好きが高じて目指した音楽の世界。バンドマン、DJから裏方へ

▲ETクリエイティヴ本部コンテンツ事業部2グループマネージャー・江尻哲也 キャップにパーカー、ハーフパンツにスニーカーは彼の拘りでありモットー

中学生の頃から雑誌『STUDIO VOICE』『Quick Japan』を愛読し、サブカルチャーに傾倒していったという江尻。やがてバンドを組み、高校生の頃にはCDを自主制作したり、音楽コンテスト「TEENS MUSIC FESTIVAL」に出場したりと精力的に活動していましたが、チームプレイゆえの難しさを感じていた時、新たな出会いがありました。

江尻 「アンダーワールド、石野卓球、ケンイシイなどが出演した、1万人くらい集まる野外レイブ『RAINBOW 2000』を高校の友人と観に行ったら、すっかりテクノにハマってしまいまして。バンドと違ってひとりでできるところにも惹かれて、自分もDJを始めたんです」

その後、美術大学へと進んだ江尻は、東京のクラブでDJをするという夢を抱き、既存音源を独自にリミックスしたミックステープを手にいくつものクラブを回るように。クラブカルチャー、ダンスミュージックへの熱をますます高めていきます。

江尻 「ただ、DJが職業として確立されている海外と違って、当時日本ではなかなかそれだけで食べていくことができなかったんです。だから、憧れはあったものの、自分がDJで食べていくことはどこかで諦めなきゃいけないなということはわりと早い段階から思っていました」

それでも音楽に携わる仕事をしたいという想いは変わらず、八王子のクラブのブッキング担当兼PAとして働き始めた江尻。知人からの誘いが大きな転機となります。

江尻 「2004年~2005年くらいって、ちょうど各大手レーベルからダンスコンピレーションがリリースされて、自分もそういう仕事ができたらいいなと漠然と思っていたんですね。そうしたら運良く、ダンスミュージックレーベルとしてスタートしたばかりのエグジットチューンズ(の前身の会社)に就職しないかと知り合いから誘われたんです」

トランスをはじめ、日本国外レーベルの楽曲ライセンスを数多く保有するエグジットチューンズに入社した当時の主な仕事は、着うたやコンビレーションCDの選曲、楽曲使用許諾を得るための海外とのメールのやりとりなど。慣れない仕事に、最初は戸惑いも多かったようです。

江尻 「就職活動をしたこともなく、まともな社会人経験があったわけではないので、最初はメールの打ち方さえもままならなかったんです(笑)。教えてくれる人もいなかったですから、各社から送られてくる着うたの契約書とにらめっこしつつ、とりあえずわからないことは辞書や音楽著作権に関する書籍を調べるか、『ググる』しかないっていう状況でした。本当に、イチからというかゼロから手探りの毎日でした」

終電で帰ることも珍しくなく、体力的にはかなりのハードモード。それでも、仕事に対しての情熱は少しも失われなかったと言います。

江尻 「身体は多少辛くても、仕事はすごく楽しかったんです。他の社員もみんな音楽が大好きなDJあがりだったので、支え合って、励まし合えていたことも大きいですね」

新たに道を切り拓いていく苦労と達成感

ポニーキャニオンの出資を受け、2006年にメジャー流通となったエグジットチューンズ。洋楽だけでなく、アニメソングのカバーアルバムなども手がけるようになります。

江尻 「ちょうど2006年くらいから、アニソンというジャンルがすごく勢いづいてきまして。レーベル各社にお叱りを受けながらも(苦笑)、アニメソングをトランスカバーする“アニメトランス”シリーズを企画しました。懐かしのナンバーや流行りの曲に新たな息吹を吹き込むという仕事は、すごく刺激的なんです。

社員それぞれ、トリプルディスプレイの一画面でニコニコ動画を流しながら仕事をして、今で言う“バズっている”曲を見つけたら「これカバーしちゃおう」という感じで、どんどん新しいコンピレーションを作っていくのが楽しかったですね」

エグジットチューンズがポニーキャニオングループとなった2009年頃は、ハチ(米津玄師)をはじめ、ボーカロイドで楽曲を制作し、動画投稿する才能豊かなボカロPたちの存在が注目を浴びるようになったタイミング。ボカロコンピレーションシリーズやネット上で活躍する歌い手の楽曲を収録したアルバムを多数リリースするなど、エグジットチューンズは新たなムーブメントを牽引してきました。

江尻 「インターネット上で無料視聴できるボカロ曲や“歌ってみた”を集めて音源化することに、当初はユーザーだけでなく、ボカロPや歌い手にも抵抗感を持つ人が多かったんです。そういう人たちを説得して、納得してもらえる形で音源を世に出すのが、僕たちの仕事。

あと、ボーカロイドの曲は同人的に自由に利用し合えるカルチャーの中で育まれたもので、JASRACのような厳格な著作権管理とは相容れないという問題もありましたが、カラオケに関しては使用料をもらえるようにしたりとか。今では当たり前のことを当たり前にできるまでは、山あり谷ありでした(笑)

余談ですが、当時はボカロPや歌い手は事務所に所属しているわけではなく、連絡がつきにくかったり。お金にもあまり興味がなくて、人によっては契約書をなかなか返送してくれなくて、コンピレーション盤発売日直前に自宅近くで待ち伏せをした末にやっと判子をいただけた、なんていう同僚のヒヤヒヤエピソードもあります。

でも、そうやって苦労しながら生んだ新たな潮流が、今では一部の人だけでなく広く認知されて、ボカロPや歌い手の曲がアニメやドラマや映画の主題歌に起用されています。とても喜ばしいことだし、誇らしいことでもあります」

自由な発想と尽きない好奇心から生まれるものは、絶対におもしろい

▲淡々と笑顔でポップカルチャーの黎明期を支えた苦労を話す。聞いていると実はすごいことを話しているのです

2014年にはエグジットチューンズがポニーキャニオンの100%子会社となり、2019年に完全に事業統合となったタイミングで、ETクリエイティヴ本部コンテンツ事業部が発足。ボーカロイドCD制作の先駆者として、初音ミクはじめ各種ボーカロイド関連商品のプロデュース。また、人気歌い手のluzや亜沙、kradness、しゅーずなどのアーティストマネージメント&ファンクラブ運営や、CD、デジタルコンテンツ、GOODS、ライブ・コンサート、さらには男性声優×ボカロの人気コラボプロジェクト『ACTORS』、オールナイトニッポンiのWEBラジオ番組『おしゃべや』などの企画制作も積極的に行っています。

江尻 「異なる遺伝子をかけ合わせて新しいものを生み出そうというのが、ポニーキャニオンとエグジットチューンズの合併だと思っています。エグジットチューンズは独自の発想力が武器である反面、非効率な部分もあったのですが、ポニーキャニオンは組織としてシステマティックで効率的。これまで何かと力業で乗り切ってきたエグジットチューンズのメンバーは学ぶことが多いし、いろいろな場面で相談できる人がいるというのも心強いです。

それに、以前はブラックで過酷な職場環境も見られた音楽業界において、ポニーキャニオンは政府が掲げる“働き方改革”にちゃんと取り組んでいる企業です。有意義だけどハチャメチャな20代を過ごしてきた僕にとって、きちんと休みを確保しながら好きな仕事ができるのはとてもありがたいことだし、安心感もあります」

そして今、コンテンツ制作のグループをまとめるマネージャーとして、アニメコンテンツのほか、これまでエグジットチューンズが手がけてこなかった実写映画や新しい映像コンテンツの制作に携わっている江尻。仕事をする上で、もっとも大事にしていることはどんなことでしょうか。

江尻 「僕は細かいところを見るのは苦手なんですが、プロジェクトごとの方向性やコンセプトにはこだわっています。さかのぼると、美大に入ったのもカッコいいものやおもしろいものが好きだからだし、テクノミュージックやDJに惹かれたのも当時の自分にとっては目新しくて刺激的だったからなんです。

なおかつ、僕が目指すのは、成人向けとかR指定が付くものではなく、全年齢対象コンテンツ。『週刊少年ジャンプ』みたいに、子どもたちから大人まで、幅広い年齢層がその世界にドップリはまって、ドキドキワクワクできるものを生み出したいという想いがあります」

アニメ、音楽、映像と幅広く携わるETクリエイティヴ本部。そこは、江尻の自由な発想と尽きない好奇心が活きる場所なのです。

どんな状況でも、希望を持って自分が携わるエンタテインメントを届けていく

▲2月11日公開「ツナガレラジオ~僕らの雨降Days~」江尻にとってはとても刺激的な経験になった

2021年2月11日には、江尻が担当した映画『ツナガレラジオ~僕らの雨降Days~』が公開予定。オールナイトニッポンiのWEBラジオ番組『おしゃべや』を映画化し、西銘駿、飯島寛騎、ゆうたろう、板垣李光人など番組パーソナリティーを務めるイケメン俳優10人が繰り広げる青春物語は、江尻にとって新たな一歩を踏み出した作品でもあります。

江尻 「まさか自分が映画を作ることになるとは思いもしませんでしたが、そういう新しいチャレンジができるということもありがたいです。撮影日には可能な限り出向いたのですが、映画撮影現場ならではの緊張感を肌で感じて、監督や俳優さんはもちろん、宣伝や配給などプロフェッショナルなそれぞれの仕事を間近で見て、ものすごく刺激も受けましたね。

出演者7人が登壇した完成記念トークイベントでは、宣伝のセオリーはわからないなりに、キャストの”綺麗な”顔が映えるように、また”カッコかわいく”見えるように、ひとり一人の衣装選びにもこだわりました」

充実した毎日を送る一方、エンタテインメント業界は2020年より続くコロナ禍に悩まされてもいます。江尻が考える、新たなエンタテインメントのあり方とはどういうものなのでしょうか。

江尻 「緊急事態宣言が再発令されている中でも、映画『ツナガレラジオ~僕らの雨降Days~』は予定通りに公開されることになっていますが、初日舞台挨拶ができるのか、できるとしてもどういう形でやるのか、考えあぐねているうちに朝を迎えてしまったりとか……。

正直言って、不安やプレッシャーはあります。でも、アクリル板設置やソーシャルディスタンスを守るなどの感染防止対策をしっかりすれば、キャストもお客様もスタッフも、皆が安心できる形で開催できると思います。せっかくたくさんの人間が熱量を注いで作り上げた作品ですから、やっぱり簡単にオンラインに切り替えずに、役者さんには生で舞台挨拶をしてほしいし、彼らの心意気をお客さんに生で感じ取ってほしいです。

今は以前のような形でライブや接触イベントが開催できないですが、歌い手やボカロPのように、もともとインターネットで発信してきた彼らは、オンライン向きという側面もあると思うんですね。そういう強みを活かせるアイデアもどんどん出していきたいですね。

この先まだしばらくはコロナ禍が続いてしまうとしても、収容人数を減らす分チケット代は少し高くなるということをご了承いただいて、観客全員マスク着用で声は出さないようにきちんとお願いすることで、ライブ開催も可能になると思います。諦めずに、希望を持って、自分が携わるエンタテインメントを届けていきたいです」

「なるべくスーツを着ないで仕事をする」というのが、人生のモットーだとも語った江尻。キャップにパーカー、ハーフパンツをトレードマークに、楽しいこと、ワクワクすることを追い求める彼の姿勢は、この先も貫かれていくはずです。

「ツナガレラジオ~僕らの雨降DAYS」 https://afuriradio.jp/