救急医療を担う救急救命士のために。日本初の取り組みに奔走

黒川は医師や救命救急士が用いる心臓マッサージ器や集中治療室で用いられるベッドなど、救急医療を支える製品のマーケティングを担当しています。

2020年現在、黒川が注力するのは日本国内で初の試みとなる電動式のストレッチャー。

救急車に搭載することで救急救命士の負担を軽減し、患者さんの救急搬送に役立つことが期待されるため、全国の自治体や救急車両関係のパートナー企業にアプローチを続けています。海外では既に電動ストレッチャーの普及が進んでおり、女性救命救急士だけで救急車を運用、組織によっては救命士の半数以上を女性が占めることもあるのです。

「働き方改革」が日本国内で進む中、救急医療の現場においても、働く人の多様性に対応することが求められています。女性の救急救命士や60歳を過ぎて再任用された経験豊富な救急救命士の活躍も期待されているものの、ストレッチャーの上げ下げなど身体的に負荷の大きい業務も多く、まだまだ懸念が残ります。

この問題を解決するひとつのテクノロジーが、電動ストレッチャーです。電動ストレッチャーはボタンひとつで昇降し、容易に患者さんを救急車へ乗せることができます。今、世界では電動ストレッチャーが多様な救急救命士の活躍を後押ししているのです。

黒川 「電動ストレッチャーを紹介し始めたころは、動画を使いつつ口頭で必死に説明していました。しかし、なかなかそのメリットが伝わらなかったんです。そこで、当時の上司に日曜大工で台座をつくってもらいました。そのストレッチャーをレンタカーに積み込み、全国を回り始めたのです。直接見て実際に体験してもらうことで、製品の魅力に気づいてもらえるようになり、好意的な反応を得られるようになりました。最近はレンタカーを卒業し、救急車に電動ストレッチャーが搭載された様子を模した営業用のデモカーに進化しました(笑)」

救急医療を担う救急救命士がより快適に働けるよう、世の中の当たり前を変えたいと考える黒川。街を走る救急車に目を留め、日本中を走るどの救急車にも、電動ストレッチャーが搭載されている状態を実現したいと力を込めます。しかし、そんな黒川が日本ストライカーにたどり着くまでは、意外な道のりがありました。

意外な理由で医療業界へ。新鮮だった「ありがとう」のひと言

大阪府出身の黒川。社会人になって数年間は定職に就かず、アルバイトから始めた本屋の仕事で、気がつけば3店舗を任される社員になっていました。

黒川 「社長から『やってみるか?』と言われ、『はい』と答えているうちに、新刊の販売だけでなく、古本事業の立ち上げも任されるようになりました。販売だけでなく、仕入れや買い取り、ときには催事も任されるなど目の回る忙しさでしたが、とにかく夢中で楽しかった記憶しかありません」

働き詰めの日々を3年ほど過ごしたころ、転機が訪れます。

黒川 「古本を扱う仕事はホコリが多く、持病のアトピー症状が悪化してしまいました。医師にも転職することを勧められましたが、就職活動をしたことがなかったので何が良いかもわからずという状況でした。転職先の条件はただ『ホコリを扱わない』ということだけ。医療機器業界に縁を求めたのも、なんとなくクリーンなイメージがあったからという単純な理由です」

入社したのは、大阪に拠点を置く医療機器メーカー。駆け出しの営業担当として仕事をする中で、黒川はあることに気がつきました。本の買い取りでは、金額を決めるのは自分。本の販売においても、中身に魅力を感じた人が、提示する価格に納得して購入する等価交換の世界。そう考えて仕事をしてきました。

黒川 「しかし、ある患者さんから『ありがとう』と言われたことがとても新鮮だったんです。医師でも看護師でもない自分が患者さんの命を救う製品を販売し、患者さんに感謝されるのはこそばゆいというか。でも、患者さんに貢献できることはすばらしいことだとそのとき感じましたね」

その後も営業職として活躍し、経営統合によって働く環境もグローバルになっていきました。優秀な成績を修めて海外への研修旅行に参加した際には、世界の広さを痛切に感じることも。東京でのマーケティング職に抜てきされた黒川。そこで、新たな挑戦が始まります。

想定外の困難を乗り越えた先には。チャレンジャーとしての自分との出会い

黒川 「マーケティング知識はおろか、英語もできず、まさにゼロからの日々。営業のころは患者さんや先生の声を直接聞けていたのが、プロダクトマネージャーになってからはフィードバックや感想が直接自分の耳に届かず、寂しさや混乱もありましたね」

しかし、無我夢中で仕事をこなす中で、グローバルチームとの連携や発売前の製品について医師とコミュニケーションを重ねるなど、視野の広がる経験も積みました。

どの製品をどのタイミングで発売するか、戦略の根幹を立案するマーケティングの楽しさを理解し、仕事にも慣れてきたころ、黒川は別の医療機器メーカーに同じプロダクトマネージャー職で転職することを決めます。

黒川 「扱う製品の分野が違うので、新たな学びを期待しました。しかし、同じ職種での転職でもあるので、気がつけば物足りなさを感じている自分がいましたね。これまでの自分を振り返ると、予想もつかないような大きな壁を乗り越えながら、変化やチャレンジを楽しんできたんだと」

黒川は今まで知らなかった自身のチャレンジャーの一面に出会い、わずか1年半で新天地への転職を決めました。

黒川 「知人から『たった20人程度の規模なのに、本気で日本の市場を攻略しようとしている米国系の会社がある』と紹介を受けました。それが、AED(自動体外式除細動器)や心臓マッサージ器などの救急医療製品を扱うフィジオコントロールという会社で、2020年現在の日本ストライカー・メディカル事業部です」

フィジオコントロールに入社した黒川は、少数精鋭部隊の中で自らの役割を拡大していきます。そんな黒川に、またもや新たなチャレンジが。2018年、ストライカー社とフィジオコントロール社の経営統合が発表されました。それにともない、黒川は、当時日本ストライカーで販売計画が立ち上がったばかりの電動ストレッチャー事業を兼務として任されることになったのです。

小さな家族から大きな組織へ。日本ストライカーで、今感じること

黒川 「気が付けば、医療機器業界でのキャリアは15年を過ぎていましたが、ストレッチャーは特定の疾患を治癒するものではないため馴染みがなく、最初はとっつきにくい印象がありました。しかし、救急医療や救急救命士さんの実情を知るにつれ、電動ストレッチャーで世の中の“あたりまえ”を変えたいと思うようになったんです。」

電動ストレッチャーを通じて救急救命士の仕事をサポートし、それが急病に苦しむ患者さんへの貢献につながる。「少し大げさだけど、自らの人生のひとつの成果にしたい」と黒川は話します。

黒川 「かつて『ありがとう』と言ってくださった患者さんのことを、今でも思い出します。医療機器とは不思議なもので、患者さんとしては使わずに済むなら使いたくないものですし、自ら積極的に選ぶ機会も限られています。それでも、『ありがとう』と言ってもらえることをしっかり受け止め、一つひとつの仕事に真摯に向き合わなくてはならないといつも肝に銘じています」

日本ストライカーの一員になって、1年半。黒川は環境の変化をこう語ります。

黒川 「ストライカーへの経営統合前は、すべての業務をひとつ屋根の下で完結できる環境でした。それが大きな組織へと変わり、まったく新しい製品を担当することに最初は戸惑いもありました」

組織の拡張が意味するものは、多くの人と関わり合うということだと考える黒川。ストライカーでは各部署に専門知識を持った社員がいてくれることや、惜しみなく営業支援を行ってくれるトップマネジメントの存在など信頼感は大きいと話します。

黒川 「会社があって社員がいるのではなく、いろんな人が集まっておもしろい会社ができる。日本ストライカーは信念の強い人が多いおもしろい組織であり、最近は“大きな家族”もいいなあと思うようになったんです(笑)」

2020年春、新型コロナウイルス感染症の影響により緊急の医療施設設置のためのベッド需要が高まったことで、黒川は新たに組み立て式のベッドも担当することになりました。世界で感染拡大が続くなかストライカーグローバル全体で1週間に1万台規模の生産体制が整い、黒川は日本の医療機関向けにエマージェンシー  リリーフ  ベッドを緊急販売するプロジェクトをリード。救急医療体制の支援に取り組むべく奮闘しています。

また時を同じくして、電動ストレッチャーを搭載した日本で初めての救急車が、東京の空の下、ついにお披露目されました。

黒川 「今はまだ小さな一歩ですが、これまで多くの技術革新がそうであったように、日本の救急医療の“あたりまえ”を力強く変えていきたいです。救急隊員が個々の力を十分に発揮できる環境を実現し、その先にいる患者さんの命を救うために、さらなる電動ストレッチャーの普及を目指します」

ストライカーの電動ストレッチャーが日本の救急医療の現場を変える日も、そう遠くはないでしょう。