商品サービスから人事まで、一気通貫の戦略を持つ企業へ

1989年の創立以来、チェーンストア理論に基づいた「本社集中」と「標準化」によって事業を拡大してきたカインズ。仕入れの一括化、そのための商品構成や店舗デザイン、サービスの標準化を進め、多店舗展開を実現してきました。しかしデフレ経済が長引き、昨今はECサイトが急速に発展。買い物という行動自体が変容すると、顧客ニーズはますます多様化。それに応えるため、カインズとして大きな変革を遂げる決断に至りました。

西田 「こうした時代背景を受け、我々はチェーンストア理論の基本的なしくみは維持しつつも、『個』を大切にするハイブリッド型に進化しようとしています。2018年、現会長の土屋が社内メンバーに向けて『IT小売業宣言』をし、デジタル化を推進するなかで、2019年に制定した3カ年中期計画が『PROJECT KINDNESS』。これがまさに、ハイブリッド型の戦略そのものです。

『PROJECT KINDNESS』は、『SBU(ストラテジックビジネスユニット)戦略』『デジタル戦略』『空間戦略』とそれを下支えする『メンバーへのkindness』という4つの柱からなります。人事分野としては、4つ目の『メンバーへのkindness』の推進がメインテーマであり、その実現のために2021年9月に『DIY HR®︎』というコンセプトをリリースしました」

カインズは、DIYを「日曜大工」ではなく、くらしをより良く楽しくすること、生活機能をあげるためのことと拡大解釈しています。店舗内に木材加工や溶接ができる工房を持ち、「自分でつくること」の楽しさを伝えている点もカインズらしさの表れです。そのDIY思想を組織文化にも浸透させようと打ち出したのが「DIY HR®︎」で、DIY CareerPath®︎、DIY Learning®︎、DIY Communication®︎、DIY Workstyle®︎、DIY Well-Being®︎という5つの柱で成り立っています。

西田 「たとえば、自主的な学びや人とのダイアログを通じて自己成長すること。自分のライフスタイルに応じた働き方を選択しつつ、会社の目標と自分自身の目標を達成すること。それらを実現してもらうために、人事戦略本部ではメンバー自身の自立性・自発性を促すしくみづくりを進めています。

GAFAMやNetflixなど、今の時代の強い会社には、とにかく経営戦略から事業戦略、人事戦略に至るまで一気通貫の仕組みがあります。『DIY HR®︎』という人事戦略は、そういう背景から組み立てたものです」

すでにスタートしたDIY Learning®︎では、西田自身にもワクワクしたユニークな研修があったといいます。たとえば、30年後の世界をSF小説として描き、そこから今何をすべきかを逆算で導く「SFプロトタイプ」と呼ばれるワークショップ。

西田 「どうせなら、ありふれたものよりも『ちょっと新しいな、おもしろそうだな』というテーマを取り入れることが重要だと思っています。提供する側の我々がワクワクできないと、それを受ける側は絶対に飽きますから。今後も多種多彩な分野の超一流の講師を招聘し、リベラルアーツ的な講義を組む予定です。もちろん、DIY Learning®︎なので『自ら』というのがコンセプト。こちらはプラットフォームを用意して、メンバー自らが広範囲に学習できる環境ベースを整えたいと思っています」

金融業界から人事領域へ。キャリアの節目にはいつも大切な「出会い」がある

西田のキャリアは、証券会社での営業職から始まります。その後、社費で米国にMBA留学し、帰国後は系列会社でファンドマネージャーを経験。外資系の投資顧問会社、投資運用コンサルティング会社などを経て、2004年から米国の人事コンサルティング会社に大きくキャリアチェンジします。

西田 「金融から人事に180度方向転換した理由は何か、とよく聞かれるのですが、金融業界はいわば、知識やスキルが直接的にお金に結びつく世界。効率よく稼ぐことはできますが、自分はこのままこの業界にいていいのかと、何か違和感や危機感のようなものを覚えるようになりました。一方で人の問題というのは、金融のように白黒はっきりしない世界。イシューとしては本当に複雑なのですが、人間が人間である限り、おそらく生涯なくならないもの。だからこそ、人事業界に身を投じようと考えました」

人事コンサルティング会社では、次世代経営者のリーダー育成塾を運営していた西田。その時に出会ったのが、当時ライフネット生命保険株式会社の会長を務めていた出口 治明氏(現・立命館アジア太平洋大学長)であり、彼に誘われる形で同社の副社長に就任します。

西田 「2015年から6年間、副社長としてライフネット生命の組織改革にあたりました。金融からコンサル会社に移る時にも感じたことですが、僕のキャリアにおいては節目ごとに良い出会いに恵まれています。

カインズからCHROの話をいただいた時も、決め手はやはり経営者でした。オーナー会社というのは事業承継がネックになることが多いのですが、カインズは創業者である土屋 嘉雄(現・名誉会長)、子息の土屋 裕雅(現・会長)、高家(現・社長)とバトンをつなぎ、うまく継承できています。

土屋会長はビジョナリーで人格者であり、高家社長は圧倒的な実績を誇るプロ経営者です。このツートップに率いられているカインズという、会社組織に大きな魅力を感じました。」

カインズでの挑戦を決めたもうひとつの理由に、今後激変するであろう小売業界への興味があったと、西田は加えます。

西田 「人生100年時代とは言え、年齢的にビジネスパーソンとしては終盤戦を迎えています。そうなると、安定的に穏やかに過ごしたいという人もいるかもしれませんが、私自身は天邪鬼。これまでのビジネスモデルがひっくり返るくらい激変するであろう業界=小売業に興味を惹かれました。

また、時代は『個』が尊重される方向に向い、会社は、社員が必死に働いてしがみつくところではなく、自己実現するための場に変わっています。会社を選ぶ人たちに、『うちに来たら皆さんこんなに成長できますよ』と声高にいえる企業にならないと、そっぽを向かれてしまう時代です。激動の業界・時代においてカインズが『選ばれる企業』となること。そのために、戦略的な人事改革を進めたいと思っています」

人事こそ、一人ひとりに寄り添い向き合う姿勢を示さなければいけない

▲西田と『マブダチ』(店舗巡回時)

カインズのメンバーの印象について、「皆素直で優しい反面、あまり個を主張しない」という西田。自主性・自立性を重んじる方向へシフトする過程にある組織で、個をいかに出していくかがチャレンジであり、そこにこの会社のポテンシャリティがあるとも語ります。

西田 「カインズが成長してきた根底には、チェーンストア理論があります。トップダウンで軍隊式の命令系統がはっきりしていたので、基本的に素直で一丸となって頑張るのは得意です。しかし今後は『個』をもっと打ち出し、異なる分子が交わることで創発を生み出していきたい。そういうポテンシャリティ、多様な未来設計がこの会社にはあって、すごくやりがいがあると思っています」

とはいえ、多くのメンバーからは「個を出せ、といわれてもどうやって出せばいいかわからない」という戸惑いの声もあがります。組織風土は一朝一夕に変えられるものではないからこそ、「DIY HR®︎」のコンセプト思想を広げることが重要だと西田は考えます。

西田 「あらゆる機会、あらゆる手段を通じて『DIY HR®︎』のストーリーをメンバーに伝え、仁徳ある施策を立案・実行していけば、メンバーが変化を肌で感じるはずです。そうするうちに組織力が上がり、実績にも跳ね返り始める。そうすると、周囲からその新しいしくみっていいみたいだ、という空気が生まれて、それに乗ろうという集団心理が働くようになる。

そういう地道なプロセスが大事だと思っているので、人事戦略本部のメンバーには『DIY HR®︎』のコンセプトを心から信じ、エバンジェリスト(=伝道者)になってほしい、と常々話しています」

人事こそ、働く一人ひとりに寄り添わなければいけない、と西田は考え、実は入社の2カ月前から1on1ミーティングを非公式に開始していました。カインズは現在全国に227店舗ありますが、隔週で店舗巡回を行い、社員もパートもアルバイトも関係なく、可能な限り全メンバーと1on1を実践しています。

西田 「一人ひとりに向き合っているという姿勢を示すことが、すごく重要だと思っています。どんなことに困っているか、どんなことを期待しているか、会社への要望をヒアリングしながら、コミュニケーションを取ります。その中で『DIY HR®︎』の思想や、『一度しかない人生だから、自分を成長させる場として会社をもっと利用しようよ』などと話しています。

とある店舗でメンバーと話をしたとき、『本部の人や役員が、私たち一人ひとりの話を聞いてくれるのは本当に素晴らしいし、ありがたい』と言ってもらったことがあります。いやいや、こちらこそ現場を支えてくれてありがとう、なんですけどね。現場はいろんなことがあるし、正直つらいこともあると思いますが、みんな楽しみながら頑張ってくれている。だから、私たちは心から感謝して接するわけです。やっぱりこんなふうに通じ合うことで、組織としての一体感が醸成されて、強みになるんだな、と現場へ行くたびに感じます。

また、ベテランメンバーから、『西田さんに伝えたかった』と10枚程のレポートを渡されたこともありました。とても、嬉しかったですね。少しずつ自主性が生まれている証左であり、言いたいことがあるというのは改革意欲があるということですから。会社に対する愛がある、メンバーに対して愛がある、それをちゃんと受け止めないといけないし、実際すごくいい提案もしてくれるんです。

これはネタバレですけれど、僕はメンバーと直接話した後に必ず『今日から僕たちマブダチだからね、なんでも直接言ってもらって構わないからね』って言うんです。だって、役職って本当に‟役割”でしかないじゃないですか。社長だって副社長だって、そういう役割をやっているだけで同じ人間なんです。人間として偉い人を選ぶわけではない、そういう話だと思うんです」

会社と個人が互いに貢献し合いながら、成長できる関係性を築きたい

▲西田と『マブダチ』(店舗巡回時)

「DIY HR®︎」の浸透に取り組むためにも、人に寄り添う人事を徹底している西田。今後カインズで実現していきたいことは、人事として会社のパフォーマンスにいかに貢献するか、ということだといいます。

西田 「いまは『DIY HR®︎』を浸透させることに注力していますが、一方で会社への貢献もすごく大事だと思っています。ビジネスとして成り立たないと、メンバーの生活も幸せも考えられないわけですから。そのためには、きちんと結果が出せるようにエンゲージメント(会社に対する愛着や思い入れ、会社と個人が相互の成長に貢献し合う関係)を高めることが大事だと考えています。

エンゲージメントの高め方には5つの要素があると、僕はいつも言っています。1つが自己実現目標の充実度。2つ目が理念や経営戦略の浸透度、3つ目がメンバーとの信頼の文化の醸成度。4つ目が評価報酬制度の納得度。ここは人事にとって一番の肝ですね。5つ目が心理的安全性の充実度。これら5つの要素は有機的につながっていますし、いかに充足させるか、が大事なのです。これら5つを複合的に高めていく施策が『DIY HR®︎』そのものだと思っているので、この浸透のためにチームで取り組んでいます」

人事戦略本部のメンバーは「DIY HR®︎」の伝道師である──西田はそう考え、彼ら、彼女らに対してできる限りの情報を発信し、知識のアウトプット・共有を心掛けています。出会った人から聞いた話、読んだ本から得た知識……。あらゆる情報と、時には感動などの感情も共有しています。

西田 「僕がキャリアを築く上で少なからず成長できたのは、やはり人からのインプットというのが大きかったと思います。前述の出口さんはよく、『人間の学びは3つしかない。人と本と旅だ』とおっしゃっていて、まさにそうだと僕も思います。人から学ぶというのは、その人の経験や思想、考え方を聞くことだと思っていて、それが自己理解にも繋がります。メンバーに学ぶ切っ掛けを与えるには、僕自身が意識して発信していく必要があります。本については、『西田文庫』という書架を設けて、僕が厳選した新刊本などを皆が自由に読めるようにしています。

人と本と旅というのは学びの根源であり、自分のベースとなっていくもの。チームのメンバーには、その点を深めていってほしいと思っています」

金融畑から人材の世界へキャリアチェンジした西田がいま目指すのは、カインズという巨大な組織に関わるすべてのメンバーを巻き込んだ、壮大なトランスフォーメーション。古い価値観が通用しない新しい時代、激変する小売業という舞台で挑むHR改革は、今始まったばかり。「個」が輝き、「個」に選ばれる企業を目指し、人と向き合い続けます。