10年続けた八百屋の廃業、数々の仕事を経て今に至る、負けない気持ち

▲水道屋時代の渡邊(下段右から2番目)

「挑戦が大好きなんです」

その言葉が、渡邊のここまでの歩みを端的に表しています。もともと実家で農業を営んでいた渡邊ですが、農閑期にできる仕事を探し、22歳のとき、スーパーマーケットに就職、青果部に配属されます。ここで仕入れから販売までの経験を積んだ渡邊は、24歳のときに独立します。

渡邊 「スーパーは一カ所で販売しているだけなので、それがつまらないなという気持ちがありました。そこで車を一台買って、団地を回って野菜を販売するという移動式の八百屋を始めたんです。昔から、とにかく自分で稼がないと、という気持ちがありましたね」

スーパーでの経験があったとはいえ、見よう見まねで始めたところもある八百屋でしたが、売上は順調に伸びていきました。

渡邊 「周辺の八百屋やスーパーに負けないよう自分なりに工夫もしました。負けず嫌いなもので。田舎の市場ではありましたが、当時一番若かった私がふたつの市場で買い上げ代金トップを取るまでになったんです」

八百屋として着実に経験を重ねていった渡邊ですが、34歳のとき、大きな変化が起こります。近隣に大手総合スーパーが出店し、苦しい状況に立たされたのです。

渡邊 「やはり大きいところのほうが安く仕入れられるので、どうしても負けちゃいます。それでも半年ほどは、貯金を崩しながら仕入れを続けていました。売れ残ったものを持って帰ると妻や子どもに心配させるので、こっそり処分したりもして」

そしてとうとう、10年続けた八百屋を廃業せざるを得なくなります。その後、渡邊は水道屋の求人に応募し就業します。

渡邊 「その後はとにかく働きましたね。やっぱり負けず嫌いなもので。水道屋では井戸を掘る仕事が中心で、22年間で3,000ほどの井戸を掘りました。水道屋の他にも、解体屋、産廃屋、工事現場など、何でも屋みたいにいろんな仕事をしてきました」

そんな渡邊が仕事として農業に関わるようになったのが、エスプールに入社する2年ほど前。ある農業法人に入社し、あらためて農業を本格的に学びます。しかしある時、会社の方針と相違を感じ転職を決意。

そして、農業に興味を持ちながら次の仕事を探していたとき、たまたま新聞の折り込みチラシで求人情報を見つけたのが、エスプールでした。

たとえ言葉がなくとも、そこには通じ合うものがある

▲2016年6月、62歳でエスプールに入社した渡邊

渡邊 「説明会に行ったら、ひとりだけ残されて、当時の農園責任者から後日、本社に行くように言われて、そのまま採用されたんです」

62歳のときにエスプールに入社した渡邊。現在、千葉わかば農園において、障がい者スタッフの管理者として、農業指導を含む職場における全般の管理業務を担当しています。千葉わかば農園では、スタッフに種まきから収穫まで一貫して教えるようにしているのが特徴的です。

渡邊 「私のところでは、種まきから収穫まで、間違ってもいいからスタッフ全員にやってもらうようにしています。もちろん失敗はあります。たとえば、種をまく穴をあけて、ここにまいてくれといって種を渡したら、一カ所に大量の種をまとめてまいてしまったり……。

効率をいえば、自分でやったほうが早い。でも、きちんとやり方を教えて、慣れたらみんなできるようになるんです。私はもともと農業をやっていたこともあり、種をまいてから収穫するまでが仕事だという想いがあります。それに、収穫の喜びというものを感じてもらいたい」

渡邊のスタッフとの接し方には、エスプールに入社するまでにさまざまな現場で、さまざまな人たちと一緒に仕事をしてきた経験も生かされています。

渡邊 「人をまとめるのは昔から得意です。水道屋にいたときは、国籍の違うスタッフを取りまとめる経験もしました。障がいを持つ人と接するのもここが初めてではなく、中学校時代にも経験がありましたし、水道屋でもそういう経験がありました」

たとえ言葉が通じなくても、相手の気持ちを読み取ろうとすること。人をまとめるとき、そのことを大切にしています。

渡邊 「同じ人間ですから、言葉にならなくても、自然と伝わるものがあるんです。そういうことを読み取る能力が、私は強いほうなのかもしれません。相手の気持ちになれば、自然とそれがわかる。そうすると、無理にコミュニケーションを取ろうとしなくても、相手のほうから自然に寄ってきてくれます」

一日の始まりはお茶とお菓子から、スタッフが辞めない職場とは?

▲エスプール農園にてともに働くスタッフと(渡邊は右)

千葉わかば農園での仕事について語る言葉には、一緒に働くスタッフをとても大切にしている気持ちが端々に表れています。

渡邊 「今、一番意識しているのは、まずは辞める人が出ないようにすること。やっぱり、辞める人が出てしまうとショックですし、責任を感じます」

渡邊が千葉わかば農園で働き出したころは、環境が合わずにすぐ辞めてしまうスタッフもゼロではありませんでした。そうならないよう、スタッフが楽しく仕事を続けていけるように、渡邊が工夫していることのひとつが、みんながなじめる雰囲気をつくることです。

渡邊「一日の始まりは、みんなでお茶を飲み、お菓子を食べながら、仕事の説明なんかをするようにしています。今はかなり和気あいあいとした雰囲気です。まずは和ませないと、人間関係もうまくいかないなと感じています。

とくに最初のころは、スタッフにきつく注意をしてしまうこともあったのですが、そうすると逆に話を聞いてもらえなくなるんですね。人間は感情のあるものですから、そういうことはやっちゃいけないと反省しています。それから、健康に気をつけることも意識しています」

そうやってつねにスタッフのことを気にかける渡邊が、ここまで千葉わかば農園で働いてきた中で、とくにやりがいを感じたのが、最初は距離のあったスタッフが自分から近づいてくれるようになったことです。

渡邊 「最初は近づいてもくれなかったのに、自分から手をつないでくれたり、コミュニケーションを取ろうとしてくれるようになると、すごく嬉しいんです」

また、渡邊だけでなくスタッフもやりがいを感じ、嬉しかった出来事として、育てた作物をエスプールグループの各社に送ったときに、喜びの声が届けられたことがありました。

渡邊 「作物を育てる側として、届ける人に喜んでもらうというのは一番の目的でもあります。送った作物が届いたと写真を送ってきてくれる人もいて、スタッフみんなで喜びました」

自分に向くことを見つけ、取り組むことが楽しさにつながる

▲スタッフが楽しく仕事を続けられるように、と気配りを欠かさない

渡邊は、今、千葉わかば農園で働くことの一番の魅力を、「みんなと働けること」と語ります。

渡邊 「今、ここに働きに来るのが楽しみでしょうがないです。一緒に働いているスタッフには、このまま飽きずに仕事に通ってきてほしいなと思っています」

一緒に働いてきたスタッフが辞めずに楽しく仕事を続けられるように、渡邊は、スタッフの性格や得意分野に合わせて仕事を任せることにも気を配っています。

渡邊 「仕事がすごく早い人もいれば、ゆっくりだけどすごく丁寧で良い仕事をする人もいて、人それぞれ向き不向きがあります。それは、一日一緒に仕事をすればすべてわかります。

そういう向き不向きに合わせて、任せる仕事や進め方を考えるようにしています。そうやって仕事を覚えることができれば、自然にだんだん仕事が楽しくなります。千葉わかば農園は、若手と中堅、ベテランとがそれぞれいて、スタッフのバランスも良いですね」

一緒に仕事をする中で、スタッフによっては、農業以外の得意分野があるなと感じることもあります。

渡邊 「ここ以外でも活躍できるようなスタッフもいるので、そういうスタッフには、仕事や場所を限定せず、どんどん活躍してほしいと思っています。農業でなくても、得意な仕事があれば伸ばしてあげたいですね」

そして渡邊は、2020年10月に定年退職を迎えます。そんな中、これまでの経験を踏まえて、今後農園で挑戦してほしいこと、そして自分自身が挑戦していきたいことがあります。

渡邊「千葉わかば農園では、たまに野菜を買いたいと訪れる人がいるんです。今は断っているんですが、そういう人に販売をできたら良いなと。

私自身は、定年後、職人時代の友人たちの仕事を手伝いたいと思っています。同年代の友人がずっと頑張っていて、声をかけられているので、私も負けられないなと。とにかくおひさまの下が大好きなので、そういう仕事しか向いてませんね」

年齢と経験を重ね、ますます輝くチャレンジ精神と、周りの人を大切にする気持ち。それは、仕事だけでなく人生を楽しむために大切な要素であると、渡邊の生き方から感じられます。