バンド、飲食店経営に夢中だった20代。「営業のプロ」に惹かれセレブリックスへ

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2013年、当時30歳でセレブリックスへ入社するまでのキャリアを教えてください。

戸室 「20代はさまざまなアルバイトをしながら音楽活動をしていました。中学生時代に音楽の面白さを知り、高校生になって本格的に活動を開始。バンドを組みプロを目指していましたね。その後は、渋谷でバンド仲間と立ち上げた居酒屋の店長として飲食店の経営にも携わっていました」

今の仕事を考えると驚きます! なぜ飲食店経営から営業職へキャリアチェンジしようと思ったのでしょうか?

戸室 「営業職に興味があったのが大きな理由です。父が会社を経営していたこともあり、子どもの頃から『自分で“モノ”を売れるようになったほうがいい』と言われていました。また、飲食店で働いているときに、営業の方がよく来ていたんです。お話をしていく中で、『営業職って面白そうだな』という印象を抱いていました。

30歳になる頃、求人サイトを見ていたときに、セレブリックスが掲げていた『営業のプロ』という文言に出会って。そのパワーワードに惹かれたことと、せっかくキャリアチェンジするのであれば、プロと名乗っている会社で働きたいと心が動かされましたね」

「営業のプロ」が転職するきっかけになっていたんですね。セレブリックスへの入社を後押しした決め手は何かありますか?

戸室 「セールスカンパニー長の北川さんとの面接です。それまで営業職に対してネガティブなイメージを抱いていたのですが、面接はフランクな雰囲気で、北川さんの誠実さやユニークさを感じた時間だったんです。冗談を挟んだり、私が話しやすいような空気感を作ってくれたりして。営業職のイメージがポジティブに変わったことが入社を後押ししてくれました」

下から5番目の成績を送る日々。“人を巻き込む”を知ってブーストがかかった

入社後、最初に携わったのは飛び込み営業だった戸室。現在はシニアチーフとして働いています。

セレブリックスで転機となった出来事は何でしょうか?

戸室 「飛び込み営業を経験後、大手ECサイトのプロジェクトに携わったのですが……これに大苦戦しました。当時は140人ほどの組織の中で、下から5番目くらいの成績が2ヶ月間続いていたんです。全く成果が出せなくて、かなり追い込まれていました。

『このままじゃダメだ』と感じ、北川さんに相談して助けてもらったんですが、そこで『人を巻き込むこと』を覚えたんです。当時の僕は格好つけてプライドが高く、分からないことを素直に『分からないです』と聞けなくて。例えばクライアントの商材なら、クライアントに対して疑問点を聞くのが一番早いですよね。ですが、聞いてはダメだと勝手に思い込んで、ひとりで解決しようとしていたんです。セレブリックスに入社した年齢が30歳だったこともあり、若い人たちにとって扱いにくい年上の人にはなりたくないと思っていたので、余計にがむしゃらだったのかもしれません。

そんなときに北川さんから『仕事は総力戦だからね』というアドバイスをもらい、人を巻き込むことを意識し始めました。上司や部下はもちろん、クライアント、カスタマーなど、一丸となって成果を出せるように心がけると、行動にも結果にも一気にブーストがかかったんです! 結果、上位5人に入るほどの成果を出せるようになりました」

大きな転機でしたね。「人を巻き込む」という当時の経験が今のマネジメントスタイルにも繋がっていますか?

戸室 「はい。20代の頃は独学で仕事をしがちでした。そのスタイルで成果が出せれば問題ないですが、最初は“自分の色”を入れなくてもいいと、今なら思います。なぜなら、独学ではなく、既存のノウハウを取り入れて、周りを巻き込んで、助けてもらいながら成果を出した方が成長スピードが早いと感じるからです。僕も成果を出せるようになってから、知識が増え、評価も上がり、仕事へのモチベーションが上がっていきました。

現在マネジメントをする立場になっても、ひとりで悩んでいる部下に対しては『何か困っていることはない?』と自分からサポートするように意識しています」

2020年に退職後、7ヶ月でセレブリックスへ再入社。もう一度戻ろうと思った理由

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“人を巻き込むこと”を知って以降、順調なキャリアを歩むと思いきや、2020年にセレブリックスを退職しています。なぜ退職しようと思ったのでしょうか?

戸室 「それまで培ったスキルと経験を持って、環境を変えてチャレンジしてみたいと思うようになったのが理由です。当時からセレブリックスの営業パーソンであることに誇りを持って仕事をしていました。そんな中で、環境を変えてもパフォーマンスを発揮し続ける事ができるのか……を考えるようになったんです。

その後、コロナ禍で需要が増しているであろうITインフラ業界の企業に、セールス部門のマネージャー職として転職しました」

転職先ではtoB営業を担当していたそうですが、わずか7ヶ月で退職し、セレブリックスへ再入社しています。なぜもう一度戻ろうと思ったのでしょうか?

戸室 「転職先のカルチャーに合わなかったからです。セレブリックスでは主体性を大切にし、改善案が出たらすぐに実践するスピード感がありました。ですが転職した会社は経営が安定しており、いい意味で“慎重”だったんです。少しでも変化をもたらせたいと、役員に『こうしたらどうですか?』と打診しても、思ったよりも、問題解決へ向けて速度が出ないと感じていました。僕にとっては物足りないスピード感だったんです。

そんな矢先、セレブリックスのマネージャーから、『関西オフィスを立ち上げるので、戸室さんの知り合いで営業とマネジメント経験のある人を紹介してくれませんか?』という連絡がきたんです。『営業とマネジメント? 僕ならできますよ』と話したことが再入社のきっかけになりました」

再入社をして、セレブリックスで変わったと感じることはありましたか?

戸室 「セールスカンパニーを離れてから約4年が経っていました。戻ってみると営業のスタイルが時代と共に変化していると感じましたね。会社全体でみると、自己成長欲と確動性(※)が高い人が多い印象はそのままで、規模が大きくなっていました。優秀な人たちがさらに増えていて、驚きましたね!」

(※)確実に動いていく力。造語。

セレブリックスの魅力は「言語化」にある。なぜ異業種からの転職でも活躍できるのか

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さまざまな経験をし、またセレブリックスを一度退職したからこそ分かった、セレブリックスの魅力を教えてください。

戸室 「『言語化』するカルチャーがあることですね。セレブリックスでは営業のプロセスをはじめ、『要望は高く、腰は低く』といった具体的な行動のスタンスまで、あらゆることを言葉にしています。関西オフィスで独自に開催している『CEREBRIX PRIDE AWARD』(※)でも、まわりや自分の価値を言語化して讃える取り組みを行っています。

(※)セレブリックスの人材ポリシー『CEREBRIX PRIDE』をもっとも体現している人に贈る取り組み。セレブリックス関西オフィスで実施している。

言語化されているとアウトプットにブレがなく、自分がどこにつまづいているのか、何をしたらいいのかが明確になり成長にも繋がるんです。また、言語化するカルチャーがあるからこそ、成長意欲がある人を採用できますし、カルチャーに近い思想を持った人がセレブリックスに興味を持ってくれます。結果、魅力的な会社にどんどん成長していくのだと思います」

ありがとうございます。最後に読者へメッセージをお願いします。

戸室 「セレブリックスは異業種からキャリアチェンジした人でも活躍できる場がたくさんあります。言語化されたノウハウはもちろん、意欲の高いメンバーからのサポートなど、成長できる環境が整っていますよ。ぜひ一緒にセレブリックスブランドをつくっていきましょう!」

<取材後記>

転職した会社を7ヶ月で辞めることに対して「とりあえず1年続けてみようとは思いませんでしたか?」と質問したところ「なかったですね」と即答した戸室さん。自分がやりたいと思っていることに情熱を注ぎたいとお話する姿が印象的でした。バンド活動や飲食店経営など、これまでも自分がやりたいことに没頭してきたからこそ、“情熱を注げる”かが戸室さんの大きな軸になっているんだと感じました。今後はセレブリックスブランドを西日本にも浸透させていきたいという展望も語っており、戸室さんの活躍から目が離せません。

<この記事を書いた人>

田中青紗

フリーライター/エッセイスト。取材やインタビュー、コラムやエッセイ等の記事作成を行っています。

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