「海外に行きたい」その想いが突き動かした高校、大学生活

▲大学時代の髙橋

髙橋は、幼少期から海外との関わりが深い家庭で生まれ育った。

髙橋 「もともとの私はお母さんの後ろに隠れているような子どもでした。でも、親の仕事の関係で外国の方と接することが多く、すぐに人とコミュニケーションを取ることが大好きになっていましたね」

この環境は彼女自身に大きな影響を与えた。高校時代には1年半に及ぶ交換留学を経験。その後も英語系の学科がある大学に進学し、3カ月働いては、1カ月海外に行くというのを繰り返す大学生活だったという。サークルには入っていなかったが、初めて留学に行く人を支援するボランティア団体に所属していた。まさに、海外尽くしとでも言うべき生活をしていた。

髙橋 「前髪をかきあげている系、といえばイメージしやすいですかね(笑)。一目で海外に行っていることがわかるような大学生でした」

アルバイトはもっぱら飲食店。なるべく外国人が立ち寄るような店を選んで働いた。自分の能力が生かせる環境に身を置くことは彼女のやりがいにもつながっていたからだ。目の前にいる人に真摯に対応する姿勢が買われて、彼女の評価はどんどん上がっていった。

髙橋 「今思えば、『誰かの人生の選択肢が増やせるような仕事がしたい』という夢が芽生え始めたのもこの時期だったと思います。多くの人と関わる中で自然とそう感じられたんでしょうね……この夢は今でもずっと持ち続けている大切な軸です」

成功に思えた就職活動──そして厳しい現実を目の当たりにする

そんな彼女も大学3年生の冬、周りに合わせて就職活動を始めた。狙うのは大手企業だ。というよりも、家系も友達も「大手が当たり前」という考えが強かったため、それ以外の選択肢は初めからなかった。

髙橋 「今まで3年間も留学した経験があるのだから、当然大手に入れるだろうという気持ちもあったと思います」

見ていた業界はメーカー、金融、小売り、そして飲食だった。今まで飲食店で働く中、信頼を獲得してきた彼女は、目の前の誰かへ対して寄り添うことができる仕事に向いている自信があったと言う。就職活動を経て見事大手3社からの内定を勝ち取り、その中でも海外の実店舗で勤務が可能だという会社へ入社を決めた。

会社の掲げるビジョンが自分のそれと一致しているように思え、そこで働いている人たちも輝きながら仕事をしているという話に引かれたのだ。さらに、後にマネージャーという立場になるためにも、最初から実店舗で働くことができるのが魅力的だった。

そして迎えた内定式。髙橋は、夢が打ち砕かれたような気持ちになった。

髙橋「聞いていた話と違うぞ、と思いました。内定式に来ていた社員がみんな、くたびれたような顔をしていたんです」

今まで会社の人事から、成長できる環境で活躍している社員がたくさんいると聞かされていた。そんな会社の社風が自分の軸と一致していたため入社を決意した。それなのに目の前にいたのは、カッコ悪いスーツを着て疲れた様子の社員ばかり。現実は理想から遠くかけ離れていたのだ。 

髙橋 「私も悪かったんです。人事の魅力的な言葉だけに食いついて、就職を決めてしまいました。それに、大きな就職活動の軸は会社の理念と一致していても、細かいところでズレていたこともそのころは気が付けませんでした」

何度か会社でリクルート面談を組んでもらったが、感じたギャップは埋まらなかった。髙橋は内定を辞退し、就職浪人することを決めた。

振り出しに戻った就活──彼女に足りなかったものとは

▲トップセミナーに登壇したエスプール創業者の浦上 壮平

髙橋は、こうなったらとことん納得のいく就職活動をすることを決意した。

髙橋 「今思えば、就職活動をしていく中で『自分にあった会社を見つける』という当たり前の目的を見失っていたんだと思います」

長く続く就職活動の中で身についてしまったのは、会社に気に入られる面接の受け答え。何通もお祈りメールが届くうちに、いつの間にか就職活動のゴールが内定をもらうことになってしまっていた。

そこで髙橋は、すべてリセットして自己分析からやり直すことにした。あらためて自分の就職活動の軸「誰かの人生の選択肢を増やせる仕事がしたい」を心に据えた。ただ、同じことの繰り返しだけはごめんだ。そこでとった行動が、大人からのアドバイスをもらうことだった。

髙橋 「とりあえず人材紹介会社に登録をしました。そして、自分が何をしたくてどんな会社に入りたいのかぼんやりしていたものを言語化して、キャリアカウンセラーの方に相談したんです」

自分が納得するまで就職活動をする。そのためには積極的に行動することが不可欠だ。キャリアカウンセラーと話していく中で地方創生という分野へ行き着いた髙橋は、友人に勧められた島根県の地方に迷わず向かい、そこで1カ月働いたこともあった。自分の目で見て行動しないと理解できないこともあると思ったからだ。

行動を惜しまず就職活動を続けていく中で、ついに運命的な出会いが訪れる。キャリアカウンセラーに勧められたエスプールのトップセミナーで、大きなインパクトを受けたのだ。

髙橋 「地方創生やソーシャルビジネスなどを主軸で就職活動を行っていると、NPOやNGOが選択肢として多く挙がります。しかし、この会社は世の中のために活動しつつも、それで利益を出しているという点がとても魅力的でした。

そして何よりも、目の前で学生の質問すべてに答えていく、エスプールの創業者である浦上にただならぬオーラを感じたのをよく覚えています」

髙橋はすぐにこの会社の選考を受けることを決めた。長い就職活動の末に行き着いたのは、当初狙っていた海外勤務ができる大企業とは大きく違った業態の会社だった。

エスプールの選考。その先で見つけた、「自分に合った」働き方

▲人事部のメンバーと。一番左が髙橋

選考を受けた髙橋は、エスプール独自の選考方法に驚いたと話す。

髙橋 「志望動機をまったく聞かれませんでした。面接なのに(笑)。そして面接という場でありながらも、一対一で話す上で、私自身について深く知ることができるような時間を過ごせたんです」

エスプールでは一次から最終面接まですべて個人で行うため、就活生と会社の価値観が合っているのかどうかをじっくりと確かめることができる。面接を担当した現人事部長の米川 幸次は、当時の髙橋についてこう語る。

米川 「最初の面接に来た彼女は、他の多くの就活生もそうですが、会社に気に入られるよう入念に準備された就職活動用の回答を用意し、就活生としての鎧を着ていました。

とくに彼女の場合は、海外で暮らした経験があったからか、自己主張が強かったと記憶しています。しかし、その武装を一枚一枚剥がしていくのが私の仕事です。本当はどう思っているのか、どうしてその考えに至ったのかを時間をかけて確認していきました」

そんな米川の面接のことを髙橋はよく覚えていた。

髙橋「面接では、なるべく自分の弱みを隠したいって思うじゃないですか。でも、なぜかこの会社の面接では、人事に自分の弱みを打ち明けることができました。志望動機を聞いてこないことといい、機械的な採用ではなく就活生に寄り添ってくれる会社だと思った記憶があります」

こうして会社と自分の価値観が合っていることを確信した髙橋は入社を決意した。

入社後、多くの新入社員が悩むことになるのは、今までの生活と社会人生活とのギャップ、そして会社との価値観の食い違いだ。

しかし、髙橋にそのような悩みは一切なかったという。

髙橋 「入社直後から120%の力で仕事に取り組むことができました。いわゆる五月病みたいなものにはまったくならなかったです。それは、自分に合った会社を選ぶことができたからだと思います。もちろん社会に出てから覚えなければならないことや変えるべきことはたくさんありましたが、会社と私の向いている方向が一緒だったので苦ではありませんでした」

就職活動を乗り越えて、楽しみながら仕事に全力を注ぐ彼女。4年が経った今では、大きな目標ができた。

髙橋 「私の目標は偉くなることです。ただ年次とともに役職が上がるのを待つのではなく、できるだけ早く成長してその対価としての役職がほしいですね。

というのも、女性としてのライフステージの中にはどうしてもキャリアが途絶える時期が出てきてしまうと思うので、そこを乗り越えられる地位や収入があることは大切なことだと考えるからです。この会社でなら、私らしいやり方で成長していけると確信しています」

型にはまらない就職活動は、決して平坦な道ではなかったはずだ。しかし髙橋はその過程を自分にとって必要な時間だったと表現する。納得がいくまで行動し、自分と向き合った時間があるからこそ今がある、と。紆余曲折の果てにたどり着いたこの場所で、次なる目標に向かってひた走る髙橋の活躍を祈る。