一度は距離を置いた障害者支援活動。高浜との出会いが、再始動のきっかけに

古本と株式会社土屋(以下、土屋)との出会いは、ふとした偶然でした。それは2016年のこと。古本の妻が、ある介護職員初任者研修を受講。その研修で講師を務めていたのが、後に土屋の代表となる高浜だったのです。

古本 「妻が高浜さんに、夫は脳性まひの障害を持っているんだと話したそうなんです。それで高浜さんが、私に興味を持ってくれて。ぜひ受講生の前で、当事者として講話をしてほしいと声をかけてくれたんですよ」

高浜の言葉をきっかけに、介護従事者向けの学習会や研修会で講師を担当するようになった古本。講演という形で思いを言葉にするのは、実に20数年ぶりのことでした。

古本 「学生の頃、障害者運動に加わって障害当事者の自立生活のサポートをしていたのですが、社会に出てからはそこから離れていました。20年ほど前、阪神淡路大震災の2年後くらいにあるシンポジウムに参加することがあったんですよ。あの大震災が起こった当時、私は東京にいました。出身地の大阪にいた親戚たちは幸い無事だったのですが、そのシンポジウムであの震災で障害者がつらい体験をしたことを知ったんです」

古本が耳にしたのは、震災に遭った多くの障害者が逃げ遅れて、倒壊しかかった建物に閉じ込められて亡くなったという悲惨な現実でした。

古本 「それを聞いて、私は当事者としての活動を再開しようと思いました。一人では微力ではありますが、何か動かしたくて。仕事の合間を縫って、地域の行政に提案したんです。災害時に支援が必要になるであろう人たちをリスト化して、ハザードマップを作ってはどうかと。でも、当時の世相ではとてもじゃないけど理解されませんでしたね」

世間の反応は否定的なものでした。というのも、当時の社会では、家族に障害者がいることは隠すべきこととして扱われたからです。そのため「障害者がいることがバレたら困る」という理由で、古本の訴えは一蹴されてしまったといいます。

具体的な動きに結びつくことがなく、諦めるしかなかった古本。しばらく活動を取りやめていましたが、高浜との偶然の出会いが、古本を再び奮起させることになったのです。

優生思想は、今の社会にも存在している。私たちの中にも、薄く強く。

土屋の講話では、古本はよく、彼が幼少期に経験した、ある悲惨な現実のことを話します。

古本 「6歳のとき、親の仕事の都合で私は旧ソ連に行きました。旧ソ連では、私は現地の障害児収容施設に入れられ、5年間をその施設で過ごしました。当時、その施設で行われていたことを講演会でお話しています。施設で何が行われていたのかというと、収容した子どもたちを新しい医薬品、医療技術、ワクチンなどの研究・開発の実験動物に使っていたのです」

人々の健康と命を守る医療技術やワクチンを開発するために、収容所の子どもたちが利用されていたという現実。その背景にあるのは、いわゆる「優生思想」です。

障害のある子どもに無残な仕打ちを行っていた旧ソ連。大勢の子が亡くなっていた実態を、古本は大人になってから知ることになりました。

古本 「当時私は、ほんの子どもでした。だから特別つらいと感じることはなく、結構楽しんでいました。でも今客観的に見てみると、あれはひどい目にあったなと思うんです」

古本が強調したいのは、当時のソ連の施設で行われていたことの悲惨さではありません。現在の日本でも旧ソ連同様の差別意識が蔓延っていて、今でも同じような悲劇が起こっているのだということを伝えたいと語ります。

古本 「何も昔のソ連であったことに限った話ではなく、日本だって同様に『優生思想』を持った人が多くいますよ。現象として表に出てきにくいだけです。なぜ表に出てきにくいかといいますと、それは誰しもの中にある『常識』の自覚できない領域の中に『優性思想』が組み込まれているからです。教育や文化によって。私にだってどこかそういう面があるんです。

それだけ透明にいきわたっています。実際に2016年には、相模原やまゆり園で、障害者施設を狙った殺傷事件が起こりました。あの犯人の考えていることって、当時のソ連の収容施設で行われていたことと根は同じですよね」

誰の中にも潜む優生思想。世の中で起こっている虐待や体罰、イジメ問題はすべてこの優生思想から端を発したものであると、古本はいいます。

自身の幼少期の経験が、やまゆり園の衝撃的な事件と結びつき、古本の中で日本の現状が、以前にも増して鮮明に浮かび上がったのです。当事者だからこそ感じられる恐ろしさと怒りを胸に、彼は講演会の壇上に立ち、発信を続けています。

やまゆり園の事件を「忘れる」感覚に、警鐘を鳴らす理由

土屋には、重度訪問介護のスタッフを育成するための講座があります。その名も、『土屋ケアカレッジ』。講演会だけでなく、ここでも彼はゲスト講師として話をしています。

古本 「やまゆり園の事件はとても悲惨で衝撃的なものでしたが、日本人って、ある事件を考えるとき、周囲にある事柄とのつながりを考えない傾向にあると感じています。5年前の事件のことは5年前で終わったと、忘れていってしまうんですよ」

実際に講演を行う中で、2016年の事件について知らないという若い世代にも出会いました。受講生の中で最も若い人でも、事件発生当時、すでに社会で起こるさまざまな出来事に目を向け始めていなければならない15、16歳だったはずなのに……。

古本 「あまりに悲惨な事件なので、親御さんが知らせない・見せないという選択をしたケースもあり得ると思っています。あとは、マスコミの報道の仕方もよくなかったんです。根本的な問題は、社会全体の後退性、障害者施設運営の劣悪な状況、犯人の思想にあるはずなのに、犯人がマリファナを吸っていたからだとか、そんなことにクローズアップした報道も目立ちました」

優生思想とは別の理由付けをされて、問題が可視化されず、別の話題にすり替えられてしまう報道が多くあったのです。だからこそやまゆり園の悲惨な事件は、本来語るべきところが語り尽くされないまま、忘れられ始めています。

古本 「なぜ事件を防ぐことはできなかったのか、植松という若者を犯行に駆り立てる空気はどう作り出されたのか、たまたまあそこで死ななかった私たちには、考える責任がある。だから、一人でも多くの人が課題感を抱き続けられるように私は声を上げ続けるのです。

実際に、きっかけがないから考えなかったという人が多いですね。普段から考えてもらえる環境を作るべく、随時説明会を開くなどの工夫をしています」

現場と接し、声を聞く機会を大切にしている古本。今はコロナ禍で思うように説明会を開催できませんが、ビデオ会議システムを用いた双方向オンライン番組「こもちゃんTV」を通じて古本は訴えを続けています。

また、説明会や講演会のほか、土屋で働くスタッフのインタビュー記事作成にも尽力。現場と触れ合う中で、古本はあることを伝えたいと考えています。

古本 「現場の人の多くが、目の前のクライアントにフォーカスを当てすぎていると感じます。それ自体はもちろんいいことなのですが、少し視線をずらすという気遣いも忘れてはいけません。

障害者介護の仕事の中には『見守り』というものがあります。つまり、利用者さんの世界を感じ、理解するのが仕事なのです。助けよう、介護しようと前のめりにならない。それだと利用者さんがソワソワしてしまいます。だから、すぐ動けるようにしながらも、動きはしない……そんな距離が大事なのです」

いつか急に腑に落ちるバリューを策定。これからも活躍の幅を広げていく

古本は、土屋のバリュー12項目の策定に携わりました。介護の現場で働く人々が共感できるバリューになるように、一つひとつの仕事にしっくり当てはまるような表現を使ったものが完成しています。

古本 「当事者である自分自身の目線で考えたり、高齢者介護を行う妻から現場の話を聞いたりしてヒントを得ました。

たとえば、自立を望んでいる障害者の方々は、それまで施設や親元で生活してきた人達です。でもいざ自立生活をしようとすると、受ける介護サービスが至れり尽くせりではないことに気づきイライラが募ります。その不満をアテンダントにぶつける人も出てきます。

アテンダントはそれを受け止め、より良い人間関係を築きあげて行かなければなりません。その労力は非常に重いですが、それに向き合う時に頼りになる指針をバリューで示しました。またこれらのバリューは上司・同僚・部下との関係でも役立つようになっています」

現場に寄り添ったバリューは、土屋の社内で浸透してきています。とくに中間管理職を中心に深い理解を得られて来ていますが、介護現場で日々働く層には、まだこれからも呼びかけを続ける必要がありそうです。

古本 「正直、現場で忙しいときに、バリューを考えて行動してねといっても難しいところはあると思います。なので、バリューの項目を現場で簡単に確認できるよう、業務記録用のノートの裏表紙にバリューを載せ、少なくとも1日に1回、目に入るようになっています」

バリューの存在がきっかけとなり、従業員同士の会話にもつながればと古本は考えています。それを推進するように、古本は「小さな声プロジェクト」という誕生日会の実施にも関わっています。集まってきてくれた人が好きなバリューを発表し、説明を加えて話しあう場を作りました。

そんな古本は今後、介護業界におけるさまざまなデータの蓄積を進めていく『土屋総研』での活動にも参加し始めました。

古本 「11月から、調査研究、いわゆるシンクタンクを任されることになりました。障害分野に関わる大学の先生や研究者を招き、講演やセミナーを実施したいと思っています」

当事者だからこそ経験してきた感情を活かして、人々に気づきの機会を与えている古本。活躍の幅を大きく広げながら、土屋という舞台でこれからも輝き続けます。