転勤した先で見つけた、ローカルの魅力

▲経営本部エリアアライアンス部・有江 潔  赴任先での経験が現在の仕事への想いに繋がった。

──どうせ仕事をするなら、好きなものに近いところで仕事がしたい

学生時代から自身でも音楽活動を行っていた有江 潔は1992年にポニーキャニオンに新卒入社しました。自ら音楽活動を行うことよりも、大好きな音楽をはじめとしたエンターテインメントの空気に触れながら周辺領域まで業務の幅を広げていく方が幸せだと考えたといいます。

有江 「ポニーキャニオンを選んだのは、音楽はもちろんですが、当時から映像作品もたくさん手掛けており、エンターテインメントを包括的に扱える企業だと感じたからです。当時から日本の音楽のみならず洋楽レーベルや、映像作品でもメジャーなのものを扱っている会社だと認識していました。そんな会社に無限の可能性を感じていました」

その中でもまず有江が配属されたのは営業職でした。採用面接でも、最初は営業をさせてほしいと自ら志望したといいます。

有江 「就職活動で受けた会社はすべて、最初に営業をさせてほしいという話をしました。自社で取り扱うものが売れていく現場を、自分で見て体験しなければビジネスモデルを理解することはできませんし、何より営業の最前線で役に立ちたいと思っていたんです。

ただ、営業だからといって、単に売ることだけを目的にしていたのではありません。ポニーキャニオンは制作も手掛けています。営業は、実際に何が売れているのかを見て、次にどういうものを作れば売れるのかを考えるためのフィードバックをしていく最前線の仕事だと感じていたんです」

入社後は希望通り営業職に配属。そこから20年間、転勤を繰り返しながらも営業一筋の時代が続きます。その営業活動の中で有江は、転勤先の地方の魅力を実感するようになります。

有江 「入社して1週間も経たないうちに札幌支店に配属され、札幌で4年半勤務しました。東京出身でしたから、北海道で生活するのはもちろん初めて。地元以外の場所で働くことに最初は前向きだったわけではありませんでしたが、3年ほどが経ったころ、その土地での生活にも仕事にも慣れたことで、一気に視界が開けて、何もかもが楽しくなった気がしたんです。

街を歩けば、これまで気づかなかった地域の魅力が目に入ったり、得意先へ行く道中にガイドブックにも載っていないような絶景を見つけたり。まだまだ自分の知らないことがたくさんあると気づかされてからは1日が24時間では足りないとまで思うようになりました」

その後も有江は転勤を重ね、北海道のほかにも大阪や福岡に赴任しましたが、その行く先々で、地方の魅力を発見することになるのでした。

人はなぜまちを離れるのか、どうすれば戻ってくるのか

▲えびの市で高校生にワークショップを開催。これが後のPV制作へとつながる。

営業一筋でキャリアを積んできた有江でしたが、2011年に制作技術部に異動し営業以外の仕事に従事することになります。「制作技術の部署にいた6年間は、私の中で特別な時間だった」と語る有江ですが、この制作技術部時代の仕事が現在のエリアアライアンス部の仕事に繋がるきっかけとなったのでした。

有江 「その当時、部内の新規事業として学校のプロモーションビデオの制作を計画していたのですが、なかなかうまくいかず、どうすれば結果を出せるか悩んでいました。そこで、社内で新規事業として地域協業ワーキングチームで、市役所などの自治体を相手にしている村多なら、公的機関から仕事を得る方法を知っているのではないかと相談に行ったんです。すると『アドバイスはいくらでもするから、うちのチームに入れ』と言われて。それがチームに加わったきっかけです(笑)」

当時のポニーキャニオン社内では、さまざまなワーキングチームが同時多発的に立ち上がっていた時期でした。現在のエリアアライアンス部も、地域協業ワーキングチームとして活動が始まったばかりで、有江がこのチームと接点を持ったのもその頃だったのです。

アドバイスを得るため、昔からの知り合いでもあり、地域協業ワーキングチームのリーダーを務めていた村多 正俊のもとを訪れたことをキッカケに、有江はエリアアライアンス部へと異動したのです。

エリアアライアンス部(当時は地域協業ワーキングチーム)は、各自治体の要望を受け、さまざまなプロモーションを開始していました。2017年に正式な部署となってからも、社内だけでなく外部と連携を取りながら、地方自治体の課題に向き合っています。

有江 「基本的には入札に参加し、新たな仕事を受注するのですが、過去に取引のあった自治体から直接依頼が来ることもあります。また提案する企画も、観光業から地域全体のブランディングまで多岐にわたります。リクエストにはなんでも応えたいと思っていますね」

エリアアライアンスの事業成長を担う有江ですが、特に移住や定住のテーマに興味を持ち注力しています。有江がこのテーマを考え始めたのは、そう「営業時代の経験」でした。

転勤を繰り返し、各地方の魅力に肌で触れる中でも、心の奥底にはシャッター通りの存在に心を痛めていたと振り返ります。

有江 「東京出身ながら北海道から九州まで、津々浦々さまざまな地域に住みましたが、地元の台東区も含めて、昔は栄えていた商店街に元気がなくなっている姿は、昭和に育った身として本当に寂しいものがありました。その時から、なぜ人は外に出て行くのか、どうすれば戻ってきてくれるのかということを、常に考えるようになっていたのです」

また、有江が移住・定住の仕事に対する想いを確固たるものにしたひとつの仕事があります。

部署設立直後に手掛けた宮崎県えびの市のプロモーションムービーの制作です。それは地元の高校生と一緒に定住につながるムービーを制作するという企画でした。

有江 「えびの市は宮崎県でも内陸部で、冬は雪が積もるほどの山の中にあります。のどかな良いまちですが、大半の高校性が、卒業後は進学や就職でまちを離れます。その彼らが、将来にわたって故郷を身近に感じられ、そしていつかまた故郷に戻って来てくれるようにと、高校生と一緒に移住・定住につながる動画をつくったんです。たとえ短期的には効果が出なくても、何十年か先にこの地で育った子たちが戻ってくるしくみを、自治体がつくろうとしているところにすごく感銘を受けました」

その地域に住む人に喜びや幸せを

▲忘れられない歌(えびの市×飯野高校×クリエイター) 移住・定住の仕事に対する思いを確固たるものにしたPV

数々の地方自治体とともにプロモーション活動を行ってきた有江。自治体の担当者と話をしていくと「そもそも何をやったら良いかわからない」という声もあると言います。その声をカタチにするため有江が大切にしているのは、自分事として捉えることです。

有江 「まずはもし自分自身がそこに住んで一番困るのは何か、それを改善するために自分ならどうするかを考えます。その地域に住んでいる立場として提案することで、自治体の担当者にも共感していただけることが多いですね」

そして、その提案をコンテンツとして仕上げていく際は、関わるクリエイターやアーティスト、そして自治体とも一緒になり、ひとつのチームとして動くことを重要視しています。

有江 「どんなプロジェクトでもそうだと思いますが、全部をひとりでやるというわけにはいかず、いろんな人が関わっています。僕らの場合はとくにそうなのですが、関係する人たち全員がチームとして動かないと絶対に良いものは生まれません。そのチームがうまく回るように仕切るのが僕らの役割です。難しいことも多々ありますが、この仕事のおもしろさのひとつでもあります」

こうしたチームとしての活動が、新たなつながりを生み出した事例があります。それは、有江が千葉県白子町の移住・定住のプロモーションを手掛けたときのことです。人口約1万2千人のまちで、町民が出演するムービーを企画した有江は、小さいまちだからこそ、役場の方も知らないような人に出演してほしいと考えました。

有江 「知る人ぞ知る名店を見つけだし、撮影は無事に終了したのですが、その後、役場の担当者とそのお店の方が『こんなきっかけで新しいつながりができるのって、本当にいいよね』とお話しされていたんです。それを横で聞いていて、僕たちだけでなく、役場の人たちや出演してくれた町民の方がいるからこそ新たなつながりや喜びが生まれる。目指すべきはその地域に住む人たちに還元することなんだとあらためて感じました」

それから有江は、そこに住む人たちにメリットを提供することを、最終的なゴールに置き、コンテンツを制作しています。

ライフスタイルが多様化している今こそ、移住・定住をもっと身近なものに

▲エントランスにて いつもイベントなどで一緒に仕事をしているカメラマンに、「撮影される側になるとは思わなかったよ(笑)」

有江が入社から携わってきたポニーキャニオンの営業という役割は、競合はあるものの基本的に同じ商品を他社が売ることはありません。ポニーキャニオンしか出していないコンテンツをいかに世の中に浸透させるかが重要なミッションです。しかしエリアアライアンス部の仕事は競合相手にコンペの場を勝ち抜き、それが事業として成立して初めて売上につながります。

有江 「仕事の中身としてはまったく異なるもので、僕らの取り組む新規の仕事はいうなれば、”0か100か”の世界です。だから、可能な限り最大限に向き合う。だからこそ受注や成果が出た時の喜びは格別です。

競合との差別化で意識しているのは、必ずエンターテインメントの要素を入れること。僕がそうであるように、エンターテインメントは人を引きつけることができると信じていますから。もちろん他社もエンターテインメントの要素を入れてきますが、僕らはそれを自分たちでつくって売り出している強みがあります。エンターテインメントの本質を理解し、その土地に合わせてカスタマイズし、必要とされる新しいものを生み出すことができる。そこが大きな違いであり、強みだと思っています」

こうして一つひとつの自治体と向き合う一方で、主任として若手の育成にも気を配っています。

 有江 「20代や30代前半の若い人たちには、まずは目の前のことをしっかりこなすように伝えています。仕事内容も仕事への想いも人それぞれだと思いますが、目の前の課題を解決できるようになれば、できることが増えて、自分の目標に近づくことができるし、新たな目標も見てきえます。人に振ってしまいたくなるような苦手なものでもまずは自分でやってみようと。説教臭くなるので、さりげなく伝えるようにしているんですけどね(笑)」

ライフスタイルが多様化し、今後の生き方を見つめ直す人も増えている今、自分が思い入れを持って手掛けている移住・定住の仕事が、人々のヒントになればとも考えています。

有江 「皆さんが移住・定住をもっと身近に感じてもらい、結果として地域に目を向ける人が増え、そしてそこに住む人たちも元気になる。そんな循環を生み出せれば良いなと思っています」

地方勤務の時代に、シャッターで閉ざされた商店街を見て「なんとかならないものか」と心を痛めていた青年は今、その事業を通して関わるみんなを幸せにするコンテンツを生み出し続けています。