自分を貫いて、憧れのレコーディングエンジニアに

▲経営本部制作技術部・小林 有沙。笑顔で明るく、“とてもパワフルな生き方”を語る姿が印象的だ。

「小さい頃から音楽を聴くのが好きだった」という小林 有沙。数ある“音楽に携わる仕事”の中でも、音響エンジニアに憧れたのはどうしてだったのでしょうか。 

小林 「いろいろなアーティストのミュージックビデオやドキュメンタリーを観ると、レコーディングスタジオでアーティストとエンジニアがやりとりをする風景が映っていることがありまして。いつしか自分もそうやってアーティストに関わる仕事ができたらいいなという願望を抱くようになったんです。

中高生の頃にはCDや深夜ラジオで音楽を聴きながら、この楽器の音をもっと前に出せばいいのにとか生意気にも思っていました」

そんな小林が通っていた高校は地元・宮崎でも屈指の進学校。しかし、頻繁に好きなアーティストのライヴへと足を運び音楽にどっぷり浸かる生活を送っていた彼女は、周りに流されることなく自分が歩みたい道へと進みます。

小林 「高校3年生になって進路を決めなきゃいけなくなったときに、『自分は音楽業界に進みたい!』と明確に思いました。テレビ番組の音声や効果音などを調節するMAエンジニアをしている知人に、MAスタジオ見学という貴重な経験をさせてもらえたこともいい刺激となりましたね。

専門学校のパンフレットを取り寄せてくれた親に背中を押してもらい、レコーディングエンジニアを目指すべく、東京にある音響の専門学校に通うことに決めたんです」

上京し、憧れのレコーディングエンジニアになるため学び始めた小林。とはいえ、専門的な勉強をしても希望の職に就けるのはほんの一握り。当時は、レコーディングスタジオにアルバイトの面接を受けに行っても、「女性は採用していない」と門前払いされてしまうこともあったそうですが、専門学校在学中に㈱テイチクエンタテインメントのマスタリングスタジオで働く機会を得ます。

小林 「私が働き始めた頃は、まだまだ男社会で上下関係にも厳しい裏方仕事の世界でしたが、テイチクのマスタリングスタジオにいたのは優しい方ばかりで。そういう意味での苦労はしていないんです。

ただバイトを続けていくうちに、音を微調整するマスタリングよりも、やっぱりレコーディングやそれぞれの楽器の音量調整、音質調整をするミックスダウンを手がけたいという想いが強くなっていきました。専門学校を出てから、小さいところではあるものの、運良くレコーディングスタジオに就職できたんです。

アシスタントという立場ながら、一度だけ録音からミックスダウン、簡易マスタリングまで任せてもらったりもしました。夢見た仕事はとてもやりがいがあったし、楽しかったです。でも、約3年勤めたところで、結婚・出産を機に家庭に入ることにしました。その時には、『この先音楽業界で働いたり、エンジニアとして歩んだりすることはないだろうな』と思っていましたね」

離れてみて改めて気づいた、音楽への熱い想い

▲主婦として母として。長女の七五三のお祝いで。

数年間は家事・育児をしながら不動産会社や家電量販店でのパート勤務をしていたという小林。しかし、彼女の胸には、『音楽業界でエンジニアとして働きたい!』という情熱が消えることなくくすぶっていたのです。 

小林 「エンジニアとして一人前にならないまま業界を離れてしまったからなのか、自分の中でモヤモヤ感がずっと残っていました。実は、パートで働きながらも音楽業界の求人情報を探してはいたんです。娘が小学校に上がり、いつかはやらないといけないPTA役員を1年生のときに務め、2年生になったタイミングで本腰を入れて音楽業界の職を探し始めました」 

気がつけば30代になっていました。子どもを抱えながらの就職活動はなかなか思うようにいきませんでしたが、諦めなかった彼女はチャンスを掴むことになります。

小林 「エンジニアの仕事はどうしても勤務時間が不規則になるので、家庭と両立できそうなデスクの仕事を探したのですが、社会人としてブランクがあるし、まだ小さな子どももいるし、やっぱりなかなか採用してもらえなくて。さすがに心が折れそうになりました。

そんな時、エグジットチューンズ㈱の管理部が人員を募集しているのが目に止まったんです。当時ボーカロイド楽曲をよく聴いていて、CDをリリースしているエグジットにももちろん興味がありました。それで『これが最後』と思って応募したんです。そうしたらほんとに運良く採用されたんです。」

契約書の郵送に始まり、やがて契約書の作成、印税の計算や管理も任されるようになった小林。朝方まで仕事が終わらないこともあるほど忙しかったという日々の中で、仕事と家庭をどう両立させていたのでしょうか。 

小林 「音楽業界での仕事を探していた時に夫に『仕事と家庭の両立は難しいと思うよ』と宣言していたんですが、夫はまさか本当に採用されると思っていなかったんでしょうね。『それでもいいよ』と言ってくれまして。

いざ再就職して、家事や育児がおろそかになりがちな私のことを理解してくれたのか、諦めたのか(苦笑)……夫には本当に感謝しています。協力してくれたおかげで、慣れない仕事でも続けることができましたから。

採用後すぐに前任者が辞めてしまったため、細かい引き継ぎがなく、手探りしながらではあったものの、技術職とは違った事務仕事も楽しかったです。職場では個々にイヤホンやヘッドホンをして自分の好きな音楽を聴きながら仕事をしてもいいという自由な雰囲気にもだいぶ助けられました」

エグジットチューンズがポニーキャニオンの子会社になると、ポニーキャニオンの法務本部へ出向し、引き続き契約・印税管理の仕事することになりました。その後、再び転機が訪れます。 

小林 「エグジットチューンズに入社するときに、いつかスタジオで働きたいという希望は伝えていて、それを上層部の方が憶えていてくださったんですね。出向先のポニーキャニオン制作技術部でマスタリングエンジニアに空きが出たタイミングで、声をかけていただきました。

自分が望んだ職に就けることは業界問わずなかなかないことだと思うんですが、音楽業界に再就職できただけでなく、希望の仕事もできることになり、運を使い果たしたような気もします(笑)」

常にアンテナを張り、時代に合った音を創っていく

▲「笑顔引きつってますよね?」いえいえ大丈夫です。本社の隣の遊歩道にて。

まさかのチャンスを掴んだ小林ですが、久々に現場復帰するにあたっては不安や戸惑いもあったといいます。どのように乗り越えたのでしょうか。 

小林 「いざ現場復帰することになったら、嬉しさよりも不安のほうが大きくなりました。以前はマスタリングデータをUマチックテープというものに記録していたんですが、それがデータファイル形式のDDPマスターに切り替わっているということさえも知らなくて。

最初の頃は、毎日家に帰る前にカフェなどでその日の仕事をノートに書き出し、自分の頭に叩き込むことをしないとついていけませんでした。まったく余裕がない日々でした。正直に言えば『もう無理かも!』と思ったことは何度もあります(苦笑)。それでも続けられたのは、『やめたら次はもう絶対にないぞ!』という危機感と覚悟があったからかもしれません」

2016年にポニーキャニオン経営本部制作技術部に異動になってから約5年、マスタリングエンジニアとして働いている小林。アナログからデジタルへ、CDから配信へと、音楽業界もまた、急速な変化の波に飲まれている中で、彼女はどう仕事に向き合っているのでしょうか。

小林 「機材がデジタル化されていく一方、音楽の聴き方もCDからサブスクリプションへと移行してきています。以前は、音の波形をならす、極端に言うと強弱をつけずに全部強にするような時代もありましたが、今それをすると時代には合いません。

多様な環境で音楽が聴かれるということを考慮し、またどんな世代がその曲を聴くのかも想定して音作りに反映しないといけないんです。そのためには高校生になった娘と同世代の人が聴いている音楽や流行っている音楽をたくさん聴いて情報を集めるようにしています。

ちなみに、レーベル内のエンジニアになると、音源のマスターデータが入ったDVD管理も業務の一環で、法務や印税管理の仕事経験が役立っていたりもするんですよ。よく『人生において無駄な経験はない』と言いますけど、本当にそうだなと思いますね。」

やっぱり音楽が好き。原動力は、10代の頃から変わらない気持ち

▲本社ビル7階にあるマスタリングスタジオにて。大好きな居心地の良い場所が会社にあるのは幸せだ。

2020年6月には、ポニーキャニオンの正社員に。社内にあるスタジオは自分たちが作業しやすいように仕事仲間と共に手を加えて完成させました。 

小林 「アルバム1枚をマスタリングするような日は、社内のスタジオにこもりきりで丸1日かかったりもするんですが、作業している時間が楽しく、スタジオが居心地よくて家に帰りたくないなと思うこともあるくらいです(笑)。

大音量で音楽を聴く仕事なので、普段は耳を休めるようにしている同業者も多いと思いますが、私は仕事以外でもイヤホンで音楽を聴いています。耳によくないなと思いつつ……やっぱり、私は音楽が好きなんですよね。だから、今の仕事ができて本当に嬉しいし、充実した毎日を送れています。

社内外の方から、自分が手がけた作品の仕上がりを褒めていただくこともあって、それはすっごく嬉しくてすごく励みにもなるし、この仕事をしていてよかったなと思う瞬間でもあります。

その一方で、その時その時ベストは尽くしていても、こうしておけばよかった、ああしておけばよかった、と後になると思うし、『いつか100%満足できる仕上がりにしたいな』という願望はあるんですが……

満足することがないから先へ進めるし、日々進歩する技術に自分がついていくので必死だったりもするので。これからも学びながら仕事に向き合わないといけないなと思っています」

結婚や出産を機に夢を諦めたり、せっかく就いた希望の職を辞めざるを得なかったり。女性の悩みは尽きませんが、諦めなければ道は拓けるということを小林は体現しています。 

小林 「子どもを生んで育てながら、本当はあんなことがしたいな、こんなことがしたかったなという想いを抱えている女性はたくさんいると思います。もちろん、私の場合は理解も協力もしてくれる家族や運に恵まれたということが大きいし、偉そうなことは言えないですが、何かやりたいことがあるなら、諦めずに一歩を踏み出してみるのも良いのでは?と思うんです。

娘が心身共に健やかに育つように見守りながら、マスタリングエンジニアとしてこれからも仕事を長く続けていけたら、本当に幸せ。レコーディングエンジニアになりたいという願望は、今はまったくないですけど、もしそういうチャンスに巡り会うことがあったとしたら、そのときはご縁を大切にしたいですね。

東日本大震災やコロナ禍といった、世の中が一変してしまうような大きな出来事を経験したからこそ、そう思います」

一度きりの人生を後悔ないように生きる小林 有沙は、ひとりの人間として、働く母として、とても輝いています。