人事の経験ゼロから採用・労務の両輪でスタートアップを支えるCHO

笹嶋裕一は、2020年8月の株式会社土屋(以下、土屋)の創業時から、常務取締役兼CHO(Chief Human resource Officer)として、人事部門の責任者を務めています。介護業界でのマネジメント経験はあるものの、人事未経験の笹嶋。しかし、人事責任者として採用や労務といった土屋の屋台骨を支えています。

笹嶋 「代表取締役の高浜 敏之から、『人事をやってみませんか』と話があったのです。前職で、デイサービス管理者や、介護保険制度を利用した訪問介護や訪問看護、重度訪問介護のマネジメントを行った経験はありましたが、採用も労務もまったく初めて取り組む分野でした」

前職も福祉分野の仕事で、マネジメントも経験していたことから、新たなことに挑戦する心理的な抵抗は小さかったといいます。

笹嶋 「現在、人事チームは7名体制ですが、当初は私を含めて2名でスタートしました。採用に関しては、バックオフィスに採用業務経験者がおりましたので、安心して任せることができましたが、大きなハードルとなったのは、労務のほうです。社内に社会保険労務士や労務知識のある人がまったくいない中、約800人の入社手続きを一挙に進めなくてはなりませんでした。

それでも、入社するスタッフからすれば、入社手続きや社会保険の手続きは会社が当たり前に行うことであり、遅滞なくスムーズに進めていくことが求められていました。そこで、人事労務のクラウドソフトを導入して業務を効率化。少人数の人事チームでもなんとか対応できる体制を急ピッチで整えました」

入社手続きや社会保険の手続きを進めながら、日に日に高まる事業部の採用ニーズは感じていました。

笹嶋 「最初は、今所属しているメンバーの労務手続きを遅滞なく進めることを最優先にしていましたが、各事業所からは常に『人材がもっと必要』という声がありました。労務と採用の両輪を走らせることがなかなか大変でしたね。 

欲しい人材をコンスタントに採用していけるよう、ほかの役員とも相談し、毎月50名の採用を目標として設定しました。2021年の4月ごろからはその採用計画も軌道に乗ってきたので、やっと、トンネルを抜けた感じです」

こうした状況を乗り越えられたのは、チームワークによるところが大きかった、と笹嶋は土屋が立ち上がった最初の1年を振り返ります。

笹嶋 「採用に関しては経験者がいてくれて知見を活かせたことは非常に大きかったですが、正直なところ、初めてのことも含めチームワークで乗り切るしかないという感じでした(笑)。まずはタスクを明確にして業務分担をしっかりと決め、コミュニケーションを丁寧にとって進めていきました」

福祉の道へ通じていた、おじさんの散らかった部屋

笹嶋は、バリスタに憧れてエスプレッソカフェに勤務したあと、マンション管理の営業職を経験した異色の経歴の持ち主。福祉業界への転身は、マンション管理の営業職のときに感じた社会課題がきっかけでした。

笹嶋 「マンション管理の仕事では、管理先のマンションへ管理人や清掃スタッフを派遣する業務も担当していました。清掃スタッフの中には認知症のある高齢者の方やアルコール依存症の方などもいらっしゃって、そういった方々にも雇用を創出できていることはすばらしいと考えていたほどです」

そんな折、スタッフのプライバシーに立ち入ることになる出来事が発生します。笹嶋にとってそれは社会課題に直面するきっかけとなり、結果、福祉の道への転向を決意することにつながりました。

笹嶋 「清掃スタッフが清掃担当場所の鍵をなくしてしまい、管理室などマンション内をくまなく探しても見つからなかったため、その方の自宅を訪れ、一緒に探すことになりました。中へ入ってみると、まるでゴミ屋敷のような状況。奥様のことを尋ねてみると、『旅行に行っている』とのお話でしたが、そうは思えませんでした。

当時は福祉や介護の知識が何もなかったこともあり、このような現実を目の当たりにしたことが、とても衝撃的で。自治体によるそういった方へのフォロー体制を調べたところ、素人目にも万全とはいえないと感じました。

この時が、私にとって初めて、必要な人に必要な支援が届いていない、という社会課題に直面した瞬間でした。このことをきっかけに、福祉や介護の分野に興味を持つようになったことが、私にとって大きな転機となったんです」

また、福祉の道に進むもう一つのきっかけとなったのは、妻の存在です。

笹嶋 「実は、妻が介護福祉士の資格を持っていて、知的障害者の支援などに携わり、とてもイキイキと働いていました。

福祉についていろいろと考えていたところ、のちに土屋の代表取締役となる高浜が義母の知り合いだったという縁がありまして前職の会社で『デイサービスを立ち上げるにあたり、管理者候補を探している』と声をかけてもらったのです。

そのころはちょうど子どもが生まれて、マンション管理の会社でも課長に昇進して給与も上がるタイミングだったのですが、『ここでチャレンジしなければ、今後はもう思い切って踏み込むことはできないのでは』と考えました。私が挑戦しようとするのと妻が賛成してくれたこともあり、福祉の道に足を踏み入れることを決めたのです」

『社会課題を解消する」と決意する。決意するとひらける道がある

笹嶋は、前職でデイサービスの管理者候補として、無資格・未経験の状態で現場のいちスタッフからスタートしました。

笹嶋 「最初はやはりわからないことばかりで大変でした。しかし、幸いなことに妻が、高齢者福祉の経験はあまりないものの、福祉そのものについて理解も実務経験もあったので、いろいろと教えてくれした。また、教わっていく中で意欲が湧いて、自分で学び始めたことも多かったですね。

デイサービスに通われる御本人はもちろん、ご家族とのコミュニケーションを通じ、やりがいのある仕事だと気づけたこともあり、楽しさややりがいを見出しながら取り組めるようになりました」

前職を通じて、福祉の道に進むきっかけとなった大きな社会課題にも少しずつは貢献できているのではないかと笹嶋は感じています。

笹嶋 「個人として直接、困難な状況にある人ひとりひとりに充分に手を差し伸べることは、正直なところ難しいかもしれません。かといって何もできないわけではありません。

前職のデイサービスで、現在土屋の代表である高浜の譲らなかった方針は、基本的に“利用の申し込みを断らない”というものでした。

認知症が進行していくと、どこの施設でも受け入れてもらえずに、たらい回しにされてしまうケースが少なからずあります。けれども、“断らずに受け入れるデイサービス”を運営することで、前職で私が関わった、管理場所の鍵をなくしてしまった高齢者のような方を、一人でも多くサポートしているのかもしれないなと。私も少しは社会貢献できているかな、という実感がありました」

デイサービスの管理者となった笹嶋は、“断らない”という方針のもと、スタッフに理解を求めることに注力します。

笹嶋 「私が管理者として、対応が難しい方の受け入れを決めて通っていただくこととなると、実際に負荷がかかるのは、当然のことながらスタッフです。対応が難しい方を用意もなく受け入れると、それ以外の数十人の方が影響を受けて、全体の活動のリズムが崩れてしまうこともあります。それは避けなければなりません。
また、スタッフの中には、私の“断らずに受け入れる“という判断をポジティブに捉えられない人も現実にいたと思いますし、それも、受け止めなければいけません。そこで、チームマネジメントとして、なぜ受け入れることにしたのか、ケアをする側であるスタッフ一人ひとりとコミュニケーションをとって、真摯に伝えることに時間をかけるようにしていました」

スタッフにかかる負荷の問題は、増員すれば解決するような単純なものではないと笹嶋はいいます。

笹嶋 「スタッフを増員して対応することは、もちろん選択肢の一つではあります。でも、やみくもに人を増やしたからといって、すべてがうまくいくというわけではありません。少ない人数でも役割分担を明確にして対応したほうが、スムーズに回ることもある。何が正解なのかというと答えは一つではありませんが、オペレーションを戦略的に考えることは、管理者としての腕の見せどころだと考えています」

若い世代で高まる『誰かの役に立ちたい気持ち』に土屋も突き動かされる

採用面で笹嶋が今後の課題としているのは、採用しにくいエリアでの人材の確保です。

笹嶋 「求人媒体を使って、介護に興味のある方にスカウトメールを送ろうとすると、首都圏は対象者が多数いますが、地方によってはスカウトを送る人がほとんどいないようなエリアもあります。

ですから、研修や事業をより発展をさせ、無資格・未経験の方にも興味を持ってもらい、積極的に介護職を選ぶ人を創出するような取り組みが必要です。また、そのエリアで働くこと、暮らすことに興味を持っている方にアプローチしていき、地方移住とセットにして採用を進めるといったことも考えています」

笹嶋は、若い世代の仕事に対する価値観に、変化を感じています。

笹嶋 「今後、世代交代としてバトンを渡していくにあたり、現在の若い世代の中では、社会課題の解決に対する関心がとても高まっていると感じています。単に営業をして売上をあげて利益を確保したらOK、という考え方だけではない。仕事によって広義的な社会的課題を解決したい、『誰かの役に立つ』ことをより身近に感じたい、という欲求があるのではないかと。

土屋でも、実現できる社会課題の解決について明確にビジョンを示し、共感を持ってもらえる方をより多く採用できるような体制にしていきたいですね」

土屋では、大学生インターンの受け入れも行っています。

笹嶋 「実際に学生2名が、インターンとして2021年9月から働き始めてくれています。土屋について、業務を通じて深く知っていただきたいですし、私たちも学生のことを知りたいという想いから、来ていただいています」

また、土屋という会社自体も新たな一歩を踏み出す段階に来た、と笹嶋は考えています。

笹嶋 「会社としては、重度訪問介護といった障害福祉分野以外にも、事業領域を広げていく段階に来たかな、と思っています。社外にも活躍のフィールドをどんどん広げていきたいですね」

CHOとして土台、制度作りを行いながら、土屋の次のフェーズを見据える笹嶋。今後も、福祉領域の仕事のやりがいや土屋で実現できることを広く伝えながら、社会課題解決のために邁進していきます。