とあるきっかけから、内定を辞退し大学院で知的財産法を学ぶことに

▲アニメクリエイティブ本部ACプロデュース1部チーフプロデューサー・伊藤 裕史。映画のアフレコ中@ポニーキャニオンエンタープライズにお邪魔して取材した

『東京リベンジャーズ』 『オッドタクシー』という、2021年を代表するヒットアニメのプロデューサーである伊藤 裕史。彼が最初に目指したのは、玩具メーカーでした。 

伊藤 「小さいころからおもちゃが好きだったので、大学生になっていざ就活を始めたときも、玩具メーカーに入りたい、と漠然と思っていて。実は、玩具流通をはじめ、映像音楽、ビデオゲーム、アミューズメント商品を取り扱う某総合エンターテイメントの会社から内定をいただいていました」 

ところが、最終面接のある出来事がきっかけで、伊藤は思いきった行動に出ることになります。 

伊藤 「僕は日本大学法学部出身なんですけど、その某総合エンターテイメント会社の現会長で当時社長だったNさんに、『今どんな勉強をしているの?』って聞かれて、実は当時たいして勉強はしていなかったものの『知的財産法の勉強をしています』って咄嗟に答えたんですね。すると、Nさんが『日大って知的財産権に強いよね』とおっしゃって。偶然にもその日に、それまであまり出席したことのなかった著作権法の講義で次年度から大学院に知的財産コースが新設されるということを知ったんです。で直感的に、“大学院に進もう!”と思い立ち、約3か月後の8月には試験を受けました」 

結果は、合格。幼いころからの夢が叶うはずの内定を辞退して、伊藤は大学院への進学を決めました。そこには少しの躊躇もなかったと言います。 

伊藤 「なんの迷いもなかったですね。OB訪問やゼミの先輩との交流の中で『エンターテイメント業界では権利関係の知識がある人が少ないから、そこを強化しておくといいよ』というアドバイスをよく耳にしていたし……。4年間の大学生活では麻雀、飲み会に明け暮れていたので(笑)。逆に大学院でちゃんと知的財産法を学んでみたい、という気持ちが勝ったんですよ。
実際、大学院に入ってからは朝から晩まで研究して、レポートを仕上げて、ディベート、教授との飲み会を繰り返した大学院での2年間は、すごく内容が濃かったし、有意義な時間でした。一歩を踏み出すきっかけを作っていただいたNさんには本当に感謝しています」 

大学院卒業後、伊藤は「その当時は社名さえ知らなかった」というポニーキャニオンへ入社することとなります。まるで、運命に導かれるように。 

伊藤 「大学時代の先輩が勤めていた某テレビ局を受けたんですけど、落ちてしまいまして。その先輩に勧められて次に受けたのが、ポニーキャニオンだったんです。特に音楽が大好きなわけでもないし、アーティストのライブに足を運んだこともなく、なんの戦略も野望もなく(笑)。受かったのも運がよかっただけです」

赴任先の名古屋で人脈を広げ、まさかのラジオパーソナリティデビュー

▲エピソード満載のキャリアの話は取材予定時間を30分以上オーバーしても聞き足りないほど。ちなみに伊藤のキャップとトレーナーは「ODD TAXI」で企画したグッズだ

ポニーキャニオンに入社後、最初に配属されたのは営業本部名古屋営業所でした。物怖じしない伊藤は、慣れない土地であっても公私ともに充実した日々を送ることになります。 

伊藤 「知らない土地に行ける、新しい経験ができるっていうことでめちゃくちゃワクワクして名古屋に行きました。不安はいっさいなく、当時の上司に『おまえは新人っぽくないな』と言われたくらいで(笑)。レンタル店の仕入れをお手伝いするというレンタル営業の仕事から始まったんですけど、仕事が終った後は先輩たちと麻雀店に行くか飲みに行くかの毎日でしたね。ここで、無駄に思えた大学時代の麻雀漬け生活が役立つことになるわけです(笑)。
名古屋でできた人脈で、名古屋のフットサルチーム2つとサッカーチームに入って、休日は大会に出たり、商社はじめさまざまな職種の人たちと一緒にゴルフに行ったり。いろいろな働き方や生き方を知る、いい機会にもなりました」

その後、名古屋の書店やヴィレッジヴァンガード、家電量販店など、非CDショップに商品を置いてもらうように交渉する、セル商品の営業を担当するようになった伊藤。思いがけない展開が彼を待っていました。 

伊藤 「ジブリ作品の『ゲド戦記』のパッケージの営業をする際、『なんでもします!』って言っていたら……福井県のローカルラジオで番組を持っているお店の方に、『じゃあうちのラジオでしゃべってよ』と頼まれまして。月1回、僕がその番組でレギュラーMCを務めさせていただくことになったんです」 

『オッドタクシー』の魅力を深掘りするWEBラジオ『ODDTAXI RADIO~今いい感じなんです~』(YouTubeチャンネル『オッドタクシーOfficial』で配信中)では、P.I.C.S.の平賀プロデューサーとともにパーソナリティとして出演中の伊藤。若き日に磨いたトーク力が、活きているのです。 

伊藤 「レコード会社の社員でそれもまだ若造の僕が、なかなかできない経験をさせていただけたのは提案してくださったお店の方と理解ある上司のおかげ。今でもありがたく思っています。あとは福井では美味しい海の幸が食べられる、という下心もあって(笑)。いやぁ、本当に楽しい2年間でした」 

「ずっとここにいたい、と思うほど」名古屋になじんでいた伊藤ですが、東京本社の映像マーケティング部に異動し、さらには法学部卒、知的財産コース修了という経歴を買われ、法務部での仕事も兼務することになります。 

伊藤 「3月に映像マーケティング部に異動して、翌月には平行して法務部の仕事もするようになりました。兼務したのは1年だけだったんですけど、18時くらいまでに販促やマーケティングの仕事をして、それ以降に法務の仕事をこなさなきゃいけないわけで、名古屋時代は仕事を終えた後は麻雀をしていたので、販売促進と法務の兼務で全く違う仕事の指導を受ける日々はなかなか大変でした(苦笑)」 

その難局を乗り切るには、彼ならではの秘策がありました。 

伊藤 「まずは人を攻略する、ということですね(笑)。右も左もわからず同じお叱りを受けるなら、いっそすぐそばで怒られながら仕事を覚えてしまおう、と。僕の持論は、テコでも動かないなら動くまですぐそばで待つ、長い目で見て“ラク”をするためには“目先の苦労”をとるべきだ、なので」

手強い相手こそ、逃げずに懐に入る。これが、伊藤の強みなのです。また、「販売促進では制作プロデューサーと営業の間に立って仕事をするのが楽しかったし、管理する部署=法務部の人間としての立場がわかったことで視野が広がった」とも言う彼は、「無駄な経験などひとつもない」ということをつくづく感じています。 

伊藤 「それに、ポニーキャニオンはアットホームな雰囲気で。もちろんルールはありますが、若い僕が少し生意気なことを言っても温かく見守ってくれる(笑)。伸び伸び仕事ができるとチャレンジができるし、その結果成長もできる。僕にとっては居心地のいい会社です」

夢を叶え、ヒットを連発。絶対に勝つ!という強い意志

▲ポニーキャニオンエンタープライズのエミュレーションルームにて。左:小戸川とポーズ、右:エミュレーションとはBDソフトの動作などの確認をする作業

映像マーケティング部で販売促進業務に携わった4年間。ミリオンセラーが当たり前な時代から、商品を売るためには何かを仕掛けなければいけない時代へと移り変わる中で、彼ならではの型破りな発想と行動力があるヒットを生むことになります。 

伊藤 「ある大きなアニメの映画作品をポニーキャニオンでやることになり、本来は当時あった映画マーケティング部が手がける作品だったのですが、それまでアニメ作品に携わっていた僕が販促をやることになりました。しかもそのアニメ作品は、それまで長年他の大手の2社がずっと支えてきていたのですが、そこにいきなりポニーキャニオンが関わることになったわけです。
既に出来上がっている座組に新規に入っていく立場でできることは何なのか、をまず考えました。ここで役立つのが、大学時代にさんざん任されていた飲み会の幹事経験なんです(笑)。僕がセッティングをして、各社の担当者と何度も会食をすることを考えました。打ち合わせだけでなく、何度も食事をすることで戦友のような絆が芽生えて、その席で生まれたアイデアを基に合同でキャンペーンを組めたんです。おかげで予約開始から1週間で目標金額に達しました」 

会社の垣根を越えた、ワンチームとしてのパワー。コミュニケーション能力を武器に大きな手応えを得た伊藤は、その後異動したアニメクリエイティブ本部でプロデューサーとなり、秘かに抱いていた夢を叶えてしまいます。 

伊藤 「プロデューサーになったら手がけてみたいなと思っていたのが、小さいころから好きだったジャンルの作品です。スポーツもの、特撮もの、ヤンキーものの3ジャンルなんですけど、今思うと『ダイヤのA』『ウルトラマンR/B(ルーブ)』『SSSS.GRIDMAN』、『東京リベンジャーズ』と全部夢が叶って、とても運がいいなと思いました。
『ダイヤのA』も『東京リベンジャーズ』も『オッドタクシー』も、結果的には原作の面白さや、クリエイターの皆さん関係各社、役者の皆さんのお陰でヒットしましたが、企画当初はアニメーションビジネスとして未知数な部分もありました。それでもプレッシャーはまったくなく、最初から勝算がみえないものほど燃えるというか、見てろよ、絶対に勝ってやる!って思ってしまうんです。『自分やこのチームでできる最大限のことをやろう』『周りの人を驚かせたい』とか、『あ、やられたな』と思わせたいんです(笑)」 

湧き出るアイデアに加え、反骨心も彼を突き動かしています。ポニーキャニオンのアニメ通販サイト『きゃにめ』立ち上げメンバーでもある伊藤は、アニメファンへダイレクトに情報発信をするだけでなく、サイト限定販売グッズやオリジナル特典などさまざまな施策を講じて『きゃにめ』の認知度と価値を高めることにも成功し、数々の作品をヒットへと導いたのです。

新たな可能性を見出すことができた『オッドタクシー』

▲4月1日(金)全国公開「ODD TAXI イン・ザ・ウッズ」予告動画。企画当初は映画化まで企画が拡がるとは全く思っていなかった……と伊藤は笑う

2021年4月から6月にかけてテレビ放送された『オッドタクシー』(amazon prime videoにて一挙配信中)は、新感覚のミステリーアニメ。さまざまな考察を生む張り巡らされた伏線、衝撃の展開が話題を呼び、アニメファンのみならず幅広い世代を夢中にさせたこの作品を呼び寄せたのも伊藤の直感でした。 

伊藤 「パッと見のポップさと相反するアンダーグラウンドな世界観、ひとくちには説明しがたい作品なのでなかなか話が決まらなかったようでポニーキャニオンに話が来たんです。僕はもう脚本を読んですぐ、これすごく面白いぞ、逆に似たような作品がないジャンルなので可能性があると思い、わりと強引に進めました。僕が今かぶっているオッドタクシー×NEW ERAコラボキャップなんかは自分が欲しいものを作りたいと思い立ってアニメのオンエア前から話を進めましたから(笑)。
あと、サブカルチャーテイスト漂う、通常の深夜アニメのコアファンだけをターゲットにしない『オッドタクシー』がヒットすれば、ポニーキャニオンがまた新しい見られ方をするチャンスにもなる、とも思ったんですよ。僕よりも若い世代のプロデューサーの企画の幅も広がるし、『オッドタクシー』の会社に入りたい、っていう誰かの夢になるかもしれない。それって素敵なことだなって」 

後進のためにも新たな成功例を作り道を切り拓きたい。彼の胸の内にはそんな願いもあったのです。 

YouTubeチャンネル『オッドタクシーOfficial』では、本編でカットされた部分を活かして個性的なキャラクターを掘り下げるオーディオドラマや、WEBラジオ『ODDTAXI RADIO~今いい感じなんです~』を配信。多くのファンの心をつかみ、2021年9月に受付開始した『オッドタクシー』のBlu-ray BOXは受注数が6038セットに到達し、いよいよ2022年4月1日には『映画 オッドタクシー イン・ザ・ウッズ』が劇場公開されます。 

伊藤 「『オッドタクシー』のBlu-ray BOXは、『きゃにめ』内で1SKU(ストックキーピングユニット ※在庫管理における単品単位)として歴代1位の売り上げを誇る作品となりまして、ものすごく達成感がありました。『オッドタクシー』のアニメスタートを発表したのが、2021年1月15日。1年前はここまで作品が盛り上がり映画化までされるなんて想像だにしなかったので感慨深いですよ。
映画『オッドタクシー イン・ザ・ウッズ』
では、衝撃の結末の“その後”が描かれているんですが、予備知識がなくても楽しめる作品です。プロデューサーとしてはエンドロールがあける最後まで見届けてもらったほうが映画を120%楽しんでもらえると思います、ということは言っておきたいです!」 

そして、さまざまな作品に携わってきた伊藤が、プロデューサーとして重んじること、思い描く未来とは。 

伊藤 「いろいろなタイプのプロデューサーがいると思うんですが、僕は作品の中身に関しては基本的に何も言いません。自分は監督もできないし、脚本も書けない、絵コンテも描けないし、ましてや声優も務められないですからね。スタッフ陣、キャストを信頼して、みんなが気持ちよく働ける環境を作ることが僕の役割です。そのためには僕が信用してもらえないといけない。クリエイターが何を望んでいるのかを察し、その望みに応えられるように調整します。応えられないときには理由をきちんと説明するようにしています。
40歳を超え、学生のころに思い描いていた“こうなりたい”という姿にほぼほぼなれていると思える今、僕の部署には才能ある若者たちがいて、それは会社からの“育ててくれよ”というメッセージだと受け取っています。今後は個々の力を伸ばして、業界トップクラスのプロデューサー集団に鍛え上げるぞ、という目標があります」

自分の経験も人脈も、これからはチームのために。若い才能のさらなる開花によって、会社も、エンターテイメントももっと豊かに面白くなる。そう、伊藤は信じています。

協力:株式会社ポニーキャニオンエンタープライズ エミューレーションルーム・会議室・ロビー ありがとうございました。