御して原薬を取得するDCSと呼ばれるシステムのより効果的・効率的をめざすプログラム改善に携わっていますが、中外製薬の一員として、より良いものづくりに向けた改善活動に日々関われていることに、大きなやりがいを感じています。
中分子医薬品をいち早く患者さんの元へ届けたい
今後も引き続き中分子医薬品の開発に注力する中外製薬。創薬モダリティの未来に向けて、三者三様の展望を見据えます。
本間:中分子プロジェクトでは、業界に前例がない中、文献や国際ガイドラインを頼りに手さぐりで品質水準の目標値を設定し、その達成をめざしてきました。2023年に入り、あるプロジェクトでFDA(アメリカ食品医薬品局:Food and Drug Administration)とやり取りする中で、私たちの視点や目標設定が妥当なものだったことがわかってきています。そうした産みの苦しみを経て得たことを、次のプロジェクトに積極的に活かしていきたいと考えているところです。
中分子医薬品の開発を進めていく上で重要なのは基盤構築。当社は抗体医薬品の領域で生産技術の基盤を固め、これまで業界をリードしてきましたが、中分子医薬品に関しても同様に業界を先導できるよう努力していくつもりです。
適切なリソースや開発期間確保のための交渉など、臨床開発本部をはじめとする社内の他のファンクションと適切に連携していく上では技術面の理解が欠かせません。技術に関する知識を常にアップデートしながら、これからも中分子医薬品の開発推進に貢献していきたいと考えています。
田村:合成技術の開発に当たっては、ラボオートメーションや計算化学などのデジタル技術の活用によって、一度により多くのデータを効率的に取得できる環境が整ってきました。今後、中分子医薬品のプロジェクトが増えていくことが見込まれます。合成技術のプラットフォーム化を進めるなど、これまでのプロジェクトで培った知見を積み重ねながら、製造プロセスの開発スピードや堅牢性の向上に貢献し、1日でも早く患者さんのもとに薬を届けていきたいです。
橋本:中外製薬ではDXの推進にも積極的に取り組んできました。従来の製造現場に根づいていた紙文化を廃止して電子化する動きが強まっていますが、自動オペレーションや自動解析技術、リモート技術といった新しいデジタル技術を積極的に活用し、さらなる製造現場のオペレーションの改革を進めていきたいです。
新しいものを食わず嫌いすることなく先端技術にキャッチアップし、それを製造現場と調和させるようなかたちで運用体制の構築をリードしていけたらと考えています。
中分子医薬品開発の最前線で活躍する三人。ヘルスケア領域のイノベーション創出をめざして、これからも中外製薬と共に前進を続けます。
※ 記載内容は2023年10月時点のものです