迷う私を変えてくれた。インド人の彼女が歩む「女性としての生き方」

▲27歳くらいがキャリアバランスの分岐点なんだろうな、と思っていました

大学を卒業して、仕事をして、27歳で結婚して、30歳で子どもを産んで──本当に漠然とですけど、自分の人生にそんなイメージを持っていました。実際に会社の先輩たちがそのくらいで結婚されている様子を見て、納得というか、このタイミングがいいんだろうなって。

だから、25歳くらいのとき、ふっと焦りました。

「あと2年で結婚、あと5年で出産?」

「あれ……私、まだまだ挑戦したいことがあるんだけど、キャリアアップとか、転職とか、どんなタイミングでしたらいいんだろう?

「仕事は楽しいし、女・男関係なく、社会人として戦いたい。でも、ガムシャラに働き続ける状況で、結婚・出産はできるの?」 

全部理想で、全部手に入らない、そんなものを追い求めているような、途方もない気持ちになりました。そもそも予定があるようなないような……(笑)。

だから、友達の考えを聞いてみたり、会社の先輩に相談してみたり、いろいろなワークライフバランスを聞いてみたりしながら、自分に合う形を探して、もがいていました。

でも一番しっくりきたのは、日本で働いているインド人の友人と話したとき。当時の彼女は、日本語でのコミュニケーションがスムーズではなかったのに、日本人が中心のボランティアに参加するほど社会貢献意識も高く、私と出会ったときは、日本の大学院で博士課程の研究をしていました。

今では日本企業で研究職として、バリバリ働いているんです。

今でこそ女性の社会進出が盛んなインドですが、歴史的に男尊女卑の文化的背景もあります。それでも、異国の地でキャリアを追求する友人。

そんな彼女と話している時間はとても刺激的でした。

反面、恋愛しているときはずっとその話が中心で、それはお互いさまだったりするんですけどね(笑)。

勉強熱心でキャリアへの意識も高くて、私よりもずっと先を行く彼女と会って話すうちに、私も自分のキャリアを追求したい、挑戦したいと思うようになっていました。

社会貢献とグローバルを軸に。キャリアとやりたいことの両立をめざして

▲前職を辞める際に、先輩や同僚が書いてくれた寄せ書き。温かく送り出してくれて嬉しかったなあ

それまでの私は、キャリア志向よりは、人のためになることや社会貢献がしたいタイプでした。

幼少期に、福祉施設と関わる機会がよくあったことから、「“生きづらい”と感じている人がこんなにもいるなんて……どうしたらもっと暮らしやすい社会になるんだろう」と、自然と考えるようになっていました。

自分にできることを考えて、いろいろなボランティアに励みました。また、人の役に立つ資格を取るのもいいなと思い、メンタルケア心理士、老犬介護士、食生活アドバイザーなどの資格を取って、29歳で国家資格であるキャリアコンサルタントも取得。

さらに英語や海外にも興味があったので、小学校から英会話をスタート、大学時代に半年間海外留学し、TOEICも875点を取りました。

昔から何かを始めたら最後までちゃんとやり通したいタイプで、勉強を始めたらトコトン机に向かうんです。

「まじめだね」って言われることも多いんですけど、要領がよくない自分自身を自覚しているからこそ、キッチリやらなきゃ!って思うんです。

だからこそ、ここまでやれたんだと思います。

新卒で入社した会社は福祉的側面が比較的あるところで、十分にやりがいを感じていました。社員のみなさんの勤続年数が長い会社で、安定して働ける環境でした。

ただ、社会貢献はもちろん、グローバルなことに関わって何か還元をしている実感をやっぱり持ちたくて、仕事が休みの日はボランティア活動にいそしんでいました。

一度、語学学校で外国籍の方に日本語を教えるボランティアをやったときに、“日本に住みたい、働きたい”と望みながらも、外国籍の方々の受け入れ体制が不十分な日本では、思うような就労が実現しないという方々に出会って。そこでハッとしたんです。

これこそ私がやりたいことだし、これまで力を入れてきたことが生かせるのかもしれない、仕事としてやってみたい!気持ちが大きく動きました。

キャリアとやりたいことの両立を実現に、踏み出した一歩でした。

3年後、どうなりたい?──27歳の私の答えが今ここにある

▲いつも刺激をくれるインド人の友人。当時はよく、ボランティア後に終電まで女子トークしてました

27歳で転職活動をスタートして、やりたいことにヒットする企業を20社ほどリストアップしました。その中で、バイリンガル・グローバル人材採用に特化したヒューマングローバルタレントは、仕事内容、社風とも、自分に合っていると思いましたね。

入社の決め手になったのは、面接の場で「3年後、どうなりたい?」と質問されたこと。

想定していなかったので少し驚きながらも、それまで考えてきていた自分の答えがスラスラと出たんです。

答えた内容は、今でもしっかり覚えています。

「リーダーかマネージャーになりたいです。それは人の上に立ちたいという理由ではなく、これまでの経験で身に付けてきたことを組織に還元することで、よりお客様に提供できる価値を大きくしていけると思うからです。あともうひとつ、“生きづらさ”を感じている人を少しでも減らしたいと、考えています」

あの面接から、ちょうど3年。

今はジュニアマネージャーとして働いているので、当時なりたかった自分のひとつは実現しつつあります。

あとひとつ、就労を通した社会貢献に、日本人の方やスキルを持った外国籍の方のキャリアを実現することは、できている自負もあります。でも、本当に就労に困っている方へのアプローチとなると、ミッドキャリアの人材紹介という形では難しい。

ただ、それはこれまで通りボランティアを通して実現させていけばいいことで、すべてを仕事の中に置かなくていい──そう考えてからは、日本で自立しながら暮らしたい難民に日本語の学習支援や就業支援などを行うボランティア団体に参加して、積極的に活動をしています。

“ワークライフブレンド” ──やっと見つけた、私のスタンス

▲私が身につけたことは、誰かに還元されて初めて価値になると思っています

25~27歳くらいのころにキャリアを模索していたのは、目指すロールモデルを見つけられなかったからなのかもしれません。

今は、ロールモデルを追い求めるのではなく、自分がロールモデルになればいいという気持ちに変化しました。 

キャリアをトコトン追求したり、ワークライフバランス重視だったりと、スタンスはいろいろあると思います。ただ、仕事重視でプライベートを犠牲にするとか、仕事は諦めるといった、究極の選択をしなくてもいいんです。 

私のように、本業と並行してボランティアをしたり、本業をきっかけに興味を持った資格を取得して別のことに生かしたりする道もあります。仕事とプライベートをブレンドして自分の好きなことをやる“ワークライフブレンド”だってアリだと思うんです。キャリアコンサルタントの資格取得時に学んだこの考え方が、今の私の礎になっているんですよね。

「忙しすぎじゃない?」なんて言われることもありますが、学生時代も勉強、部活、アルバイト、3つくらい掛け持ちしながら生活していて、それが私のちょうどいいバランスだなって思っていたんです。

それが今は、仕事、ボランティア、資格取得や趣味、という3つになっているだけ。だから忙しいというより、充実しているという感覚です。 

これまでは肩肘張って考えていた結婚に関しても、家族ができたら、それもまた自分のバランスのひとつになってくれるだろうなって、自然に考えられるようにもなりました。 

そうそう、私の働き方に対して、「宮本さんみたいになりたい」って言ってもらったことがあるんです。そのときは、「そんなことないですよ」って謙遜したんですけど、今なら胸を張って言えます。

「多くの人に宮本さんみたいになりたいと思ってもらえるように歩んでいきたい」って。


すべての人が自分らしさをみつけ、いきいきできる社会をつくりたい。
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