コミュニケーション能力が磨かれた、プロモーターとしてのキャリアスタート

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▲ミュージッククリエイティブ本部ライブ制作部3G・松尾 晃。レコード会社のA&Rってよく聞きますが、具体的にはどんな仕事なのでしょうか

動画投稿サイトやアプリなどインターネットを中心に活躍するアーティストが多く所属する、ミュージッククリエイティブ本部ライブ制作部3G。豊富な経験を活かし、それぞれの個性を重んじながら時代に合った施策を練ってアーティストをよりいっそう輝かせる人物が、そこにはいます。A&Rの松尾 晃です。高校時代にバンドを組んだことで彼の人生は大きく変わりました。

松尾 「幼いころ『機動戦士ガンダム』シリーズの主題歌ばっかり聴いていた僕は、やがてTM NETWORKや渡辺 美里にはまり、小学6年生になると友達の影響でビートルズを聴くようになりました。もともと音楽が好きだったんですよね。高校生になるとバンド全盛期だったこともあり、モテたいという気持ちもあり(笑)、ハードロックバンドを組みました。

ただ学校内のヒエラルキーでトップ層から順に、絶対的なカリスマ性を持つ人はボーカルを、人気者はギターを、こだわりの強い人はドラムを選んで、僕みたいに流れに乗ろうかなくらいの余り者はベースを担当することになるんですよね(笑)。

でもベースを始めてみたらすごく楽しかったんです。今のA&Rの仕事にも通ずるような、前に出すぎず後ろに引きすぎずという立ち位置が自分の性分に合っていたんでしょうね。大学に入ると音楽サークルでヘヴィメタバンドを組んで部長も務めました」 

一方で経済学部経営学科での学びも今の仕事に活きているといいます。 

松尾 「中学生くらいから簡単なプログラミングにハマっていたこともあり、大学では、当時もう30年近く前ですが、まだ数少なかったパソコン実習のあるゼミを選んで経営数学や統計学なんかを学びました。プログラマーみたいなスキルはないですが、50歳手前になった今も部下にパソコンのことを聞かれたりしますからね。自分でもよく頑張っている方だと思います(笑)」 

実り多い大学生活を送る中で、やがて芽生えたのは「音楽業界を目指したい」という想いでした。 

松尾 「音楽サークルには入っていても、当時僕の通っていた大学には音楽業界に進んだOBはいなかったので、なんのツテもなく、ちょうど就職氷河期でそもそも募集を行っていない会社も多かったのですが、運よく某音楽レコード制作&アーティストマネジメント会社に就職できたんですよ。

最初に任されたのはアーティストのマネージャー。我ながら全然仕事ができず(苦笑)、1年で宣伝部署に異動になりました。でもそこでプロモーターの仕事が自分にすごく合っているな、と思えたんです。テレビ局やラジオ局などの現場で他社のプロモーターと情報交換をするうちにいろいろな人と仲良くなり、初就職から4年半後、そんなプロモーターの紹介でポニーキャニオンの門を叩きました」

柔軟性を見込まれ異例のキャリアを積むことに

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▲ソーシャルメディアなどデジタルにも通じているのでキャンペーン方法など尋ねられることもしばしば。お世話になってます(笑)

「音楽業界だと制作ディレクターを目指す人が多い中、アーティストのサポートと制作のサポート、そのちょうど真ん中に位置するアーティスト担当に興味があった」という松尾は「アーティスト担当になる」というキャリアプランを描き、心機一転、2001年よりポニーキャニオンで働くことに。しかし、アーティスト担当になるまで7年の歳月を要しました。 

松尾 「前職の経験を踏まえ、まずは音楽事業本部でJ-POPアーティストのプロモーターを任され、5年間で契約社員から正社員になり、そろそろアーティスト担当になれるんじゃないか、と期待していた矢先に決まった異動先は、当時新設されたばかりのクロスメディア事業本部(現アニメクリエイティブ本部の前身)。アニメや声優アーティストを扱う部署です。任命されたのは、アニメの宣伝プランニングと宣伝プロモーション部署の立ち上げでした。

でも、この異動が自分にとってターニングポイントになったんです。馴染みのあるJ-POPとは違うアニメ畑で、同じ宣伝でも価値観の違いがおもしろくて、新しい世界が開けたというか。きれいごとじゃなくすべての経験は無駄にならないんだな、とつくづく思います」 

クロスメディア事業本部で2年過ごしたのち、音楽事業本部に異動し、ついに念願のアーティスト担当に。最初に受け持ったのは、阿部 真央渡り廊下走り隊 、LM.C。気鋭のシンガーソングライター、一大ブームを巻き起こしたアイドル、ヴィジュアル系ユニットと、ジャンルの異なる3組を一気に手がけることになりました。 

松尾 「阿部 真央と渡り廊下走り隊は、デビュー日が1週間しか違わず、それはもう目が回る忙しさだけでなく、尋常じゃないプレッシャーがありました。デビュー前から関わった阿部 真央のズバ抜けた歌唱力や刺々しい感性に衝撃を受けたり、アイドルをまったく知らないまま担当した渡り廊下走り隊はいきなりランキング上位をとってしまったり。プランニングはもちろん、自分の人生で未経験の握手会の運営など、振り返るとものすごく刺激的な日々でした。そんな経験というか振り幅、なかなかないですよね(笑)」 

A&Rとして順調に歩んでいた松尾ですが、その後音楽畑もアニメ畑も熟知していることを買われ、プロモーターとして音楽事業本部とアニメ事業本部を行き来することに。その後ジャンルに関係なくプロモーション部門をひとつにするために再編されたプロモーションDiv.でもプロモーターに。 

松尾 「再度アニメ事業本部に戻り、また音楽事業本部に戻って。音楽畑とアニメ畑を“反復横跳び”するって、少なくともポニーキャニオンには他になかなかいないと思います(笑)。 プロモーションDiv.で音楽、アニメ、映像の宣伝を一括で行っていた時期は、全く違う会社かと思えるくらい、資料の作り方一つにしても、もちろん宣伝方法、コンテンツの成り立ちだけでなく、事業本部の宣伝に対する文化も全然違うので、一括で担当するのは正直言って死ぬほど大変でした(苦笑)。

でも、おかげで全部署の人と顔見知りになれたし、たとえば音楽部署では外側からしか見えなかったアニメタイアップの仕組みや仕掛け方がわかりました。今は音楽、アニメに加えて映像の宣伝も経験した僕が、各事業部をつなぐHUBになれているはず、という自負もあります」

大事なのは好奇心を持ち、潮流を読み、学びを怠らないこと

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▲アイドル・バンド・シンガーソングライター、新人からビッグネームまで、30組以上のアーティストを担当。J-POP、アニメ、映像、ポニーキャニオンの宣伝ジャンルもひと通り経験した

その後アナログからデジタルへ、パッケージから配信へ。変化の大きな波が押し寄せる中で、歌い手やボカロP、TikTokerといったインターネット発のアーティストを主に扱うETクリエイティブ本部へと異動になった松尾は、カルチャーショックを受けます。 

松尾 「誰もが知るJ-POPアーティストではないのに、SNSのフォロワーが何十万人もいる。それまで、『デビュー1年後までにはフォロワー1万人を目指そう』とかって言っていた自分はなんだったのか、ということになるわけですよ(笑)。

しかも、彼らはマネージメントもないにもかかわらず、それぞれにしっかりと自己プロデュースやブランディングができていますからね。事務所が育てて売り出すという、それまでの当たり前が通じない新しい世界を知った最初のころは、とにかく驚きの連続でした」 

しかし、どんな世界にも躊躇なく飛び込み、馴染んでしまうのが松尾のすごいところ。郷に入れば郷に従い、さらには自らの経験や感性を活かして発想し提案をする、それが彼の流儀です。 

松尾 「初めてアニメの部署に行ったときもそうだったけど、抵抗感みたいなものはなかったんです。知らない世界だからこそ刺激的だし、そこで積み重ねる経験も知識もかけがえのない財産。そういう姿勢でいると、相手も受け容れてくれるんです。時代や状況に合わせていける柔軟さは自分の武器だと思っています」

その柔軟さや貪欲さの根底にあるものは何なのでしょうか。 

松尾 「それはきっと好奇心なんでしょうね。どこであっても飛び込んでみたら必ず楽しい見つけものがある。そういう貴重な出会いの可能性をより広げるためにも、イラストレーターやフォトショップ、動画編集ソフトや、VJソフトなどについても自分なりに学び続けているし、インターネット・SNS広告とかも広告代理店任せにしないで、自分でもいろいろ試しています。ちょっとでも気を抜いたら取り残されるぞ、という危機感もあるんです。

昔はこの業界で10年生き残ったら大したもので、実際に自分も10年目を迎えた時、ひとりで祝杯を挙げたりもしましたけど(笑)。今は1年後、2年後の潮流を読むのも難しいです。どんなアーティストでもどんなジャンルでも、なんでもござれ!な好奇心はこれからも持ち続けていきたいし、一生勉強だぞ、と肝に銘じています」 

アーティスト担当の仕事は、大変なことも含めてとにかくおもしろい

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▲“ドM”“部署間の反復横跳び”“みんなのAD”次々と印象的なフレーズが飛び出す。そのたびに笑いが溢れる取材現場でした

「モットーはみんなのAD、アシスタントディレクターです」と笑顔を見せる松尾。2022年8月現在はミュージッククリエイティブ本部ライブ制作部3Gにて、GARNiDELiA (ガルニデリア)宮下 遊うじたまいHinano といった新世代のきらめく才能を、アーティスト担当として全力でサポートしています。 

松尾 「アニメの部署にいたときに、とあるイベントライブでデビューしたばかりのGARNiDELiAのステージを観て、『このユニットは歌もサウンドも衣装コンセプトもすごい!』と感動したんですよ。移籍の話を耳にした時は真っ先にアー担として手を挙げました」 

GARNiDELiAは2021年にポニーキャニオンに移籍。2022年6月22日には、ボーカル・MARiA(メイリア)の2ndソロアルバム『Moments』 がリリースされました。

松尾 「GARNiDELiAは中国でもブレイクしていて、中国のソーシャルメディア・Weiboの個人アカウントは270万人以上のフォロワーがいるんです。コロナ禍があけて、現地でライブを開催できる日のための仕込みを着々と進めています。GARNiDELiAで作曲、編曲、プログラミングを担当するtokuは、楽器オタクなだけでなく、自分で新しいライブ演出のシステムを作ってしまうほどの機材マニア。

TikTokerのうじたまいは、作詞・作曲だけでなくイラスト、コスプレ、ダンス振付、映像編集までアプリを駆使して自分で手がけてしまうんですよ。そういうマルチな才能を持っている人がもう当たり前のようにいて、それを支えるアプリやツールも日々進化している。才能だけでなくどんどん多機能になるアーティストに関わっていくためには、僕たちレコード会社の人間もどんどん学んで進化していかないといけないな、と痛感していたりもします」 

絶え間なく押し寄せる変革の波に、ひるんでしまう瞬間はないのでしょうか。 

松尾 「僕はきっと“ドM”なんでしょうね(笑)。新しい出会いや挑戦、難題を前にしても、恐れよりワクワク感のほうが勝ってしまうんです。

この仕事で扱う商品は『アーティストという意志を持っている人』そして、『商品であるが文化的作品』であるということ。時代がどう変わろうとそれは変わらないし、それぞれの想いに寄り添って、時にぶつかって、一緒に新しいなにかを生み出すことができるのは、アーティスト担当の醍醐味だと思います」 

音楽業界やアーティスト担当に興味を持つ若者に、松尾はどんな言葉を送るのでしょうか。 

松尾 「この業界は才能(Talent)あふれる人たちがたくさんいるので、その才能はもちろん、好き嫌いに関わらず自分の関わる仕事の全てに好奇心を持ち続けることができるのなら、絶対楽しくて一生の仕事になります。

もしこの業界やアーティスト担当を目指すなら、こんな作品やアーティストの未来をどう描くかというビジョンを明確に持っておくといいんじゃないかな。傍から見るほど華やかな世界じゃないし、仕事の9割は泥臭かったりもしますけど、自分の手がけた作品やアーティストが今や日本だけじゃなく世界の人々を楽しませたり、驚かせたりすることで輝く場にいられる。昔と違って、今はそういう反応を数字で可視化できるわけですからね。こんなにおもしろい仕事、他にはなかなかないですよ」 

アーティストとそれぞれの作品に真摯に向き合い、能動的に行動する松尾は、好奇心の赴くままに、これからもさまざまな才能開花をサポートしていきます。