フルリモートだからこそ陥る「ひとりブラックボックス」のわな

▲株式会社ナラティブベース 代表取締役 江頭 春可

ナラティブベースはオフィスを持たず、フルリモートでプロジェクトごとにチームビルディングをし、組織運営を行っています。しかし、関係性のない状態からリモートでチームをつくり業務を遂行するのは容易ではありません。代表取締役の江頭 春可はチームビルディングに次のような課題を感じていました。

江頭 「当社は今期10期目ですが、最初の3期ほどでメンバーが5倍、稼働量が4倍とおかげさまで急成長しました。ですが、各プロジェクトチームで新しい仕事が始まったり、新メンバーを受け入れたりするたびに、同じようなミスコミュニケーションが続いていたんです」

フルリモートだからこそのミスコミュニケーション──お互いが見えない環境下だからこそ、些細なことが仕事のパフォーマンスに影響することが多々あります。

江頭 「たとえばチャットで『明日までにできますか?』とくると、文面だけでは相手の様子がわからないので、『遅いという意味かな?怒っているのかな?』と、余計なことに気を取られてしまうんです。

こうした些細なことから誤解が生じ、人間関係がギクシャクしたり、周りに相談できずひとりでプレッシャーを抱え込んでしまったりと、フルリモートワークだからこそ起こる『ひとりブラックボックス』のわなに陥ってしまうことがあります」

当時はチームリーダーの数も足りておらず、ミスコミュニケーションの対応をリーダーがすべて背負っているような状態でした。そのためリーダーは、業務を遂行する役割よりも、常に人の相談に乗る保健室のような役割が大きくなり、疲弊していたのです。

また、新しいメンバーもリモートで迎えるため、毎回同じことをリーダーが伝達するのは大変な上、受け手によって解釈が違うこともあります。慣習や当たり前などの文化を共有するのに時間がかかっていました。そのため最初の5年ぐらいは失敗だらけでした。

保健室よ、サヨウナラ!「ワークスタイルデベロップメント」で解決の糸口が

▲“互いを成長させる知恵を創造する”がコンセプトの「ワークスタイルデベロップメント」の様子

一方、歴が長くチームビルディングに慣れてきたメンバーは、関係性が成熟し、チームの文化らしきものが醸成されて仕事のクオリティが底上げされていました。

江頭 「今までの失敗から、メンバー同士の関係性の質が仕事の質を大きく左右することがわかっていました。また、リモートワークやパラレルワークといったフリーランスのカルチャーに慣れると、本来の力が発揮でき仕事のパフォーマンスが格段にアップするんです。

であれば、慣れるまでにはどんな経緯が必要なのか?と。今まで偶発的に良いサイクルが起きていたことや、自然に良しとしている行いに、再現性を持たせることができたら、他にない価値になる!と発想を転換しました」

そんな中、「ワークスタイルデベロップメント」という活動がきっかけとなり、偶発を可視化し再現性あるものにするプロジェクトが立ち上がります。

江頭 「当社には『ワークスタイルデベロップメント(以下、WSD)』という活動があります。これはフラットな関係性を大切にしながら、“互いを成長させる知恵を創造する”というコンセプトで、世の中にあるさまざまな手法をリモートワークやナラティブベース流にアレンジし、開発する活動です。

そんなWSDの活動は、全員参加のアイディア出しから始まりました。『SPRINT(スプリント)』という手法を取り入れてワークショップを行い、一気に出したアイディアの中から実行することを品評会のように投票して決めていったんです。

そこで、判断に使っている経験則を言語化するために、『パターン・ランゲージ』という手法を取り入れて、ナラティブベース流のうまくいくリモートコミュニケーションを可視化・言語化したカードを作成し、新メンバーに共有することになりました」

パターン・ランゲージとは、建築家クリストファー・アレグザンダーの建築方法論で、状況に応じて判断に使っている経験則を「言語化」するものです。

ルールでなくヒント。空気感を可視化・言語化する「パターン・ランゲージ」

▲うまくいくリモートコミュニケーションを可視化・言語化した「パターン・ランゲージ」

カードを作成する際に大切にしたのは、ルールではなくヒントをつくることです。

江頭 「長らくリモートワークをしている中で、それぞれが自律して自分の判断で行動することが一番いい関係性を保ち、仕事のクオリティを上げることを実感していました。

また、ルールを先に知ってしまうとそれに従って主体性が削がれることも実感していました。主体性を奪う“ルール”ではなく、うまくいく“ヒント”の方が、自律性を尊重し育て合う環境にいいなと思ったんです」

うまくいくリモートコミュニケーションの「パターン・ランゲージ」を抽出するにあたり、2段階の工程を踏むことに。まずはどういうカテゴリーに分類できるのか、困りごとが解決したエピソードをワークショップ形式でたくさん出していきました。表出したエピソードから「承認・開示・明確」など8つのカテゴリーに分類しました。

次にその一つひとつのカテゴリーをピックアップし、思いあたる解決エピソードを自由に出し合い、グラフィック化しながら対話。

最終的には、カテゴリーごとにいくつかピックアップした「パターン・ランゲージ」を、共通言語やイラストを添えて可視化した19枚のカードにして、共有・伝達可能なツールにしました。

江頭 「『イチイチ伝える』『ひとりがひとつの商店』などのタイトルに、イラストを添えてその事柄を想起しやすいように工夫しています。その上でどんなときに、どういう思い込みを持ちモヤモヤが発生するのか。それに対する気持ちの切り替えや行動とそれにより得られる結果を掲載しています」

価値は共創の「プロセス」にあり。リモートでもつながるカルチャーをつくる

▲パターン・ランゲージ前後の変化

WSDで生まれた「パターン・ランゲージ」のおかげで、リモートコミュニケーションがうまくいくための慣習や文化が言語化・可視化できるようになり、再現性のあるものになりました。

そして、共通のマインドセットができることでリーダーに負担が集中するのも避けられるように。さらには、新メンバーの立ち上がりもスピーディーになり、仕事のクオリティがアップしました。

しかし、結果よりも「プロセス」に意味があったとチームコンダクターの我妻 あかねはいいます。

我妻 「リモートワークでは空気を共有する機会がないからこそ、共創するプロセス自体が、既存のメンバーにすごくいい影響を与えました。共通して大切にしていることを確認できたり、あえて口にはしてこなかったけれど思っていたことが、自分だけじゃなかったんだと発見できたり、共感し合えることで理解が深まったり……。

私はナラティブベース歴が長いのですが、新しく入ってきたメンバーが今困っていることに『我妻さんも同じように大変だったんだ!』と、安心してもらえたのも良かったですね。完成したときは『本当に可視化できたね』と感慨深かったです。本を書き上げた気分でした」

リモートワークにありがちな、空気を読んでいる時間やそれにともない迷っている時間は意外と長く、全体を見ると生産性を落としています。

見えない相手のわからない背景に気をつかうことで陥っていた“ひとりブラックボックスのわな”は、「パターン・ランゲージ」によるマインドセットで解決しました。誤解を生じさせない気遣いのコツを共通で持てるようになったのです。また、ひとりで抱え込まず、チームで解決する全体の自律につながっています。

江頭 「つくったままだと、ヒントからルールに変わってしまうので、定期的に共創して更新することに意味があると思っています。

組織やコミュニティが生き物であるように、ヒントも生き物として扱い、増やしたり統合したり古いものを捨てたり、その時々で変化させたいですね。今後働き方が変化したときに、『こんなことを意識して働いていた時代があったのか!』と発見もありそうで楽しみです」

今後は互いの強みに気づき合う「資質理解」のパターン・ランゲージを作成する予定です。これからもナラティブベースは、リモートでも強くつながる企業カルチャーをつくり続けます。