「銀行の現状を変えたい」が、原動力に

私は学生時代から複数のベンチャー企業の設立・サービスの立ち上げなどを経験してきました。MicrosoftでCTO補佐やNSOとして、技術戦略やOOXML等の国際標準化に携わり、その後YahooでID部門の責任者として情報漏洩事案に直面、その後の再発防止も含めてセキュリティ戦略にも携わってきました。

2017年にJapan Digital Design(以下JDD)設立に参画してからは、国の仕事を兼任しながら、CTOとして技術部門を立ち上げ、MUFGのExecutive Technology Advisorを担当しています。

国の仕事としてわかりやすいものは、マイナンバー制度の整備でしょうか。2011年からマイナンバー制度を支える情報システムの構築に従事し、内閣官房で番号制度を支える情報システムを構築しています。

そんな私のJDDでのミッションは、端的にいうとエンジニアの組織づくりです。コアとなるメンバー採用をゼロから行い、メンバーが増えてきた2020年現在はマネジメントをしながら、プロジェクトの交通整理を行っています。

JDDのような会社が社会に必要だ、と思った原体験は、学生時代にさかのぼります。

学生時代に銀行系のシステムに関わる機会があり、そのときからこの業界に対する課題を強く感じていました。当時、ベンダーにはインターネット知識がまったくなかったため、学生の自分が中心となって仕様書を直していく必要がありました。

クライアントのところで仕事をすることになると、その作業のみに集中するため、新たなことをインプットする時間を取ることができません。そのような点に違和感を抱き、現状を変えたいと思ったんです。

そのためにMicrosoftで働き始め、1年ほどでCTOの補佐として技術戦略に関わるように。GLOCOM(グローバル・コミュニケーション・センター)から調査依頼を受け、ソフトウェア業界は何が問題なのか、とくに自治体のシステムがなぜ今の形になっているのかを調べました。

その中で重層的な下請構造などさまざまな要素があるのですが、雇用が硬直的であることが課題だと気付いたのです。終身雇用の中、「ユーザー企業で働くとITでキャリアを築くことができない」というのはユーザー企業側の事情ではないか、と。

最近は、新型コロナ感染症対策の教訓を踏まえて、官邸のワーキンググループで国と地方のデジタル基盤の一体改革に取り組んでいるところですが、補佐官を引き受ける直接のきっかけとなったのは東日本大震災でした。

異なるふたつの環境で、圧倒的な成長を遂げる

東日本大震災をきっかけに、国の内部へ入り込み体制を変えていく必要性を感じ始めていました。そんなときに、番号制度の立ち上げに関する相談をいただいたんです。それをきっかけに補佐官を引き受ける運びとなりました。

補佐官を引き受けてすぐのとき、会社の中では標準化や技術の議論はしているが、実際には技術標準をつくるための抽象的な議論が多く、システム開発から遠ざかっていました。そのことが自分が役所の中で仕事をする上でも限界だと感じている部分でもあり、もう一度ものづくりに近い部分に携われるのであればと考えヤフーへ入社しました。

当時はリスト型攻撃が増えていた時期だったので、パスワードのない世界にどう持っていくかという議論が始まった時期でした。IT部門だけではなく横断的に問題解決に当たりました。

このようにふたつの環境で並行して業務にあたる中で感じたのは、自由度の違いです。

ヤフーでは、同じ従業員である部下が出してきたものをレビューして、「これはダメだ」とひっくり返してもう一度つくりなおすこともできますし、能力が足りなければ要員を追加することも、トレーニングをすることも、海外で勉強した方がいいと送り出すこともできます。

そのような自由度の高い環境で、あらゆる施策を試すことができたのは、とても貴重な経験でした。

しかし国はベンダーとの関係がある中で、同じことができません。契約書や経費、そして時間などさまざまな制約が付きまといます。

それの最たる例が、2017年頭に行ったマイナポータルの立ち上げです。当初、制約の中でつくり上げたシステムはとても難解になってしまい、私ですらマニュアルを見ながらログインに15分を要するほどでした。

しかしその現状を理解していただき、改修のための予算を確保できたので、2017年の秋までにマニュアルなしで1分以内で使えるようなものへと修正することができたんです。

課題のひとつは電子申請でInternet Explorerにしか対応していないことでしたが、Google ChromeやApple Safariといったブラウザに対応し、Microsoft Edgeへの対応は電子政府先進国といわれるエストニアよりも半年早く、世界で一番乗りでした。

大変ではありましたが、とりあえず制限の中で組み立てること、そしてそれでもダメなら積極的に働きかけることが必要であると補佐官の業務では学びました。

しかし、国の主導でものごとを進めるため、手の届く範囲とスピード感には限界があるのは確かでした。それに対するひとつの解が内製部隊をつくること。

補佐官として実現が難しいと感じていた折に、エージェントを通じてJDDの設立にお誘いいただきました。銀行も国も抱えている課題や風土が似ていると思っていたので、そこで内製部隊を立ち上げる仕事ができればすばらしい経験になると思い、参画を決めました。

金融+技術+体験でJDD独自のカルチャーを生む

JDDを立ち上げるとき、雇用はするけれどもパーマネント契約ではない形の方がいいのではないかという考えがありました。

日本で雇用の流動性を前提とした組織ができるのか、実験的な取り組みです。

流動性を前提とすることで「何をやる」というコミットメントベースで働くことができ、稼働100%ではなく、自分が学び、成長できる余裕を担保できると考えています。

「自分が動けば実現できる」とみんなが当たり前に考える文化にできるよう、JDDのメンバーにはとくに、自律して動いてほしいです。私自身もきちんとサポートできるようにメンバーの声に耳を傾けるようにしています。

JDDそのものが、バックグラウンドがさまざまなメンバーの集まりなので、組織の中でカルチャーギャップが存在しているのも事実です。ビジネスサイドも、エンジニアもその場で意見をぶつけ合うだけではなくて、共に壁を乗り越えてJDDとしてのカルチャーをつくっていく時期に来ています。

最初からうまくいくようであればJDDという組織が存在する意味がありません。銀行がやりにくいことをやると同時に、銀行から信頼されて、アウトプットが出てくる──JDDに任せれば期待以上のものが返ってくる、と思ってもらえるようになるのが着地点だと考えています。

大変ではあるものの、変えないといけないことを実際に変えることができる世界ですので、やりがいがある環境です。そして金融業界が変われるのであれば、他の業種のしくみも変えることができると私は思っています。

私自身、最初はかみ合わなかったものがきちんとつながっていく、できていなかったことが形になっていくプロセスに一番おもしろみを感じます。

なのでJDDのメンバーを見ていく中で、軸となる部分は変わらず、相手にわかる言葉でコミュニケーションを取れるようになっていく様子など、変化をしていく姿を見られることは大きな喜びです。

架け橋となる立場の人間が、違う言葉を使って話せるようになると、他の場所に行っても、さまざまな形で物事を変えられる人になれます。泥臭い部分ではありますが、そこがJDDで働く中で得られる力であり、強みであると思っています。

より横断的なデータ活用で、銀行に大きなイノベーションを

これからの展望としては、データに基づく議論を増やしていきたいと考えています。

JDDはデータ分析のインフラも銀行のデータもある状態で仕事をしているので、議論をすることができますが、今あるビジネスのために使うのではなく、手元のデータを回しながらデータに基づいて議論を横展開していきたいです。

たとえば、今後ダイレクトバンキングや、法人向けのサービスをどう変革するかが金融業界では議論されていますが、「今何がどのくらい使われているのか」「そこにきたユーザーは目的を達成できているのか」といったデータに基づいた議論がWebの会社では当たり前にされていますが、銀行ではあまりできていません。

せっかく動かしたシステムがあり、顧客のデータも取れているのであれば、もっとデータに基づいて議論をしないといけないな、と。JDDの力があればそんな現状を変えられると思っています。

この1年間の中でJDDという基盤をつくることで、可能性はどんどん広がっていると感じています。今までできていたことをより安く、効率的にやるのではなく、できると考えてもいなかったことをやっていきたいです。それを現実のものとするためにはビジネスの力だけでも、テクノロジーの力だけでも実現できません。

たとえばビジネスサイドの人はできると思っていないことに踏み出すことはありませんし、テックの人は世の中的にできないと思われているかどうかを重要視しません。

エンジニアから「やればできるよ」というコミュニケーションがあり、ビジネスサイドから「そんな事できるのであれば、こうしたニーズがある」という声が上がれば、変革が起きます。役割と立場を超えてイノベーションが生まれ、「実はこれ、実現可能なんですよ」という声がメンバーから自然に上がってくる組織を目指しています。

日本ではまだまだ1社へのコミットを求められるところがありますが、JDDという組織は出戻ることもでき、複業をしている人もいます。

そのようなブロードな視点で突破することができる会社、カルチャーにするべく、これからも尽力していきます。