自身の成長とともに、無限に広がるサービスデザインの可能性

サービスデザインは、簡単に言えばサービスそのものを設計することです。プロダクトのスタイリングやグラフィックだけでなく、プロジェクトの目的やユーザーニーズなどの探索、そして、プロダクトとシステムを結びつけるところまで。全体的な絵を描き、ひとつのサービスを完成させていきます。曽根 誠はサービスデザイナーとして、お客様とのファーストタッチから、こうした開発に参加しています。

曽根 「まずは営業と同行し、お客様の課題自体を掘り下げていきます。お客様が求めるものは、本当にエンドユーザーが求めているものなのか。実はエンドユーザーは違うことを求めていて、今必要なのは違う対策ではないか、まで追求しますので時にはお客様のご要望と違う提案をすることもあります」

曽根自身はプロジェクトマネージャーのスキルを持っているため、プロダクトの要件定義からローンチ、運用まで見ることができますが、現在はプロジェクトの立ち上げ〜コンセプト立案までをメインに担当しています。

曽根 「ゆめみには後工程に長けた人がたくさんいるので、僕自身は最初のコンセプト策定などをメインで手掛けていますよ。ただ後工程を知っているからこそ、プロダクトにしていく際の気になるポイントやデザインのしやすさなどもわかるんです。コンセプト策定の段階から、包括して見られるのが僕の強みだと思っています」

現在は、金融機関や通信キャリア、機器メーカーなど幅広い分野を担当している曽根。新たなサービスを生み出すこの仕事は、自身にとって楽しく、また成長できる仕事だと話します。

曽根 「お客様の課題を解決すること自体楽しいのですが、違う業種の課題を解決していると、それを組み合わせることでまた新しいものができるんです。いろんな教養も得られて、それが掛け算になってさらに新しいものが生まれる。そこがこの仕事のおもしろいところです。」

「メディアの在り方が変わる」と直感したインターネットの出現

インターネットの世界でキャリアを積み重ねてきた曽根ですが、高校時代は得意な英語を生かしてジャーナリストか外交官になりたいと考えていました。大学では、その目標通りマスコミュニケーション学を専攻。転機が訪れたのはアメリカの論文で初めてインターネットの存在を知ったときのことでした。

曽根 「確か95年だったと思います。マスコミュニケーションの勉強で読んだアメリカの論文にインターネットが出ていたんです。当時はインターネットが商用利用を始めたころで、直感的にこれはすごいことが起こると感じたのを覚えています。マスメディアとか言っている場合じゃない。メディアの在り方が変わるぞと」

情報が上から下へ流れるものではなく、下から上に行く革命が起こると感じた曽根は、その時点でマスコミへの興味を失います。

曽根 「そこからインターネットを勉強し始めたんです。自分でホームページも制作しましたし、卒業論文では『インターネットとプライバシーとブレイン・マシン・インターフェース』というテーマで、プライバシーにまで踏み込みました」

大学でインターネットに魅了された曽根は、卒業後、大阪にある出版社のWEB部門に入社。自社のデジタルコンテンツの販売やWEBサイトの制作をしながら、印刷のグラフィックも手掛けるなど、幅広いスキルを身につけていきます。その後、同社の東京進出を機に先遣隊として東京に赴任。東京事務所の立ち上げを成功させ、約10年間システムディレクターを務め、さらにスキルの幅を広げたのでした。

曽根 「大手家電メーカーの公式サイトを手掛けたり、独自のパッケージシステムを開発したり、いろんな経験をさせてもらったと思います。ただ何か大きな仕事を成功させると、また新しいことにチャレンジしたくなるんです」

そのころ、自身が興味を持ち利用していたグルメサイトを運営する会社が人材を募集していることを知り、曽根は新しい世界に飛び込んでいったのでした。

サービスデザインを用いた初仕事の成功が大きな自信に

転職後、モバイルアプリの開発などプロダクトマネージャーの仕事に従事していた曽根でしたが、ここでも大きな転機が訪れます。それは会社の事業がそれまでのコンシューマ向けから、BtoBへシフトしたときのことです。

曽根 「そこで、これまで自分たちの考えていたことを具現化しようと思いました。当時の業務システムのつくり方は、業務の内容から要件を定義してシステムを設計し、その後開発の段階でようやくデザインに入っていくのが主流。しかしその手法を変え、業務を理解した段階でデザインを考えていこうと提案したんです。まさに今手掛けているサービスデザインにも通じる手法ですね」

当初この手法を採用したのは、数百店舗もある業態の顧客システムでした。しかしプロダクトマネージャーとして開発に着手したものの、業務システムのプロセスをリプロダクトするやり方は初めての試み。成功するかどうか誰にも確証はありません。

曽根 「責任もありましたので、最初はやはり不安でした。だからデザイナーやプログラマーたちと一緒に苦労し、リリースにこぎつけたときは本当に嬉しかったですね。この手法を用いて、大規模なシステムを、しかも短期間でリリースできたことが、自分の中で大きな自信にもなりました」

一般的に数百店舗を束ねる顧客システムのリプレイスの場合、最初は相当な混乱があるものです。しかし、曽根たちが立ち上げたシステムは、導入した店舗からのシステム的な問い合わせはゼロ。Wi-Fiのパスワードの確認が1件あっただけでした。

曽根 「自分でも、すごく良いものをつくったと思いましたし、お客様もこの手法でシステムをつくると、教育するコストも、問い合わせに対するコストも必要ないと喜んでくださいました」

このシステムは大手アパレル企業や流通小売に導入され、各方面で高く評価されました。

そしてそのころ、ゆめみと曽根は、ある仕事を通して出会います。当時の曽根は、自ら考案した開発手法に自信と手応えを感じていた一方で、会社の組織体制や評価制度には、まだまだ課題を感じていました。そんな曽根にとって、ゆめみのユニークな組織や制度は衝撃的なものでした。

未来へつなぐための“Dots”を、心の赴くままに

曽根 「ゆめみの経営手法は、正直ぶっ飛んでいるなと思いました。基本的にはチームで動きますが、どのプロジェクトに関わるかは最終的に個々が選べます。要するに自分のやりたい仕事ができて、仲間も選び放題なんです。従来のピラミッド型組織だと、仕事内容や評価が上に立つ人間の能力にも左右されるところがありますから、そのストレスもなくなりますね。

また社員全員が大きな裁量権を持つ『全員CEO制度』や、必要なものは会社負担で勉強ができる『勉強し放題制度』などユニークな制度がたくさんあり、これらの制度も必要に応じて常に見直されます。要するに会社と個人事業主の良いところを取った経営。ここでなら、より自分のやりたいことができると思いました」

2019年に入社した曽根は、サービスデザインの手法をプロジェクトに取り入れています。まずは自分が率先して客先でその手法を提案。実績を重ねる中で、サービスデザインを実践できるメンバーも増え、現在はその手法をYumemi Service Design Sprintとしてパッケージ化できるところまで定着しています。

曽根 「大手通信系SIerのプロジェクトでは、初回訪問時に、先方の考えてらっしゃるプロダクトが、本質的にはエンドユーザーが求めているものではないのでは、と指摘したことで興味を示していただきました。そこでデザイン思考のワークショップをやらせていただいて。

最初は半信半疑だったお客様も、進むにつれて熱がこもり、最終的にコンセプトはまったく違うものに変わりました。またそのワークショップは、僕は最初の設計だけして新卒1年目のメンバーにファシリテートをお任せしましたがそれもうまくいって。お客様にも喜ばれ、メンバーの成長にもつながった良い仕事でした。もちろん、万全のサポート体制は整えていました。」

現在曽根は人間中心設計などの専門資格を取得して、こうしたサービスデザインの手法で再現性をもってお客様をご支援することはもとより、デザイン経営についてもお客様に広めるため、自らさらに勉強し、noteでも頻繁に発信を続けています。

さまざまな経験を積み重ね、それらをもとに今もなおチャレンジし続ける曽根。そんな曽根が心に残っているスピーチがあるといいます。それは、過去にスティーブ・ジョブズがスタンフォード大学で行った演説『Connecting The Dots』(点と点をつなぐ)。未来と点をつなぐことはできないのだから、自分がやってきた過去の点が将来につながると信じ、今やりたいことをやりなさいという意味で語られたものです。

曽根 「僕自身、興味の赴くままにやりたいことをやってきましたが、今はそれがサービスデザインに結実しています。ゼネラリストはスペシャリストより下に見られがちでしたが、次々に新しいことにチャレンジしてきた結果、今があるのだと思っています」

これからも好きなことを勉強し、それを仕事に生かしながら利益を生むために、若手の成長をサポートしたい。そして、若手からも良い部分を吸収できる良い関係をつくり上げたいと曽根は語ります。

曽根 「若い脳にはどうしても負けてしまいますが、そこは勉強プラス経験で絶対に負けないぞと(笑)」

43歳。まだまだチャレンジを続ける曽根の興味のDotsは、今も心の赴くままに増え、未来へとつながる線を描き続けています。