サントリーグループが“約束”として掲げている「水と生きる」。飲料メーカーであるサントリーにとって、天然水で使用する地下水は社の生命線ともいえる大切な存在です。その生命線を守り続けるため、最前線で活躍しているのが水科学研究所の後藤 希。

たかが水、されど水──その裏にあるプライスレスなこだわりに迫ります。

“水と生きる”最前線。天然水を守り続ける仕事とは

サントリーの研究施設「水科学研究所」に所属する後藤。主に、地下水の循環について研究をしています。

後藤 「水は、人間が生きていくうえでなくてはならないもの。人間の体の60%は水でできていますし、飲食はもちろん、ものづくりにも水は不可欠です。水科学研究所では、水に関することを幅広く研究し、そこで得た知見の普及を進めています。

その中で、私は国内の天然水工場に関する流域研究に取り組んでいます。今のテーマは2021年から稼働している〈北アルプス信濃の森工場〉の流域の水循環。工場で汲む水は、どこから、どのように育まれて製品になるのか、また工場での生産活動が流域の地下水に影響がないかを調査しています」

▲天然水の森〈北アルプス〉の風景

天然水は、雨が大地にゆっくり浸透して濾過された、ミネラルを含む地下水。しかし、何も考えずに地下水をどんどん汲んで売っていたら、水源が枯渇してしまう可能性があります。

サントリーは、そうした事態にならないよう、工場の水源エリアにひろがる全国21カ所を「天然水の森」と設定。上質な水資源を永続的に守る活動に取り組んでいます。中でも、地下水を汲みすぎないための評価と、森の水源かん養機能の向上は、大きな目的です。

かん養機能とは、大雨時の急激な増水を抑えたり、反対に雨が少ない時の河川の流量を維持したりするなど、水源山地から河川に流れ出る水量に関わる機能です。

つまり、水資源を守るためには、森を侵さず、育てることが大事。後藤たちの研究結果が適切な工場の生産活動や森の整備計画に反映される、重大な任務なのです。

「目に見えない」地下水を可視化。水を汲むだけではない現地調査

▲シミュレーションで地下水を“見える化”している様子

難易度が高いのは、「地下水」が「目に見えない」こと。地下水の循環を理解するために、後藤は森林での現場調査とコンピューター上でのシミュレーションを何度も繰り返します。

後藤 「在宅や研究所で仕事の日はミーティング、データ解析業務などが主ですが、現場調査の日は2~3日泊りがけで、専門家の方々と行動を共にします。朝7時に集合して、準備運動後調査ポイントまで登山、16時くらいまでずっと山の中。梅雨や台風、積雪の時期を避けて、昨年は8回ほど山に入りました」

地下水の調査といっても、ただ採水するだけではありません。

後藤 「もちろん湧水を採水して、水温や電気伝導度をその場で測ったり、持ち帰って分析したりもしますが、大事なのは、水そのものだけではありません。岩のもろさを確認する調査、地質調査、地下水の流れを解析するための流量観測など、さまざまな調査を行っています」

▲現地調査をしている様子

調査ポイントまでは険しい道ですが、安全第一で登山するため、特に天候には気をつけていると言います。

後藤 「天候によって調査日程などが変わるので、天気予報は常にチェックしています。台風が通過した後日、山に入ると、以前あった道が通れなくなっていたり、土砂崩れが起きていたりして観測不可能になることも。自然は、人間の予想をあっさり超えてきます。だからこそ、より事前の準備や、さまざまな事態が起こる想定が大事だということを学びました」

ビール工場から驚きの異動。そこで見つけたやりがいとは?

▲調査ポイントまでは道なき道を進んでいく

今では、水循環を扱う分野──水文学(すいもんがく)のプロとして仕事をしている後藤も、配属前は水文学とは無縁の研究をしていました。

後藤 「大学では石油由来の物質に代わる、再生可能なバイオマス資源から物質作成する研究をしていて、就職活動では化学メーカーの他、BtoCの会社を数多く受けました。身近な商品を通して、人々の生活に価値を付加できるような、いろどりを与えられるような仕事がしたいと考えていたからです。最終的に、働いている人がイキイキしていると感じた、サントリーに入社しました」

自分の仕事がダイレクトに反映される商品開発に興味があった後藤ですが、初期配属は京都ビール工場。工場内での省水・省エネを目的とした設備設計に携わりました。

▲研究所内の冷蔵庫 採水した湧水が並ぶ

そこで2年間勤務した後、2019年に水科学研究所に配属。後藤にとって、ビール工場から水科学研究所への異動は「想定外だった」と言います。

後藤 「正直驚きでした。水文学は私にとって初めての領域ですし、専門性を磨くだけでいいわけでもない。水のことだけでなく、水を育む森林、岩石、土の知識、地下水を見える化するシミュレーションの技術、集めたデータの統計解析、行政のルール理解など、本当に幅広く、文献を読んでは現地で直接見て学ぶ、の繰り返しでした」

そんな後藤は配属当初、水科学研究所ならではの出来事が強く印象に残っていると話します。

後藤 「初めての調査登山前、必要な道具を買いに行こうとした時のこと。『クマよけの鈴の用意と、ハチに刺された時のために事前にアレルギー検査をしておいて』と言われました。つまり、クマに遭ったり、蜂に刺されたりする可能性もあるということですよね。

山に登ること自体約20年ぶりでしたが、整備された山道では全くなく、地図で等高線の尾根と谷を読みながら、道なき道を進んでいくもの。安全には十分注意していましたが、足が滑り、転がり落ちそうになったときはヒヤリとしました。1回の調査でこんなに体力が必要で、危険もあるんだと、厳しさを痛感しました」

▲1回の調査に必要な道具

最初は不安を抱えていた後藤でしたが、時がたつにつれ、業務に対する心情が変化していったと言います。

後藤 「水文学は関わる分野が多いので、最初は知識不足で理解が追いつかず、どこか不安なまま業務を続けていました。でも視点を変えると、一般的な研究より社会全体を俯瞰して見られることに気づいたのです。

それ以来、調査や勉強を重ね、研究結果のつながりが見えてきた時はおもしろいと感じるようになりました。また多くの専門家のアドバイスを仰ぐことで、新しい分野の知見を得られるのは、研究者としてとても有意義です」

どこまでも“研究者”肌の後藤ですが、「でも、いちばん嬉しいのは、研究結果が時間をかけて商品、そしてお客様の満足につながることですね」と笑顔を見せます。

サントリー天然水はただの水ではない。商品に込められたお客様への想い

後藤の研究結果は、サントリー天然水のブランドコミュニケーションにも大きく関わっています。たとえば、ラベルにある「雪や雨はおよそ20年以上の歳月をかけて、花崗岩の地層に磨かれ、清冽な天然水になります」という紹介文。

▲サントリー天然水〈北アルプス〉のラベル

この「およそ20年以上前」というファクトは、後藤たちの研究から裏づけられたもの。また、今年5月にオープンした北アルプス信濃の森工場の体験型施設では、天然水ができるまでの過程を表現したアニメーションもアピールポイントになっていますが、これも後藤らの調査を基にしています。

▲北アルプス信濃の森工場の体験型施設でのアニメーション

しかし、裏を返せば、ブランドコミュニケーションに大きく関わる分、研究には大きな責任も伴います。

後藤 「やはり地下水は、直接見ることができないので、得られたデータから仮説を立てて考察していく必要があります。時には仮説を立てても、現地調査をすると全く違った結果になることもある。

そのため、仕事の設計はとても大変です。でも、サントリー天然水という飲料No.1ブランドのコミュニケーションを背負っていると考えると、ミスは許されません。緊張感をもって研究を続けています」

後藤は天然水を通じて、環境問題にも興味を持ってほしいと言います。

後藤 「私たちにとってサントリー天然水は、ただの『水』ではありません。お客様に水科学研究所の取り組みについて知っていただくきっかけとなる商品です。また研究内容を知っていただくだけでなく、昨今の気候変動による将来的な地球への影響など、自然を取り巻く問題に興味を持っていただくきっかけにもなればいいなと思っています」

入社当初に希望していた「商品開発」とは少し違った形ではありますが、身近な商品を通して人々の生活に安心といろどりをもたらす、という夢を実現している後藤。

美味しいだけでなく、雨や雪から歩んできた20年のストーリーが分かり、安全も担保されている、そんなサントリー天然水を支えるため、これからも研究を続けていきます。