日本市場での新しいビジネスの可能性と事業化までの目標

水素と酸素の化学反応を利用して電気を生み出す燃料電池は、エネルギー効率に優れ、騒音もなく有害物質を排出しない電力源として、世界中で開発が進んでいます。

ボッシュは2018年に、固体酸化物形燃料電池(SOFC)の分野で世界をリードするセレス・パワーと提携。2024年の本格生産開始を目指し、活動を加速させています。日本では2020年5月に同プロジェクト推進室が発足。その中心人物が、高椋です。

高椋 「現在は、ボッシュSOFCグローバルプロジェクトにおいて2024年の本格生産開始を目指し、日本チームとして準備を進めている段階です。また、日本国内においても2024年以降の事業化を目指し、日本におけるニーズ、顧客やビジネスパートナー、ビジネスモデルの調査、技術的な障壁や日本ならではの法規など、あらゆる観点から検証を進めています」

チームの人員は、専門的な知識も必要となるため他部署や国内外の有数な大学・大学院在籍のインターン生などが参加しています。

高椋 「インターン生を含め、チームは高く幅広い専門性と高い志を兼ね備えた人員で構成されています。加えて、ボッシュSOFCプロジェクトは、日本だけでなくドイツやアメリカ、イギリスなどのチームと連携して進めていますので、日本チームとして何を期待されているのか、何をすべきなのかというところを常に考えながら、プロジェクトを進めています。

海外とのコミュニケーションは苦労する面もありますが、そこが外資系企業としての醍醐味でもあると思っています」

日本チームは発足して1年の若いチームのため、日本国内のさまざまな領域に視野を広げ、需要を探ることが当面の課題ですが、一方で海外チームとも連携しながら日本だからこそできる役割を確立しながら発展し続けています。

難しいミッションではありますが、高椋自身、そんなチャレンジングな仕事にやりがいを感じています。

高椋 「SOFCのビジネスチャンスは、地球規模で考えると陸海空すべてに可能性があります。それを日本に当てはめるとどうなるか、何ができるかというところをどんどん追究し、まだ顕在化していない答えを導きだしていきます。ですので、日々新しい発見があり、仕事が本当に楽しいですね。

ただ、単に答えを導き出しただけでは、成功とはいえません。それを最終的に事業につなげることこそ、われわれの成果だという意識で取り組んでいます」

環境意識が高まるなかでの、エコなエネルギー発電とデジタル化

主に天然ガスなどの燃料から改質した水素を供給し、それを酸素と化学反応させることで発電する燃料電池は、簡単に言えば小さな発電所です。

SOFCシステムは、同じ天然ガスを使っていても、火力発電のように燃焼はせず、電気化学的に変換し、NOxや粉塵を排出することなく、騒音も出さない、高効率な発電が可能になります。またオフィスや施設など、電気を使用する場所の近くで発電できるため、発電所から電気を送る際に生じる送電ロスがないというメリットもあります。

燃料電池といっても実は何種類もあります。ボッシュが手掛けているこのSOFCシステムは、そのなかでも、最も発電効率が高いとされている技術です。

高椋 「ボッシュSOFCの発電効率は、平均しても60%程度あります。火力発電の一般的な発電効率が35%程度であり、最新のものでも50%程度ですので、かなり高効率といえます。またSOFCは、排熱が安定している為、これを給湯やボイラーに利用できます。このように排熱利用をすれば総合的なエネルギー変換効率は85%~90%。ほとんど無駄なく天然ガスを活用することができます」

さらにSOFCは天然ガスだけでなく、バイオマスから精製されるバイオエタノールやメタノールなど、幅広い燃料の利用が可能。化石燃料が将来バイオ燃料などに置き換わったとしても、そのまま活用できる技術でもあります。

ただし一般的にSOFCは、700℃以上の高温で稼働させるため、頻繁に起動したり停止したりする用途には向いていません(注:ボッシュのSOFCはこの稼働温度を下げて利用できるため、同SOFC技術内での比較なら、起動停止に対するロバスト性は高いです)。そのため、長時間での連続運転を必要とする分野がメインターゲットになります。

高椋 「グローバルでわれわれがターゲットとしているのは、定置での産業用、民生用の分野です。民生用の小型のものでは、日本ではエネファームなど0.7 kWクラスのものがありますが、ボッシュは10 kW以上の領域に照準を合わせています。

例えばデータセンターや倉庫、マンションやショッピングモール、今後増えてくるであろう電気自動車(EV)の充電ステーションなどです。こうした分野に、われわれの技術が活かせると考えています」

これ以外にも、排ガス規制が厳しくなってきている船舶関係では、船内電力を賄っている発電用ディーゼルエンジンの代替品としての活用も期待されています。

高椋 「燃料電池やSOFCは、どちらかと言えばハードウェアを売る印象が強いのですが、われわれはソフトウェア的な部分も含めて、どんなサービスが提供できるかを、エネルギーマネジメントの観点で考えています。

環境意識がさらに高まるなか、エコなエネルギーを提供できる会社として存在感を示すチャンスは十分にあると思っています。ボッシュが掲げているAIoT(AIとIoTを組み合わせたソリューション)などを用いて、VPP(バーチャルパワープラント)といった仮想発電所のプラットフォームを作り、遠隔でのサービスやメンテナンスも充実させることができるでしょう」

米国勤務後の博士課程修了から、特許取得と起業を検討

現在は、定置用燃料電池のプロジェクトで重要な役割を担う高椋。そんな高椋と燃料電池との出会いは、大学時代にさかのぼります。

高椋 「大学では理工学部で化学を専攻したのですが、実は化学式などの暗記は嫌いでした。そこで、あまり化学っぽくないテーマはないかと探していたところ、出会ったのが燃料電池でした。当時の大学には、燃料電池の研究で有名な教授がおり、大手自動車メーカーと共同研究なども行っていたので、どんどん興味が湧き、のめり込んでいきました」

高椋が当時研究していたのは、同じ燃料電池でも固体高分子形燃料電池(PEFC)であり、乗用車や商用車のような車載用途に活用できる技術でした。大学で高分子にかかわる学位を取得した高椋は、その知識を活かすため日系自動車メーカーに入社。車載向けに特化した、燃料電池の開発に従事します。

高椋 「当時から自分には目標があって、入社したときから3年で辞めると公言していました。今思えば、新卒が生意気ですよね。でも前職の会社は懐が深かったです。そんな私に2年間の北米赴任をオファーしてくれました。この経験が自分を大きく変えてくれました」

英語もままならない状態で臨んだ米国勤務はすべてがチャレンジ。国際的な感覚に触れるにつれ、日本が小さな村に感じたと言います。

高椋 「例えば日本ではドクター(博士号)の取得にそれほど固執しませんが、向こうではドクターを持っていないと先に進めません。屈指のアメリカの大学でドクターを取得していた当時のアメリカ人上司からは『マスター(修士)の高椋は、俺と話す権利なんかないぞ』と言われるほど。世界レベルで戦うには、まだまだだと痛感しました」

3年で辞めると言っていたことを思い直し、5年間経験を積んだ高椋。退職後はスウェーデンに渡り、ドクターを取得します。そして自身の研究成果に、自費で特許出願。Linkedinを利用して、自分の発明の紹介をしたり、大手メーカーに売り込みの連絡をしたりと、起業一歩手前まで話が進んだと言います。

高椋 「諸事情があり、最終的に起業という決断には踏み切れませんでしたが、世界の人たちと自分の特許を介して議論や交渉ができたことは、本当に良い経験になりました」

AIやIoTを活用した、日本ならではの課題解決方法を模索

▲渋谷本社1階のショールームで展示中のSOFC

海外での仕事や留学経験を持ち、起業まで考えていた高椋。そんな経験を持つ高椋は、ボッシュには学べることがたくさんあると語ります。

高椋 「自分の目標と会社の目指すところが一致しているので、まだまだ学べることもやれることもたくさんあります。また、グループ会社との垣根やヒエラルキーのないところなどは本当にグローバルで規模の大きな企業だと思いますし、経営陣が現状に満足せず、常に挑み続ける姿勢からも刺激を受けています。

何より常に気付きを与えてくれる環境は、自分にとっての大きな魅力でありボッシュという企業の素晴らしい価値だと思っています」

実際に、SOFCプロジェクトを通しても、多くの気づきを得ており、新しいビジネスアイデアや学習すべき課題チャレンジもどんどん生まれているといいます。

高椋 「グローバルな活動ですが、日本ならではのビジネスとして成立することも多々あります。例えば日本は海外と違い、送電のための電柱や電線がいたる所にあり、台風や地震などの被害を受けやすい。SOFCが普及し電柱や電線がなくなれば、災害対策・景観改善になります。

またマンションなど、新築はもちろん、老朽化による設備の更新にもSOFCを提案できるでしょう。活用できる場所はたくさんあると思うので、SOFCに興味があるお客様であれば、民間企業、地方の行政や不動産会社など、どなたとでもオープンに対話していくつもりです」

また一方で、別の角度からのビジネスも検討しています。

高椋 「日本は世界的に見ても水素・燃料電池大国で、競合他社もたくさんあります。こうした環境下では、SOFCのユニット販売だけではなく、セルやスタックといった主要パーツのサプライヤーになれる可能性もあります。可能性は未知数なので、今はあらゆる方向からビジネスモデルを検討しています」

SOFCのプロジェクトは、個人の目標実現にもつながると言います。

高椋 「技術を活用した収益モデルをつくってマーケットや会社に還元・貢献し、次に繋げていかなければなりません。人材・組織を育てる意味でも、SOFCプロジェクトを次に繋がるものとして残す。そこを常に意識しながら、取り組んでいます」

SOFCという新しい技術に対し、さまざまな可能性を見出しながら事業化への道を模索する高椋。そこには研究者、技術者、さらには起業家としての経験がもたらす広い視野と、その経験に裏付けられた自信が垣間見えました。

あらゆる可能性を秘めた未来に向けて、ボッシュ・グループそして高椋の挑戦は続きます。