視覚障害者の方たちに気軽に本を読めるようになってもらいたい

▲経営本部経営企画部プロジェクト推進G・チーフプロデューサー 黒澤格。いよいよこの春ローンチする「YourEyes」の“読み取り専用BOX”を前に

読書困難者に向けた読書に特化した読み上げサービス、「YourEyes」。黒澤は、この新規事業に取り掛かるまで、映画のプロデュースや映像制作など、今とはまったく異なる仕事をしていました。

黒澤 「2017年から今の新規事業の部署に異動してきたものの、当時手掛けていた案件が2年で撤退することになり、正直やることがなくなってしまったんです。そんな時、目に入ったのが、“耳から聴く図書館”という、視覚障害の方に向けてボランティアで朗読図書を作っている非営利団体が、ボランティアの高齢化により活動の継続ができなくなったというニュースでした。

そこで実際に、朗読図書を制作し視覚障害者に貸し出しを行なっている都内の点字図書館(視覚障害者向けの図書館)に見学に行ってみたところ、高齢のボランティアの方がマイクに向かって1冊ずつ本を読み上げ、音声を収録していたんです。そこに金銭が発生しないボランティア活動で、これでは、正直続かないと思いました。

その時に、現在のOCR(光学文字認識)の技術と、音声合成の技術を組み合わせれば、もっと簡単に、多くの読書困難者の方に本を読んでもらえることが出来るんじゃないかと思ったんです」


黒澤は思いついたその日のうちに企画書を書き、上長に提出すると、すぐに社長からの承諾が下りました。そのスピードはかなりのもの。ただ、ここからが至難の連続だったと言います。

黒澤 「以前ポニーキャニオンに在籍していた人の紹介で、まず、アプリの製作プロデューサーを決定し、その方にアプリ製作チームを組成してもらいました。そのなかにはプログラミングに秀でた方や電子書籍に長けている方など、少数ですが精鋭が集まっていたので、不安はありませんでした。

ただ、大きな壁として立ちはだかったのが“著作権”だったんです。最初に法務部に相談したところ、2つ問題があると言われました。1つが複製権の侵害、もう1つは公衆送信権の侵害です。

当初、自分が購入した本を読み上げるものなので、個人の使用であれば問題がないと考えていたんです。でも、20年前に起きたMYUTA事件という、音楽CDをガラケーで聴けるようにデータ変換するサービスが、複製権の侵害に当たり問題になったことを挙げられ、このままでは難しいと指摘されてしまったんです。

その代替案として、“読書”ではなく、“文字を読み上げるサービス”という名前に変えれば危険度は減るかもしれないと提案されましたが、そこは絶対に譲りたくありませんでした。なぜなら、僕は視覚障害者の方の”読書の問題”を解決したいからこの企画を考えたのに、”読書ができる”と言えなければ、何の意味もないと思ったんです」

著作権問題をクリアにしなければ開発は許されない状況下で、黒澤はその後、法務部と協議を重ねて4人もの弁護士に意見を仰ぎ、解決の糸口を探しました。

黒澤 「次々と弁護士さんのお話を聞いていくうちに、2019年1月に著作権法が改訂され、著作物をサーバー上に保存し、AI解析に利用するのであれば著作権侵害にならないということを教えてもらいました。

まさに僕が作ろうとしていたのはそのシステム。最終的にはその弁護士さんに“改正著作権法で認められる範囲なので問題はない”という意見書も書いてもらい、最大の難関である著作権問題をクリアにすることができました」

無知が招いたアクシデント、コロナウイルスによる予期せぬ危機、至難の連続

▲黒澤が立ち上げた読書支援サービス「YourEyes(ユアアイズ)」。だれもが、自分で、自由に、読書を楽しむことが出来るサービスです

数々の難関を乗り越え、2020年11月26日。遂に「YourEyes」を発表。記者発表後、その反響は、驚きに満ちていました。

黒澤 「この業界に詳しければ詳しい人ほど、「著作権は大丈夫?」と聞かれ、法改正のことを話すと驚いていました。SNSでも”期待をしています“”サービスが待ち遠しい“と喜びの声ばかりで、否定的な意見は全くなかったんです。それはすごく嬉しかったですね」

「YourEyes」はただ本を読み上げるだけのものではなく、聴き手が心地良よく本を読めるように、音声にもかなりこだわったといいます。

黒澤 「スマートフォンに通常搭載されている音声合成だと、イントネーションがあまりよくなく、長く聞いていることが難しいんです。そこで、音声合成の会社を2社まで絞り込み、使い勝手や技術、こちらが望む条件をどれだけ実現してくれるかということを突っ込んで話して、より条件があったHOYAさんを採用させていただきました」

技術面、音声、そして著作権。3つの大きな問題をクリアして、「アプリは大丈夫」となった時に、一番スムーズに作ることが出来ると思っていた「読み取り専用ボックス」に大きな壁が立ちはだかりました。

黒澤 「最初に実験で自作した本体の素材はアクリル板でした。アクリルで作れば光を透過するので、本にボックスをかぶせて撮影したときも明るさを保持できると考えたんです。

そこでアクリルメーカーに打診し、試作品を製作しようとしていたんですが、新型コロナウイルスの世界的蔓延によりアクリル板の大量オーダーが続き、最終的にはアクリルの素材が無くなってしまったんです。どんなに試作をお願いしても、この状況下では作ることができなくなり、方向転換をして、プラスチック素材で作ることにしました」

この時点で予定していた9月のローンチには間に合いません。さらに、プラスチックのボックスの製造は3ヵ月くらいでできるだろうと考えていましたが、「通常は完成までに1年を要する」と言われてしまいます。

黒澤 「その時は、無知な自分を恥じました。今まで映像のソフトは創ったことがあっても、実際にこういったプロダクトを作ったことがないので、ここまで時間がかかると思っていなかったんです。

ただ、何とかそこもクリアして、当初のローンチ予定よりも大幅に遅れてしまいましたが、今は2021年の2月下旬~3月中旬ごろに出せるように動いています。もうこれ以上、問題が起きないことを祈っています(笑)」

やりたいことは、言葉にしないと伝わらない

▲一番左が黒澤。競馬ビデオの仕事仲間とは家族のような付き合いで、よく全国の競馬場へ遊びに行った。(ビール鼻で飲んでます?)

黒澤がポニーキャニオンに入社した1994年は、就職氷河期真っただ中。なんと50社以上の会社を受け、内定を受けたのはポニーキャニオンと生命保険会社の2社のみでした。

黒澤 「大学では経済学部に通っていたので、金融や保険会社を希望する人が多かったんです。でも、僕は何か楽しいことがしたいと思い、テレビ局やレコード会社など、メディア系の会社を多く受けていました。

ポニーキャニオンに入社した後は、大阪営業所でセルビデオの営業を3年間担当しました。そのうちに、大好きな競馬のビデオの制作をどうしてもしたくて、企画書を何本も書きまくり、本社に提出していました」

常日頃から“やりたいことは表現しないと伝わらない”と思っていた黒澤。当時は手書きだった週報の表紙には、「会社に出すラブレターだと思い、心を込めて書きましょう」と書いていました。

黒澤 「自分で発信しない限り、やりたいことはできないんですよね。なので、当時は本社から大阪へ出張で人が来たら、遅くまで飲みに付き合い、夢を語るようなことをよくしていました(笑)。

その甲斐あってか、映像制作の部署に異動し、念願の競馬のビデオの制作にも携わり、その後はアイドルのビデオ撮影で南の島に行ったり、カルチャーものの制作もしました。宣伝や販促の部署も経験し、映画制作の部署にも異動、本当にいろいろなものに携わってきました」

黒澤は、全ての経験は、一見繋がらないように見えて、すべて今の仕事に繋がっていると言います。

黒澤 「どの部署でもそうだと思うのですが、仕事の根本の部分は共通しているんです。人との交渉や確認作業。誠意の見せ方などは、最初から自然に出来る人もいれば、意識しないと出来ない人もいる。僕はどちらかと言えば後者だったんです。

映像の世界で揉まれ、そこで身につけた処世術を、今、発揮できているように感じます。例えば、問題が起きた時にはこちらのミスであれば、たとえ断られたとしてもすぐに、菓子折りを持って謝りに行くとか、本当に基本的な事なんですけどね」

人脈と経験をフル活用した「YourEyes」をより大きく展開したい

▲たったひとりで立ち上げた新規事業から「今後の会社人生をかけたプロジェクト」に!!そのスタートに胸高鳴ります

様々な経験を経て「YourEyes」を立ち上げたことで、さらに視野が広がり、より強い意思でこの“商品”を広めていきたいと思うようになったと黒澤は話します。

黒澤 「『YourEyes』の企画を立てたときに、社内では、視覚障害者の方たちに対して商売をするのかと拒絶反応を持つ方もいたんです。でも、当事者の方たちとお話をする中で、ポニーキャニオンのような大きな会社が、こういったものを作ってくれることがどれだけありがたいか、と言ってもらえたんですよ。

小さなマーケットかもしれないけれど、そこでビジネスが成立することがみえないと、いろいろな会社がこのマーケットに物を供給してくれない、と現状を話してくれました。その言葉がすごく深く心に刺さり、僕は“事業”として、「YourEyes」を成立させなくちゃいけないと思いました」

前例を作り、成功させれば、次に繋がる。またこの事業はCSRでもあり、社会福祉事業でもあるので、今後もより大きくさせていく必要があるといいます。

黒澤 「様々な本の修正データを蓄積していけばいくほど、良いサービスになっていくんです。現在、アルファベットのOCRの精度はほぼ100%なんですが、日本語は難しいため95~96%止まりなんです。その精度を上げて、漢字圏である中国などでもこのサービスが拡げられたらいいなと考えています」

ひとつの思いつきから、いろんな人を巻き込み、ひとつの大きな商品を世に放つ黒澤。今までの人生で学んできた経験や人脈をフル活用して作った今作を“集大成”と話し、今後は会社を辞めるまでこの事業を突き詰めていきたいと笑顔で教えてくれました。

今後、視覚障害者の方だけでなく、多くの読書困難者に向けて、豊かな読書ライフを送るために必要なアイテムになるであろう「YourEyes」。これからの展開が本当に楽しみです。

読書支援サービス「YourEyes」 https://youreyes.jp/