医療の現場を経て、28歳で大学に編入。叶えたかった医療機器開発の夢

▲専門学校時代の福井

福井のキャリアは、専門学校を卒業し、病院の臨床工学士としてスタートします。そのきっかけとなったのは、福井が小学校の時に祖父が入院したことでした。

福井 「祖父は最期、たくさんの機械を体につけられた状態だったのですが、その際に目にした医療機器や、それらを扱う医師や看護師の様子が子ども心にとても印象に残っていたんです。それから段々と人間の体の構造などについて興味を持つようになりました」

高校を卒業した福井は、医療系の専門学校に進学します。卒業後は、臨床工学技士として病院で透析治療に従事。透析治療に携わるうちに、医療機器そのものへの興味が湧いてきました。

福井 「透析治療は透析器(以下、ダイアライザー)とポンプなどを備えた機械で行うのですが、透析治療は一生続くので、ダイアライザーの膜性能が患者さんの状態に大きく影響を及ぼします。しかし、開発当初のダイアライザーの性能は現在より低く、その頃から数十年と透析治療を行なってきた患者さんは合併症を発症したり、短命であったりと予後が悪いんです。

その一方で、最新のダイアライザーになってから透析を開始した患者さんの方がやはり状態はいい。こうしたダイアライザーの性能そのものが患者さんの人生を大きく左右することを目の当たりにして、医療機器の性能に興味を持つようになりました」

性能を左右する膜の構造をもっと理解したいと思いはじめた福井。専門的な知識を得るために、大学進学を考えるようになりました。しかし、その時、福井はすでに28歳。技士としての仕事も安定しており、半ば大学への夢は諦めかけていました。

福井 「その頃、一緒に働いていた仲の良い医師が、末期がんで亡くなったんです。その方が、最期に私に『後悔しないようにやるべきことは全部やって、その後駄目だったら後悔すればいい』という手紙を残してくれて。その言葉に背中を押されて大学に進学しました」

4年制大学工学部に3年次から編入した福井は、旭化成医療材料研究所に所属していた先生に師事。在学時に先生の紹介で、現在の派遣先である医薬品・医療関連会社でインターンを経験しました。

大学卒業後は、同社に入社が決まっていましたが、卒業と同時に結婚。家庭に入ることになり、就職は断念しました。そして妊娠・出産を経て、子育てに追われる日々を過ごすことになります。

未経験の仕事にチャレンジ。周囲のサポートで着実に経験を積み重ねる

子どもが小さい頃は、子育てと家庭の両立を図るべく、24時間営業のスーパーでの深夜勤務など、医療業界とは関わりなく仕事をしていた福井。しかし、医療現場から離れていても、「またいつか、医療に携わりたい」という想いが絶えることはありませんでした。

そして、子どもの手が離れてきたのを機に、手術機器の滅菌消毒業務などの仕事を経て、旭化成アミダスに派遣として登録。 担当者より現在の派遣先を紹介されます。

福井 「面接の時に説明を聞いても、実際の業務がなかなかイメージできなくて。入ってからも業務内容が多岐にわたるので、どこから覚えていいのか、何を質問していいのかもわからず不安でした。でも、みなさん、聞いたら何でも教えてくださるし、とても働きやすい職場なので、少しずつ覚えていくことができました」

2021年現在福井が担当しているのは、医療機器の新規開発や改良の際に行う安全試験や評価、解析や分析方法の検討と、それに伴うレポートの作成です。

福井 「チーム内は、設計する役割と検証する役割に分かれていて、私は検証する役割です。仮説をもとに実験して検証し、その結果をデータとして取る仕事をしています。設計担当者と意見交換しながら、どのような試験が必要かを提案する形で進めています。上司の方々は皆さん気さくで、質問や相談もしやすい環境で助かっています」

開発の現場では医療現場のニーズだけでなく、最新の医療技術や動向に対応していかなければなりません。常に新しい発想が求められ、新しいことにチャレンジしていかなければならない環境に、最初は戸惑いがあったと福井は言います。

しかし、医療の現場で実際に機器を使って透析治療にあたっていた福井の装置を操作した経験は、大きな経験値として現在の仕事にも生かされています。

福井 「私が現場にいた頃よりも、装置はかなり進化していますが、基本操作はあまり変わりません。だから、まったく初めての人よりも慣れています。装置から読み取れる情報──たとえば『静脈圧』などの項目も、聞き慣れないとそれが何なのか、どうしたらいいのかわからないと思うんです。

でも、使ったことがない装置であっても、基本的な測定項目や順序などは過去に操作したことがある機器と一緒なので、初めて扱う方に比べると理解しやすかったと思います。そういう時、現場での経験が生きているのを感じますね」

無駄なことは何もない。今を支える過去の経験

▲大分市美術館「リサ・ラーソン展」にて

現在の職場で働き始めて、2020年で3年が経過した福井。最近では、「現場ではどうだった?」と意見を求められることが増えたと言います。

福井 「開発部ということもあり、理論的なことはよく理解されている方々ばかり。しかし、現場からフィードバックをもらえる機会があまりないのが実情です。そこで、実際現場にいた人でないとわからないような状況を把握するために、当時の話を聞かれることもあります。日常のことでも『参考になる』と言ってくださるので、そんな時には、現場で働いていてよかったなと思います」

福井の医療現場での経験は、他の面でも生かされています。そのうちのひとつが、試験中の気付きや違和感を、しっかりとメモに残しておくことでした。

福井 「試験はチームで話し合って決めた条件のもとに行いますし、思った結果が出ない場合も、どうしてそうなったかはみんなで検討します。しかし実験中に気付いたことや違和感は、その時、その場所にいた人でなければわからないことがほとんど。

後々、それが何かにつながってくることもあるので、気付いたことはメモを取るように心がけています。病院だと、小さな違和感が患者さんの命に直結することが多かったからかもしれません。だから、そういったことが放っておけない感覚が身についているんだと思います」

しかし福井は「もっと小さな変化に気付けるようになりたい」と現状に満足することはありません。

未経験の医療機器の安全性試験と、長年勤めた医療現場の仕事。そのふたつを福井の「医療機器の開発について知りたい」という想いがつなぎ、その一本の線は留まることなく未来へと続いているのです。

また、安全性試験の経験を重ねるうちに、福井にできることも増えてきました。

福井 「試験やデータ取得の後、試験結果の報告をするミーティングがあります。その際に、出た数字からどんなことが想定できるか、意見を求められるんです。最初の頃は答えられませんでしたが、最近では少しずつ自分なりの意見が言えるようになってきました。3年の経験が生かされているんだなと、やりがいを感じています」

おっとりとした雰囲気にも関わらずどんな場面も前向きに捉え、成長の糧としてきている福井。そんなに仕事を頑張れる理由は”好奇心”にあると福井は語ります。

福井 「私は好奇心が旺盛なので、何でも『どうなっているんだろう』『その結果どうなるんだろう』と、とても気になるタイプ。だから、自然と質問をする機会も増え、いろいろなことを教えていただけているのだと思います。

上司や周りの方もとてもいい人なので、『なんでそんなこと聞くの?』と言わずに、気さくに教えてくれる。そんな怖がらずに聞ける、いい環境で働けているからでしょうね」

人生の先輩として、チャレンジし続ける姿が娘にも好影響を

2020年の10月から、福井は無期雇用契約になりました。そしてタイミングを同じくして、長らく福井の上司であった社員が異動となってしまったのです。

福井 「今までは指示に従って実験するケースが多かったのですが、最近ではただ指示を待つのではなく、自分で実験の全体像を考えることも求められるようになりました。今までの働き方ではダメだと感じましたね。

また、周りからも『何か考えられることはありますか?』と聞かれることが増えたので、主体的に提案していけるようになれたらと思っています」

仕事での責任が増え、充実していく一方で、プライベートにもその変化が現れていると福井は話します。

福井 「娘が、『お母さんの時間は好きに使っていい。好きなことをしているお母さんの方がいいよ』と言ってくれるようになりました。私が、家でも仕事のことを話していると楽しそうに見えるようで、娘も『私も、開発の仕事をしたい』と言い始めました。

これまでも、レジ打ちのパートなどをしている姿は見ているはずなのですが、娘がそんなことを言うのは初めて。今は自分が興味を持っていることにチャレンジしているから楽しそうに見えているんだと思います。だから、娘がそんなふうに思ってくれるのはうれしいですね」

ライフステージの変化に伴い、医療機器の開発に携わる道を諦めかけた時もあった福井。しかし、「やってみたい」というチャレンジ精神と学ぶ姿勢で、長年の夢が形を変えて実現しています。その姿は、良き人生の先輩として、お子さんの目にも輝いて映っているに違いありません。

そして、夢を叶えたいと願う人々にとっても、福井の存在は背中を後押しするものとなるでしょう。