​​Internal STAは一人ひとりが自発的にキャリア形成する手段​

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日本のボッシュ・グループでこのInternal STAの運用を本格的にスタートしたのが2020年のこと。始まりは従業員の「異動はハードルが高いけれど、別の部署の仕事を体験してみたい」という声からだったと人事部の石川 諒子は振り返ります。

長く同じ部署で仕事をしていると、そろそろ新しい仕事がしてみたいという気持ちが湧いてくる人が多い一方で、実際には上長が決めたルートに則った仕事を任されがちです。従業員にキャリアの幅を広げてもらうためには、自らのキャリア形成に対して従業員自ら主体的に取り組んでもらう必要があります。

そこで考案されたのが、今回のテーマであるInternal STAという社内異動制度。従業員が現部署に所属したまま、関心のある他部署の仕事を体験できます。期間は3〜6カ月間程度、就業時間の目安は週8時間。制度利用者自身の希望と上長・受け入れ部署との相談により延長可能です。

目的はリスキリングのような形で従業員の視野を拡大し、将来的なキャリアの可能性を拡げることです。同時に部署間の情報交換を促進し、より高いレベルでの協業達成を視野に入れています。 

利用者はこれまで22人で、2023年は5月時点では3人が他部署の仕事に向き合っています。従業員なら誰でも使用できますが、実際の利用者は中堅層が多い傾向です。ある程度、自分のスキルやキャリアの方向性が見えてきた従業員たちに、気軽に新たなチャレンジができる機会として受け入れられています。

石川 「Internal STAは従業員のチャレンジ精神に応えられているだけでなく、部署間のコミュニケーション不足解消にもひと役買っています。どんな仕事をしているのかわからないと思われていた部署も、制度の経験者が情報発信することで周囲の人の見方が変わりイメージチェンジできるのです。また部署間での協業が円滑になったという声も聞いています」

実際、今回紹介する2人を受け入れたSOFC(固体酸化物形燃料電池プロジェクト推進室)チームの高椋 庄吾は、チームの活動の社内認知度が低く、社内協業・サポート体制があまり見込めない状況を打破する策のひとつとしてInternal STAを活用しています。

高椋 「SOFCチームの活動は、既存の部門で勤務する働き方とは異なります。電材が決まっている前提で、日本法人のチームとして何をすべきか事業戦略立案から取り組んでいます。つまり、レールのないところに新たにレールを作っている状況なので、起業家精神を持ちながら働いてみたい従業員から知恵を貸してもらえることを期待しています 。

私自身は、今回紹介する2人を含めInternal STAを利用した参加者が、おのおののスキルを活かしたり、新しい知識を習熟してSOFCチームに成果を出していく過程を見て、いつもワクワクしています」

​​社内ベンチャーという環境を体験して気づいた自分自身への役立て方​

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大川 智久は半導体のセールスチームを牽引する中堅プレイヤー。あるお客様では、GKAMとして海外メンバーのサポートも担っています。そんな大川がInternal STAを利用しようと思ったのは、チーム在籍10年を超えたころのこと。今後のキャリアを考え、他の場所を体験して成長したいと思ったと言います。

スタートアップなど自分たちで1から何かを作り上げる環境が良いかもしれない。そう考えていたところ、ある研修でSOFCチームのメンバーから事業内容を聞き、興味を持ちました。そして「大川さんも、Internal STAを利用してうちのチームに参加しませんか」と誘われて応募を決意したのです。

大川 「SOFCチームは社内ベンチャー風なので、まさに自分が求める環境だと思いました。といっても、実は何をやっているチームなのかよくわかっていなくて。でも、迷うより中に入ってから少しずつ勉強して理解していこうと考え、思い切って飛び込んでみることにしました」

その決意を在籍していた部署に伝えたところ、ほとんどの人が制度を知りませんでした。それでも上長は快く送り出し、2022年5月、大川のInternal STAが始まりました。

大川がSOFCチームで任されたのは、新規ビジネスパートナーの調査と契約に関連する若手従業員のサポート。SOFCの製品は幅広い用途に使えそうだったので、当時は売り込む先を選定している最中でした。

そんな中、ある業界が選択肢に入り、大川はその業界と密に関わる企業にアプローチすることを提案。実際にアプローチしてみると、複数企業からの興味を獲得でき、現在はNDA下で協議を進めています。

大川 「本当はプレイヤーとして動きたいと思っていたのですが、SOFCはまだ日本で稼働の実績がありません。そのため手広く営業するにはちょっと時期的に早かったということと、私は短期間の参画メンバーのため名刺を持っていませんでした。なので、対外的な活動は参加しずらく、少々歯痒い思いもしました。

そうした難条件はあったものの、営業結果を出すことに貢献できて本当に嬉しかったです。同時に私が積み重ねてきたことはムダではなかった、自分の部署以外にも役立てる場所があるとわかったことは得難い経験でした」

業務に直接関わるところ以外では、SOFCチームでは若手社員中心にデジタルツールを積極的に活用しており、それがある意味学びだったと、大川は振り返ります。他部署や関連部署の文化、マネージャーの人柄がわかるというメリットも感じたと言います。

​​限りある時間での経験を現部署に還元し、今後のキャリアにも役立てたい​

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東松山工場でエンジンの噴射系部品の製造に携わり、品質保証の担当者として対メーカーの窓口を担っているパワートレインソリューション事業部の村上 洋輔もまた、Internal STAを利用したひとり。きっかけは定期的に実施している人事面談でした。

入社3年目を迎えたタイミングで「学生時代から、燃焼関係の勉強をしており、今後も追求したい。今後、水素エンジンに携われるよう経験を積みたい」と相談したら、「SOFCチームを体験してみてはどうか」と紹介されたと語ります。

さっそく人事担当者に、SOFCチームのプロジェクトディレクターである高椋と話す機会を設けてもらったところ、「内燃機関の知識でチームをサポートしてほしい」とのこと。在籍している部署の上長が「やってみれば良いよ」と背中を押してくれたこともあり、チームへの参加を決心しました。

SOFCチームでの村上のミッションは、これからSOFCを売り込むにあたり技術の側面から内燃機関とどう違うかなど、発電機に関する知識をSOFCチームのメンバーに共有すること。会議では内燃機関の知識を活かして一歩踏み込んだ質問をして情報収集し、既存の内燃機関と比較したボッシュのSOFC技術の優位性をメンバーが理解できるように大きく貢献しています。もちろん、こういった目標はInternalSTAを開始する際の面談で在籍部署での評価目標としても設定しています。

これまで2回、Internal STAの利用期間を延長している村上。当初3カ月間の予定が間もなく1年を経過しようとしている理由は、この資料作成にあると言います。

村上 「SOFCチームには電気やマーケティングなど各専門知識が豊富なメンバーが多数いますが、内燃機関の知識を持っている人はいません。そういう人でもわかる資料を作るのはなかなか大変で、最初の3カ月間ではとても終わりませんでした。

今はインターン生にも資料集めなどを手伝ってもらいながら、最終リミットである1年間が終わるまでに、どうにか完成させようとしているところです。週8時間という制約がある中で本当に大変ですが、絶対に完成させて在籍部署でも活用できるはず。そうすれば今回の経験を在籍部署への貢献につなげられると思っています」

また今回、Internal STAの利用を在籍部署のメンバーに相談したとき、ほとんどのメンバーがこの制度やSOFCチームのことを知りませんでした。しかし今は、たわいない会話の中で「何をやっているの?」「SOFCって何?」と興味を持ってくれるのが嬉しいと村上は語ります。

その一方で2部署を兼務しているがゆえの、大変さや苦労もありました。

村上 「フルリモート勤務だと情報交換がしづらく、コミュニケーションの難しさを痛感しましたね。それに社内ベンチャー風であるSOFCチームは業務にスピード感があり、在籍部署の仕事が忙しくて1回会議に出られないだけで話題が変わっているなど、話についていくだけでも結構大変でした」

それでもスタートアップで事業が立ち上がる前の段階を肌で感じられたのは大きく、インターン生や海外からの参加者など多様な人材と共に働いたSOFCチームでの体験が今後のキャリアに役立つだろうという期待に、村上は胸を膨らませています。

認知度向上と利用者増加で会社の成長もめざしたい

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利用者に得難い経験をもたらしているInternal STAですが、この制度にはまだまだ課題があります。

たとえば、社内における認知度。コロナ禍に始まったことや利用者がまだ少ない点から、利用申請者数が伸び悩んでいるため、今後はプロモーションにも力を入れていきたいと石川は語ります。

また認知度を向上させることで、もうひとつの課題である受け入れる部署と送り出す部署と利用者の3者間でのコミュニケーションも円滑になるのではないかと考えています。Internal STAは従業員の育成を目的にしており、利用者が別の部署での体験を在籍している部署に持ち帰ることで、在籍部署全体のスキルが上がると想定しています。

そのため送り出す部署が受け入れる部署に経費(人件費)を支払うのですが、制度の目的が理解されにくく、送り出す部署から「なぜ自分たちが支払うのか」という声が聞こえているのです。今後、制度の認知度と正確な理解度が上がれば、そうした声がなくなるのではないかと石川は考えています。

また、ここ数年での働き方の変化にも対応していく必要があります。ボッシュは出社とリモートのハイブリッド型の働き方を基本とするスマートワークを導入しており、働く時間や場所など、従業員が自分の意志で柔軟に働き方を決めていけるようになりました。

そんな中、働く時間が短い人にとって、Internal STAでの週8時間月40時間という勤務時間の基準が妥当なのか、よりフレキシブルにすべきなのか、制度利用者にどういうフォローが最適かなどの課題も残されています。

石川 「ボッシュの良いところは、いろいろな事業部や施策があるため、異動や転職をしなくてもキャリアの幅を広げられる点だと思っています。その利点をより活用してもらうために有用なのがInternal STAなので、より多くの従業員に知ってもらいたいです」

今後も制度の利用促進によって、さらなる部署間のコラボレーション活性化や人材の流動化につながると期待されています。現状は、ひとつの部署で長く働く人が多く、活躍している従業員もいますが、その反面でスキルの固定化や業務の属人化も課題視されています。  

石川 「より壁のない多様な経験が、これからのボッシュでは求められます。だからこそ異動しなくても他部署を経験できるこの制度の利用者を増やし、横の関係性の構築や、個人と会社の成長につなげてほしいですね」

Internal STAは、今後の組織の成長におけるキーポイントです。このように構造を変えていこうと取り組んでいるボッシュでは、複数部署での経験が求められるシーンが多くなっていくでしょう。この制度で従業員一人ひとりの主体的なキャリアアップを促し、会社全体でのより一層の飛躍をめざします。

また、今回の記事で登場したSOFCチームでは、InternalSTAの受け入れを続けています。加えて、学生向けインターンシップも随時募集しています。社内ベンチャーの環境を体験したい、これまでのノウハウを活かして経験を積んでみたい、といった前向きに挑戦し続ける方と一緒に事業を作っていきたいと意気込んでいます。

※ 記載内容は2023年5月時点のものです