楽曲を広く届けるためのプランニングを担う「A&R」

▲ミュージッククリエイティブ本部 iS Room 兼 A&R1部 吉野祐治

吉野 「どのアーティストでもそうなんですが、根本にある一番大事なものは楽曲です。素晴らしい楽曲を一人でも多くの人に聴いてもらうためのプロモーションとして、メディアのインタビュー取材に答えたり、時には多くの人が観る音楽番組以外の番組にも出演してもらったり、といったプランニングをしていきます。

ついつい手早く分かりやすいことをしがちですが、リスナーの方にはその曲だけではなく、アーティスト自身のファンになってほしいので、点と点を結ぶように仕事をしたいな、と思っています」 

宣伝において奇抜な仕掛けを施すというよりは、楽曲の良さを真っ直ぐに信じて売り出していく、地道な正攻法。Official髭男dism(以下ヒゲダン)に関しては、彼らとのメジャー契約に漕ぎつけた音楽ディレクターであり先輩・守谷和真https://www.talent-book.jp/PONYCANYON/stories/29044)と二人三脚で、社史に刻まれる大成功へと導きました。 

そんな吉野は、入社後すぐに音楽セクションに配属されたわけではありませんでした。学生時代から音楽好きでバンド活動や楽曲制作の経験があり、大学では現代音楽の研究室に在籍。しかし、エンターテインメント業界に「就職するつもりはなかった」と振り返ります。最初の転機は、大学1年生という早い時期に思わぬ形で訪れました。 

吉野 「入学して1年間、あまり大学に行かずに留年が決まってしまって(笑)。就活はどうしようかな?と考える中、授業で『インターンをしたほうがいい』と勧められたんです。

アニメが好きでよく観ていたので“アニメの仕事をしたいな”と思い、大学2年の終わりから制作会社にインターンとして入りました。そこでアニソンの制作や宣伝、アニメの制作進行などを担当し、結局5年生までバイトとして雇ってもらっていたんです」 

ニューヨークへの半年間の留学も挟み、大学卒業まで働き続けた吉野は、就職先としても「この業界でいいかな」といわば消極的に選択。同業種を何社か受けた中で最終的にポニーキャニオンを選択しました。 

吉野 「“アニメの仕事がしたいな”と思って入社したんですけど、最初に配属されたのは、第一映像事業本部という部署でした。当時は映画とアニメのセクションは別にあって、僕はバラエティーや韓国ドラマの映像作品を扱う部署で宣伝を担当することになりました。

具体的には、メディアの皆さんやユーザーに直接DVDなどのパッケージをプロモーションする業務です。右も左も分からなかったので、日々怒られてばかりで……でも、その最初の2年間で、仕事をする上で大事なことを先輩達に教えてもらいましたし、基礎体力を身に付けることができたと思います」

スポーツゲームを扱う出向先で身に付けた宣伝スキル

▲映像宣伝からスポーツゲームのスタートアップ、そしてA&R。全く違う仕事のようだが……

入社3年目に突入した吉野を待っていたのは、スタートアップベンチャー企業への出向辞令でした。スポーツゲームを開発販売する会社で、当時はAR、VR、eスポーツといった言葉すら浸透していない黎明期。「1年間の”旅″」と吉野が表現する出向期間は、一見音楽から遠いようで、現在の仕事ぶりに繋がるかけがえのない財産となっていくのです。 

吉野 「元々ゲームはすごく好きだったので、『そのプロジェクトには興味があります』とは言ってはいたものの、まさか出向するとは思いませんでした(笑)。僕はプログラミングができるわけではないので、実際の仕事としては、開発されたコンテンツをパッケージにした筐体を遊園地やゲームセンターなどの遊興施設へ営業をかけていくことでした」 

明確なビジョンを持つ気鋭の社長の下、吉野は、コンテンツを販売パッケージに落とし込んだり、筐体を売るにあたっての金額の決定、レンタルで提供するのか購入してもらうかなど、詳細を決めていく、さらに宣伝プランニングをも担っていました。 

吉野 「BtoBとはいえ、実際にコンテンツにユーザーやファンの皆さんが付かないと成り立たないので、ユーザーを増やすためのプロモーションを考えて、宣伝企画として大会を開いたりもしました。ポニーキャニオンの社内リソースとの架け橋にもなりつつ、様々な仕事をさせてもらいました」 

“何事も自分で”というDIY精神旺盛なベンチャーの社風の中、吉野は伸び伸びと成長。宣伝用のパンフレットを作るにも、プロのカメラマンやデザイナーに依頼するところ、吉野は全行程を自力で作業することもありました。

その一方で、販路拡大を求め海外へ渡航する際には惜しみなく予算を投じ、そこで吉野は、音楽や映像作品のルート営業とは真逆の、展覧会での名刺交換を入り口に商談するダイナミックな作法も体得。ビジネスパーソンとしての脚力を強めていきます。 

吉野 「ドバイやフランス、ロス、韓国など、世界各地の展覧会で即売会をして、英語でプレゼンするのも刺激になりました。社員は役員も含めみんな若く30歳前後で波長も合う人たちだったので、楽しく和気藹々と仕事をすることができたんです。ポニーキャニオンはいい意味でも悪い意味でもドメスティックな会社ですが、全く違う会社に1年いたことで視野も広がりましたし、刺激になった1年でした。

『このままうちにおいでよ』と声をかけていただき、僕としても“もうちょっとやりたいな”とも思ったんですけど……同時に、社内でポニーキャニオンにも籍のある兼務出向という形で仕事をしているのは僕1人で、“(ポニーキャニオンから)忘れられているんじゃないか?”みたいな寂しさもありましたね」

A&Rチームへの配属、そしてヒゲダン快進撃のチームの一員に。

▲時折言葉を選びながらも的確に、冗談も交えつつ、実は想像もつかない大変(であるだろう)な現場の話をする……和やかな雰囲気で話がすすむのは天性のものでしょうか

1年の”旅″を終え、吉野が現在の部署へ異動したのは2017年。aikoのA&Rチームに、最初はアシスタントという形で加わることになります。 

吉野 「振り出しに戻ったような感覚でしたね。音楽の仕事をするのは初めてだったし、入社1年目のような意識でがむしゃらに学びながら仕事をしていました。光栄にもポニーキャニオンのフラッグシップアーティストのaikoさんを担当させていただいたんですが、現場でも、考え方や価値観においても、すべてが勉強になるんです。

アーティストブランドをいかに維持し、より多くの人に広めていくか?をプランニングするのがA&Rの仕事で、まずはアシスタントとしてそこを学ぶことができたのは大きかったです」 

後にヒゲダンのA&R・宣伝プランナーも担当。前述のように、ディレクターの守谷とのタッグでメジャーデビュー時から手掛け、社史に燦然と輝く記録を打ち出した立役者の一人。その功績を讃えてもいたって冷静かつ謙虚で、「最も大切なのはアーティストの才能」だと吉野は繰り返します。 

吉野がチームに参加した段階で既にメガアーティストのaikoとは違って、ヒゲダンは当初全くの新人であり、バンド形態。当然新たなノウハウも必要になりました。 

吉野 「たとえばわかりやすい目標として『1年後に“NHK紅白歌合戦”に出たい』と考えた時、そこに至るマイルストーンをどんどん立てていきます。

そこで、『じゃあ、ここでこういうタイアップをやりたいよね』『ここでラジオ局のヘヴィーローテーションを獲りたいよね』『このタイミングでこのライブイベントに出たいよね』というミッションを、制作担当や事務所のマネージャーさんやスタッフと話し合ってプランニングとして立案していくのが僕の役割です」 

インディーズ時代の楽曲を偶然耳にしたフジテレビのプロデューサーが月9ドラマ『コンフィデンスマンJP』の主題歌に抜擢。その気運を逃さぬよう、並行して準備を進めていたメジャーデビューからヒゲダンは快進撃を繰り広げることに。後に歴史的快挙を記録した『Pretender』にまつわる秘話は、仕事以前に純粋な音楽ファンである守谷・吉野タッグならではの直感力を実証しています。 

吉野 「『このバンドのブレイクポイントはバラードだ』と、本当に初期の頃、守谷が言い出し、そんな話を2人でしたんですよね。それをすっかり忘れた頃に『Pretender』が大ヒットして、『あぁ、そういえばそんなことを話し合っていたね』と。

インディーズ時代の楽曲にも素晴らしいバラードがあったので、そのイメージをどこかに持っていたんだと思います。ポニーキャニオンにとってヒゲダンはサブスクリプションサービスが主流になってからの初の成功例です。とても嬉しいことであり、逆に言うと前例となる道がないので、プランニングにおいても“どうしようか?”と今も常に考えています」

預かっているのはアーティストの人生 ”売れることだけが正義″ではない

▲「アーティストに寄り添ったバックアップがミッション」フィジカルからデジタルへ目まぐるしく変化している音楽業界ですが、その信条は変わりません

華やかな世界に見えて、プランニングに派手な奇策はなく、カギを握るのは地道な作業。遠くにゴールを思い描き、そこに至る具体的な計画はこまめに、時には週刻みで修正すると言います。 

吉野 「僕は資料を作るのが結構好きなんです。僕よりもずっと社歴も長くキャリアのあるスタッフの方に、僕みたいな鼻持ちならない若造が提案し、実際に動いてもらうようお願いするためには『こういう目標があるのでそのためにこうしたいんです』と理論的に説明できなければ納得してもらえないですよね。そのためにはきちんとした資料を作って打合せに臨まなければ、ということをいつも心掛けています」 

資料づくりは説得材料ということだけでなく、自身の頭の中を整理する効果も絶大です。 

吉野 「例えばいきなり『“ミュージックステーション”のような大きな番組に出たいです』と言っても当然難しくて。そのためにはこういう要素が必要だから、これをするとか、因数分解していくように逆算してエクセルシートや資料を作るようにしています。

そうやって一つひとつ資料を作ることが、目標を達成する上で大事だと思っていて。地味な作業ですけど(笑)。でも、武器がないとどんな場合も戦えないと思います」 

新型コロナウイルス感染症の猛威は、吉野の業務にも大きな影響を及ぼしましたが、ここでもやはり、計画を立ててはこまめに修正する緻密かつ柔軟なプランニングが功を奏しました。

ライヴや地方キャンペーンが思うようにできない状況で、誰よりも早いオンラインライブに挑戦したり、そのセットリストをプレイリスト化してサブスクリプションで聴いてもらうように導くなど、「できないなら、何か新しいことを考える」を指針に取り組んだといいます。 

アニメ制作を夢見て入社し、1年の出向を経て、現在の部署に辿り着いて5年目。回り道のように見えて、それぞれの場所で積み上げて来た経験のすべてが、現在の吉野の礎となっています。 

吉野 「キャリア的には地続きで、一本に繋がっている気がします。突飛な発想が浮かんでくればいいんですけれども、僕はあまりそういうタイプではないなと思います。現在の自分の手札を活用し、それらを結び付けて仕事をするのが自分のスタイルかな?と、30歳になって思うようになりました。

引き出しを増やしつつ、煮詰まったら立ち止まり、その引き出しを片っ端から開けるしかないんですね。“もっとアイデアマンに生まれたかったな”と思いますけど、残念ながら自分にはなれないので(笑)」

吉野は今後の目標として、アーティストを見つけてくる発掘作業や、アーティストをサポートしバックアップしていくプロジェクトに引き続き携わっていきたいと語ります。

吉野 「我々の仕事はアーティストがいてこそ成り立つものです。また同時にアーティストの人生を預かっているので、売れることだけが正義だとは思わないですし、それぞれのアーティストに合ったプランニング、制作業務、スタイルがあって、それに沿って進めていく、コミュニケーションが非常に大事になってきます。

ただ、このメジャーレーベルでデビューしているアーティストの多くは”一人でも多くの人に自分の楽曲を聴いてもらいたい”という気持ちを持っている方が多いと思うので、そのためにいかにバックアップできるか、が僕のミッションだと思っています」 

アーティストの人生に寄り添う、人間味溢れるプランニング。A&Rとして、吉野は道なき道を切り開いていきます。