SAPに強み。グローバル経験を積んだ開発時代

▲製造ITイノベーション事業本部 松澤彩香

松澤 彩香の入社は2005年。大学時代の専攻は数学でした。就職先にIT業界を選んだのは、数学で培った論理的な思考力を活かせるはずだと考えたこと、そして幅広い業界との接点があるSIerの事業内容に可能性を感じたことが理由だったといいます。

松澤 「大学では、プログラミングの授業もとっていました。アルゴリズムを考えるのは好きでしたし得意でしたね。今思えば、その授業でシステム開発に漠然とした興味を抱いたことも、NTTデータを選ぶきっかけの一つだったかもしれません」

入社後、松澤は約10年にわたりSAP(独SAP SE社が開発したERPのトップブランド)に関する開発領域の仕事に携わります。

最初の5年間は、メディア業界のお客様に、SAPおよびWebフロントシステムの導入支援を行うチームに在籍。自らコードを書く機会もあり、協力会社のメンバーも含めたチームが一体となって取り組む「ものづくり」に楽しさを見出していたといいます。

次いで、日系企業の海外グループ会社にSAPを導入するプロジェクトを複数経験。インド、中国、シンガポールを出張で訪れ、現地のメンバーと英語でコミュニケーションをとる。そんな、刺激的かつ多忙な日々を1年半余り過ごしました。

松澤 「もともとグローバルの仕事を希望していたわけでも、英語が得意なわけでもありませんでした。でも、現地のフレンドリーなメンバーとのコミュニケーションはとても心地よくて、楽しかったですね。英語を継続的に勉強したいと思うきっかけにもなりました」

同時に、この期間を通じて「多様な考え方や働き方、能力を持ったメンバーと進める仕事」の面白さを垣間見ることもできたといいます。

その後、2012年にSAPを扱う部門の子会社化により発足した、株式会社NTTデータグローバルソリューションズに出向。グローバルのAMO(Application Management Outsourcing)サービスの企画・立ち上げに奮闘します。日系企業の海外事業所を対象に切れ目のないサービスを提供するべく時差をカバーできるよう、アジア、ヨーロッパ、USの拠点と連携してサービスを立ち上げるのがミッション。入社以降培ってきたSAPの知見と、グローバルの協業経験を存分に活かすこととなりました。

育休からの復帰先はまさかの企画部。消化しきれない葛藤を抱いて……

▲プライベートでは二児の母。休日は子供と美術館や公園へ行くという

グローバルAMOサービスも軌道に乗ってきた頃、入社12年目から13年目にかけて、第一子の出産に伴い1年半の育休を取得した松澤。

復帰後のポジションは、予想外の本社企画部でした。「開発」とはほとんど接点のない部門です。ここで、事業本部内の人財育成を担当することになります。

松澤 「ちょうど前任者が異動になり、後を継ぐ形で人財育成を担当することになりました。本音を言えば、開発への復帰を希望していたので、内心モヤモヤとしたものを抱えながらの復帰でしたね」

しかし、松澤は自身の発想を転換させます。比較的自由度が高い本社の人財育成担当という立場を活かし、独自に勉強会やセミナーを企画・実施したのです。

松澤 「英会話サークルを立ち上げたり、TOEIC勉強会を開いたりしました。事業本部ではグローバル人財の必要性が謳われていたと同時に、自分も英語を使う機会を持ち続けたいという想いがあったからです。
ほかにも、管理職を対象とした女性活躍推進セミナーを開催したり、育休復帰後の社員と上司のサポート強化、ネットワーキングなど企画しました。自分自身が育休によって予期せぬ異動を経験してから、「女性活躍」というテーマを“自分事”として捉えるようになりました」

しかし、自身が置かれた環境でできること・やりたいことを追求しながらも、心の内のモヤモヤはなかなか消えなかったという松澤。

企画部に籍を置くようになって1年ほどした頃に、第二子出産のため再び育休を取得します。そして、職場復帰に先立ち、松澤はある行動に出ます。

松澤 「上司に面談の機会をいただいて、職場復帰後の展望について話をしました。上司からは、人財育成に戻るか、それとも新しいチャレンジをするかという2つの選択肢を提示していただきました」

松澤が選んだのは、新しい選択肢の方。

それが、デジタルビジネスに強みを持つスタートアップとの事業連携というミッションでした。国内外の有望なスタートアップを発掘して新たなビジネス創出や製品・サービスの開発につなげるアプローチは、「幅広い業界と連携しながら“可能性”を押し広げるような仕事がしたい」という入社前に抱いていた想いに通じるものがありました。

コロナ禍のなかでも前向きなマインドチェンジ

▲子供と自分のため、経験と視野を拡げたいと旅行によく行く

子育ても仕事も「どちらの時間ももっとほしい」という松澤。現在は、新型コロナウイルス感染症対策の一環で、出社は最低限に抑え在宅での勤務を続けていますが、実は一度目の育休後に復帰した当初から、テレワーク制度を活用して週に1~2回は在宅で勤務していました。

松澤 「当時、私の周囲ではテレワーク率は高くありませんでしたが、私は『せっかく制度があるのだから、どんどん利用しよう』と考えるタイプです」

また、現在の職場は、奇遇にもほとんどのチームメンバーが子育て中。子どもが急病の際などにも、互いにフォローしあいやすい環境だといいます。

それでも尚、2019年秋に職場復帰してからというもの、社内でも特殊な業務についていることで、将来のキャリアプランについて悩んでいたと言います。

しかし、そんな心境に、ある変化が生じます。きっかけは「コロナ禍」でした。

自粛期間中、自分も含めチームメンバーや取引先の方、それぞれがリモートワークで家族との時間が増えたり、オンラインのみの業務に苦戦する中、周囲の人との対話をする中で考え方が変わったのだといいます。

松澤 「以前は、『会社に求められることをしなければ』という意識が常にありました。でも、コロナをきっかけに、もう少しゆったり構えて、苦手分野で無理に踏ん張るよりも自分が楽しいと思えることを追い求めてもいいんじゃないか、と。自分がそれまで漠然と思っていた「ちゃんとしたサラリーマン」にこだわるのをやめました」

「ちゃんとしたサラリーマン」にならなければ、と考えていた時は、たとえ自分の苦手領域であっても頑張らなければいけないという想いが強かったといいます。

松澤が自身の苦手領域として挙げるのは、例えば、キーマンが複数人いるなかでの調整。

松澤 「関係各所それぞれの意見を聞きすぎてしまい、身動きがとれなくなりがちです。開発時代、日系企業の複数海外拠点プロジェクトを担当していた時は、まさにそれで苦しみました。でも今は、苦手分野で頑張るよりも、むしろ組織の中でそれぞれの得意分野を補完し合えた方が成果は大きくなるんじゃないかと思うようになりました」

凝り固まらない自分であるために。描きたいのは、自らワクワクできる未来

▲チームメンバーの経歴・業務も多種多様で刺激を受ける

コロナ禍をきっかけに、前向きな心境の変化を経験した松澤。

松澤 「誤解を生む表現かもしれないんですが、『ヘンな人』になれたらなと思っています。これだけ大きな組織の中に、同じようなものの見方や考え方をする人ばかりが集まっていては会社としてつまらない。それなら私は、『この人なんかヘンなことを言っているな~』と思われるような存在でいたいな、と。それで社内メンバーの興味や関心を拡げることができれば、会社としてのチャンスも拡がると思います」

画一的でない視点や発想を持つことの意義。松澤のそんな気づきは、現在のミッションにも深く結びついています。

デジタルビジネスのこれからを考えるには、数年先の未来を思い描くことが必須です。いま、松澤が描こうとしている「未来」とは──

松澤 「抽象的ですけど、未来に向けたアクションを仕掛ける私自身がしあわせだと思える未来、子供達に残したい未来を目指したいです。すべてデータで管理されている社会は、私は嬉しくないので。一人の生活者としてしあわせな未来にするため、必要な“何か”を探し当てるために、今は日々妄想するようにしています」

乏しいインプットで凝り固まった考えに陥らないように、自身の世界を拡げ、発想を豊かにする。そんなことを思いながら、子どもとの時間や、他の業界で活躍する友人と対話する機会を大切にしているといいます。

松澤 「私が今所属する事業本部のお客様は製造業に限られていますが、だからといって製造業やITだけに注目せず、まったく違う業界や新しいトレンドにも目を配って、多様な業界をつないでいく。その先で、ワクワクできる価値を生み出していきたいと考えています」

根は論理的に思考するタイプ。ワークスタイルの大きな転換を経て、「ヘンな人」という自身のありたい姿を見出すに至った松澤の未来への挑戦は、これからも続きます。