「測量」を活かしたこれからのスポーツテック
土木工学出身の技術者である山田貴之。2021年現在、スポーツテックを提供するクロスセンシング株式会社で企画部長として事業全体を任されています。
山田 「なぜ航空測量の会社がスポーツビジネスを?と思われた方もおられるかと思います。測量は空間の3次元情報を取得する技術で、アジア航測は高性能測位技術、ITを活用した3次元情報の可視化、コンサルティングなどを行っています。アジア航測はこのような技術をサービス展開していくこと、ひいてはセンシングイノベーションとして社会に還元していくことを推進しており、その中のひとつが私の所属するクロスセンシングです」
あらゆるチャレンジの形がある中で、クロスセンシング社でチャレンジしているのは、アジア航測では取り組むことのなかったハードウェア開発です。
山田 「開発したハードウェアは人体に装着するウェアラブルデバイスです。スポーツ選手個人に装着し、一人ひとりの走行距離やスプリント回数、体に掛かった負荷などを算出します。これに当社が得意としている高精度測位を合わせて、サッカーやラグビーなど、複数人で行うチームスポーツ向けに、練習や試合の負荷を可視化して分析するサービス『xG-1(ジーワン)』を提供しています」
山田は、「xG-1」はスポーツチームに勝利をもたらすサービスであるといいます。
山田 「チームをマネージメントする側では、選手のパフォーマンスのピークを試合時に持っていくために、練習期間内のトレーニング負荷を管理して怪我の発生を抑えていかなくてはいけません。一方、選手一人ひとりにとっても、今日の自分のパフォーマンスはどうだったのか、振り返る機会にもなります。
さらに、戦術分析に活かせるデータがとれるので、スポーツを生業にしているチームに勝利をもたらすことができるサービスと言うことができます」
アメリカで確信した、スポーツテックの可能性
仕事としてスポーツに携わる山田ですが、自身も小学校2年から大学までサッカーに夢中なスポーツ少年で、いまも趣味としてサッカーを楽しんでいるといいます。それほどまでに大好きなサッカーですが、とある違和感を感じていたと過去を振り返ります。
山田 「試合や紅白戦をするに当たって、レギュラー決めや対戦相手のマッチアップに対するデータが全くないんです。データに基づく根拠がなく、監督やコーチの主観のみで判断されていました」
そんな違和感を抱えながらも、サッカーを続けていた山田。そのモヤモヤを解消する足掛かりになったのが、アジア航測への入社でした。
山田 「学生の時は土木工学を学び、都市防災計画に関連する地滑りのハザードマップを作成する研究をしていました。この経験を活かして防災の仕事がしたいとアジア航測に入社。入社後はシステム開発に配属され、空間データを扱う技術やツール開発の際にパソコンやITに関する知識が必要になってくるため、そこから勉強しはじめました。諸先輩方のOJTや業務経験を経て、様々な空間データが搭載・分析可能な行政支援システム(ALANDIS)の開発に従事していくことになっていきます」
空間データを扱う基本のソフトウェアは海外製のものが多く、日本の仕様やニーズにあわせたカスタマイズをするためには、開発元とコミュニケーションを取っていく必要がありました。ソフトウェア開発元である米国に長期滞在し問題を解決することや、出張で行き来しているうちに山田に転機が訪れました。
山田 「アメリカでは友達もおらず、交流のきっかけを掴むとしたら、野球や自転車といったスポーツでした。トライアスロンのサークルに入ってみたところ、ランニングや自転車の記録を共有し、みんな楽しそうにコミュニケーションしていたんです。日本でも同じようなものがあるのですが、アメリカではすごいビジネスになっていました。
位置情報付きのライフログは、トップビジネスになると思ってはいたのですが、アメリカでの実体験を通じて確信しましたね。日本のサービスや製品は、とても高精度・高精細で、これはアメリカから見ると、とても魅力的です。アメリカから日本を見たときに、すごくもったいないなと思いましたね」
自社の高精度測位技術を通して何かビジネスができないだろうか──山田が新たなビジネスに思いを馳せている頃、日本のアジア航測では「ベンチャー共創室」が創設されることが決まりました。
山田 「ベンチャー共創室は今の事業とは切り離して、新規ビジネスにチャレンジする組織です。ちょうど創設のタイミングで帰国したので、『おかしな奴が帰ってきたぞ』とそのままそこに受け入れられました(笑)。私としては夢をぶつけてみるチャンスをもらえた形です」
未経験・専門外の困難、そしてトラブルを乗り越えてたどり着いたローンチ
「xG-1」が発表されたのは、2020年12月1日。2017年に事業化にむけたプロジェクトを開始してからサービスローンチまで、実に3年かかりました。
新たなチャレンジに失敗は付き物。とはいえそれだけの歳月が必要だったのは、経験不足が大きな理由だと山田は語ります。
山田 「アジア航測では量産化までのハードウェア開発の経験がなかったことから、想定以上に時間がかかってしまいました。また、私はエンジニア気質で、ビジネスづくりが専門ではなかったことも理由の一つです。ビジネスモデルやサプライチェーンからアフターサービスなどの構築にも1年ぐらいかかりましたね。くわえて新型コロナの影響で、海外の製造工場が止まったり、ハードウェア試験が全部ストップしてしまったりということもありました」
関西大学・ミズノ・アジア航測の共同研究開発で一気に加速したこのプロジェクト。
リリースまでどのような道のりを歩んできたのでしょうか。
山田 「私たちだけでは出来ないので外部の力も貸していただきました。関西大学にちょうど情報工学に長けた教授がいらして、スポーツ情報工学にも着目をされていました。また、ミズノの研究開発部にも協力してもらい、その3者で経済産業省が主導するIoT推進ラボにプロジェクトで応募して、ファイナリストとして採用され、助成金をいただきつつ一緒に開発をしていきました。
また、社内にはソフトウェアエンジニアしかいなかったため、ベンチャー共創室でハードウェアのエンジニアを採用し、新たなメンバーを加えていきました。ベンチャー気質なメンバーとプロジェクトを進めていく中で『やっていきながらトライして、ダメだったら次』というこれまで社内になかった気風ができあがりました」
「測りつくす」──センシングし、そこからイノベーションを起こす、ということが会社のビジョンにもつながっているため、その点はボードメンバーの合意を得るには最適でした。
山田 「もともと当社はグローバリゼーションを推進しているため、『世界に発信できるようなサービスを作っていく』というビジョンもあります。xG-1も将来的に海外展開できるサービスですから、何とか成功させたいと考えています。
この分野で先行している海外製の商品はありますが、ものすごく高額で育成層やコンシューマには手が届きません。一方、コンシューマ向けに安価なデバイスもあるのですが、データをとって終わりで、分析が次の改善につながらない。そのような課題があるため、そこを埋めることのできるような仕組みを構築出来たらといいなと思っています。できるだけ安価に高精度なデータ・高付加価値サービスを提供したいですね」
その目はすでに次の市場を見据える──夢と能力の融合
山田はアメリカに行ってから、「自分のやりたいことで人生設計を立てていきたい」という思考に変わったといいます。
実際、今所属している環境を基盤にしつつ、社会に対して何ができるかということを考え、自分の好きなことと、会社のコアコンピタンスを融合してできる事業を探していったのが現在の形になっています。
山田 「何かを成し遂げるためにはいろいろな苦労もありますが、自分の夢や、やり遂げたい目標があれば、自身の軸はぶれませんし、どんな困難に向き合ったとしても自分を信じてまっすぐに進めると思っているんです。そういった意味では、過去のスポーツ経験からメンタル面が鍛えられているのかもしれません(笑)」
今後は、スポーツの分野でまず実績を作りたいという山田。今のターゲットがサッカーやラグビー、アメリカンフットボールといったフィールドスポーツですが、バスケットボールや野球といったところに横展開できれば、ビジネスとして広がるとも考えています。
山田 「特許技術も含まれているシステムですし、スポーツ以外の用途でも使えるのではないだろうかと模索しています。具体的には、今回作ったウェアラブルデバイスを建設現場の作業員さんが付けて、作業工数や作業負荷を算出し、可視化することで、生産性向上を図るものです。これは国土交通省の建設施工現場におけるデータ試行プロジェクトで実施しました。
このような建設市場においても、生体情報の可視化のニーズがあり、安心・安全につながる建設情報管理システムとして応用することは、ビジネスにつながると思っています。今後も開発した成果やビジネスアイデアはどんどん社会に提案して、新事業開発にむけてチャレンジしていきたいですね。そして、日本が世界で勝ち残っていくためのサービスを作り続けていきたいと思っています」
日本に居ると視野が狭まってしまい、発想が日本国内だけに留まるのはもったいない──山田は世界に発信してビジネスすることで、世界の中での日本の位置づけが変わっていくと信じ、新たなチャレンジに取り組み続けます。