片頭痛を持つ社員の声から始まった、プロジェクト「ヘンズツウ部」

▲ヘンズツウ部の活動は楽しくて、参加する社員はいつも笑顔になります

2019年、「どうせ人には理解されない痛みだから、自分が我慢して働くしかない」という片頭痛を持つ社員の声がありました。その声を聞いた周囲の社員は、その声を軽んじることなく、理解を示しました。「しんどいときは我慢することない。誰にでもそういうことはある」と。これは、自身の不調を言いやすくなったという事例の一つです。

日本イーライリリー株式会社は、製薬企業として、世界中の人々のより豊かな人生のための医薬品の開発・製造・販売に取り組んでいます。そのため、社内においてさまざまな疾患に関する情報が集まり、知見を深めることができる環境にあります。

たとえば、生死に関わる可能性は低いと捉えられやすい「片頭痛」「生理痛」「腰痛」「アレルギー性鼻炎」などは、当事者からすると業務に支障をきたすレベルの症状が出ているにも関わらず、周囲から「そのくらいで休むの?」と思われるのではないかと懸念し、休みづらい人が多い傾向があります。当社にも、そういった周囲の反応を懸念し、労働生産性に影響があるのに、我慢して仕事を続けてしまう社員がいるという状況がありました。

あまり知られていませんが、片頭痛は30〜40代の働く世代の女性に多く発症する疾患です。日本では、男性の3.6%、女性の12.9%が片頭痛を持っており、片頭痛による労働障害などを原因とした経済損失は、年間3,000億円を超えるといわれています。仕事や生活への影響も多い神経学的疾患でありながら、“ただの頭痛“という誤解が依然として多いのが現状です。

ヘルスケアカンパニーとして、この十分に解決されていない社会課題に対し、まずは社内で改善活動を行いました。そして、そこで得た知見を、地域や他の企業にも広く共有していくことに強い使命感を感じ、熱い志を持った7名が立ち上げた取り組みこそ「ヘンズツウ部」でした。

「健康問題を人には言いたくないだろう」という固定概念に気づく

▲ヘンズツウ部のミーティングの様子。コロナ禍はオンラインで継続していました

ヘンズツウ部の発足を決めたものの、立ち上げは簡単なものではありませんでした。

山縣 「ヘンズツウ部を発足するにも前例がなく、『いつ集まるのか?』『どのように活動するのか?』という問題が浮上したんです。また、この活動を社内で認めてもらい、社外にも広めていくには、“バリュー”と“一定の成果”が必要でした。そこで、ヘンズツウ部の活動開始前後で社内調査を行い、社員の意識変化をスコア化することで成果をみえるようにしました」

当初は片頭痛だけに特化した活動でしたが、議論が深まっていく中で、ヘンズツウ部は「片頭痛以外の健康課題にも応用できる活動」であることに気づきました。

数ある健康課題の中でも、頭痛や腰痛、生理痛などの痛みやさまざまな不調は、ときに仕事に支障をきたすことがあります。

しかし、その痛みや不調は他人にみえないことから、周囲の人に理解してもらうことが難しく、結果的に一人でその辛さを抱えながら働いている人たちがいると彼女たちは考えました。

そのため、プロジェクトでは、症状が目にみえる骨折や喘息、支障への理解度の高いがんなどは含まず、これまで休暇やいたわりの対象となりにくかった、症状や支障の認知度が低い片頭痛などを対象としています。そして、当事者の痛みを理解してもらうのが難しい状況や症状を「みえない多様性」として定義しました。

定義づけの会議の中で、間宮は印象的な出来事があったといいます。

間宮「健康課題はみんな話したくないと思っていましたが、『今まで機会がなかったので話さなかっただけ。むしろ、話すことで楽になった』という声もあり、大きな思い込みをしていたと驚きました」

みんなで楽しみながら“みえない多様性”を理解してもらうための取り組み

▲ヘンズツウ部では、社員食堂で身体に優しいお弁当の販売を行いました

社内で活動を広げていくためには、ヘンズツウ部の活動に共感し、参加したいと思ってもらう必要がありました。そこで、山縣たちは工夫を取り入れています。

山縣 「当社はまじめで素直な社員が多い一方で、例えば会議などはデータを用いてロジカルに進行していくことが多く、『ヘンズツウ部の会議があるから参加してね』といっても、『片頭痛の勉強会?』という誤解を受けることが大いに懸念されました。そのため、従来のように大まじめに会議をするのではなく、『そんな感じで片頭痛を語っちゃうの?』という切り口でワイワイと話し合いを進めました。

また片頭痛に興味がない人にも活動を知ってもらえるように、会議以外の取り組みにも力を入れました。しんどいときに休むことができるスペースを記した職場マップ。社内カフェでは、片頭痛の人にも優しいお弁当を販売。他にも、わかりづらい痛みをそれぞれの言葉でひねりを加えて伝える大喜利大会では、印象的なものに投票してもらって優勝した内容をポスターで掲示するなど、少しずつ取り組みを広げていきました」

このように社内での取り組みを重ねることで、有志7名でスタートしたプロジェクトメンバーも、発足して1年3ヶ月経つと、ついに100名を超える人数となりました。

また、活動が広がるとともに成果も現れました。ヘンズツウ部の開始前と開始3カ月後に取得した社内調査では、体調不良時の対応として「上司に相談する」が47%から58%に大きく上昇。さらに、体調不良・病気の際に社内制度の利用意向が増加しており、それぞれの体調に合わせた働き方が広がりました。

そして、プロジェクトメンバーは、この活動を社外に広げていくため、2020年に新たな一歩を踏み出します。

健康経営に取り組む有志の企業・団体、自治体、医療従事者、健康経営の専門家に呼びかけ、みえない多様性に対する問題解決に向けた「“みえない多様性”に優しい職場づくりプロジェクト」を共同で立ち上げたのです。

プロジェクト立ち上げ後、2020年に本格化した新型コロナウイルスの影響によって一時活動を中断することもありました。しかし、リモートワークが広がり、お互いの状況がよりみえづらくなっているコロナ禍の今こそ、人知れず我慢して働いている人の思いを理解することが必要だと感じ、メンバーたちは活動をオンラインに切り替え継続していきました。


ヘルスケアカンパニーとして、 “みえない多様性”の発信を広げていく

▲社外の頭痛専門医師の先生にもご協力いただき、片頭痛を知ってもらうためのイベントを開催した様子

2020年9月には、オンラインで参加企業・団体が一同に会し、より多くの人にみえない多様性を理解してもらうためのツールキットの開発に着手しました。

さらに、その1カ月後には、ツールキットの冊子やカードゲームのプロトタイプを元に、オンラインでワークショップが開催されています。

ワークショップでは、健康課題を抱えた当事者と周囲の人が、みえない多様性についてどのように問題を解決していけば良いのかについて白熱したディスカッションを行い、チャットも大いに盛り上がりました。

そして、ワークショップが終わった後、プロトタイプだったツールキットも完成を迎えました。

参加企業・自治体と協議を重ね、健康経営の専門家と、頭痛専門医による監修のもと、職場における健康課題の考え方や、痛みや不調を抱える当事者のための職場環境づくりのポイントを、具体的な事例を交えて紹介する冊子。そして、みえない多様性への理解を深めるために、他者が持つ健康課題を想像するカードゲーム。ツールキットはこの二つで構成されています。

これらのツールキットは、ダウンロード数が2,500以上にのぼり、さまざまなメディアにも取り上げられました。

山縣 「これまではツールキットとカードゲームのみの発信となっていましたが、さらに多くの職場でみえない多様性に目を向けてもらえるよう、これまでのワークショップからの学びを反映させた導入簡単パッケージやショートムービーも新たに2021年11月に公開しました」

間宮 「みえない多様性を特別扱いしたいわけではなく、しんどい時期は誰にでもあることなので、相互理解を深めていきたい。みんなが我慢して働くよりも、許容し合える社会を目指していきたいです」

他社や医師からも「この活動大事だよね」と賛同の声があがっている本プロジェクト。これからもより多くの方に届くように、山縣と間宮をはじめとするメンバーたちの活動はまだまだ続きます。