パナソニック愛と子どもの頃からの夢が事業アイデアに

▲100周年準備プロジェクト「若手タスクフォース コミュニケーションワークグループ発足式」
寺岡 「パナソニックが100周年を迎える1年半前から、社内の若手を集めてパナソニックの次の100年を考えるというタスクフォースに参加しました。そこでこれから先もパナソニックが100年続くためには、100年先の日本や世界を支える事業をしていなくてはならないという考えに至る機会がありました。その経験から自分自身でも事業のアイデアを膨らませていき、そのことが事業開発に携わるきっかけになりました」

アイデアのきっかけになったのは、寺岡が日ごろから残念に感じていた、パナソニックのブランドイメージの変化でした。

寺岡 「私が入社した頃ってまだCDプレイヤーが売れていた時代だったんです。パナソニックのCDプレイヤーを浜崎あゆみさんがコマーシャルしていて、普段の生活の中でパナソニックってカッコいいなって印象があったんですよね。

だけど、今の若者の印象は変わってきていると感じています。モノが溢れている時代で、小さい頃からパナソニックの製品に触れるきっかけが減っていると思うんです。このままだと昔から製品を知っている世代にしか製品を受け入れてもらえない状態になってしまいます」

そんな危機感と寺岡が持ち続けていた夢がアイデアとして形になっていきます。寺岡の夢は保育園の園長になること。紆余曲折あり夢は定年後にと考えていましたが、企業に所属する立場からでも、乳幼児期の子どもの成長を支援したいと長年思いつづけていたのです。

寺岡 「実はパナソニックには子ども向けのビジネスがほとんどありません。パナソニック初の本格的な子ども向け事業を自らの手で創ろうと決意しました」

寺岡は社内の新規事業創出プログラム「NEO」の活動を通して、乳幼児教育の現場に直接ヒアリングをしに行くなどし、パナソニックに足りない知見を集めビジネスモデルを構築していきました。

プロジェクトからの卒業、個人で切り開いた事業化への道

▲社内イントレプレナー発掘プロジェクト「NEO」第1期採択メンバーと

活動期間が限られていたNEOプロジェクト。プロジェクトが終了しても、寺岡の新規事業にかける情熱が冷めることはありませんでした。しかし、まだビジネスモデルとして固まっていないアイデアを社内で開発し続けることは難しい──悩む寺岡に、過去にプロジェクトへの参加経験がある同僚の濱本 隆太が経産省とJETROが主催する次世代イノベーター育成プログラム「始動Next Innovator」というプロジェクト(以下「始動プロジェクト」)を紹介します。

寺岡 「事業プランを磨く機会になるし、いい出会いもある。もしかするとベンチャー企業を作ろうという考え方になるかも。とにかく絶対いいから参加した方が良いと背中を押されたんです」

寺岡自身、始動プロジェクトのある特徴に惹かれたといいます。

寺岡 「始動プロジェクトはイントレプレナー(企業内起業家)でも参加ができます。アントレプレナーには、ベンチャーキャピタルが投資を目的としたインキュベーションプログラムがありますが、イントレプレナーにはそういったプログラムはほとんどありません。同様の取り組みの中でも、イントレプレナー・アントレプレナーがまじりあって参加する始動プロジェクトは稀有なプログラムです。

今の時代、自社の力だけで世の中の課題を解決しようと考えている企業はほとんどいないと思います。これからの時代は競争するのではなく、共創しながら価値を生み出すことが必要だと考えています。そうしたときに企業に所属しているわれわれとは異なる発想をもったアントレプレナーとも意見を交換しながら切磋琢磨できる環境はとても貴重でした」

パナソニックから子どもにかかわるサービスを──自分の夢とパナソニックの社員としての願いを強く抱いていた寺岡は見事始動プロジェクトのメンバーに選ばれ、さらに一部のメンバーしか参加できないシリコンバレー研修の切符を手に入れました。

始動プロジェクトで学んだイントレプレナーの心構え

▲「始動Next Innovator」シリコンバレー選抜チームとスタンフォード大学にて

始動プロジェクトのシリコンバレー研修は現地のベンチャー企業を訪問したり、現地の投資家から直接ビジネスへの意見をもらったりすることでスタートアップエコシステムを体感しようというものです。そこでの経験は寺岡に大きな変化をもたらしました。

寺岡 「ひとつに自分のマインドセットが変わりました。シリコンバレーでは挑戦するためのハードルを下げるために成功したことだけでなく、むしろ失敗したことが日常会話で積極的にシェアされていました。

実績を上げて地位のある人であっても同様で、「最近何か失敗した?」という会話を日々されていると聞き、すごく素敵だなと思いました。まずは失敗してもいいからチャレンジする、そういう発想がベースにないとイノベーティブな新規事業を進めることができないと学びました」

また、企業の一社員ではなかなか学び感じることができなかったスタートアップビジネスのルールを肌で感じることもできました。

寺岡 「シリコンバレーのスタートアップ界隈の人たちが普段どういうことを考えて、どういうルールの中でビジネスを立ち上げているのかということを学びました。

利益が出なくても事業や顧客基盤を拡大する意義や、たくさんの資金を得てダイナミックに事業投資するスピード感。日本の大企業といわれる組織で仕事をしていた私たちには分からないルールがたくさん存在していました。でもそれはイントレプレナーであっても参考にすべき部分は多くあって、これからチャレンジをしていく上で必要なノウハウを得ることができました」

そして、始動プロジェクトに参加していた他のメンバーからもはっとする気づきを得たといいます。

寺岡 「私は、保育や乳幼児時期の教育分野でビジネスをしようと考えたときにそこまで儲かるものではないし、売り上げとしては10億や20億規模を想定していました。しかし、あるメンバーに『寺岡さん、最初から10億円や20億円のビジネスモデルを描いているのは気持ち悪いです』と明確に言われたんです」

衝撃的だったと振り返るその言葉の意味は、本当に世の中を良くしたいのだったらちゃんと儲かるビジネスを作り、世の中に夢を見せ参画する人を増やし、マーケットを作る必要があるという指摘だったのです。より高みを目指せるビジネスモデルを作ろうと決意した寺岡の視野はどんどんと広がりを見せていきました。

私が事業でかなえる世界

▲デジタルマーケティング推進室マーケティング創出課の寺岡宏恵。ピッチイベント登壇の様子

寺岡が2020年現在事業化をめざしているアイデアは、パナソニック内で事業化を目指すフェーズに入っています。保育者向けのオンライン型教育サービスで、学習する機会や環境、時間がない保育者たちへスマホ等のデバイスを通しインタラクティブな学習コンテンツを届けることで、日本の保育の質の総合的な引き上げと地位向上を目指すものです。

寺岡 「日本の乳幼児教育業界は2020年現在転換期にあり、これまで以上に保育や乳幼児教育の質が重視されるようになりました。日本では保育という文脈で子どもを預かって育てるというプロフェッショナリティはものすごく高い。

しかし、子どもにとって0歳から5歳ぐらいの期間は目標に向かって頑張ったり、人と関わりあったりする力を指す『非認知能力』を育てる重要な時期です。そんな大切な時期の子どもたちの能力の育ちと学びを豊かなものにできる人材を増やしたいと思っています」

現在開発を進めるアイデアは寺岡の構想の一部にすぎません。ターゲットを保護者にまで広げようと考えています。

寺岡 「たとえば中国では乳幼児教育論に関する情報収集に親達は当たり前のように投資しています。でも、日本の大人って子どもの勉強というと、能力を引き出すという考えではなく知識を与えるというイメージでいるので、乳幼児の教育論を気にかける人は少ないんですよね。

いつかは保護者の方にも情報伝達を可能にするプラットフォームにしていきたいんです。行く行くは、パナソニック社内で子育てを支援するサービス開発に特化した『子ども事業部』を立ち上げたいですね」

寺岡は事業化に向けたトライアルを開始し、いくつかの保育園とパートナーシップを組みアカデミックなコンテンツの制作に取り組んでいます。そんななかで、「難しい」「現場が忙しくなかなか利用できない」といったユーザーの声も聞こえてきています。

超えるべきハードルは多いですが、寺岡のアイデアは、会社に事業の種と認められ、着実に事業化に向けて進んでいます。寺岡の活動を受けて、社内でも子ども関連の事業を開発したいという賛同者も増えています。

寺岡 「しっかりビジネスとして利益を得ることで持続可能な取り組みにしていく。会社の事業として社会貢献をするという考え方は、うちの会社にいるからこそ出てくる考えなのかな、という気はしますね」

自らの夢を追うことで、大企業の新たな成長の原動力にもなれる。寺岡はイントレプレナーとしてのやりがいを日に日に強めています。